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第20羽   鳥、はサクッと覗く

 


 ん……そろそろ朝か。


 俺は仰向けに寝そべったままの体勢で頭に被さっている袋をスポンッと取り払い、ゆっくり目を開ける。と……


「……おかしい、曇りのはずなのに太陽が見える。邪結晶が浄化されたとでも言うのですか?」

「言うかボケ。俺様の頭だ」

「自分の頭が太陽みたいだって自覚、あったんですね」

「ある訳ねえだろうが」

「ハゲ=太陽と変換されるって事は、太陽を見た事があるんですか?」


 ……お、こめかみがピクついてハゲに血管が浮き出てきた。


「てめぇ、昨日はネコ被ってやがったな。……何回かベルライトに行ったことがあるんだよ」

「そうだったんですか。それとこれは寝起きのテンションなだけです」

「徹夜明けのテンションならまだしも、寝起きからこんなテンションの奴を見た事が無いんだが」

「今見てるじゃないですか」

「…………」


 ギルドの屋上で目を覚ましたら、そこにはツルテカのギルマスが仁王立ちしていました。ビックリです。

 寝転がった状態で受け答えしている俺に対して、ギッサンは頭痛を堪えるような仕草を取っている。


「……クウヤ殿、こんな所で何してる」

「見ての通りです」


 昨日、ギルドの屋上で寝ると決めてからギルド前まで来たのだが、そこで人化状態だと空を飛べない事を思い出した俺は、人目に付かないようにギルドの裏側に回ってから【赫魔天血】と【身体強化・Ⅲ】を使用してハイジャンプ。そして屋上へと華麗に降り立った後は、フードの上から頭に袋を被せてすぐに就寝したのだ。

 マントがあるとはいえ、さすがに体が痛くなるかな~と思っていたんだが、どうやらそうでもない。すこぶる健康である。【超回復】さんが仕事をしてくれたんだろう。


「ギルさんこそ、こんな所で何をしてるんですか?」

「俺は毎朝ここで体をほぐすのが日課なんだよ。で、今日もいつも通り来てみたら、頭に袋を被せた究極の不審者が屋上でグースカ寝ていたって訳だ。どうやってここまで…………いや、いい。大体の見当は付いた」

「あ、遅れましたが、おはようございます」

「…………」


 おはようの挨拶を返せないほどに頭痛が酷いようですね。


「早速、今日の分の浄化依頼をこなしましょうか?」

「……ああ、頼んだ」


 俺は起き上がり、んーっと伸びてから、屋上に一つだけある扉に向かって足を進め――


「おい、そこは関係者以外立ち入り禁止だ」


 ――制止を喰らった。

 ピタッと足を止めた俺は、上半身だけ振り返る。


「え、……じゃあどうしろと?」

「心底意外だ、って顔してるんじゃねえよ。ここに来た手段の逆を辿れ」

「そんな事したら死んでしまいます」


 俺の生命力を舐めるなよ。ここの屋上はピアスを手に入れた場所の建物以上の高さだし、しかも地面が石畳なんだぞ。飛べない今の俺ではここからダイブすれば足首さんが逝ってしまわれるだけでは済まない。全身がティウンティウンだ。

 あ、いやでも【赫魔天血】と【身体強化・Ⅲ】使えばいけるかな。というか、魔石が損壊してない状態で生命力がゼロになるとどうなるんだろうか? それに、人化してる時って魔石とかどうなってるんだろうか? ……試すには危険過ぎるな、止めとこう。

 俺の言葉を聞いたギッサンは、その禿頭に血管を浮き上がらせながら呆れた表情を浮かべるという何とも器用な試みを成功させている。


「死んでしまうような手段でここに来てるんじゃねえよ。そもそも何でここで眠ろうと思った?」

「宿を取っていないことに気付いた時にはもう既に夜でして。その時間から宿を探すのも面倒だったんですよ。だからここです。ほらね?」

「ほらね? じゃねえよ。だからの前後が繋がってねえじゃねえか」

「細かい事気にしてるとハゲますよ? ……あ、御免なさい」


 もう、禿げる部分が……無かったんだ。


「てめぇ、ジネットみたいな言動を。……成程、同じ方向の性格だったか」


 おっと、調子に乗り過ぎたな。さすがにあの人と一緒にされるのは御免蒙る。俺はあそこまで愉快な性格をしていないからな。

 いやー、人間状態でゆっくりと話すのは久し振りだから、ついつい楽しくなってしまったよ。


「すいません、ちょっとふざけただけですよ。俺は基本的に人畜無害ですので」

「…………で、昨日の魔力法衣は何処にいったんだ? 服装がガランと変わっている上に頭も隠していたのでクウヤ殿だと分からなかったぞ。本気で不審者だと思ったからふん縛るところだった」


 魔力法衣? ……あのシーツのことか? 俺は別に僧侶じゃないんだが……魔力を帯びた服のことを魔力法衣って言うのかね?


「あの服はこの町で知り合った人に預けています。あのままだと動き辛かったので」


 嘘は言ってない。ムスターさんは知り合いだし、あの一張羅だと精神的にも物理的にも動き辛かったのは事実だからな。


「あれを預けるのか……。はぁ……一時的に許可するから、そこから中へ入ってもいいぞ。但し、真っ直ぐに一階へと向かうことが条件だ」


 お、立ち入り禁止区域への侵入許可が出た。ならそうさせてもらうか。


「ありがとうございます。では依頼を受けてきますね」

「頼んだ」


 なんだか疲れた顔のギッサンに背を向けた俺は扉をくぐり、言われた通り真っ直ぐに階段を下りて一階へとやって来る。と、耳に届く喧騒が一気に増した。ロビーに出たようだな。

 朝方に依頼を受けに来る人が多いのか、この時間帯だと昨日よりも人口密度が高い。

 

 うーん……どの受付も結構並んでいるな。……あ、ジネットさんが『登録・質問』の受付を担当している。日毎に担当が変わるのかね。そうなるとトリーノさんは……あれ、居ないな。まあ裏でも仕事はあるだろうしな、気にしないでいいか。

 と、そういえばトリーノさんに詫びの品を渡そうと思っていたのを忘れていたな。今日の報酬を貰ったあとで買いに行く事にしよう。


 さて、それじゃ適当に並ぶか。この込み具合だと何処に並んでも一緒だ。

 並んでいる人が一番少ないのはジネットさんの受付なんだが、俺の用は登録でも質問でもないしな。


 適当な列に並んでしばらく。

 フードを目深に被っているので実に平和である。昨日とは逆で、ここに居る人達を観察する余裕さえ出てきた。

 いやー、解放者っていろんな人が居るな。大剣持ってたり鞭持ってたり、防具も人それぞれで見ていて飽きない。

 ……そういえば、俺って武器を持って無いよな。なら後で武器屋にでも……っと、その必要はないか。俺ってば完全に魔法タイプだからな。それに、武術の心得など一切ありませんので。まあ、【赫魔天血】と【身体強化】を使えば肉弾戦もそこそこイケるかも知れないけど、剣とか槍とかは鳥に戻ったら扱えないし。


「次の方、どうぞ」


 おっと、俺の番か。知らない間に結構進んでいたようだ。

 さて、フードを被ったままだと失礼だな。

 とはいえ、全部脱ぐとまた俺に見惚れる人が続出して面倒な事になりそうだと思ったので、フードの前だけを軽く上げて受付嬢さんにのみ俺の顔が見えるようにする。


「こっんにちは…………本日はどのようなご用件でしょうか?」


 冒頭部分の声が裏返ったな。だが、何事も無かったかのようなその態度と営業スマイル。中々良い心臓を持っているお嬢さんだ。というか、朝でもこんにちはなんだな。なら俺も。


「こんにちは、初めまして。浄化依頼の受注を――」


 ――お願いします。と、口にしようとした時だった。


「ぎゃははははっ! おい見ろよオマエら、無能なカス共がわんさか居やがるぜ! うっぜぇ!」


 という癇に障る大声がギルドの入り口方面から発せられた。

 俺は口を噤み、声を遮られた事とその発言内容に多少の苛立ちを感じつつ、そちらへと視線を向ける。と、同時にギルドの喧騒がすーっと引いてゆき、続いての声が俺の耳に届いた。


「まあまあ、ケウド。ここは呪雲の下なんですから、それに相応しい者共が溜まっているのは当たり前ですよ」

「ヤモクスの言う通りですね~。それに見てください、ここの内装。木をふんだんに使いました~って感じでダッサくて最悪です~。それとー、外観だけ白にしてバカ丸出し~」

「ははっ。皆は相変わらず本音しか口にしないな」

「お前もな、リグッジ」


 ……男が三人と女が一人でパーティを組んでいるようだな。全員が軽く日焼けしており、腰までの白いマントを着用しているのですぐに見分けが付いた。年齢は四人とも20代前半ってところか。

 声からして、最後に発言したケウドとか呼ばれている190cm近くありそうな筋肉野郎が最初の大声の主だと思われる。


 ……この一瞬で不快感を撒き散らすとは、第一印象最悪ってやつだ。発言の内容とその態度からも明らかに自分達以外を――つまり、俺達を見下している事が分かる。

 そして、そう感じたのは俺だけではないみたいだな。奴等へと集中している周囲の視線が鋭く尖っていくと同時に、空気がピリリと張り詰めていった。

 

「……何だあいつら」

「私達に喧嘩でも売ってるのかしら」

「たった四人で馬鹿じゃねえの?」


 俺もそう思うよ。力自慢が多く、戦闘を生業とする解放者が集まる場所ギルドであんな事を言えば……。


 すると案の定、体格の良い三人組の男達が奴等へと近づいて行き、真ん中のリーダーっぽい人がドスの効いた声を掛けた。


「おいお前等、良い度胸だな。ちょい表出ろや」

「え? 何ですかこいつら? どうしましょうみんな、何か勝手に私達に話し掛けてきてます~。キモいし意味分かんないです~」


 オレンジの眼に明らかな揶揄からかいの色を覗かせている女が頭の緩そうな口調でそう言うと、ヤモクスと呼ばれていた薄い緑色の長髪野郎がその糸目をさらに細め、


「まあまあ、ターラ。彼等は僕達とは根本的に思考回路が違うんですから、理解できなくて当然なんですよ」


 などと宥めるような仕草とは裏腹に、その口元をニヤけさせている。

 ……ここまででこいつ等に対するプラス評価は一切無しだな。

 俺がそう思っていると、ケウドとかいう筋肉野郎がこげ茶色の短髪をボリボリと掻きながら、話し掛けてきた三人の解放者の前へと進み出て、その顔を嘲りに染めた。


「で? 何だって? 表に出ろ? ぎゃははははっ!」

「ボクらが要請を受けて来たランクⅤパーティだと判断できないようだな。まあ当たり前か。これらにそれを理解する頭が無い事を忘れていた」

 

 筋肉野郎が背に吊った身の丈ほどもある両刃の両手斧を馬鹿笑いと共に揺らし、赤髪のイケメン野郎がマントの襟元を指先で弄りながら嘲笑とも取れる苦笑を浮かべている。


 はぁ……なんて気分の悪い連中だ。どうやらランクⅤパーティって事が自慢らしいけど、守護者の討伐隊に参加できないレベルじゃねぇか。大した事ないだろうに。

 と思ったのは俺だけだったようで、イケメンがこれ見よがしに弄っているマントの襟元に施された刺繍を見た三人組が息を呑み、その顔に驚愕を表した。


「そ、その紋章は……!」

「――ベルライト!?」

「要請を受けて来たランクⅤのパーティ? ……まさかこいつらが」


 ……成程。さっきまでの皆の反応から奴等を見たのは今日が初めてっぽいとは感じていたんだが、まさかベルライトから来たとはな。あのマントに刺繍された紋章――金の鐘を背景に、長い髪をした女性の横顔が銀糸で刺繍されている――がベルライトの国章なのか。要請を受けて来た、って言葉から推するに、ギッサンが言っていた他からの応援ってのがこいつらなんだろう。

 ……何でこんな奴等に応援を要請したんだ? ……いや、ギッサンも誰が来るのかまでは分からなかったのかも知れないな。性格的にどう考えても適任とは思えないし。


 にしても、ランクⅤのパーティってのはそんなに凄いもんなのかね? 三人組の顔色が明らかに悪くなっており、どう見ても怯んでしまっている。それに、周りの皆もざわつき始めた。

 そういった周囲の反応を眺めた事で、ケウドとかいう筋肉がその馬鹿笑いに含まれていた嘲りの色を濃くしている。


「ぎゃはははっ! そういうこと~! オマエらが無能過ぎて情けないからオレらが助けに来てやったんだよ~っと」

「我慢してわざわざこんな下層のきったな~い所まで来てあげた私達に向かっていきなり表に出ろとか~。あんな汚い雲の下のこんな汚い町に住んでるだけあって、頭が汚染されちゃってるみたいですね~?」


 筋肉に続き、ターラとかいう女が長いオレンジ髪の上から自分の側頭部を中指で突っつき、嗤っている。

 無表情で黙っていればマシな容姿だと思えるのに、あの見下した表情と性格が全てを台無しにしているな。嫌悪しか感じられない。


「まあまあ、二人共。好き好んで呪雲の下に住んでるような者達なんですから、頭が残念なのは分かっていた事じゃないですか。ここは大目に見てあげましょうよ」


 そして、続いた糸目野郎もそれは同じだ。パッと見た感じではハンサムで柔和な顔つきなのに、嫌味に塗れた言動がそれらのイメージを掻き消している。

 それを見たリグッジとか呼ばれているイケメン野郎がその赤髪をかき上げながら、言った。


「皆、そこまでだ。こんな矮小な存在に構っていないで早く用事を済ませてしまおう。そうすればこの穢れた地から立ち去れるし、美しい聖都に戻れる。そして、ボクらはランクⅥだ」

「それもそうだな。よし、とっとと行くか」


 筋肉がそう返事をしたあと、抵抗しない三人組を押し退けながらカウンターへと向かって行く。

 ……ふむ、三人組のあの悔しそうな表情からするに、手を出しても敵わないって思っているのかね。それとも、奴等がベルライトから応援に来た事は確かなので堪えているのか。……両方かもな。


 あーあ、表に出て決闘だ、なんて事になったなら人数差の関係もあったから俺が三人組に助太刀しようかと思っていたんだけどな……。

 などと残念に感じていると、俺から離れた列の先頭に奴等が割って入って行く。

 おいおい、普通に横入りしてんじゃねえよ。そこのお前等も何か言い返せや。受付嬢さんも困ってるじゃねえかよ。


 はぁ……気分最悪だな。何だ? ベルライトの奴等ってのは皆こうなのか? 燃やしたくなってくるぞ。

 ……まあ、それを実行する訳にもいかないんだけど。ギッサンが呼んだ応援を勝手に潰す訳にもいかないからな。

 まあ、何かされるか、されそうになったらすぐに燃やすけど。


 そう決めた俺は、奴等を見ながら先程の会話内容を思い返してみる。


 聖都に戻ればランクⅥだ、という赤髪イケメン野郎の言葉から察するに、鉱山の調査・解決がランクアップに関係しているようだな。つまり、ランクⅥに近いランクⅤってことになるのか。守護者の討伐隊にはギリギリで参加できるレベルと考えるべきかね。


「南の鉱山か。さっさと行こう」


 イケメンが再び赤髪をかき上げつつ、腰に吊った剣鞘を揺らしながら入り口へと歩き出し、その後ろを残りのメンバーが白いマントを靡かせながら付いて行く。どうやらあの鋭い目付きの赤髪がリーダーのようだな。

 よし、奴等なら俺の良心も痛まない。【真眼】でサクッと覗いてやろう。


 ……ふむふむ、ほうほう、へえ、ふ~ん……これがランクⅤのパーティか。

 うーん……確かにそこそこのステータスではある。全員が固有スキルを持っているし、パーティとしてのそれぞれの魔法スキルの属性バランスも良い。一人一人がランクⅣのエリスさん以上ではある。けども、あそこまで態度がデカくなるには不足していると思うんですけど? ステータスが全てではないとは分かっているが、あれでは闇黒地帯にでも放り込めば五分も保たないって感じだ。要するに……結構普通じゃないですか? あのイケメンとオレンジ女が上位属性の【光魔法・Ⅱ】を持っている以外は普通じゃないですか?


 あー……何か拍子抜けしたな。もういいや、さっさと浄化依頼をこなしてしまおう。


 奴等がギルドから出て行ったのを確認した俺は受付嬢さんへと向き直り、改めて浄化依頼の受注を口にした。





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