第21羽 鳥、と鳥のさん
「クウヤ様、おはようございます」
「……お、おはようございます」
ベルライトから来た気分の悪い連中を見送った俺は、受付で浄化依頼を受注してから昨日と同じ様に保管庫へと向かったんだ。そして、通行証でロックを外して中に入ってみると、そこにはトリーノさんが居たんだ。だから挨拶しようとしてフードを取ったんだ。すると……
「……な、何か怒っていますか?」
なぜかトリーノさんが俺のことを静かに睨んでくるのだ。ジト目ってやつでな。エリスさんもそうだったが、美人さんに睨まれるとめっちゃ怖い。
俺が別の意味で心を震わせていると、トリーノさんが何やら拗ねた様子でプイッと視線を外してから、一段低い声で言った。
「……クウヤ様、解放者の正式登録、おめでとうございます」
「――ッ!」
ああッ! そうだ忘れてたッ! トリーノさんに仮登録してもらった時に「登録金をお支払いの際は、できればわたくしの居る受付へ来てください」って言われてたんだった! 昨日正式登録した時に何か忘れているな~と思ってたのはこれだったか……っ!
うわ、やっちまったよ。ジネットさんに言われるがまま正式登録してしまったんだ。
あの変態姿だった俺に「また来てください」って言うぐらいなんだ。仮登録と本登録で担当が別になると何か面倒な手続きとかがあるんだろう。だからこの態度なんだと思う。
……ここはキチンと謝っておくべきだな。それにあれだ、俺にその気が無かったとはいえ、昨日は失礼な行動ばかり取ってトリーノさんに嫌な思いをさせてしまっているし。
頭を下げて、ちゃんと誠意を示そう。
「登録金の支払いに関する注意事項を教えて貰っていたのに、昨日はその事を忘れてしまって済みませんでした」
「ク、クウヤ様ッ!? そ、そこまでの事ではっ。あれはその、単に私の……その、わがままでしたので……」
頭を下げているので表情は見えないが、その驚いた声と床に映った影の動きから、トリーノさんが慌てている様子が伝わって来た。
わがまま。……つまり、ギルドでは仮登録と正式登録は同じ担当者であるべき、とは定められてはいないという事か。しかしながら、担当者が別になると手続きなどが増えて面倒なので、正式登録も自分の所へ、と言った事がわがままってことだろう。
「それでもです。俺は昨日からトリーノさんに失礼な行動ばかり取ってしまっています。そこへさらに「はい」と答えた事を忘れてしまったんですから……。本当に済みませんでした」
「し、失礼なんてそんなこと……ありませんっ。その、昨日はいきなりでビックリしてしまっただけなんです。わたくしの髪と瞳が、空の様だと言ってくださったのは……そ、その……とても、嬉しかったです……」
……トリーノさんがそう言ってくれるならここまでにしておくべきか。頭を上げよう。これ以上しつこく頭を下げ続けても、彼女にとって迷惑になるだけだろうしな。
「そう言ってくれるなら助かります」
「クウヤ様は、その……律儀な方なんですね」
「いえ、そんな事はありませんよ。注意された事をその日の内に忘れてしまうんですから。それと、俺なんかに“様”は付けなくていいですよ」
「そ、それは……。で、では……クウヤさん、とお呼びすればよろしいですか?」
「はい」
うーん……少し不服そうなその表情。何だか本意ではなさそうだな。
まあいいか。ちょっと強要した形になってしまったけど、“様”なんて敬称付けられるとむず痒くて仕方ないんだ。済まないなトリーノさん。
さて、この話はここまでにしておこう。
というか、なぜ保管庫にトリーノさんが居るのか。
……恐らくは光属性持ち、かな。
「それにしても、ここにトリーノさんが居るとは思ってなかったのでビックリしました。トリーノさんも浄化ですか?」
「はい、わたくしは幾つかの業務を掛け持ちしていまして、今日は浄化を担当しているのです。……で、ですので、今日はここでクウヤ様……クウヤさんに、会えると思っていました」
何やらトリーノさんが顔を赤く染めていく。言った傍から様付けしてしまった事で恥ずかしいのだろうな。
そしてやはり光属性持ちか。という事は、俺が頑張ればそこで可愛らしく照れているトリーノさんの負担も減る訳だ。ここは詫びの意味も込めて、気合入れて浄化しますかね。
「ではトリーノさんの負担を減らす為にも気合入れて頑張らせてもらいます。なので早速ですが、俺が今日浄化する魔石はどれでしょうか?」
片っ端から浄化してもいいんだけどね。勝手に浄化すると色々と管理の問題があるだろうから、ちゃんと聞いておかないとな。
「あ、ありがとうございます。えっと、ギルドマスターがこれとこれをクウヤ様……クウヤさんにと。……昨日の話を聞いてはいますし、ステータスの事も知らされてはいますが……大丈夫なのでしょうか?」
二つの箱を示したトリーノさんが心配そうな表情で俺を見つめている。実際に俺の浄化作業を見た事が無いので、ちょっと信じられないって感じだな。
しかし二箱とはね。見た感じ、昨日と同様にランクⅡの魔石だと思うが、数は合計で……どのくらいだろうか? ちょっと多すぎて一目見ただけでは分からないが、まあ1500個以下だろう。余裕だ。
「大丈夫ですよ。これでも浄化は得意ですから」
俺はトリーノさんに笑い掛けてから早速浄化に取り掛かる。百聞は一見に如かず、なのでね。
片方の箱を魔法陣の上に置き、その魔法陣の端に片手を添えて、神聖属性魔力をむ~んと流し込む。
……よし、どんどん浄化していってるな。前回の浄化作業で感覚が掴めたからか、込めている魔力は変わらないのに今日は昨日よりもスムーズに浄化が進んでいる。
「…………」
俺の浄化スピードを見て、あんぐりと口を開けているトリーノさん。
その表情でも美人さんですね。などと俺が思っていると、昨日と同様に他の三人の職員さん達も近寄って来て、皆で見学を開始した。
「昨日よりも速いのでは……?」
「……私もそう思うわ」
「浄化係の自信、砕かれます……」
「今日は魔力が満タンですからね。昨日は結構使った後だったので、あの速度だったんですよ」
嘘は言ってない。
「……もう、彼一人でいいのでは?」
「……私もそう思うわ」
「浄化係の自信…………」
「……凄いです、クウヤ様」
トリーノさん、普通に“様”付いちゃってますよ。
どうやら彼女の口癖、というか、そういう性格なんだろうな。もう無理に指摘しない方がいいか。
それにしても、トリーノさんの態度が昨日と比べて遥かに柔らかくなっている。やっぱり服を変えたのは正解だったようだ。
昨日、彼女には本当に悪い事をした。日本だとセクハラで訴えられてもおかしくないほどの格好と言動だったからな。やはり、せめてお詫びの品ぐらいは渡すべきだろう。ただ、俺の意思を押し付ける形になってもアレだからな……っと、一箱終わり。
「……もう……終わりましたね」
「相変わらずの異常さね……」
「浄化係の…………」
さて、次だな。
残りの一箱も同じ様にして浄化を開始する。
「……休憩無し、ですか……」
「相変わらずの異常さね……」
「浄化…………」
もうトリーノさんが反応しなくなったな。何を考えているのか、箱や魔石でなく俺を見ている気がする。頬に……というか、目元付近にビシビシと視線を感じるからな。……まあそれはいいか。
お詫びだが……サプライズっぽく渡すよりも本人に了承を取ってからにすべきかな。まずはお詫びを受け取ってくれそうか確認してからだ。本人が望んでいなければ、品物を贈られる事が詫びどころか逆に迷惑になる可能性もあるからな。
よし、じゃあまずはさっさとこの浄化を終わらせるか。
少し出力を上げる。
「……何か、速くなった気がするのですが?」
「……私もそう思うわ」
「浄…………」
「今日は調子が良いみたいです」
俺の調子なんて俺にしか分からないからな。この言葉って便利だわ。
……お、もう終わるな――っと、ほい完了。
「……」
「……」
「……」
文字通り、もう声も出ませんって顔して呆然としているね。まあそんなことはどうでもいい、今更だ。
さて、トリーノさんに探りを入れてみようか。
「ところでトリーノさん。良ければでいいんですけど、好きな物や趣味は何か聞いてもいいですか?」
「……え? あ、はい、もちろんですっ。わたくしはですね……神鳥様が大好きですっ」
思わず見惚れてしまうほどの華やかな笑顔ですね。…………ん? 何だって? 俺の聞き間違いか?
などと思っていると、我に返った他の職員さん達も話に入ってきた。
「トリーノさんは見たんですよね。羨ましい……」
「私も見たかったな……」
「浄化係の自信、一周回って取り戻しました。わたしはやればできる子」
若干一名ほど変な女性が居るが、それはいい。
見た? ……何をだ?
「わたくし、あの日アガタ王国に滞在していた事を本当に良かったと……心の底からそう思います」
何かに祈る様にして胸の前で両手を組んだトリーノさんが、小さい溜息を洩らしながら恍惚の表情を天井へと向けている。
うむ、嫌な予感がするぞ。ビンビンのギンギンに嫌な予感がするぞ。頭頂部のアホ毛もいつも以上にぴょんぴょんしている、ような気がするぞ。
俺は恐る恐る、それを尋ねてみる。
「あの……神鳥様、というのは……?」
「……え? クウヤ様なら知っていらっしゃる…………――ッ、い、いえ……えっとですね、一年前の『不死鳥の日』に、アガタ王国に降臨された蒼き神鳥様の事はご存知でしょうか?」
何かを誤魔化すような態度のトリーノさん。だが何を誤魔化そうとしたのか? とかそんな事はどうでもいい。
一年前。不死鳥の日。アガタ王国。蒼き神鳥。
それって多分……愛くるしかった頃の鳥さんの事ですよ……ね。
「……知って、ますよ」
俺にとっては数日前の出来事ですし……明確に思い出せます……。
「そ、そうですよね。――こほんっ。それでですね、わたくしはあの日、ギルドの応援メンバーとしてアガタ王国のカルナスに滞在していたのです。そして……蒼き神鳥様が御降臨なされた瞬間を拝見することができたのですっ。あの日以降、あの神々しい御姿が脳裏から離れることはなく――。なので、わたくしの好きな物となりますとあの神鳥様のグッズですっ。とても人気がありましてカルナスまで行かなければ手に入らないのですよっ。ですけれど、例えカルナスに行ったとしてもそう容易には購入できないのです。わたくしは何とかして初回限定版の神鳥様のタペストリーだけはもぎ取ったのですが、オークション形式でしたので貯金が吹き飛んでしまったほどなんですよっ。中でも神鳥様の姿を刻印した武具などはそれはもう大変な金額でしてっ!」
急に饒舌になりましたねトリーノさん。頬が上気して体が小刻みに震え始めていますが大丈夫ですか? 興奮し過ぎですよ。
しかしそうですか。一年前にアガタ王国に蒼き神鳥様が降臨なされて、それを拝見していたと。んでその神鳥様のグッズが販売されているが、人気がありすぎてカルナスでしか手に入らないと。おまけに高価過ぎると。なるほどなるほど。
………………。
ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーークッッ!! 黙ってやがったなあのクソ兄貴ッ!? 俺はそんな事一言も聴いてねえぞッ! 何だよ神鳥様ってよッ!? いや俺【神鳥】ってスキル持ってるけどさ!! しかもグッズだと?! あの野郎ぉお……絶対ワザと教えなかったなッ! おのれえぇぇ……!
……あのクソ兄貴の性格だと、何か他にも秘密にしてる事があると考えるべきだな。……今の俺は拳を保有している。次会ったら絶対殴ってやるッ。……いや、ここはアーリィに協力してもらって、俺がアーリィの彼氏の振りをして復讐を…………駄目だな。あの行き過ぎたシスコンの性格だと血で血を洗う闘争の未来しか思い浮かばない。素直にボコろう。
――と、ジークへの報復に心を燃やしていたのだが、次の瞬間、その内容を核兵器で吹っ飛ばすかのごとき衝撃がトリーノさんから放たれ、俺に襲い掛かった。
「蒼き神鳥様は正に蒼穹、空の色を纏っておられましたっ。降臨なされた時などはもう……! 呪雲があるにも関わらず、蒼き太陽かと見紛うほどの眩い閃光と共に! ――ああ、今思い出すだけでも感動が、歓喜が止まりません! しかしっ、その蒼光でさえも始まりに過ぎなかったのですっ。降臨なさった次の瞬間、恐怖かと勘違いしてしまうほどの、心を、精神を、魂を震撼させる神威を発せられ、わたくしたちを魅了して放さなかったのですっ! その圧倒的な魅力にわたくしは思わず歓喜の雫をっ――……こほんっ。そして、身の程も弁えずに神鳥様へと牙を剥いていた低能で低俗で下衆で愚鈍で間抜けであほんだらなクソオーガ共を殲滅した天空からの蒼撃! 十二を数える蒼き神槍! 大地から天へと向かう蒼き奔流っ! 邪を断つ蒼き雨っ! あの醜悪な守護者でさえ相手にもならず蹂躙なさるそのお姿は正しく神の威容ッ! そして、そしてそしてそしてッ、目にする事に畏れを抱くほどのあの伝説の極光ォッ!! 世界の全てを神の領域と化した銀の光ィッ!! 聖なる太陽を世界へと召喚さなったあの神の一撃ぃィイいイイッッ!!」
全身をプルプル……というかブルブルと振動させながら長い髪を振り乱し、凄絶な笑みを浮かべ、涎を垂らし、天を向き、両目が逝っちゃてるトリーノさん。
……こ、怖ぇ……怖過ぎるよ、これヤベぇよマジもんだよブルっちまうよチビっちまうよ下手したら狂信者だよっていうか完全に狂信者だよマジかよトリーノさんってこのタイプだったのかよそうだと知ってればこんな話を振らなかったのに俺のバカァッッん!!
「もう何回も聴いたので覚えてしまいました」
「私も。暗唱してみせましょうか?」
「浄化係はみんな覚えてるんじゃないですかね?」
な、何でそこの三人は平然としていられるんだよ?! こんなの何回も聴いたら……体の震えが止まらねえよ! 悪い意味で魂の震えが止まらねえよッ! っていうか、今の言葉から察するに……
「……あ、あの……トリーノさんの“これ”はいつもの事なので……?」
などと震えた声で質問をしてしまう俺。だが、これが間違いだった。なぜならば――
「日課です」
「そうね。それにカルナスの住人は高確率で“こう”らしいわよ」
「浄化係の私の記憶が正しければ、アガタ王国中にも“これ”が広がっているらしいです」
――という無慈悲なる追い討ちが俺の精神にクリティカルヒットしたのだ。
マジか……勘弁してくれ。
「ところで、ずっと思っていたのですが、歓喜のしずグボォオッ!!」
【真眼】で強化された俺の動体視力でも霞むほどの神速で繰り出された――トリーノさんの左拳。それを勢いよく腹にめり込ませた浄化係の男性の体がくの字に折れ、白目を剥くと同時に倒れ込み、汚染魔石が満載された箱へと顔面を不時着させた。
トリーノさんは自分の口元に付着していた狂気の欠片を格好良く親指でグイッと拭う。
「神罰です」
「……実に愚か」
「同じ浄化係として恥ずかしいです」
などと、仁王立ちで決め台詞を放ったトリーノさんと二人の女性職員さんが、床で痙攣している男性職員さんへとゴミを見るような侮蔑の視線を贈っている。
……ど、どういう事だ?! なぜ歓喜の雫と口にしただけで意識を刈り取られるほどに鳩尾を強打されなければならないんだ……!? 歓喜の雫ってなんなんだッ?! 涎の事じゃないのか?!
俺が混乱と戦慄をハイブリッドさせていると、狂喜を吐き出したからか、突如として淑やかな雰囲気を取り戻したトリーノさんがもじもじと恥ずかしそうにし始めた。
「で、ですので……昨日、クウヤ様がわたくしの……か、髪と瞳を空の様だと褒めてくださって、あの神鳥様と同じ色だと仰ってくださって……と、とても嬉しかったんですっ」
――おバカッ! あの時の俺のおバカッ! 何て事言ってんのっ!? 自分で自分の首を絞めてるんじゃないかよ! もうジークとかどうでもいいよッ!
俺が自分の愚かさに泣きそうになりながら後悔していると、もじもじを継続しているトリーノさんが顔を赤く染めながら恥ずかしげに下を向いた。
「で、ですので、わたくしもお伝えしておきますね。そ、その……クウヤ様の蒼色の瞳も、とっても素敵ですっ。どのくらい素敵かと言うと――」
そこで一端口を閉じてから、ゆっくりと顔を上げていくトリーノさん。そして、水色の長い髪の隙間から俺の目をじっと覗き込んでくる……と、その髪と同色の瞳には……再びの狂気。
「――わたくしのお部屋に飾りたいほどに、デス」
ぎゃあああああああああああああああああッッ!!!!




