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閑話 ギル・マスナック 1



「んんっ。……それで、話は以上ですか?」


 わざとらしい咳払いをし、美しい蒼色の瞳を細めながらそう訊いてくるのは、昨日知り合ったばかりの青年。ソファーの肘掛けを利用して頬杖を突いており、何とも偉そうな態度を取っているんだが、先程、俺に話のペースを握られたせいだろう、その表情は不貞腐れてぶすっとしており、悔しさが丸出しだ。

 ――クウヤ殿。所々の先端が紅色に染まっている芸術的な銀髪を持つ、中性的な顔立ちの青年である。


「ああ。浄化で疲れているところに済まなかったな」


 とは言ったものの、目の前に居る青年からは不気味なほどに疲労感を感じない。……いや、怠そうにはしているんだが、それは先程までのやり取りで一時的に精神が疲れただけだろう。話を始める直前までは全くと言っていいほどに疲労を見せていなかったからな。一日で2000個以上の魔石を浄化したとはとてもじゃないが思えないほどに……。

 

「いえいえ。っと、それではこの辺で失礼しますね。もう夜になってしまいましたし」


 窓の外の暗闇を見てそう判断したようだ。頬杖を止め、立ち上がろうとしている。

 夜になってしまったのは誰かがふざけて無駄に話を長引かせたせいだがな。

 などと突っ込みを入れようとした……んだが、その瞬間に今朝のクウヤ殿の姿が思い起こされた為、発言内容を急遽変更する。

 

「おい、またここの屋上で寝るつもりじゃねえだろうな。朝っぱらから俺の心労が加速するから止めてくれ」


 こいつならやりかねんからな、釘を刺しておかねば。

 すると、俺の発言によって起立を一時保留したクウヤ殿が、その驚くほど綺麗な顔に笑みを浮かべ、言った。


「ご心配なく。昼間のうちにすんばらすぃ宿を発見していますので」


 ……例の胡散臭い微笑ではないな。という事は、何かを誤魔化そうとかじゃなく、本当にそう思っての発言か。


「すんばらすぃ宿というと…………中央広場の『黎明の空』か?」


 あそこがこの町で一番の高給宿だ。その分宿泊費も高いが、浄化依頼で多額の報酬を得ているクウヤ殿ならば余裕で二月以上は泊まれるだろう。


「いえ、違いますよ。俺が取った宿の名前は『鳥のくつろぎ』です」


 何だとっ、『鳥のくつろぎ』といえばこの町でも屈指のボロ宿じゃねえか。町の東側の奥の寂れた所に建っていて、食事も出なかったはずだぞ。本当にただ泊まるだけの宿だ。

 ……いや、クウヤ殿は【魔喰】を持っていたな。食事に関しては心配要らないのか。

 しかし……


「なぜあんなボロ宿を?」

「名前が気に入ったんです。もう即決でした。野宿じゃなければ何処でも良いと思ってたんで、ボロは気になりませんね。外よりマシならそれで良いです」


 ……これも嘘ではないのか。そして、名前が気に入って即決とは…………痛ましいな……。


「寛ぎ、か……」


 思わず声が漏れてしまった。

 俺の呟きにクウヤ殿は一瞬だけ怪訝な表情を見せたのだが、すぐに『まあいいか』といった様子になり、立ち上がる。


「それでは今日はこれで失礼しますね」

「……ああ」


 軽く会釈をしてこの部屋から出て行ったクウヤ殿。その際の扉が閉められたバタンという音が妙に耳に残る中、俺は自分の執務机へと移動して腰掛ける。


 突然にこのボハテルカを訪れたと思ったら、その尋常ではない浄化能力でこの町の危機を救ってくれた。いや、現在も救い続けてくれている、恩人。

 しかし、だからと言って彼を大々的に讃える事はできない。初めて出会った時とは違い、今日はガランと格好が変わっていた。まるで自分の事を隠すかの様にだ。露出をなくしているその姿を見れば、目立つのは避けたいのだという意図を察することなど誰にでもできる。にも関わらず、クウヤ殿は俺の頼みを聞き入れてくれて、大量の汚染魔石を浄化してくれているのだ。

 ……感謝の言葉では足りない。返し切れない恩ができたな……。

 改めてそんな事を考えていると、コンコンッと扉がノックされる音が響いた。


「ジネットです」

「おう、入――」

 

 ガチャ――バタン。


「――って良いぞ。って言う前に入って来るんじゃねえよ。ノックの意味を考えろや」

「そんな細かい事を気にしてるとハゲ……てましたね。やれやれ」

「やれやれは俺のセリフだこのボケ」


 ったく、こいつは……。


「クウヤ殿と同じようなこと言いやがって……」

「失礼ですよ、私に対して」

「……はぁ……しんどい……」


 揶揄からかう目的での冗談だったんだが、もしも本当にクウヤ殿とこいつが結婚したらストレスで死ぬかも知れんな、俺。

 そんな未来を想像して頭痛を感じていると、表情を真面目なものに変えたジネットが執務机の前まで歩いて来た。その手には報告用の書類が抱えられている。

 ソレが用事だろう。


「……クウヤ殿の事は何か分かったか?」


 彼がこのボハテルカに来てから周辺の村などへと調査の人員を出した。時間から言えばそろそろその調査の第一報が届く頃。

 ジネットが持っている書類がソレだと予想できる。


「……これに書いてある通りです」


 やはりそうだったか。

 差し出された報告書を受け取って内容を読み進める。だが、それはすぐに終わってしまった。


「……『何の目撃情報も無し。突然現れたかの様です』……か」


 簡素に記されたそれを口に出しつつ、書類を机の上に捨て置く。


「……恐らく、クウヤさんは街道を通らずに……」


 ……だろうな。

 ボハテルカを訪れた当初のクウヤ殿は、あの魔力法衣のみを纏った状態だった。あの容姿と格好を目にして記憶に残らないヤツはいないと断言できる。そんな彼が目撃情報を残さずに移動するには人目を避ける、つまり街道を外れるしかない。

 クウヤ殿は門で荷物の殆どを魔物に奪われたと証言したようだが、そんなものは嘘だと誰にでも分かる。魔物が狙うのは命のみ。ビートルゴブリン等の例外は居るが、奴等は汚染魔石しか奪わない。恐らくクウヤ殿の証言は『訊かないでくれ』という意思表示だ。門番もそれを理解したから限定証書に明確な言葉を書き記さなかったのだろう。……セインに連なる者かも知れないと。


「……クウヤさんは、今までどんな生活を送って来たんでしょうか……」


 ジネットが机の上に置かれた報告書を見ながらそう口にする。

 その沈んだ表情から大方の予想は付いているのだろうが……。


「……俺達ではその内容を聞いたとしても、想像すらできないだろうよ」


 あの若さで上位属性スキルが耐性を含めて四つともレベルⅦ以上だなんて、どうすればその域にまで至れるのか……いや、至らざるを得ない状況だったのか。……理解できる訳がない。

 

「……先程聞いたんだが、クウヤ殿は『鳥の寛ぎ』に宿泊しているようだ」

「っ、あそこに!? そんな……っ」


 信じられないといった感じか。やはりそういう反応になるよな。

 ジネットもクウヤ殿があんなボロい宿に泊まるのはどう考えても不釣り合いだと思っているのだろう。

余りにも釣り合いが取れていないからな……色々な意味で。


「即決したらしいぞ。……宿の名前が気に入ったそうだ」

「……寛ぎ、ですか……」

「ああ。それに、『野宿じゃなければ何処でも良い』とも言っていた」


 寛ぎという名前が気に入った。野宿じゃなければ良い。外よりマシならそれで良い。

 それはつまり、今までずっと野宿をしており、寛げる場所は無かった、と捉えられる。


「……」


 ……先程の俺も、こんな悲し気な表情をしていたのだろうか……。


「……なぜ、クウヤさんが……」


 それは判らない。だから昨日、保管庫でクウヤ殿から話してくれるように誘導しようとしたが、その途端に『早く依頼を受けさせろ』と話の流れを拒絶されたからな。クウヤ殿に直接尋ねるのは憚られる。

 そうすると関係者に探りを入れるしかないが、あそこは探りを入れられるような所ではないからな。

 ただ……


「一つだけ予想できることがある。……お前も分かっているだろう?」

「……固有スキル、ですね」

「ああ、そうだ」


 あそこの上層部の連中は選民思想に染まり切っている。固有スキルを持っていないというだけで恥と捉えるほどに。

 そして……


「クウヤさんに姓が無いのも……そうなんでしょうか……」


 そう、クウヤ殿には姓名が無い。

 ……固有スキルが無いことで、姓を取り払われたと思われる。


「その可能性は……正直高いと思っている」


 幾ら恥とはいえ、普通はそこまでしない。だが……あそこだけは違う。

 今のクウヤ殿は確かに超人的なステータスを所持しているが、最初からあのスキルレベルだった訳では無いはずだ。つまり、生まれた時はあれほど凄まじい能力を身に付けるとは思われていなかったのだと推測できる。

 そして……クウヤ殿には固有スキルが一つも無かった。

 固有スキルを持たない幼いクウヤ殿を『相応しくない』という理由で奴等が切った可能性は高い。

 普通はあの髪を持つ者を捨てたりはしないはずだ。自分達が巫女の血を引いているという証明になるからな。だが……美しい銀髪を有し、強力な固有スキルを携えた第三王女が生まれてしまった。

 恐らくは、それが引き金となってクウヤ殿は……。


「クウヤ殿が唯一持っていた魔力法衣は餞別のつもりか、それとも同情した誰かが渡した物か……」

「それは……あんまりです……」


 認知されていないという可能性もあるが、それは限りなく低いだろう。あれほどまでに鮮明な髪色なんだ、連絡が行かない訳がない。

 そもそも、丁寧な言葉や立ち居振る舞いには確かな教育の後が見えているし、あの貴族特有の胡散臭い微笑を使う事からも、クウヤ殿がやんごとない生まれだと察するには十分だ。

 それはつまり、


「相応しく無いと判断され……噂の通り、『大罪の円環』に単独で捨てられたか」


 『大罪の円環』の内部。それは、この大陸で二番目に生存を許されない場所だと云われている。

 誰も戻って来た者はおらず、死体の確認さえできない場所だ。


「……っ」

「そんな泣きそうな顔をするな。ただの憶測だ」

「でもっ……」


 ……あぁ、そうだ。ただの憶測だが、有り得ると思ってしまうのだ。

 あの国ならば。……ベルライトならば。

 固有スキルは先天的に所持していない限り、まず手に入れる事はできない。後天的に取得するには運に頼る他無く、それも10歳までだ。10歳を超えると固有スキルが発現する確率が極端に下がり、15歳になる頃には0となる。

 そして、ベルライトの聖王家は子供が10歳になるまで誕生した事すら公表しない。その事からこんな噂が流れ始めた。『固有スキルを持たない者は聖王家に相応しくない。だから10歳になるまで公表を控えているのは、固有スキルを発現しなかった者を“生まれなかった・居なかった”事にする為だ。そして、聖王家は時々『大罪の円環』へと何かを投棄している。それこそが“居なかった事にされた者”である』と。


 銀の髪色を持つ者は、ベルライトの祖――神鳥の巫女――の血を引く者のみ。

 銀髪を持つ者、それはつまり、ベルライトの王族を意味する。しかも、銀髪を持って生まれる者は僅かしかおらず、その稀有な者はセインの名を与えられる。


 ――クウヤ・ル・セイン・ベルライト。


 それが……クウヤ殿の本来の名のはずだ。




※違います。



もう一話、ギッサン視点が続く予定ですので、ご了承下さい。

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