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Ep.1 古本屋の女店主

初めましての方は初めまして。


ーー魔王城・最奥


「フッ、よくぞ此の我を…魔王である、此の我を討ち取ったな、勇者達よ…」


魔王は美しい姫君だった。


「其の聖剣に宿る女神の加護と、勇者の印という創世神の力添え。そしてこの辺りに張り巡らされた、数万の神官の犠牲を以って作り出した聖域に、古今東西から集めた有りと有らゆる対魔族用の道具達。他にも色々手を付けた上での戦勝だ。もっと喜ばぬか」


燃えるような赤い瞳に、染み一つ無い美しい白い肌。

長く垂らした漆黒の髪の一本一本が、細くなめらかに伸びている。


「我は歴代最強の魔王。その上、我が軍は過去類を見ない程に精鋭達が揃っていた。その上で、其方ら人類軍は勝利の栄冠を手にしたのだ!それなのに…何故だ!」


心臓に聖剣が刺されながらも、彼女は声高に叫ぶ。

敗北が決まっているにも関わらず、己こそが世界の中心だと叫ぶ振と叫ぶその姿は正に、魔王そのもの!

彼女は、だからこそ勇者の前に立ち、こうして疑問を呈しているのだ。


「何故、嬉しそうにしないのだ、勇者達よ!」


その言葉は魔王城とその周辺域を震わせる。


城門前に立つ、人類軍の最高司令部である国王とその近衛軍に。

城内に次々と侵入する人類軍へ、最後の抵抗をし続ける魔王軍の残党に。

この戦さ場で散った、無数の生命達に。

魔王の唯一無二の親友の忘れ形見である髪飾りに。


そして勿論、魔王の目の前に立つ勇者達に届いたその言葉は、何処までも魔王らしくあり、それでいて勇者を更に悲しませる言の刃となって彼らに襲いかかる。


「だって…だってよぅ…」


勇者パーティーの内の一人、ずんぐりむっくりのドワーフの男は呟く。手に持っていた、体よりも一回り大きいハンマーを落とすと、力無く項垂れる。


「こんなことって…それじゃあ、あの時も、あの時も、あの時も……」


人類軍が持つ最強の魔女は、俯き、尻もちをつき、ぶつぶつ「あの時も…」と呟き続ける。


「あぁ、私たちが今までして来たこととは、いったい何だったのでしょうかぁ…女神様、創世神様、どうかお応えを…」


教会が持つ聖魔術を得意とする、今はまだ若き新人シスターは片膝を地面に突き、両手を合わせて神に問いかけ続ける。


そして。


「ああ、魔王よ。僕たち人類軍は、大きな過ちを犯してしまったのだ」


勇者パーティーのリーダーであり、人類軍が持つ最強の矛にして、あらゆる神々が祝福したとされる“勇者”の称号を持つ男は、涙を流しながら答える。


「我等はーーー……!!!」


これが、魔王の最期の記憶である。


 ◇◇◇◇◇


暗転。

そして、舞台は入れ替わる。


西暦2026年の春。

北海道の、ある田舎の古本屋での一幕である。


 ◇◇◇◇◇


「ふんふふんふふーん♪」


この、鼻歌を歌う彼女は鈴原 小春という。

年は24歳。大学の経営学部の卒業と同時に、祖父母の経営する「boooks」という名前の古本屋を受け継ぎ早数ヶ月。

まだまだ祖父母が元気なこともあり、経営を手伝って貰いながらも、一人でもやっていけそうな程の経営技術を身につけられた今日この頃。

この日は店の定休日で、彼女が一番大好きな日でもある。


ここ「boooks」の定休日には、やらなければならない仕事がいくつかある。

それは、店の本棚の整理であったり、新刊本の陳列であったりと様々だが、彼女が特に目を光らせるのが、古本の購入である。


余談になるが、一口に古本と言っても大きく分けて二種類ある。

一つは、古い時代に書かれた、正しく稀覯本と言って差し支えない本のことである。

もう一つは、何人かの人の手に渡った、新刊には無い独特な雰囲気を持つ本のことである。

英語では、前者のことを“オールドブック(old book)”、後者のことを“(secondhand book)”と書き分けるが、日本では単に古本と書くことも多いので、伝わらなかった時は、古書なのか中古本なのかをはっきりさせよう。


閑話休題。


彼女は古本…特に、古書が大好物で、暇さえあれば涎を垂らしながら日本国語大辞典の初刊を読み漁るほどに古本に飢えているのだ。

とは言っても、古本がそんなに簡単に見つかる筈もなく、また、手に入れられる訳でも無いので、古書店等に度々出向いては交渉したり売買したり本を交換したり…を定休日では無い休日の時に繰り返している。


そんな彼女の異常な性癖が、奇跡を起こしたのだろうか。

彼女は、ついこの前に訪れた客から偶々入手した、新しい古書が入っているダンボールを目の前に、興奮が抑えられずに涎がダバダバと地面に垂れ落ちていた。


そんなことも本人はつゆ知らず、彼女はカッターでダンボールに蓋をしている紙テープにすぅっと切れ込みを入れる。


スゥーー・・・フゥウ!


刹那!広がる古書特有の、新刊図書には無い“家の匂い”を感じて、更に涎の勢いが増す。

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!

彼女は、震える両手で切れ込みに手を当てて、一気に閉じられし蓋を開ける。


ふわっ。


あれ?


彼女の目尻が少しだけ下がる。

なんと、ダンボールの中には梱包材プチプチでガッチガチに固められたダンボールがッ!


彼女は、ダンボール・イン・コンポウなんて意味あるのかな、と思案しつつ、気を取り直し直して梱包材をガサガサ剥がしていく。

あー。あー。あー。待ち遠しいなあー!

彼女の心の興奮は抑えられることなく、涎の勢いが滝のように水量を増す。


梱包材が綺麗に剥がされ、すっぽんぽんのダンボールが出来上がると、今度こそ!と期待に胸を膨らませる。

やはり貼ってある紙テープをカッターで優しく切り、ガクガク興奮と緊張で震えている手に、シズマレェと念じつつ、ダンボールをガバッと開く!


ッッッ?


そこには、真っ黒な皮のブックカバーが付いている本が一冊だけ入っていた。


って、ブックカバー付きかい!

彼女は、はやる気持ちを抑えようとも思わずに、迷わずそれを手に取り、外観を眺める。


「むむむ。題名は中身を見ないと分かんないかな…」


ひとしきり舐め回すように見終わると、それじゃあ早速、と言いながら、その一ページ目を開ける。


その瞬間、本は光り輝き、彼女を瞬く間に吸い込んでいった。




その後の、黒皮の本と彼女の行方は、誰も知らない。

先に書いておきますね。


誤字脱字報告ありがとうございます。

とても感謝しております。

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