後片付け、そして答え合わせ
夜明け前、村人たちは投降した盗賊たちを縛り、倉庫の中に閉じ込めていた。
「木材を湿らせる必要はなかったかもなぁ・・・」
正吾はそう呟く。
「そうでもないぞショウゴ君」
「おや、これはランザスさん。どういうことです?」
「その辺を見てみればいい。松明が木材や丸太の前に落ちてるだろう?」
ランザスが松明に指を差しそう言った。
「確かにそうですね。しかし、投げているところを見てはいないのですが・・・」
「あの馬鹿が場所を弁えないで盗賊を斃していたんだろう」
盗賊を煽りながら倉庫へと蹴り入れていくキースをランザスは目で示す。
「ああ、キースさんか・・・。そのために湿らせたわけではないのですが・・・意外と彼が強かったので、奴らが彼にひきつけられていたようです。そのおかげで被害無く勝てたようなものなので、そこについては目を瞑ることにします」
「そうしてくれ、うちの部下がところ構わず危険物もった人間を殺した結果村が燃えそうになったなんて報告できないからな・・・」
ランザスと正吾は苦虫を噛み潰したような顔をし、そして、二人で笑った。
「ところで、盗賊たちの今後ですが、彼らの身柄は私に預からせてくださいね?」
(別に盗賊たちの身柄は要らないが、その頭の身柄は俺がもらう。使い道はいくらでもある。奴隷にして旅路の肉盾にしようとは思わないが人手も欲しい。そして何より情報が欲しい。最低限の常識しか持っていないんだ。)
正吾は奴隷紋の概要をアビトから与えられた知識を思い出しながらそう考える。
この世界では奴隷には魔法によって奴隷契約が結ばれ、奴隷紋が刻まれる。主となった人間の『命令』には程度はあれど絶対遵守。
その程度は借金奴隷程度では命に関わること、尊厳に関わることは『命令』できない。
例外として犯罪奴隷には人権は無く、肉盾だろうが自害だろうが『命令』できる。
今回の投降した盗賊たちには慣例上、犯罪奴隷としての奴隷紋が刻まれるだろう。しかし、その首領は斬首の上晒し首となるだろう。
「何を言ってるんだ・・・。いくら君が功労者とはいえ、さすがに身元の分からない旅人に罪人の身柄を渡せるわけがないだろう・・・命の保障の問題なら領主様に掛け合って奴隷落としで済ませるから、それで勘弁してくれ」
(尋問というかこの世界だと拷問コースじゃないだろうか・・・だが奴らの頭はなんとしても貰うか、尋問をさせてもらおう。彼は良い情報源になりそうだ。
一番の理由だが、ランザスさんは国でないにしても公に属する人間だ。ぼかされるかもしれない以上この村を狙った理由は直接聞きたい。
何故ランザスさんが負傷していたことを知っているかも知りたい)
「では、盗賊のリーダーだけでもいいので、彼の身柄は貰えませんかね?」
「私からはこれ以上なんとも言えん・・・村防衛、盗賊捕縛の功労者として領主様に顔繋ぎはするから、後は自分で交渉してくれないか?」
正吾は顎に手を当てて考える。
(ふむ、これである程度は情報が手に入るし、ついでにここがどの辺りなのかも知ることができそうだ)
「分かりました、その辺で手を打ちましょう。その代わりといっては何ですが」
「何だ?」
「何故この村が襲われる理由がわかりません、心当たりがあるのではないですか?戦いの前にも聞こうと思いましたが、はぐらかしましたよね?」
そう正吾が言うと、ランザスは
「ここじゃ話せない、詰め所にきてくれ」
と言った。
「わかりました、場所を移しましょう」
正吾の答えを聞いたランザスはたどたどしい足取りで詰め所へと向かい、正吾はその後ろをついていった。
*************
詰め所に着くと、そこには誰もいない、ただテーブルと二つのイスといくつかのベッドが置いてあるだけだった
「掛けてくれ」
「はい」
二人は座りテーブル越しに向き合った。
「まずは、礼を言う。この村を守るために手を尽くしてくれてありがとう」
「とんでもないです、ただ飯食らいになりそうだったので、少しばかりお役に立ちたかっただけです」
「あれを少しというかね」
ランザスは軽く笑う。
「ええ、私がやったことはそこまで大きな役割を持ちませんから。そういう意味ではキースさんが今回の功労者でしょうね」
「あの馬鹿がか・・・」
ランザスは頭を抱える。
「彼に何か恨みでも?」
「いや・・・奴は私が騎士団に居たときから問題を頻繁に起こしていたんだ。まぁアイツが散々団長だのなんだのと言うから、大体察しがついてるだろう。私は騎士団の元団長だが、奴は元団員で、ことあるごとに他の団員と喧嘩を起こし、その度に私が仲裁するということを繰り返していたんだ」
ランザスは昔を懐かしむかのような目をしながら話を続けた
「奴が15のときにな、決闘で騎士団の小隊長を殺したんだ。私が事情を詳しく聞くと奴はこう言った、こいつは隣国のスパイだから決闘形式を取って殺したと」
(すっごく話が胡散臭くなってきたな。キースさんはメチャクチャ強い騎士で、スパイ見つけたから決闘しかけて殺した?)
「それで?」
「私は当然調べた、そうすると今度は山ほど証拠が出てきた。他国の連絡役との密会をした証拠、小隊長が書いたであろう手紙の中には騎士団の戦力情報、領内の経済が事細かに書かれていた。当然キースが逆に罪を着せた可能性も考えた、だがどれも当時下っ端だった奴が見つけられるような情報ではなかった」
「その話はいいです。キナ臭すぎて、泥沼に入りそうですから」
といって正吾は話を切ろうとしたが、ランザスは首を振って
「いやいや、君が聞きたいであろう、この村が襲われた理由につながる話だ。最後まで聞いてくれ」
と言った。
(話が見えなかったがそこに繋がるのか・・・というかキースさんとんでもないな)
「分かりました、お聞かせください」
「ああ、それで。この村はな、そのスパイを見つけるための村でもあったんだ」
「というと?」
「キースがあるとき言ったんだ。『あなたは俺を信じてはくれないでしょう?信じられる状況を作りますから協力してください』とね」
ランザスは一度ため息を吐き、椅子に背もたれに肩をおきつつ話を続けた。
「そのとき出したキースの要望は三つだ、情報的に隔離された場所でスパイと疑われる人物数名と私とキースが一緒に居ること、だがそれには私が団長職を引退し、後任の支援を得なくてはならない、そして最後にそこは村でなくてはならない」
「何故村・・・ああ、そういうことか。余所者が訪れたらすぐに分かるようにするためですか」
「やはり、君は若いのに賢い・・・昔のキースのような雰囲気を感じる・・・その通りだ、だから私も君が連絡役なのではないかと疑った」
(そういうことで疑われてたんだな、怖!下手したら首落とされてたんじゃないのか?)
「もし君が殺されることを危惧していたのなら、安心してくれ。私がキースに出した条件がある。それは連絡役、スパイを殺さず捕らえること、奴はしぶしぶだが承諾している」
「中々物騒ですねぇ」
「ああ、それでも効果は上がっている、漏れる情報は格段に少なくなった。キースがスパイ本人で、漏らす情報を絞っているという可能性も考えて奴を内偵したことはあったが、怪しい点があるとしたら他の団員を尾行していたということだろう」
「それに関してはランザスさんも人のこと言えませんねぇ」
「その通りだ。だがしかしそれでやっと奴が喧嘩を起こす理由が分かった。最初は奴も尾行に慣れていなかったんだ、だから気付かれて喧嘩を起こしていた」
「ケンカ何度も起こしてるのにその理由を聞かなかったんですか・・・」
正吾が呆れ気味に聞くと
「いやなんというか・・・当時団長だった私は口論から殴り合いになった程度にしか聞いていなかったからな」
「何年繰り返しているんです?こんなこと」
「もう10年だ、奴が15のときに始めたから奴ももう25だな」
「中々キースさんも努力家ですね、ところでなんですが」
正吾は話を少し逸らし、聞く。
「私のことを幾つぐらいの年齢だと思ってます?いえ、ランザスさんから見れば子供みたいなものかもしれませんが」
「17,8ぐらいじゃないのか?」
正吾は少しばかりショックを受けつつも、モンゴロイドとアングロサクソンの顔つきの違いを思い出し一人納得する。
「私は28ですよ?10年も若く見られるのはありがたいことですが、時として侮りを受けているように感じるものです」
「なっ!・・・それは失礼した。それではショウゴ君って呼んでいたのは不快だったかな?」
「いえ、ランザスさんぐらいの方からしたらそう呼ばれるのしょうがないことですので、特になんとも思ってはいません」
正吾のその言葉は思わぬ棘だったらしく
「私ぐらい・・・まだ50なんだが・・・他人に言われると少し・・・いや、しかし・・・」
とランザスはぼやきつつも白髪交じりの黒髪を撫でる。
「失礼しました。話が逸れました戻りましょう」
正吾は話を戻す。
「ああ、そうだな。それで今回は二人の騎士団員のどちらかがスパイなのでは、と疑っていた」
「ふむ、話がつかめてきました。他国の指導者や諜報関係者がランザスさんとキースさんと現団長さんが行っているスパイ狩りが邪魔でこの村が襲われたということですね。もっと正確に言えば、あなたたち二人が狙われた」
「そういうことだ。だから君を巻き込んでしまったことは大変申し訳なかったと思っている。このタイミングで襲われるとは・・・やはりバレていたということなのだろうね」
「それは良しとしましょう、旅は道連れといいますから。別の意味で今回は道連れにされかけましたが」
はた、と正吾は気付き
「えっと・・・今思ったことがあるのですが・・・」
ランザスに言う
「どうしたのかな?」
「負傷していた衛兵二人はどうしました?」
なんだそんなことかと、ランザスは笑う
「聡明な君にしては気付くの遅かったね。彼ら二人ともスパイだったから地下牢にぶち込んでるよ」
「いつの間に!?」
「先ほどの戦闘の最中だよ。君が私をヤンケさんの家に配置してくれて助かった。適度に傷を負っていれば疑われないと思ったのだろう。彼らは連絡員に接触していたよ。だが、この足だ、肝心の連絡員には逃げられてしまったがね。この作戦も今回で終わりかな」
(ひゃー・・・俺の策が失敗して、負けてたらどうするつもりだったんだこの人。しかしこれで分かった、盗賊の首領がランザスさんが負傷していることを知っていたのも、そのスパイがなんらかの手段で連絡を取ったから。村が襲われたのも、どこかのスパイの雇い主があの盗賊を雇ってでもランザスさんとキースさんを始末したかったということだな)
正吾は、首領に聞きたいことリストを消し、脳内の彼の価値を下げる。
「しかし、どうしてキースさんはスパイ狩りにそんなに躍起になっているんでしょうかね?失礼ながら愛国精神に溢れている方とも思えないのですが」
「それはな。奴が今はない国の出身だからだよ、その国はとある一人の天才的なスパイの情報によって滅ぼされたんだ。巨大な国というわけでもなかったが、」
「天才的なスパイ・・・失礼、そういった諜報員にたいして恨み骨髄ということですか?そんなつまらない人間にも見えないのですが」
「その通りだ、特段、確認はしたことはないが、奴は恨みとかで動く人間じゃない。ただ、前に奴が言っていたが『ただ、そんな裏の仕事をしているんだから結果として闇に葬られても仕方ないよな』というのが奴の論理だ」
ランザスはなんともいえぬという表情でそう語った。
「いやはや、中々壮絶な人生を送っていますね。彼は」
「君もそうなんじゃないかね?意外と奴と似たところがあると思うんだが」
「いえいえ、私は平和な国で平和に生きてきた身ですよ、唐突に国を追い出されてしまいましたが。今思えば人を殺したのも初めてですね、思い出しただけでも気分が悪い」
「ふむ、どこかおかしいと思っていたんだが、君は戦闘や戦術の知識はあるのに、人を殺したことは無いと言う。しかし、手際よく盗賊の頭を捕縛する。どこかちぐはぐなんだ。君は一体何者だ?」
ランザスの雰囲気が変わり、鋭い刃のような殺気が漂ってくるのを正吾はピリピリと感じていた。
(これが殺気か、とてつもなく息苦しくなる、意識が遠くなるような感覚だ。命を懸けて人を殺したからか感じられるようになってきたな・・・)
声が震えそうになりながらも正吾は言葉を返す。
「私は国を追い出された、ただの旅人ですよ」
しばらくの間が部屋を支配し、やがてランザスの鋭い刃がかき消える。
「・・・そういうことにしておこう、恩人の過去を暴こうとするのは無礼極まりない。申し訳ない」
そういうと先程のランザスの殺気はなりを潜めた。
「いえいえ、あなたの立場からだったら当たり前の質問だと思いますよ」
「ああ・・・明日、領都にいる領主様に報告に行こうとは思うが、一緒に来るかな?」
「そうしたいと思います。是非、ご一緒させてください」
と正吾は答えた。
「とりあえず今日はもう休みたまえ、昨日から一睡もしていないだろう」
「ええ、そろそろいい加減休みたいところだったんです」
正吾は自分の目をこすりながら、そう答える。
そうして正吾は詰め所を出て、村長宅に行き、自室に戻る。
途中ヤンケが何か言っていたかもしれないが特に記憶できずベッドに潜り込んだ。
「今日は色々ありすぎた・・・とりあえず眠ろう・・・」
とりあえず一章終了です。
二章は明日書けたら書きます