2、マルクス先輩現る
「お願いしますー。今後、革命同好会を作りますー。興味がある人は、放課後1年D組の教室にきてください♪」
入学式の翌朝、中人が眠気を感じつつ登校すると、校門前にメイドさんがいた。いや、厳密に言うとフリフリのメイド服を着た幼馴染だ。何かビラを配っているみたいだった。
中人は頬をつねる。痛い、夢ではないようだ。よし、無視しよう。何食わぬ顔で通り過ぎよう。朝の人ごみがあるから、きっとバレないはずさ☆
「あー、中人!やっと来たわね!手伝いなさい!」
早速見つかってしまった。もとより夕莉はかなりの美少女だ。言動はアレだが。しかも昨日の一件があって、今日もなぜかメイド服を着ている。そんな彼女が注目を浴びないはずもなく、その彼女がに呼びつけられた俺も周囲の好奇の視線を集めてしまう。
つまり、もう逃げられない。
「あんたも部員なんだから、これを配るのを手伝いなさい!」
100部ほどのビラを押し付けられる。白黒の簡単なビラだが、内容は少し、いや相当ブッ飛んでいる。
来たれ!新時代の革命家よ!今、この国は破綻の間際にある!腐った体制を変えるのは今しかない!若い諸君の力を我々は欲している!革命同好会(仮)……。このビラを見て入部したいと思うもの好きが現れるとはとてもじゃないが思えない。
「なあ、これがお前が昨日言っていた秘策ってわけか?」
中人は昨日の竹内先生とのやりとりを思い出す。一週間以内に部員を3人集めることを条件に、同好会設立の仮の許可はもらえたわけだ。当たり前だが、一週間後に人数が揃っていなければ、革命同好会(仮)は、そのまま立ち消えとなってしまう。
創設と同時に発生したこの緊急事態に対し、部長にして孤高の革命家、海堂夕莉はこう宣言した。「私に秘策があるわ!大船に乗ったつもりで待っていなさい!」……タイタニック号の方がまだ信用できそうです。
ちなみに、中人は、夕莉の演説動画を撮影した生徒の名前を竹内先生に告げていた。入学早々痛い目にあってもらうが仕方ない。せいぜい恨まないでほしいと思う。
「このビラって配っていいものなのか?」
中人は尋ねる。また許可を取らずに勝手なことをしているのではないか。
すると、夕莉は得意げにビラの右下を指し示す。そこには、真美ケ丘高校生徒会の印鑑が押されていた。つまりこの物騒な怪文章が学校公認の配布物ということになる。世も末である。
「なんといっても公認団体の勧誘ビラだもんね!当たり前に決まってるじゃない」
「公認(仮)だけどな……」
中人が渋々ビラを配るのを手伝おうとしたとき、予鈴がなった。
「ち、もうこんな時間ね。今日はもういいわ。代わりに、明日からは朝8時集合!全校生徒に大してビラを配って配って配りまくるわよ!」
握りこぶしを勢いよく振り上げる夕莉とがっくりと肩を落とした中人。どんな顔をしてこんなビラを配れというのだろう。クラスメイトからドン引きされる未来を思い、中人は今から憂鬱な気分になった。
放課後。1年D組の教室。中人は一人、購入したばかりの教科書を開いて予習に勤しんでいた。彼の相方にして幼馴染、そして同じ部活の海堂夕莉は、放課後も元気に勧誘活動に乗り出していっている。今頃はどこでビラを配っていることやら。
中人は留守番役であった。宣伝ビラには、放課後1-D教室集合と書いてある。万に一つでも、入部希望者が現れるとも限らないため、こうして待機しているのだ。いや、部長命令で待機させられているというべきか。
「暇だなー」
グラウンドに目をやると、体操服姿の新入生たちが、部活の見学や仮入部に行っているみたいだった。「素晴らしきかな青春の日々」と中人はジト目でそんな彼らを眺めていた。
とそんなときだった。
「うん、誰もいないのか?……おお、もしかして君が?」
中人が声をした方を振り返ると、真っ赤な人がいた。どういうつもりか知らないが、制服の上に真っ赤なマントを羽織っている。季節はずれのサンタクロースだろうか。その奇抜なファッションセンスを除けば、眼鏡をかけた理知的な感じのする美人だ。マントの隙間から見えるリボンの色から察するに1つ上の2年生のようだ。
「……え、えええ!?まさか入部希望者!?」
「どうしたんだね、君!落ち着き給え」
驚きのあまりむせてしまった中人と心配そうな顔をする真っ赤な先輩。
「そんなに動揺してどうするのだ?革命家たる者いかなるときも冷静さを失ってはいけない!」
どうやら本物の入部希望者、いや、革命家志望者だったようだ。嘘……だろ。
「まさか、先輩は、その……ビラを見て?」
真っ赤な先輩はおもむろに頷く。
「そうだ。諸君らが配布している決起文、そして、同志海堂のあの演説!まさに革命の息吹を感じさせるものだった!万国の高校生よ、団結せよ!と。今まで当局の目を避けて地下に潜んでいた私だが、いまこそ団結し、全世界のプロレタリアートのため立ち上がるべきだと思い、ここに推参したわけだよ」
このときの中人の顔は完全に引いているそれだった。日頃から、海堂夕莉という破天荒な存在に振り回されている彼にとっても、この先輩は異質であった。
「ええっと、先輩……?名前を伺っても?」
「マルクスだ!」
マルクス、それはドイツ語圏では極めて一般的な男性名である。日本だと、太郎とか大介とかそんな感じのごくありふれた名前であろう。問題があるとしたら、それを名乗っているのが、日本人女性であるということだ。
「……ええっと、あだ名とかペンネームみたいなものでしょうか?」
「偽名に決まっているだろう!?君は、まさかレーニンやスターリンが本名だと信じているクチなのか?革命家たるもの、当局の監視を逃れるために、偽名を用いるのは基本中の基本だろう!君はどこで革命を学んだのかね?」
むしろ、どこで革命を学べるのか?と中人は心の中で突っ込む。この手の人間は、下手に相手にするとどこまででも話がエスカレートしていく。ちなみに、ロシア革命の立役者レーニンやその後継者にして独裁者スターリンが、実はペンネームであるということは意外に知られていない事実だ。
「それじゃ、マルクス……先輩、一つ聞きますが、その真っ赤な格好は何ですか?」
「革命のための血を流した全ての農民と労働者、兵士の犠牲に対する敬意を示したものだ!」
「……それじゃ、愛読書は?」
「資本論に決まっているだろう!人類史上最高の傑作だ。初めて読んだときは、感極まって涙さえ流したものだ」
「尊敬する人物は?」
「つい最近亡くなられてしまったが、キューバのカストロ前議長だ。たった82人で始めた革命運動を成功させ、アメリカ帝国主義の傀儡バティスタを追い出したのだ!まさに傑物と言えよう」
キューバ革命というのは、1959年にフィデル・カストロやチェ・ゲバラによる親米バティスタ独裁政権打倒運動のことを指す。
「嫌いな国は?」
「そんなもの、米帝、アメリカ合衆国に決まっているだろ!世界中に悲しみと憎しみをばらまいて弱者を虐げる!まさに奴らこそ『悪の枢軸』だ!」
悪の枢軸とは、第43代アメリカ大統領のブッシュ氏が、北朝鮮・イラン・イラクの3カ国を名指しで批判したさいの蔑称だ。世界に厄介事を引き起こす迷惑な存在、国際社会の鼻摘み者という意味だ。
ここまでのやり取りでほとんど確信は得られたが、最後に、中人は確認のため、尋ねる。
「偽名のマルクスって、カール・マルクスから取ってますよね?」
すると、マルクス先輩は嬉しそうに答えた。
「我ら共産主義革命を志す者の、まさに父だからな!」
マルクス先輩は、共産主義革命を夢見る高校生でした……。
「ところで、君は……?」
そこで、中人は自分が名乗りもせず質問ばかりしていたことに気づく。もっともマルクス先輩は本名を名乗っていないわけではあるが。
「名乗るのが遅れてすみません……波原中人と言います。海堂とは腐れ縁みたいなものでして……」
「そうか、同志波原、共に理想の社会を築くために奮闘しようではないか!」
手を差し出された。とても華奢な白い手だ。触ったら壊れていまいそうな。
中人はその手を握り返した。思えば、夕莉以外の異性の手に触れるのはこれが初めてだった。
マルクス先輩は嬉しそうに言う。
「これで我々は鉄よりも固い絆で結ばれた革命の同志だ!……と、そういえば、同志海堂はどちらかな?革命同好会(仮)の党首は彼女なのだろう?」
マルクス先輩の中では、革命同好会は政党になっているようだ。日本史でも、立憲政友会とか憲政会などと言った名前があるから紛らわしいのかもしれない。
「海堂でしたら、校内のどっかでビラ配りに勤しんでいると思いますよ……。あと30分もすれば戻ってくると思いますけど」
中人が答えると、マルクス先輩は少し困った顔をする。
「それは困ったな。塾があるから、30分も待てないな」
中人は苦笑いを浮かべるほかなかった。




