未来への手紙
深い森の奥に泉がありました。泉のほとりには大きな大木があって、天気のいい日でも葉の先から雨のように滴が落ちていました。大木は根から泉の水を吸い上げて、葉の先から雨のように降らしているのです。この泉にはいろんな動物が水を飲みにやってきます。
森に住んでいるアリクイもやってきました。薄いこげ茶色のふさふさした毛に、背中の模様はまるで紺のつりズボンをはいているようです。口の先は長く伸びていて、狐よりも長い顔をしています。いつものように前足を踏ん張って、首を伸ばして水を飲んでいると、どこからか「アリクイさん、アリクイさん」と呼ぶ声が聞こえてきました。アリクイは、びっくりして後ろを振り向きましたがだれもいません。きょろきょろと辺りを見回しました。
「わしだよ。お前さんのすぐ横の大木じゃよ」
またびっくりして、大きな大木を見上げました。葉の先から落ちてくる滴が目に入って、目を瞬きました。すると一枚の白い封筒に入った手紙が、ひらひらと落ちてきました。アリクイは三度びっくりして手紙が落ちてきた上のほうを見上げました。またしずくが目に入って、むず痒くなって顔を地面にこすり付けました。
大木は、そんなアリクイを見下ろして、少し腰を曲げるように傾きました。そして
「その手紙を未来の国へ持って行ってほしいんだよ」と大木はいいます。
アリクイは
「未来の国?俺の孫の時代の国かな。それとももっと先の国かな。そんなところへ行くのはタイムマシンにでも乗らなければ行けないだろう」と言うと、大木は
「いいや、すぐそこだよ。お前さんの足だったら一日もかからないよ」
えっ、そんなところに未来の国があるのか?アリクイは半信半疑でしたが
「うん、いいよ。お安い御用で」と快く引き受けました。
「でも、いったい誰に手紙を出すんだい」
と、アリクイが聞くと、大木は
「人間だよ」そして小さなため息をついて
「人間は木を切り倒し焼き払って、森を破壊しているんだ。木を切ってしまうと、泉はぎらぎらした太陽に照り付けられて、何日もしないうちに干上がってしまうよ。そのうち、砂漠化して人間も住めなくなってしまうさ。それに俺のような老木は切り倒されて灰にされてしまうよ。もう少し長生きして、森の動物たちに美味しい水を飲ませてあげたいんだよ」と、言った。
「よしわかった。では早速持っていくよ」
「ああ、赤いポストに入れてくれればいいんだ」
「そうか赤いポストか」とアリクイは言ったものの、赤いポストなど見たこともありません。
「どっちへ向いていけばいいんだい」と大木に聞き返すと、
「南のほうだよ。南のほうに30キロぐらい行くと小さな町がある。そこの街角に赤いポストがあるよ」
「そうか南のほうか。じゃあ、行ってくるぜ」と言って、アリクイは手紙を口にくわえると、もう駆け出していました。
30キロというのは、アリクイにとってとてつもない距離でしたが、とにかく森の中を走り続けました。この手紙を持っていって森を破壊されないよう頼まなければ、あの美味しい水もなくなってしまうのだ。アリクイは短い足をせわしげに動かして、森の中の草の間を器用にすり抜けて走って行きます。
途中ありの行列にあいました。ありは「あ、アリクイだ」食われてはたまらないとばかりに、ばらばらになって逃げ始めました。
「おっと、今日は急いでいるんだ。後でいただくよ」と言って、ありの行列を飛び越えて走りました。
アリクイは、夜になってやっと町に着きました。初めて見る町に驚きました。夜だというのに、街灯が煌々として昼のように明るいのです。大きなバスや乗用車がうなり声をあげ、二つの目を光らせて走っています。道に飛び出したら、轢かれてしまいそうです。往来にはたくさんの人が行き来しています。
人間に見つからないように、用心しながら、固い石畳を歩き回って赤いポストを探しました。ああ、あった。赤い丸いポストが、やっと見つかりました。街角の歩道の脇に、行儀良くたっています。急いで手紙をポストの口に入れました。その時です。どこからか大きな犬がほえながら飛び出してきました。アリクイはびっくりして一目散に逃げだしました。往来を歩いていた人間も
「なんだあれは」「アリクイだぞ」「つりズボンをはいているぞ」などと口々にいいながら追いかけてきました。でも人間は意外と走るのが遅いのです。見る見る距離を離して遠のいていきます。でも大きな犬はまだしつこく追いかけてきます。あわや捕まりそうになりましたが、何とか逃げ切って安全な森のほうへと帰っていきました。
命からがら逃げてきたアリクイは、未来の国って本当に怖いところなのだなと思いました。そしてあの手紙が届いてくれることを、ひたすら祈りました。
それから、幾日か過ぎたある日のことです。
アリクイが、また泉のほとりに水を飲みにやってきました。大木はいつものように雨を降らしていましたが、どこか光景が違っています。それははるか向こうから伸びてきた帯びのような道と、泉の中に半分ほど浸かっている巨大な鉄の塊でした。よく見ると、鉄の塊は大木を根こそぎ堀おこして道をつくっているブルドーザでした。
人間の話し声が聞こえてきました。
「ここは、道はつくれないな」「ああ、ブルドーザが沈んでしまうのではどうしようもないな」「当分お預けだな」「いや、ずっとお預けになるだろう。これより先は森林のままで置いておくように決まったそうだぜ」「今森林保護がうるさいからな。俺たちだってこの潤った自然の森を荒らしたくないぜ」と、話しながら帰っていきました。そして、もう一台のブルドーザを持ってきて、沈みかけたブルドーザを引っ張り出しました。
アリクイは「ああよかったあの手紙が届いたのだ」
と言って前足を踏ん張って、長い口をますます長くして泉の美味しい水を腹いっぱい飲みました。