表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

徐君の病気

作者: shichuan
掲載日:2017/11/15

5年前くらいにミクシイで書いた文章を少しだけ手直ししたもの。

人の命は羽毛よりも軽いのか?


徐君は江西省出身の26歳。

父親を肺ガンで亡くした。

継母は病に臥しがちで、

おさない妹の養育費を徐君が負担している。

去年、付き合っていた彼女との間に子どもができ、

彼女が身重のまま、簡素な式を挙げ、

上司にあたる私も出席した。


複雑な家庭の事情については、

父が危篤となり、

会社を数週間離れる必要がでたとき

徐君の口より説明を受けた。

しばしば些細なことで他の社員と衝突し、

トラブルを起こす背景を知った。

同時に、

入社早々、私のところへやってきて、

「ぼくは会社にとって必要な人間ですか?」

と、逼迫した瞳でにじり寄ってきた彼の、

生への真摯な態度の意味が、

分かった気がした。


その彼が、肝臓を患った。

身体に違和感を覚え検査した結果、腫瘍があり、

即刻手術が必要で、

手術代は100万円。

この国の医療は、先払いが絶対だ。先にお金を支払わなければ、執刀もされない、投薬もない。

彼には頼るべき親族も友もなく、

そして、彼自身のための手術代も持ち合わせていなかった。


会社に電話があった、手術代を借りられないか、と。

私にとって相棒でもあり、上司でもある魏に相談した。

会社は、どこまでできるのか?

ここで手を差しのばさなければ、手術を受けられず

そのまま死んでしまうのか?

この場合、私は見殺した、殺人者となるのだろうか?

自分の妄想にうんざりとしながらも、妄想にとらえられ、離れなかった。

「彼は借りると言っているが、返ってこない可能性も高い。手術は成功するとは限らず、成功したとして、その後どれほどの闘病生活が待っていて、そもそも会社に戻ってくるのかすらわからない」

徐君の現状を冷徹な言葉で語りながらも、

相棒の魏は、私とは比べものにならないほどに

打ちひしがれていた。


魏もまた生まれたばかりの子どもがおり、

今年から会社の経営を任され、

のしかかるプレッシャーに体調を崩していた。

結果次第では入院しなければならない、それをおそれて、

検査すらしようとしない。

その日、魏は荒れた。

普段は控えている油気の多い食事をあえて口にし、

それを私が指摘すると、

「ふん、こんな辛い世界で生きているくらいなら、死んだ方がましだ」

うなされるように、

「天命だ、天命だ」

と繰り返した。

中国人の天命は重い。

芝居がかった言葉のようで、リアルな絶望の響きがある。

人間が、抗えるだけ抗った後に残される冷酷な結果なのだ。


急遽、社内で募金活動が行われた。

徐君といつもぶつかっていた社員が、財布の中の現金すべてを乱暴に抜き出し、寄付するというヒューマニズムあふれる出来事があった。

募金の金額リストをみると、給与額と比例していないところも興味深い。

金額の奥にある真実はわからないのだけれど。

社員の募金、

魏と私、二人の権限で動かせるぎりぎりのお金、

会社負担の住宅費積立金を強引に解約し、

用立てた。


夜、魏と二人で徐君の社員寮の部屋を訪ねた。

彼は病院の同室同病の患者が明日に手術を控えており、耐えられずに社員寮に戻ってきていた。

魏はお金を押しつけるように徐君に渡し、

「これは気持ちだ。おまえの身体は、おまえ一人のものではない。そこにいる奥さん、うまれたばかりの子ども、母、妹、みんなのものだ。もちろん、会社もおまえを必要としている。だから、はやく治して帰ってこい。まだ運がいい。早期発見だったわけだし、肝臓は比較的はやく快復する臓器だ。大丈夫。何かあったら全力でサポートする」

「あ、ああ、すみません。なんと言っていいか……」

「何も言わなくていいんだ」

正直、私には、そのときの徐君の気持ちを、彼の表情から何も読みとれなかった。

しかし、

魏が、眼を赤くして“上司”を演じる姿に、いたたまれない気持ちになった。

私は何も語らず、ただ徐君に微笑んだ。


帰りの車の中で、病院に行って検査をするよう促す私に、魏は笑いながら言った。

「もともとおれは社長になんてなりたくなかったんだ。おまえが、やらないと日本に帰るっていうから、仕方なくやってるんだ。責任が重いだけで、なんのいいこともない。これでおれが死んだら、おまえのせいだ」

魏のいつもと変わらない、はぐらかすための冗談を聞きながら、「徐君を殺し、今度は魏さんを殺す。これでは猟奇殺人者だな」、などと意味もなく思った。


寝る前、最近知り合ったクリスチャンの女の子にショートメールを送った。

なんの説明もせず、ただ、

「ねえ、人の命は羽毛より軽いと思う?」

しばらくして、返信があった。

「なんて答えていいかわからない。昨日、祖父が亡くなりました。眠るように、天使のような安らかな表情でした。ただ、わたしたちよりも一足先に主のもとに行っただけ、しばらくしたら、また会えます」

彼女の悲しみの深さを測りきれず、

ありきたりなお悔やみの言葉を返した。

心の中で、

安閑とした天国に暮らす人間よりも、この世界に苦しむ魏のほうが私は好きだな、

などとつぶやきながら。


これが昨日の出来事。

まだ手術の行われておらず、

また、金額が足りているのかもわからない。

昨日からずっと、

人の命は羽毛よりも軽いのか?

という言葉が、心の中で、意味を持たずにこだましている。

モデルとなった現実世界の徐君は手術成功し、再発もなく、今は独立してどこかで働いています。会社で貸した金を返してくれたかどうか、返してもらった記憶がないんだよなあ。。。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ