プロローグ
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何もかもが、つまらない。誰も彼もが規格化されていて、典型化《テンプレート化》されていて気持ちが悪い。
当然飛びぬけた奴は頭打ちつけられるし、TPOを弁えない奴はつまはじきにされるだろう。
人間の社会とはそういうもので、その結果が”現代”の規格化された社会なのだ。
そこで育ってきた人間の中の上澄みはさぞ、使いやすい人材だろう。
だが、そんなモノは人間ではない、行き詰ってしまった生き物だ。
そんな世界に私は退屈さを感じていた。
当時の自分を振り返ってみれば、ゲームや少しばかり体を動かしたり、大学院に在籍していたときの名残で面白げなタイトルの論文を読むぐらいが趣味だったので、私自身もつまらない人間の一人であっただろう。
今を思えば、あの瞬間から確かに私の人生は辛くも、面白いものにはなったかもしれないな。
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幸せになれそうで不幸にもなりそうなある若い男がいた。
その男の名前は藤田正吾
どこにでもいるが人並み以上の成績を収めている営業サラリーマンだ。
仕事を終えた正吾は、普段通り電車に乗って家に帰ってきた。
そのはずだった。
一人暮らしで住んでいる借家の玄関の扉を開き、いつものように無意識的に家に帰ったはずの正吾はいつの間にか見覚えのない白い空間にいた。
「えっ?ここどこ?」
そしてどこからともなく、男とも女とも取れる声が響く。
「ようこそ、君は選ばれたんだ!」
「はぁ・・・?」
思わず正吾は呆然として答えた。
「状況がつかめないかね?それも当然だな!
君からしたら唐突に真っ白な何もない空間に閉じ込められた挙句、いきなり君は選ばれた!なんて言われるのだから」
よくコロコロと声の調子や声色が変わるその人物おどけるようにそう言って、白い空間の中で更に白い光が集まると一人の青年が無邪気な笑顔で姿を現した。
その青年は銀髪に白スーツ、スラっとした身なりだった。
「えっと・・・どちら様ですか?」
正吾がありえない状況に耐え切れず、おずおずと聞くと
「私かい?私はね、アービトレイター、アジャスター、いろんな名前で呼ばれるけど一番君に馴染み深い言葉は神かな?
まぁ私を知る人からはアビトなんて呼ばれているね。君もアビトと呼んでくれてかまわないよ」
その男はどこかおちゃらけた調子で名乗ると、懐からトランプらしきものをおもむろに取り出して手品師のようにカードをシャッフルする。
正吾は未だ事態が掴めず、困惑しながら話を促した。
「それでそのアビト様が何故俺をここに?」
「うんうん当然の質問だ!実はだね、僕のお願いを聞いてもらうついでに、つまらないありふれた社ち・・・ゲフン、ありふれたサラリーマンをやっている君の人生に少しばかり華やかな色をつけてあげようと思ってここに君を招待したんだ」
アビトは手に持ったトランプをフィションの手品師のように空中でリボンススプレッドをしながら続ける。
「もちろんタダでとは言わないよ、君の目の前には巷で言われる神様がいるわけだ、君の望みを報酬として叶えてあげようじゃないか。もちろん、世界をぶっ壊すとかちょっと聴いてあげられないけどね。あと、君に拒否権はないよ!―――ところで君、少し冷静すぎやしないかな?」
好き勝手にマシンガントークのごとくまくしたてる自称神は、唐突に正吾の目の前につくりのいい顔近付けて、そう言った。
「いえ、ものすごく動揺してます。ただ、このよくわからない場所で、体が何かで縛られている。
しかもそれは現実のものではない未知の力、自分が無知なだけかもしれませんがあなたが超能力者とかそういうのではないなら、本当にあなたは神様なんでしょう。
そういった状況で私にはどうしようもありませんから、あなたの話を聞いていようと思うだけですよ」
事実、正吾は混乱を通り越して、困惑、呆れてすらいた。
よく分からないところに拉致され、神を自称する存在が目の前でピエロか何かのようにくるくる回りながら好き勝手に言っているのだから。
「あーなるほど、混乱して一週回って冷静になるってヤツだね!」
アビトが納得したと言わんばかりにうんうんと頷いたところを見た正吾はこの神は本当に理解しているのだろうかと思いながら質問をする。
「それでお願いとは?」
「おおっと、そうだったそうだった。
君に頼みたいことはねー私が運営している世界の”空気”が澱んでいてね。少しばかり”新しい空気”を流してほしいんだ。
といっても、君が特段何かをする必要はない。
君が思う”君の常識”で世界を放浪してくれればいいんだ。」
「は・・・はぁ・・・あなたの世界とは?」
「よくぞ聞いてくれた!」
アビトは舞台役者のように大きな身振り手振りでトランプの山札の中から一枚、スペードのエースを投げあげる。
するとカードが輝いて白い空間をスクリーンにして、人々、動物、街や城、森といった景色が映り、ゴブリンやオーク、更にはドラゴンまでが映る。
正吾は現実離れしすぎた光景に、この数分で何度目かといわんばかりに驚いた。
「フフフ、驚いたかい?
これが私の世界、”オルビア”だ。見ての通りこの世界には人や動物、植物はもちろん魔法や魔物も存在する、君たちの常識で言うところのファンタジー世界さ。
どうだい?俄然興味が出てきただろう?」
「確かに、これが性質の悪い悪戯じゃなくて、この映像が合成などでもないなら一度は行ってみたいところではありますね。それで―」
どうして行かないといけないのかと正吾が話の続きを促すと、アビトはさも悲しい哉と言わんばかりに
「この世界には、王や貴族がいるのだが、度し難いことにそんな彼らの多くは税で民衆から搾取し自分の権益を守ろうとするばかりでモノを回そうとしないから民衆が飢えて死んで人の数がどんどん減っている。
民衆が飢えると反乱が起きる、そうすると貴族たちは彼らの私兵たる騎士を派遣して鎮圧しようとする、そしてまた人が死ぬ。」
と手で顔を覆いながらナンセンスだ!と言い、続けて
「まぁ、幾つモノの国の実力者に加護をばら撒いて国同士のパワーバランスを取ろうと思ったら内部が上手く回らなくなっただけなんだけどね?」
アビトは高笑いをしながら正吾に説明をする。
「もちろん力のある人格者がそこそこ居るが、まぁ少数派がなんと言っても周りが変わらなきゃ意味が無いよね~」
まったく度し難い!とやはり舞台役者のように大げさに天を仰ぐ。
「つまり、その解決をしてこいと?」
「いやいや、そんな無茶は言わないさ、人は争うものだろう?君にはそれに対して君が考える”君の常識”を以って行動することを期待しているのさ」
(やっぱり無茶・・・)
正吾にとって、見知らぬ世界に単身で放りこまれるのは変わらないので誤差である。
「しかし・・・ただの一般人の自分がその世界に入って生き残れるとは到底思えないのですが、
仮に魔物がいなくたって中世の世界ですし、街から街へ行くだけでも盗賊に襲われるリスクだってあるでしょう?それにそちらの常識だって知りません。
貴族に対しての礼儀作法を間違えれば処刑だってありえるのでは?」
正吾がそう言うと、アビトは顎に手を当て少し考えるような素振りを見せて
「ふむ・・・確かに、しかし安心してほしい。
君があちらで死亡してもこちらへ五体満足で戻してあげよう、精神面は保障しないがね!」
と言った。
(精神面は保障しないっていうのは恐らくあちらは戦乱の世で、人の死が盛り沢山ということなのだろう。どうせ拒否権はないんだ、覚悟は決めるべきだな)
「だが無知のまま送り込むのも問題だな、では君に魔法を含めた常識、君の世界と私の世界の明確な違いのみの知識を授けようじゃないか」
「どういうことです?」
「君に全ての知識を与えようものなら君の頭はパンクするだろうし、あまり与えすぎると”君の常識”が失われてしまうからね。それに、全てを知っていたら面白くはないだろう?」
(常識は客観的に見て当たり前と思われる行為。異世界の知識を加えすぎてしまうと、俺の考える”常識”が常識ではなくなってしまうとアビトは考えたんだな)
「安心したまえ、君に少しばかりのボーナスをあげよう、選びたまえ」
そう言うと、アビトはカードを4枚取り出し。
「”無尽蔵の魔力”、”未来を見通す目”、”いかなるモノも切り裂く指”、時を歪ませる時計"この4つの能力の中から1つ、君に与えよう」
∞(無限大)、大きな目、指がモノを斬っているような様子、懐中時計の柄が描かれたカードを正吾に順々に見せていく。
「聞いただけでも凄いことが感じられますね」
「フフッ、そうだね。チートと言ってくれてもいいのだよ?」
「はぁ・・・その前に、能力について質問してもよろしいでしょうか?」
「フッフッフーそう簡単に教えたくはないなーそうだ、これも4つの中から1つだけ説明してあげよう!」
(む・・・この神、中々いい性格している・・・こういうときは状況を整理しよう)
"無尽蔵の魔力"は聞いたまま、無尽蔵に魔法を撃てると推測が立つが正吾は魔法の知識は持っていない。しかしながら今聞けばこの後手に入る知識が少しばかり無駄になる。
"未来を見通す目"こちらもまた文字通り、未来予知が出来ると推察できるが、その程度が問題なのだ。
"如何なるモノも切り裂く指"この能力の使用法や性能が一番想像がつきにくいが、他の能力と比べて劣るというわけでもないと推測が立つ。
"時を歪ませる時計"こちらは時間的に何かしらの干渉を出来ると想像はつくものの、使用法、性能はこちらも想像がつかない。
(無尽蔵の魔力は内容はそのままにしても、その他の能力に比べてこれだけが弱そうに感じる・・・極端に差のあるものを選ばせるとは思えない。とするならどれを選んだとしても困ること自体はないのだろう)
正吾は一しきり悩んだあと
「では、"未来を見通す目"についての説明をお願いします」
「ふむ、それが君の選択候補かな?
いいよ、教えてあげよう。
"未来を見通す目"は君が想像している通り、未来予知だ。
性能の度合いは君の精神と肉体の状態による、と言ってしまっては不親切だね、詳しく説明しよう。
他の2つの能力と共通なんだけど、この類の能力は血統刻印や加護と呼ばれるスキルのようなものだ。
繰り返しになるけど、これらは術者の精神の状態によって使用時間が伸びたり、短くなったり、威力が増大したり、小さくなる。
例えば、なんらかの要因によって精神的に衰弱しているときに未来を見通す目を使った場合、ほんの数瞬先の未来しか見えなくなる。
特別サービスで試しに使ってみるといい」
アビトはそう言うと正吾の目の前で未来を見通す目のカードが青白く燃えて、その炎が正吾の右目に吸い込まれる。
すると正吾の視界は右目と左目で違う白と黒の世界になり、アビトの姿が二重に映った。
「なっ!?」
「フフフ、流石の君も驚嘆の声を抑えられなかったかね。
それが未来予知の目さ、今は驚いて精神が安定してないから数瞬先しか見えないだろう」
とアビトは得意顔で身振り手振りをすると、正吾の右目には一瞬先のアビトの姿、左目には今のアビトが映っている。
「これが未来予知の目ですか・・・驚きました、自分がこんな体験をするとは思っていなかったもので。
なるほど、念じればある程度先の未来が読めるということですか、貴方の隣に唐突に出現しそうなそれはさっきの映像に映っていたゴブリンですかね?」
「おや、もうそんな先まで見えるのかね、君も私を驚かせているからお互い様だね。
そうだよ、ゴブリンを出すつもりだったんだ。君も能力をどこまで使えるか試したいだろう、試しにゴブリンを出して戦闘を経験してみてはどうかな?」
「いきなり一般人に対して戦えとか、無茶だと思うのですが・・・」
と正吾が言うと、アビトが指を鳴らし白い光が集まってゴブリンが出現した。
「それっ!剣を持って戦いたまえ」
(問答無用か・・・)
アビトは剣を正吾に軽く放り投げた。
「わかりました、痛いのは嫌ですからね。戦いますよ」
正吾は剣を高校の体育の授業で習った剣道の乱取りを思い出しながら、剣を慣れぬ手つきで構えて、ゴブリンを見据えた。
(凄く足が震えている気がする・・・恐怖と緊張で一秒先ぐらいしか見えない・・・が、剣道の地稽古と同じならこれで十分だ)
「行くぞ!ッオラアアア!」
数瞬先に見えたゴブリンの隙目掛けて気合を入れて放つ正吾の諸手突きはゴブリンのわき腹に刺さり、悲鳴があがるとともに鮮血を飛び散らせる。
「お見事、初めてにしては上手く扱えているじゃないか、武術の経験が少し君にはあるようだね」
「ええ、大したものではありませんが私は昔剣道を学校で習いました。
しかし、いきなり人型の魔物を殺したのですが・・・そこまで堪えませんね、やはり魔物だからなのでしょうか」
「そこは人間の精神の問題だから僕にはわからないなー」
アビトの心底分からないというような様子を正吾は見ると、はたと気付く
「ところで先ほどは見えていた貴方の未来の姿が見えないのですが、どうしてなのでしょうか?」
「ああ、それはね、僕が世界の外の存在だからだよ。
さっき見えていたのはわざと君に見えるようにしていただけだよ」
「ああ、そういうことですか、わかりました」
(神様はチート、自分自身に関することなら何でもありか・・・)
正吾が先ほどの余韻を感じていると、
「さて、その能力でいいのかな?」
「はい、これでお願いします。あとはあちらで考えます」
「フッフフー行き当たりばったりで行くのかい?」
「行き当たりばったりも何も、このままで行く以外私に選択肢はありませんので」
だんだん慇懃無礼な口調になってきた正吾をアビトは咎めることなく言った。
「そうかいそうかい、それでは旅立つかい?」
「そうします」
正吾が答えると、アビトは手を大きく振り下げ、人二人分ぐらいの高さの両開きの扉を作り出す。
「さて、他に聞きたいことはあるかね?質問できる最後のチャンスだよ」
「そうですね、この後手に入る知識の中に魔法について詳しい説明はありますか?それとあちらの世界の情勢の説明はありますか?」
「あーうーん・・・決めてなかったなー・・・そうだね、魔法の使い方といくつかの魔法は使えるように説明書を書いておこう。もちろん、国々の説明はもちろんあるよ・・・うん」
(どちらも考えてなかったんだな・・・意外と抜けてるポンコツ神様か?)
「今君、ちょっと失礼なことを考えなかったかい?」
「いえ、そんなことはありません」
当然、正吾はそんなこと肯定できるわけがない。
「それで、他に質問はないかい?」
「はい、ありません」
「そうか、では行きなさい。君がこの世界を楽しんでくれることを願うよ」
アビトの言葉は威厳のある優しげな声だったが、どこか違和感のある声だった。
正吾が扉の前に立つと、扉が大きな音を立てて開き、白い空間の中でさらに白い光が正吾を包みこもうとする。
「では、行きます。貴重な機会をいただけたことに感謝申し上げます」
「殊勝なことだね」
正吾は今一度、覚悟を決めて扉の向こうへ旅立つ。
プロローグをお読みいただきありがとうございます。
この作品は長編気味にしたいとは思っていますが、お付き合いいただけると幸いです。
2018/2/19 1章の改稿作業を始めました