第23羽 鳥、はシッシッと追い払われる
「――よし、これで良いだろう」
出来上がったブツを見て納得できたので、それを袋へと丁寧に詰める。
はい、トリーノさんへの贈り物に蒼色の着色加工を施したところです。
ただ、無事に終わったとは言えない。加工過程でいろいろと思い付いた事を調子に乗って試した結果、元は茶色かったこの袋が真っ白になってしまったり、【魔道具作製】のレベルがⅦになってしまったりしたからである。おかげで贈り物もちょっとヤバい事になっているんだ。――が、トリーノさん自身も結構ヤバいので相殺されるだろう。逆に相乗してもっとヤバくなったりはしないはず。……そうだといいな。
ここは町の外の林だ。昨日と同じ場所である。もうすっかり俺の加工場みたいになっているが気にしない。
孤児院を出たのは昼前。だが、今はもうじき夕方にろうかといった時刻。贈り物を調達するのにえらく時間が掛かってしまった。
プレゼントの候補は既に頭の中で決まっていたのだが、何か他に良い物があるかも知れないと思ったので、念の為にボハテルカ中の店を渡り歩いていたらこんな時間になってしまったのだ。まあ、結局は決めていた候補以上の品物は見つからなかったんだけどね。町中の店を冷やかしまくっただけである。
さて、これからどうしようか。
ん~……プレゼントは腐ったりしないので急ぐ必要も無いんだけど……今からギルドに行って渡してしまおうかね。特にやる事もないしな。
お、そうだ。トリーノさんは保管庫に居るはずだから、ついでにもう一度浄化依頼でも受けようか。あれから6~8時間は経過しているしな。魔力が回復しましたとでも言えばオッケーだろ。それに、俺が浄化した分だけ鉱山の調査にも余裕ができるかも知れないしな。
「――という訳で、浄化依頼の受注をお願いします」
「……正気ですか? 今朝方に二箱の浄化をこなしたばっかりじゃないですか」
再びギルドに舞い戻った俺は、なぜか普通の受付に移動していたジネットさんのカウンターに並んだのだが、その結果、理解不能な生物を見るような困惑の眼差しを撃ち込まれる事になった。
まあそうくるよな。予想していたよ。
なので俺は「これを……」と言いつつ、ギルドカードに表示させたステータスを見せる。
「……魔力が回復して……ますね」
そこに表示されている魔力の値は【神の悪戯】で偽装しているので増減は自由自在なんですよ。まあ、ホントに回復してるんだけど。
「はい。ですので、もう一回受注する事に問題はありません」
――と思ったのだが、ジネットさんは半目で俺を睨み付け、
「……で?」
と返してきた。
……この反応は予想外だぞ。
「いや……魔力が回復してるのでもう一度浄化依頼を受けるのに問題はありませんよね?」
俺が困惑に首を傾けながら再び確認を取ると、なぜかジネットさんの目付きがさらに厳しくなった。
「……クウヤさんは今日の朝、二箱分の魔石を浄化できるほどの大量の魔力を短時間で一気に使用したんです。それだけの事をしておいて体調が乱れていない訳がないでしょう。現に今朝はあんなに疲れた表情をしていたじゃないですか。あれが演技だったなんて言い訳は通じませんよ? なので魔力が回復したからといって認める訳にはいきません」
……ん? 大量の魔力を短時間に使用すると体調を崩すのが当たり前なの?
あーマジか、知らなかったよ。
なるほど。俺の体調を心配しての却下だったんだな。トリーノさんの狂気によって精神を負傷していた俺の様子がちょうどそんな感じだったので誤解されていたのか。
ん~、どうしよう。俺ってば別に体の調子が悪かったりしないんだけどな。むしろ健康そのものだし。
一応それらしい事を言っておこうか。
「大丈夫ですよ、今は何の疲労も感じていません。それに、俺が頑張った分だけ鉱山の調査に余裕が出るでしょうし、誰かの役に立っているって実感できるのが嬉しい、といった理由もあるんですよ」
疲れていないとアピールする為に、俺は笑顔を浮かべ、少しおちゃらけた感じの口調でそう伝える。
役に立つのが嬉しいという言葉は嘘ではない。まあ、わざわざ口に出す必要はないんだけど。誰かに感謝される事を嫌がる人はそう居ないと思うからね。ただ、こう言っておけば「しょうがないな~」って感じで受注を許してくれると思ったんだ。
だが、俺の言葉を聞いたジネットさんは一瞬だけ悲し気な表情を見せた後、憂いを帯びたような眼差しを俺に向けてきた。
「……本当に、……本当に大丈夫なんですね? 頑張ってくださいとは言いましたけど、無理をしてまで頑張ってくださいって言った訳じゃないんですよ? 昨日この町に来たばかりのクウヤさんがそこまで頑張る必要はないんですよ?」
そう訴えてきたジネットさんの瞳は不安に揺れており、俺の事を心配しているという切実な気持ちが伝わってくる。
……まだ出会ってから一日ほどしか経っていないというのに、ここまで俺の事を心配してくれるとはな……。まあ、俺が浄化に優れた人物だから倒れられては困るという背景があるのかも知れないが、少なくとも、今の彼女からはそういったものを感じない。本心から心配してくれていると思う。
「……俺の事をそこまで気に掛けてくれてありがとうございます。本当の本当に大丈夫ですよ。嘘じゃありません」
俺はそう言ってジネットさんに笑い掛ける。
すると、彼女は真偽を見定めるように俺の目をじっと見つめてきた。
「……本当に本当なんですね?」
「はい、ホントのホントです」
「…………分かりました。但し、無理したりして倒れない事が条件です。……嘘付いてたら許しませんよ」
心が折れる非人道的な罰ゲームを課しますからね、と付け加えながら、相変わらず不安を覗かせた目で俺を睨み付けてくる。
その紫色の綺麗な瞳を見て、俺は改めて思う。
――あぁ、この人は本当に、純粋に……俺の事を心配してくれているんだな――と。
この国に来て初めて立ち寄った町が、このボハテルカだ。この世界でまともに活動できた町はこのボハテルカが初めてだ。そこでジネットさんのような優しい人に出会えるとは……俺は幸運だな。
そう思うと、何だか感謝の言葉が湧いてきた。
「ありがとうジネットさん。この町で貴女のような優しい人に出会えて、本当に良かった」
おっと、敬語が外れてしまったな。まあいいか、本心だし。
などと思った瞬間、ジネットさんの両目が限界にまで開かれた。
「――なあッ!? ……き、ききき急に真顔でなんて事を言い出すんですかアナタはっ!? そういう不意打ちは反則だって言ったじゃないですかっ! 禁止なんですよ禁止っ! ルールを守ってくださいっ! …………まったくっ、この犯罪者はまったくっ」
真正面から感謝を伝えられて恥ずかしくなったのだろう。可愛らしいお顔を真っ赤に染め、ぷんぷんと怒った様子で「まったく、まったくっ」と連呼している。もはや呟きとは呼べないほど丸聞こえの音量だ。そして、照れ隠しなのは一目瞭然である。
やはり彼女は褒められる……というか、お礼を言われる事に慣れていないみたいだな。受付嬢をしていると感謝される機会は少ないのだろう。むしろ礼を伝える方だし。「ご利用ありがとうございました」って感じで。
だから今の犯罪者呼ばわりは聞かなかった事にする……とはいかない。変質者ならまだ犯罪行為に及ぶかどうかというギリギリのラインなのだが、犯罪者だと罪が確定してしまうのでね。ワンランク上の危険人物と評される事を受け入れる訳にはいかんのだよ俺は。
なので弱点を軽く追撃させてもらうぞ。これは俺を犯罪者呼ばわりした報いである。
「本心ですから。俺はジネットさんに出会えて本当に幸運だったと――」
「――ああもうっ、わ、分かりましたからっ。はいっ、通行証です! ……ほ、ほら、次の人が待ってるんですから用件が終わったなら退いて下さいっ。さっさと本日二回目の浄化に向かうといいですこのやろう。………………本当にまったくっ」
俺の言葉を遮る為に通行証をカウンターにバンと叩き付けた後、退いて下さいと言いながら手でシッシッと俺を追い払う仕草をするジネットさん。そして最後の呟きと同時にその手で自分の火照った顔をパタパタと扇ぎ、熱を冷まそうとしている。
うーむ…………可愛いな。それに扇いでいるせいか、ジネットさんの良い匂いが漂って来る。
予想外に可愛らしいジネットさんの反応とハチミツレモンの香りを堪能しながら通行証を受け取った俺は、「では行ってきますね、優しいジネットさん」と、さらなる追い撃ちを喰らわしてからカウンターを離れる。そして、背中に「まったくっ、本当にまったくっ、本当にまったくもうっ」という『まったく三段活用(?)』のやはり丸聞こえの呟きを聴きながら保管庫へと足を向けた。
――のだが、
「…………?」
なぜか俺の進行方向に居る人達が道を開けてくれる……のはこの町に来てからは珍しくも無い事なんだが、今回は少し違う。その人達が何と言うか……軽く頭を下げて無言で挨拶? してくるのだ。解放者も職員さんもである。
その事を不思議に思いつつも、特に害意などは感じないのでまあいいか、と結論した俺は、彼等に会釈を返しながら保管庫方面へと歩みを進めた。
「……あれ? トリーノさんが居ませんね?」
保管庫へと入った俺の第一声である。
朝と同じく三人の浄化職員さんは居るのだが、トリーノさんの姿が何処にも無いのだ。
しかし、今この保管庫内には俺も含めて五人の人物が居る。つまり、
「トリーノは魔力の枯渇によって気絶したから休憩室で休ませている。といっても心配は要らんぞ。あいつは気分が高揚したり何か良い事や悪い事があったりすると、いろいろと抑えが効かなくなるからな。要するに、よくある事なんだよ。今回はなぜか知らんが浄化作業に気合を入れまくった結果だ」
そう、ギッサンが居るのだ。
まあそんな事はどうでもいいんだけど。ギッサンが光属性を持っていても不思議ではないからな。色んな意味で。
しかしトリーノさんが気絶していたとは……。彼女は俺の想像を軽く超えていくな。というかこのプレゼントはどうしよう。
ん~、気絶して休んでいる女性の所に押し掛けるのは余りにもデリカシーが無いし、明日でいいかな。この贈り物も腐る訳じゃないし。
などと考えていると、俺が背負っているプレゼント入りの白い袋に目を止めたギッサンが、
「ところでクウヤ殿、その袋は――」
と、何かを言い掛けた瞬間だった、
「そ、それは――!?」
「まさか――!?」
「浄化係の私と同い年であるトリーノさんへのプレゼントですか!?」
浄化係の三人組がギッサンを押し退けながら鼻息荒く俺へと詰め寄って来たのだ。
まあ、荷物を背負って保管庫に入った俺が真っ先にトリーノさんの事を尋ねたんだから、これが彼女へのプレゼントだと予想するのは難しくないか。なぜそこまで興奮気味なのかは分からないがな。
そして約一名ほど無駄な情報を組み込んできたが、やはり無駄なのでどうでもいい。
というか男性職員さん、復活したんですね。お腹と内臓は大丈夫ですか?
「てめえら……俺はギルドマスターなんだぞ……」
哀愁漂うマッチョマン。――は、何だか気持ち悪いので無視する。
さて、別にプレゼントをサプライズで渡す気は無いので肯定しても良いだろう。
「ええ、そうですよ。でもトリーノさんが居ないのであれば、これの出番はまた明日ですね」
俺はそう言いながら片手で掴んでいる袋を目の前に持って来てブラブラさせる。と――
「その日の内に――!?」
「昨日の今日で――!?」
「まだです心を浄化させるのです! みんな落ち着いて! 浄化係の私が中身を品評します!」
なぜか三人組の興奮度が増し増しとなった。
そして発言内容の意味が分からん。特に最後の人。貴様が落ち着け。
こいつら何とかしてくださいと思いながら、俺はギッサンへと困った視線を向ける。その俺の眼差しに含まれた「この三人は貴方の部下なんでしょ?」という意味を受け取ったのだろう。ギッサンはゆっくりと溜息を吐いたあと、その哀愁が漂っていた表情を一転させ、鋭く尖らせた眼光を三人へと向けた。
「おいてめえら、さっさと自分の仕事に戻れや。今月分のちゃんとした給料が欲しいならな」
その雇い主ならではの必殺の殺し文句(?)をぶつけられた三人組は、
「この半年ほど必死で働きましたので潤っています」
「一月分くらいどうって事ありません」
「浄化係の私は結構な小金持ちなのです」
「「「なのでここは譲れません」」」
息を合わせて雇い主に反旗を翻した。
だが、
「よし、良い度胸だ。そんな金持ちなてめえらに免じて向こう一年分の給料を九割カット――」
「「「浄化係の私達の仕事は汚染魔石を浄化する事です」」」
息を合わせて雇用主の横暴でブラックな強権に屈し、それぞれの作業机へと散って行った。
……一瞬だったな。
「…………」
その頭痛、分かるよ、ギッサン……。
「はぁ……。それで、クウヤ殿の用はそれだけか? ならちょっと話があるんだが……」
ギッサンが疲労に満ちた紫の目を俺へと向けてきた。
そういえば言ってなかったな。
「いえ、もう一度浄化依頼を受注してきたんですよ。なので、どれを浄化すれば良いか教えて下さい」
「「「「………………は?」」」」
ホント、息の合った職場ですね。




