表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/78

第19羽   鳥、は染める

 



 嫌な事実に気付いてしまった。


「もしかしてこれって……聖銀?」


 そう言葉を発してから歪な笑顔を浮かべ、その前で『ないない』と手を振る孤独な俺。

 いやいや、アガタ王国の神聖具は確か王都の聖炎で四百年近く炙って完成したとか言ってたはずだ。俺が炙ったのはせいぜい一分ほどである。どう考えても時間に差があり過ぎるだろう。

 うん、違う違う。これは聖銀じゃなくてただの丈夫な針と鋏。っていうか付与前のこいつらは銀ではなくて鉄とか鋼とかでできていたはずだから、これを聖銀とは呼べないだろう。銀でなくとも金属が神聖属性を帯びれば聖銀って呼ぶのかも知れないがそんなことはないと思うよ、うん。多分ないない。呼べない呼べない。

 さて、裁縫道具はこれで大丈夫だろう。『服ならここだよ』に戻りますか。


 はい、戻りました。

 俺は店に入るなり証拠を隠滅するかのごとき勢いで針と鋏をムスターさんへと押し渡す。

 その裁縫道具達の銀っぷりにヒゲ面を再び驚愕に染めたムスターさんだが、取り敢えずといった感じで銀の布に銀針を刺してみると、見事に貫いた。


「……おお、凄いですねこの針は。あれだけ抵抗があった布をこうまで容易く……。しかしこの針と鋏、私がお渡しした物に形状が似ている気がするんですけども……」


 そりゃ同じ物ですからね。

 こういう状況の時はジークの胡散臭い微笑が役に立つ。


「同じ形状の針の方が使い易いかと思ったので、似たのを探してきたんですよ」


 嘘ですけどね。同じ物ですけどね。


「一体どうやって調達しているのか分かりませんが……これだけの物を用意してくれたんです、最高の服を作ってみせますよ」

「期待しています。あ、それと最初に渡したこの布なんですが、ちょっといいですか? 魔力反応を抑えるのを忘れていまして」

「……そんな事ができるのですか?」

「はい。こうして――」


 俺がシーツに手をついて魔力を抑え込んでいくと共に、シーツが発していた不自然な輝きも治まっていった。もう誰が見ても魔力を付与されているとは思えないだろう。多分。きっと。


「――終了です」

「……これはまた、その……何でしょう、……凄いですね」


 無表情のムスターさん。驚きすぎて逆に感情が湧いてこないようだ。

 そのままムスターさんは銀で揃えられた布と裁縫道具をしばらく眺めていたのだが、急に両手で顔をパンッと叩いて気合を入れた。その時に髭がモワッとなったのはご愛敬だと思っておこう。


「――よし、早速取り掛かりますか」


 まあ何にせよ、これで後は出来上がるのを待つだけ――


「……クウヤさん、針に糸が通らない」


 ――とはいかなかったようだ。

 どうやら糸が針孔めど――糸を通す穴――を通らないらしい。針孔に見えない膜が張ってあるみたいに不思議とそれ以上糸が進まなくなるようだ。

 ……神聖属性さん、護りが堅過ぎるんですけど。

 うーむ……こうなったら糸も、だな。


「ムスターさん、俺の服に使うつもりだった糸を全部貸してくれませんか? 最高の物を用意してみせます」

「ここまで来たらもうクウヤさんに任せます」


 どこか投げ遣りな雰囲気を纏い始めたムスターさんから糸を全部貸して貰った俺は、再び店の外に出て歩き出した。


 そうだ、ついでに他属性の付与も試してみるか。


 そう思い立った俺は、再び高級布専門店へと赴いて小さめの布を幾つか購入した。これで手持ちの金銭がほぼゼロになってしまったが、ギルドにはまだ500000マタ以上預けてあるので大丈夫だ。


 さて、付与なのだが、路地でやるにはちょっと荷物が多過ぎるし、実験したい事もできたのでやっぱり町の外へと出向く事にする。

 もうじき夕方になりそうな時間帯だったので、移動速度を上げる目的で【身体強化・Ⅲ】を発動させて先ほどの林へと急行した。


 はい到着です。周囲に魔力反応は無し。

 さて、それじゃ最初は半分ほどの糸に神聖属性を付与しますか。

 【聖炎】発動――


 一分後。


 ――はい、終了。魔力反応もゼロに抑えて完成っと。

 銀に輝く糸の出来上がりです。


 次は炎熱属性の付与だ。

 【炎熱魔法】には炎熱属性を付与する魔法がある。しかし、その付与効果は一時的なもので永久ではない。魔道具はその一時的な付与をどうにかして永久化させた物だと思ってるんだが、その方法を俺は知らない。


 だが、【蒼炎】と【聖炎】は“術者のイメージに依存”するのでね。


 つまり、炎熱属性を永久付与するには【蒼炎】もしくは【聖炎】であれば可能だと俺は考えた訳だ。【聖炎】は炎熱属性と神聖属性を含んでいるからな。【蒼炎】は言わずもがなである。

 よって、“炎熱属性を永久付与する”というイメージであれば、炎熱属性の付与も可能となるはずなのだ。多分。

 まあ、物は試しだ。早速実験してみることにしよう。この為に小さい布を沢山購入したんだからな。



 ~~



 実験終了。

 結果――布達は、紅、蒼、銀の三色ともに染まりました。残りの糸もその三色に染める事ができました。元の色は関係なく変色させてしまいました。永久付与さん、恐ろしい子……っ。


 イメージの変化によって、【蒼炎】では紅と蒼、【聖炎】では紅と銀に染めることができた。

 ただ、【蒼炎】と【聖炎】で作った紅布の色は同じなのだが、発する魔力の大小に差があったのである。今回の実験では全ての布を同じ出力で一分間炙ったんだが、【蒼炎】で炙った布よりも【聖炎】で炙った布の方が魔力反応が大きかったのだ。ランクで表すなら、蒼炎が『紅布・Ⅶ』、聖炎が『紅布・Ⅹ』って感じだな。数字は適当です。

 因みに、布が発していた魔力の大きさは、紅布<蒼布<銀布、である。まあ順当だな。


 しかしあれだ。何か属性付与に慣れて来た感じがする。付与を繰り返すほどにスムーズに行えるようになっていった気がするのだ。ひょっとすれば、【魔道具作製】スキルはゴリ押しにも補正を掛けてくれるのかも知れないな。

 なんて思いつつ、ステータスを確認してみると……


「…………ぉぅ」


 なぜに【魔道具作製・Ⅴ】へと成長しているのでしょうか? あなたのレベルはⅡではなかったですか? まあ確かに、シーツ以降、布やら針やら鋏やら布やら糸やらに魔力を付与しまくりましたが、それにしても成長速度が速過ぎるとは思わなかったのですか? 思わなかったのでしょうね。【神鳥】さん、いい加減にしてください。

 ……上位属性や最上位属性を付与しまくったせいで、経験値的なものを稼ぎ過ぎてしまったのだろうか? ……まあいいか、成長して困る事はないだろう。きっと。


 しかしまさか一日でスキルレベルがⅤになるとはな。このペースで成長するんなら、頑張れば今日中にレベルⅩまでいけそうな気がするぞ。ならばこのまま持ち物全部に神聖属性でも付与して、ついでにこの色合いの悪い服も三色に染めて…………いや、落ち着け俺。大騒動が巻き起きる未来しか想像できない。ちょっとテンションがおかしい事になっているぞ。


 というか、さすがに魔力がヤバい。永久付与は俺の魔力量でもそう連発はできないほどに凄まじく魔力を消費するみたいだ。

 この事からも、やはり魔道具は別の作り方で作製しているのだと推測できる。ヒューノの歴代最高の魔力量は18000前後だとジークが言っていたからな。それっぽっちの魔力量じゃ俺のゴリ押し付与方法は使えない。……まぁ、ヒューノ以外の種族が作っている可能性もあるんだけど。


 さて、考えるのはこの辺にしようか、もうすぐ夜になりそうだしな。さっさと『服ならここだよ』に戻ってこれらを渡してしまおう。



「――と、いう訳なので宜しくお願いします」

「……本当に、一体どうやってこれだけの品質の物を揃えているのか……呆れてしまいます。けれど、お客さんからの注文ですからね、しっかりと働かせて貰いますよ。私に任せて下さい」


 言葉の割には顔が盛大に引き攣っていますよ。


「お願いします。それで、どのくらいの期間で出来上がりそうか分かりますか?」


 この町に滞在して浄化依頼をこなすのは服が出来上がるまで、って事にしようと考えているんでね。


「う~ん、今回はやってみなければ分かりませんね。またどんな問題が発生するか予想もつかないので。だからと言っては何なんですが、できれば毎日一回は顔を出してくれませんか? 私では対応できない事が起こるかも知れませんし」


 成程、それもそうだな。糸が針孔を通らないなんて予想もできなかった事が起きたし。


「分かりました。ただ、俺にも予定があるので毎日決まった時間には来られないと思います。それと、採寸とかしなくて大丈夫なんですか?」


 仮縫いしようとしていたみたいだけど、俺ってばまだ何も測られてないんですけど。


「時間は気にしないでいつでも来てくださって構いません。あと採寸なんて見るだけで分かりますよ?」


 そんな『何を仰っているんですか?』といった不思議そうな顔で言われてもね……。分かりませんよ。【真眼】でも分かりませんよ。

 やっぱりお薦めのお店だけあって腕は確かなようだ。いや、この場合は目か? ……どっちでもいいな。


「そ、そうですか。それではそろそろ失礼しますね。また明日」

「はい」


 俺はそう挨拶を交わして店から出た。


 さて、これから明日の朝までどうしようかね。今はもうすっかり夜だ。眠ってもいいんだけど、寝る必要無いしな。

 ……いや、でも久し振りに人間の姿で寝るのもいいかな? けど宿を取るのが面倒臭い。というか手持ちのお金、無かったな。

 今からギルドに行ってお金を引き出してから宿を探すのもな~…………。


「……よし、ギルドの屋上で寝るか」


 何を血迷った、と思われるかも知れないが、ちゃんと考えがあるのだ。

 ギルドは南広場で一番デカい建築物だったから、屋上に寝そべれば周囲からは俺の姿は見えないだろうし、マントがあるので地べた、というか屋上に直接寝る事にはならない。それに、フードを被り、その上から大袋を頭に被せれば枕モドキにもなるだろう。なにより、明日も浄化依頼を受ける約束をしているので起きたらすぐにギルドに入れるからな。

 ……天才じゃないか、俺?


 そうと決まればギルドへGO。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ