117「神獣様おかくれになる」
おはようございます!
「ふぅ……」
ゴシック調の部屋。
窓際の光あふれるソファーの上で、美少女が本を閉じ息をつく。
歳は11。
情熱的な赤髪と膨らみかけの胸、キリッとした瞳が意志の強さを表している。
しかしそんな少女も、乙女である。少女は大陸中央の国から輸入された恋愛小説をテーブルに置くとほんのり頬を染め、瞑想……もとい、妄想にふける。そして薄く笑みを浮かべる。完璧なお嬢様である。
「お嬢様。紅茶はいかがでしょうか」
少女が落ち着いたところで洗礼された仕草で、少女より4つばかり年上にみえるメイドが少女の妄想の邪魔にならぬようそっと添えるように声をかける。
「ありがとう……。いただくわ」
静かに流れる時間。注がれる紅茶の音だけが優雅に時を刻む。
少女は注がれた紅茶の香りを楽しみ、優雅に口に含む。
内から外から、良い茶葉を堪能した少女はふと、口さみしい感覚に襲われる。
そこに【とことことこ】と、擬音の立てるように歩み寄ってきた可愛らしい幼女メイドが、お菓子を掲げる。
「お嬢様。焼き菓子でございます」
恭しく掲げられた皿から一枚焼き菓子を取ると口に運ぶ。
『バリっ』
「ちょっと! マイルズ! これお煎餅じゃない! 紅茶にお煎餅って! おいしいけど雰囲気!!」
お嬢様が怒ってらっしゃいます。
でも気にしないのです。なぜならば私、メイドですから。
という事で小さめのお煎餅がたくさん載ったお皿を【お嬢様プレー】中のミリ姉前に置き無言で壁際に可愛らしい擬音を立てながら戻る私。
「え、勝さん一号。なんで紅茶引っ込めるの? ん。緑茶? 湯呑? え、確かにあってるけど。何? そのやり切った感じのイケメンスマイル??」
というわけで現在、ミリ姉を嵌めた罪で私と勝さん一号は【ぷっ、女装? メイドさんの刑1週間】の真っ只中にあります。
……あれは、公演前の話でした。
ミリ姉を見に行った私はあっという間に人権破壊兵器を身に着けられました。
周りの視線が温かいです。獣王妃様『その手があったか!?』ではありません。獣王国ではおとなしくしていたはずなのです。
……ん? ポチ何ですか? え? 『大人しくしていたら嫁(監視)を取ることにならなかったはず……』ですと? ぶっちゃけが過ぎるのです……。普通、婚約にしろ、お披露目にしろ、もっと先ですよね……。急に行われた時点で御察しですよね……。
で、幼児用リードは私の行動範囲を狭め、川の向こうから人権さんが手を振る事態を巻き起こしました。人権さん! その川を渡っちゃダメなのです! え? 男の尊厳さんが、向こう岸から呼んでる? 親友? ……まっ、まって、その川の名前は『三途の』……。渡り切る前にお戻りいただけました……。救世主は獣王様でした。『一応マイルズは、我が国では聖女で王家に連なるもの。そのような扱いは……』という事で解放されました。事前に『獣王様……』って潤んだ瞳で訴えたかいがあったというものです。チョロイです。ん? 王妃様とミリ姉が密談しています。そしてその笑顔……黒いです。
……という事で、前回説明した利益を譲歩させられた上で公演後1週間、メイド奉仕の刑であります。
なお、さらっとフェードアウトしようとした勝さん一号を確保して、王都から興行の補助で来ていた嫁二人に引き渡しました。結果、少女ができあがりました。
勝さん一号の嫁2人がやり切った笑顔で握手をしております。まーちゃんは見なかった。うん。見えなかった。
という事で始まったメイド生活も本日で6日目、もう明日で終わりなのです。
名残惜しくはないのです。
午前の訓練を終え、お昼前一服の時間。慣れぬ読書に浸るミリ姉は『空気を壊された!』と、お怒りの様子。でも、出されたお煎餅はおいしくいただく。ミリ姉、そんな欲望にちゅうじ……じゃなくて、正直なあなたは素敵です。
ん? お昼前にもうひと訓練する?
せっかく湯あみをしたのに汗をかくのはおやめください。メイド的には反対です。
ん? 魔法の訓練だから大丈夫?
ん、うん……。あ、まーちゃんちょっと獣王様に呼ばれていたのでした!
では、いったん失礼しま…………的が逃げるな……ですと!?
まつのです!
王様と罰ゲームどっちが大事だと!?
いえ、何の躊躇もなく罰ゲームって……草葉の陰で獣王様が泣いてますよ……。
え? 祖母ならよくやったって褒めてくれるからいい?……。
ふう。なんやかんやと逃げきてやったのです!
人柱(勝さん1号)ガンバ!
『本体よ……覚えているがいい……』
はい、リア充爆発しろ。
『え?』
嫁2人。その時点であなたは世の中の95%の男性を敵に回したのです。
なので人類の総意として申し上げます。
リア充爆発しろ。
『ええ??? 嫁なんていないよ??』
勝さん1号。次の言葉を復唱なのです。
【ハーレム系主人公は人間の屑】
ハイどうぞ!
『ハーレム系主人公は人間の屑!! ハーレムってのは気遣いが激しい重労働だ!!!』
よくわかってらっしゃる。流石嫁2名持っているだけあります。
『……結婚してないし……』
もうそれ以上しゃべるな……リア充。そう言えば、自爆装置はどこに仕込んで……。
『本体よ。獣王様の呼び出し、嫌な予感がするから気をつけろよ……』
わかりました。そういえば先日南方でお助けしたお姫様が勝さん1号に…………。
『まて! 何を言い出す! え? なに2人も参加する???? まって、まって、まってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』
という事でした。
1人は神王国の侯爵令嬢で薙刀使い。
もう1人は学者肌の魔法使いです。
お2人とも戦闘が本職ではないので大丈夫です。
その後、魔法演習場からやたらと大音響が響いたのは気のせいです。
なお、後日知りましたが侯爵令嬢は【氷の女王】の異名を、学者様は【爆炎の乙女】の異名を持っていたようです。
ミリ姉が興奮気味にそのすごさを語ってくれました。
……すまぬ。勝さん1号!
……謝ったのでお~るおっけ~。という事で呼び出された獣王様の私室へ到着。
そこには困った様子の神官服を身にまとった白い鳥型獣人さんと、王妃様と、ポチと、獣王様がいらっしゃいました。
「困ったことになったぞマイルズ。」
言葉を切って深くため息をつく獣王様。
そのあとに紡がれる言葉を息をのんで待つ私。
「神の位を得てご帰還された神獣の御子様が……お隠れになった……」
は?
お隠れになった。って王侯貴族の間で言われる亡くなったって意味ですよね?
あのウッサが?
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?
次話で6章最後です。





