ランザスの提案
2年ぶりの投稿・・・今日からしっかり続きを書いていきます
自室で正吾が起きたとき、窓に目をやると、日も暮れ始めていた。
(夕方・・・それも当たり前か。昨日は昼にこちらに来て、今朝までずっと動き回ったのだから)
正吾はベッドから降りて、寝る前にいつの間にかに脱いだ靴を履き、剣帯をつけた。
部屋を出て階段を下りると、リビングの食卓にはヤンケとケルシが居た
「おや。おはようございます?ですかね」
「おお、あんちゃん。もう起きて大丈夫っけ?昨日はどうもありがとうね、おかげで村んみんな死なんとすんだ」
「いえいえ――」
そう言おうとしたところ正吾の腹が鳴る。
「すみません、昨日の晩に少し軽食を取っただけなので何かいただいてもよろしいですか・・・」
「ええとよええとよ、ケルシ!なんか出したって!」
「はいはい、分かりました。少し待っててくださいねショウゴさん」
とケルシはキッチンへと早足で向かっていった。
「座り座り」
とヤンケは正吾に、座るように勧めた。
正吾は空腹のあまり何も言えず座った。
「昨日はほんにありがとうね」
「いえいえ、成り行きですよ」
「それでも、村長として感謝を申し上げる」
ヤンケの普段の方言はなりを潜め、ひどく丁寧な口調で礼を述べる。
正吾は面食らい、思わず色々考えてしまった。
(フォーマルなときは方言でなく標準語で喋る人なのかな。しかしこの世界で標準語とか方言ってどういう風になってるんだ?最初に詰め所に行ったときにあった書類を俺は読めなかったから、日本語や英語、既存の地球にある言語とは別の言語なのだろう)
そう正吾はこの世界、オリビアに来て初めて村に来たときから違和感を感じていた、文章は違うのに聞こえる音は日本語と同じということだ。
(おそらく、アビトが言っていた世界間の差異の知識の中にあるものなんだろうなぁ)
正吾はそう自己完結をしていると、ヤンケは続けた
「あなたが居なかったら、この村は皆殺されていた、そうでなくとも飢えて死んでいただろう。あなたはこの村の恩人だ、何か困ったことがあれば教えてほしい。私たちにできることなら何でもしよう」
「ど、どうしたんですか、急に畏まられても・・・どうか今までどおりでお願いします」
「隣人には親切心を、恩人には礼節を。領主さまに言われた言葉じゃけん、領民のわしらもならわにゃな」
ヤンケは漸く言葉を崩して笑った。
「素晴らしい領主様なんですね。そうそう明日、ランザスさんと領都へと行くつもりです。貴族の方と話したことがないので若干不安ですが」
「そうかぁ領主様は細かいことは気にしない性格じゃし、失礼があっても多少のことは見なかったことにしてくれるからのぉ。ちと気をつけながら喋れば咎められんから大丈夫じゃけ」
「そうですか!やはりお優しい方なんですね」
「そうとも!領主様はな――」
ヤンケはどうやら領主の狂信的な領民らしく、ケルシが食事を持ってくるまでの30分ほどマシンガントークのごとく話し続けた。
曰く、領主が若いころは盗賊が出たときに領主自ら剣を取り、騎士団をおいてけぼりにして数十人規模の盗賊たちを一人でほぼ全滅させた。
曰く、例え賊であっても論で伏し、従う者は配下として登用する。
曰く、領民が飢餓や流行病で苦悩すれば、自らの侍医を派遣する。
曰く―
(全て本当だとしたら、領民からすればとんだ名君だけど家臣たちを困らせそうな人だなぁ。人はよさそうなカンジがする)
正吾が遠くを見る目をしだすと、
「ちょっとあなた!ショウゴさんが困ってるじゃない」
「あ、いえお気になさらず、領主様と話す上で実に参考になりました」
「そうかしら?」
ケルシはそういいながらお盆の上からテーブルの上へ食事を置いた。
パンと野菜と何かの肉料理―ゲテモノではない―は質素だが、香辛料が少し使われた香ばしい匂いが正吾の鼻を刺激する。
正吾はフォークを持つ前に気づく、
(おっと・・・この世界でも食べるときはいただきますだったな)
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
正吾はさっそく肉料理をフォークに刺し口に入れる。
(旨い・・・肉その物は牛肉とは何か違う、淡白な味で羊肉系の特有の臭いがほのかにするが、香辛料―胡椒系がそれを香ばしくさせている。旨い)
「おいしいです」
「よかったわ!お口にあって」
正吾は舌鼓をうちつつ、ケルシに言う。
「これは何の肉でしょうか?羊肉や牛肉・・・というわけじゃないですがすごくやわらかい肉でとてもおいしいです」
「その肉はね鹿肉よ」
「ほお!鹿肉ですか!いただいたことはありませんでしたので、よい経験をさせていただきました」
「それはなによりだわ。あっちにおかわりもあるからたくさん食べてね」
ケルシは台所を手で指してそう言う。
「非常に血抜きも上手で、肉質も良いものですね、猟師の腕が良さが透けて見えます。是非にお聞きしたいのですが、どなたが獲ってこられたものなんです?」
「フェインさんの家がつい先日狩ってきたの」
「フェインさん?」
「あぁフィルんとこの父親じゃけ」
正吾が知らない名前に首をかしげるとヤンケが答えた。
(しかしケルシさんは標準語なんだな、焦っていたあの時は気がつかなかったが・・・)
少しばかり好奇心に駆られた正吾は
「ケルシさんはこの村出身ですか?」
と聞いた。
「いいえ、領都の出身よ。私の実家は領都を拠点にしている行商人なの」
「へぇ!そうなんですか」
「そうよ。行商人業を営んでいた父の仕事の付き添いでこの村に来たときがこの人との出会いなの」
ケルシがそう話すと正吾に冷や汗が流れる。
(あっこれマズいパターン・・・)
「この人はね―」
惚気が始まった。
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食事をしながらケルシの惚気話を聞くこと約1時間。
日は完全に落ちて、正吾は呆然としていた
(似たもの夫婦・・・こんなに続くとか・・・変な地雷が落ちてるなぁこの世界・・・)
なんとなく正吾はアビトが大笑いしていそうな気がしてムズムズしていたころ。
村長宅の玄関の戸が叩かれる
「ショウゴさん起きてるか?」
ランザスの声だった。それはある意味正吾にとって救いの声だった。
「ランザスさん!」
思わず正吾は助けを求めるように声を出した。
「ん?どうした。ショウゴさんそんな飼い猫が飼い主に助けを求めるような顔をして」
「飼い猫って・・・いやそうじゃなくて、今日はどうしたんです?明日出発なはずですしもう夜ですが・・・」
「ああ・・・流石にもう起きてるだろうと思って明日の打ち合わせをしておこうと思ってな」
ランザスは片手に持っていた鞄を持ち上げて示しながらそう言った。
「すみません。あまりに寝とぼけてしまってお待たせしたようで」
「いやいや、休養は大事だとも」
ランザスは心底気にしてないという風に手を振った。
「そうですね。明日は任せっきりになるとおもいますが・・・ああ、そういえばこの村に旅の必需品を置いてる商店とかありますか?」
「それならフィル君の家が狩猟を営んでて肉類全般を卸してたと思うよ」
「ああフェインさんの家ですね?」
「そうだよ。あとはセイさんが――」
とランザスから正吾は旅路に必要な物資の調達先を教えてもらい、脳内にメモをした。
「ふむふむ、では明日の朝に一通り回って手に入れてくるとしましょう。幸いにして路銀は多少ありますので」
「いやいや、私が出すよ。今回のことで世話になったし」
「えぇ!いやいやそこまでしていただくには・・・」
「いや十二分に君に助けられたとも。謙虚なのはいいことだが、あまり遠慮しすぎるのも考えものだぞ」
「そうですか・・・お言葉に甘えてそうさせていただきます」
ランザスは満足そうに頷いた。
「さて、話を戻しましょう。明日の打ち合わせでしたね。ここでしてもいいですか?ヤンケさん」
「ええとも」
とヤンケは快く承諾するが
「すまない。ショウゴ君、申し訳ないが君には詰め所まで少し来てほしい。内密の話・・・具体的には今朝の続きがある。すまないねヤンケさんも」
「わかりました。すみませんヤンケさん」
「領主様に関わる話ならしゃあないけん」
ヤンケは少しばかり残念そうにしながらも、頷いた。
正吾はランザスに連れられ、詰め所へと向かった。
************
小屋のような詰め所に正吾が入るとキースが幸せそうな顔でイスに座ってテーブルに突っ伏して寝ていた
その様子を見ているランザスは片手で顔を覆い、そして
「キース!」
と怒鳴りランザスはキースの座っているイスを容赦なく蹴り倒した。
当然キースは突然の不意打ちに成す術無く小屋の中が丸ごと震えるような音と共にキースは倒れ伏した。
「なにするんですかランザスさぁん・・・」
「何するも何も無い!夜になったら打ち合わせをするといったろうが!それを突っ伏して寝ているとはどういうことだ!」
「だってショウゴさんだって寝てたじゃないっすかぁ・・・」
「客人は客人だお前は衛兵だろう!非番でもなく仮眠時間でもないんだしっかり起きておけ!」
「へい・・・」
呆然としていた正吾にランザスは頭を下げる。
「見苦しいところをお見せした」
「いえ、私もこの時間までずっと寝ていたのでキースさんが居眠りしたくなるのもわかりますし。内輪の話に首を突っ込むようですが、そこまで責めないでいただきたいと思います」
「すまない」
と再度ランザスは頭を下げた。
「いや何度も頭を下げるものじゃないですよ。ランザスさん」
「ああ、改めて村を救ってくれてありがとう。私たちに大きな非があった。旅人の君に多大な迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳なく思う」
とやはりランザスはまた頭を下げた。
(ずっと思っていたが、ずいぶんと腰の低い人だ・・・)
正吾は少しばかり疲れたように言う。
「言ったそばから頭を下げますね・・・ランザスさん」
「すまない、だがこれは私たちの事情に君を巻き込んだ。謝罪せずにはいられない」
「謝罪は受け入れますし、気にはしてません。ですから話を前に進めましょう。このままだと明け方までランザスさんが謝り続けることになりそうで困ります」
「ああ、そうだな。とりえあず座ってくれ」
正吾はランザスに勧められイスに座った。キースは・・・ランザスに無言の圧力で壁際に立たされていた。
「明日だが、昼過ぎに出発しても領都に夕方には着くから、それまで必要なものを手に入れてくるといい」
いつ出発するか、集合場所等、明日の大まかな段取りを二人は決めて、次の話題を正吾は挙げた。
「さて、今朝の話の続きでしたね。本題に入りましょう。私が寝ている間にでも彼ら(盗賊たち)を尋問にでもかけましたか?」
「なぜそう思う?」
ランザスは少しばかり笑みをたたえながらそう言った。
正吾はそんなランザスを気にも留めず言う。
「今朝の話はあれで殆ど終わっているはずだからですよ。わざわざこの村とあなたたちの計画について、今更詳しく説明するのは失礼ですが、蛇足も蛇足でしょう。なら、彼らを尋問して新しい情報が出た、または自分が必要な事態がまた起きた。ということしか私の想像力の乏しい頭では思いつきませんから」
ランザスは笑みを隠して苦虫を噛み潰したような顔にして言う。
「あれだけのことをやって、想像力に乏しいかどうかは分からんが、どちらも正解だ。領主様のところに行くまでに時間があったので尋問をした。新しい情報もあるし、君には領主様に会うだけでなくもう少し協力してもらうことになるかもしれないが・・・」
「まぁ、この件は下手したらどころかほぼ絶対に他国が絡んでますよね。で、今回私はそれに巻き込まれた。このまま良くとすごく泥沼に巻き込まれそうですが、ここで逃げたら逃げたでいくら優しい領主様とはいえ印象も悪くなるでしょう。協力はしますよ、話次第ですが」
「すまない」
またもランザスは頭を下げたが、もう正吾は気にも留めなかった。
「それで、彼らは大人しく吐きましたか?」
「ああ、奴らは雇われ傭兵で、とある国が絡んでいることは分かった。まぁこのロラス王国と仲の悪い国は二国しかないから、君なら想像はつくだろう」
(えっと、思わぬところで新情報だな。ここロラス王国だったんだな、うっかりしてた自分の現在居る国すら分かってなかったとか・・・)
正吾は国家に関して思い出す。
ロラス王国は世界標準の地図上では最東端、海に面した国である。
王国から南西に位置する地図上最南端のキーナス公国や王国から西に位置する地図上中央の強国、ザイクス帝国とは犬猿の仲。
ロラス王国以外の周辺国家は毎年度し難くも戦争をしているが、王国は山に囲まれ海に面している立地の関係で攻められても負けず攻めるのも一苦労という事情から犬猿の仲の国家二国からは貿易制限、小競り合い程度で済んでいる。
(今居る国は分かったが、国のどのあたりかまでは分からないからそれとなく聞くしかないか・・・)
「あの・・・この村って王国のどのあたりに位置するんでしょうか・・・?あまりに無計画に旅をしてきたもので・・・」
直球である。
正吾は焦るあまりにそのままに聞いた。
「あぁ・・・ヤンケさんが言ってた通りあまり考えずに進んできたんだね・・・」
やはりヤンケに呆れられたときと同じように、ランザスにも呆れられた。
無計画の馬鹿と罵られなかっただけマシだろうか。
(しまったな。聞き方を間違えた)
「あはは・・・すみません」
「いや、君のことだろう」
ランザスは呆れ顔のまま、詰め所の壁に立てかけてある王国の全体図が見渡せる地図を指して正吾に説明をした。
「この村は王国の西というよりは南よりのキーナス公国との国境線近くだ。領地の南西側がキーナス公国との国境に接している。北部は他領だが、ザイクス帝国が仕掛けてきたときは領の騎士団が援軍に向かったりする。その様子だと領主様の名前も爵位もしらないね?」
「申し訳ないです。知らないです。たはは・・・」
(しかし、この地図はこの時代にしてはかなり精巧な地図だな。昔、本で見た地図製作者のアブラハム・オルテリウスの地図や伊能忠敬の日本地図よりもずっと正確に描けているように見える)
正吾は与えられた知識にあるこの世界全体が描かれた地図を思い出しながらそう考えた。
この領はロラス王国の南西に位置し、この村はその領の中でも最南西に位置する。
この世界でも地球の中世の時代と同じように悪路が多く、民間は勝手にその道路を勝手に整地したり、新しい道路を作ったりすることは多くの領では禁止されているようだが、この領では民間に委ね、インフラが整っている道が多いそうだ。
しかし、如何に整備されていようとそれは中世のレベルでしかなく、国境沿いに万里の長城もどきがあるわけでもない。
つまり、正当に入国するための国境検問はあるが、それさえ避ければ好き放題不法入国できる時代であるこの世界において、この村近辺はスパイたちにとっての最初の拠点になりやすかったわけだ。
それを利用して、彼ら(ランザスとキース)はスパイのあぶり出しをした。もちろん怪しんだり、気づいたりしたスパイはいたのだろう。しかし如何にスパイといえど潜入している以上、潜入先の上司の命令にはおいそれとは逆らえない。だから、スパイ狩りをしている彼らは今回狙われた。
「領主様のお名前はディートリヒ・ヴェッティン辺境伯爵様だ。まぁ気さくな方だが、あまり調子に乗って距離感をつめすぎないようにな。領主様ご本人は気にしないだろうが、領主様の配下達も皆全て気にしないとは限らない」
地味に実感のこもった言い方でランザスはそう言った。
「まぁ貴族の方ですから殊更に無礼にはできませんね」
正吾は相槌を打ちながら考えた。
(何か昔やらかしたんだろうなぁ・・・この人も)
「さて、話を戻そう。今回要らないお節介をかけてきてくれたのはほぼ間違いなくキーナス公国だろう。盗賊の頭はどこの国とは分からないとは言っていたがね。まぁ盗賊達が拠点にしているのはキーナス公国というのもあるが、ザイクス帝国が仕掛けてくるにしては単純すぎるからな」
(ふむ、ザイクス帝国はそんなことするのはウチじゃないですよアピールみたいな単純な真似をしないと)
単純にランザスにキーナス公国に対して敵意を持つように誘導されている可能性もあるが、そんなことをしてメリットもないだろうと正吾は考えた。
「キーナス公国がこの領にちょっかいをかける理由としてはまぁ仲が元々悪い以外にあるんですか?」
「いや正直良く分からん。下らない嫌がらせならいつものことだが今回のは少しばかり度が過ぎている。君はどう思う?」
「何かの余興のつもりですかね?下準備のような気がしないでもないですし。単純にスパイ狩りをしているあなた方が邪魔だったという可能性もあるでしょう」
「ふむ、君にも見えないか」
「逆に何か分かるとでも思ってたんですか?ただの一般人に」
「いや、一般人だとは思えないのだが・・・」
「はぁ・・・」
正吾はこれ見よがしにため息を吐いてみせた。
「まぁいいでしょう。ただこの時期(収穫期前)に仕掛けてくるとしたら、有能だったり大事な情報を持ったスパイを回収したかった。とも取れますね。あるとしたら戦準備でしょうか」
「ほう」
「それで、私に何をお望みですか?一民間人の私が何か国家間や貴族間の謀略に関われるほどの実力も知識もありませんが」
正吾がそう言うと、ランザスは
「君から盗賊の頭に尋問をしてみないか?」
と言った。