実験と歪
ガタン!と椅子が倒れる音、そして後ずさるハルク。その顔は驚愕に染められていた。
「マーカス・Vb・ローザ?そいつの記憶を持ってんのか!?」
『全てではありません。私がこの世界にきた時まだ15だったのです。ローザの記憶も15までの記憶しかありません。』
「そういうことか、なるほどな。確かにこの転移は歪んでるみたいだな。」
悪態を付くようにクソッと机を叩く。バンッと部屋に響く音に何人かがビクッと驚く。
その一人シンクは恐る恐る聞いてみる。
「どうしたのハルク?あなたらしく無いわよ?」
「あぁ、そうだな。だが、冷静でいられるわきゃねぇよ。目の前に母親の記憶を持った異世界人がいりゃあな!」
「なっ・・・は、母親!?」
「マーカスは母親の旧姓だ。待てよ、あんたがこっちにいて俺の母親の記憶を持ってるってことは俺の母親は・・・」
『恐らくあっちの世界にいるのでしょうね。』
アサギリの返答に続き
「そうですね。ハルクの母親は十二年前に消息を絶っています。転移に巻き込まれたと考えたほうが自然でしょう。」
「でも、エリカさんはどう見ても九十超えてるわよ?」
「それが歪な通路なんです。時間がメチャクチャなのでしょう。これに関してはアサギリさんの方が詳しいのでは無いですか?」
セイルはアサギリへ話を振る。そして、アサギリは得た情報を一つ一つ説明する。
エリカと二人である実験をした。四、五十年前、今回儀式で使う巨大な魔法陣を使ってある人物を呼ぶ事にしたのだ。エリカの未来予測にもちゃんと成功する瞬間が見えたのだ。だが結果は何も起きなかった。やり方を変え、数年後二度目を行う。しかしそれも無駄に終わった。三度目の正直!と更に数年後不備を直しより効果を発揮するように書き直し行ったが無駄に終わった。もうこの魔法陣では呼べないのかも知れないと諦めた。だが
『十六年前、最初に呼んだ私の親友がこの世界にいるのを見つけた。九年前は次に呼んだ人が、三年前に三人目を見つけた。出会った時期はバラバラだったけれど、私と同じ部活動をしていた者たちだった。』
紙をめくり、書いていく。
『そして、私が元いた世界にいた時と同じ姿だった。私がこの世界に来てほんの数ヶ月の後の時間軸からだった。確かに私達の実験は成功していた。その実験に巻き込んでしまったのは申し訳ないと思っている。けれど、これは私達が帰るために必要な事だった。後悔はしていない。それに、必ず一緒に帰るつもりだもの。』
「そうですか。正直その実験を行ったという事実を我々はどう受け取れば良いのか測りかねますが、一先ず、実験例があったと言うのは助かります。」
そう、実験例はあった。ただ、余りにも無責任で、自分勝手な実験例だ。それに憤りをぶつければいいのか、安堵すればいいのかわからないが。
「兎に角、今はここで話してももう案は出ないかと思います。一つお聞きしますが、儀式は明日の何時に始める予定ですか?」
『明日の正午。部屋全体を巫女達の力で満たす必要があるので、その時間が良いでしょう。良いですか巫女達、明日の儀式には全員の力を馴染ませなければなりません。万一馴染ませられなければ何もかも失敗です。それだけは理解しておいて下さい。』
エリカの言葉を見て巫女達はそれぞれの反応をする。緊張する者、笑う者、グッと力が入る者、自然体の者。それぞれの目を見て確認するエリカへ最後に一人一人頷いた。
「今日は城でゆっくり鋭気を養ってくれ。我に出来るのはそれだけみたいだしな。」
王の言葉に従うようにスッと入口へ向かうスタル。扉を開けて、今日泊まる八名に声を掛けた。
「では、客室を準備致します。皆様はもう暫くお待ちいただけますでしょうか?」
数名がこくりと頷き、それを返事とみたスタルは部屋から出て、音が鳴らないように扉を閉めた。