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第17羽   鳥、が服を注文する

 


「服ならここだよ。……ここか」


 足を止めてそう呟いた俺の目には、『服ならここだよ』と書かれたお店の看板が映っている。門番さんから教えて貰った通りの店名だ。


 ふむ、実にユニークな名前だな。もう少しマシな店名はなかったのでしょうか? と問いただす気も失せるほどに個を確立している。単純も極めれば強烈な個性を発揮する、という事を学べたよ。

 …………ま、まぁ、あれだ。門番さんがお薦めしてくれたお店だし、腕は確かなのかも知れない。ネーミングセンスと服の製作技術は関係ないだろうからな。……そうであってください。


 一抹の不安を抱きつつ、俺は『服ならここだよ』へと入店した。


「いらっ、しゃ……い…………そっ、その服は……!」


 店の奥、カウンターっぽいところに居るオッサンが俺の一張羅を見て驚いている。俺はオッサンの見た目と店名のギャップで驚いている。それは、驚愕の二重奏デュエット

 深夜に贈り物を押し付けてくる赤いあん畜生と同じ様なもっさりとした、しかし黒いお髭。体型は普通。頭髪も普通。よって、その髭のボリュームには違和感しか感じられない。そしてエプロンを着用してやがる。

 おいおい、このオッサンが店主じゃねーだろうな。この見た目で『服ならここだよ』なんて店名を付けたのなら引くぞ。

 

「お、お客さん! その服を良く見せてくれませんか!?」


 怖いほどに目を血走らせたオッサンが、髭をなびかせながらドタドタと俺に接近してきた。


 ふむ、服を見せるぐらいならいいんだが……この興奮度、もしかして神聖属性に気付かれたかな? ……まあ、気付かれても問題ないんだけど。その辺で拾ったとでも言えば良いしな。俺が神聖属性を付与しましたと答えなければOKである。


「えぇ、まあ、見るぐらいなら大丈夫ですけど、俺はこの一着しか持ってないので、先に服を買いたいのですが」

「ああ、すいません。それなら…………ぇ?」


 俺が店に入って以降、シーツしか見ていなかったオッサンがやっと俺の顔を見て、そして固まった。

 その反応にはもう慣れたよ。


「もしもし。服を買いたいのですが」

「……あっ、は、はいっ。服を――…………」


 オッサンは一瞬だけ緊張した様子を見せたのだが、再び俺の服を目にすると何やら考え込んでしまった。

 俺の体型に合った服を選んでくれるつもりだろうか? できれば自分で選びたいんだけど……。


「……あの、お客さん……。その服、まだ生地のままなのですか?」


 ぬ? ……あ、そう言えばそうだな。シーツを体に巻き付けているだけなので生地のままといえば生地のままだ。裁縫とかした訳じゃないからな。


「ええ、ただ体に巻き付けているだけです。なので変態に見えるかも知れませんが、これでも紳士です。決して趣味ではありません。ということなので服を買いに来たんですよ。……あ、靴も売ってますか?」

「……その生地で服を仕立ててみませんか?」


 おい、質問を無視するなよ。……まあいい。んで、何だって? このシーツで服を仕立てるって? ……成程な、その手もあったか。ん~、どうするかな。

 新しい服を手に入れたとしたらこのシーツは用済みになってしまう。だが、この布は既に聖炎さんにより魔改造されているので、その辺に放置するなんて事はできない状態だ。なら、このシーツで服を作って貰う方が良いのかも知れないな。


「服を仕立てるのは是非ともお願いしたいです。ただ、先程言った通りこの一着しかありませんので、先に服と靴を購入したいのですが」


 このままシーツを渡してしまうと俺の変質者レベルがカンストしてしまうんでね。

 こうなると服を二着持つ事になってしまうけど、その程度なら鳥さん状態でも持ち運びできるだろう。

 

「おおっ! 任せてくれるのですね!? 感謝しますお客さん! っと、代わりの服でしたね、その辺から選んでください、もちろんタダです! 靴は隣の店で売っていますので、後でそちらへと購入しに行くと良いですよ!」


 髭を揺らしまくっているオッサン。凄い喜び様だ。そして服をタダでいいと言っているが、もちろんの意味が分からない。

 俺はこのシーツを摘まみながら疑問を口にする。


「あの、この生地で服を仕立てることがなぜそんなに嬉しいのですか?」

「何を言ってるんですかお客さんっ!? 服飾に携わる者にとって魔力を帯びた布、しかも白布で服を仕立てる事ほど嬉しい事はないでしょうッ!?」


 なぜ貴方にはそれが分からない?! といった感じの身振りで訴えてきたが、そんなこと言われても知らんがな。というか神聖属性に気付いた訳ではなくて、ただ単に魔力を帯びた白色の布に反応しただけみたいだな。やはりこの布はよ----っく見なければ銀色とは認識されないようだ。

 その事実に少し安堵しつつ、当たり障りのない微笑で答える。


「そうなんですね、知りませんでした」

「そうですとも! だからお客さんには感謝してるんです! ――そうだ、デザインはどうします? 何か要望はありますか?」


 デザインか。服にはあまり興味がなかったからそういうの良く分からないんだよな。

 う~ん……取り敢えず動き易さは最優先だ。後は……フードが欲しいな。顔を隠せれば[光学迷彩]を使わなければならない場面が減るかも知れない。それと、着脱の簡易さだ。人化した時にサッと着れる服がいいな。

 という要望をオッサンに伝えた。


「フードが付いた動き易くて着易い服、ですか。…………インナーとコートに分けようか? でもそれだと生地が足りない。なら買い足して……いや、この生地とバランスが取れる生地となると手がでない。……いや、でも、この生地で普通の服を作るなんて有り得ない訳で…………」


 考え込んでブツブツと呟き始めたオッサン。

 ふむふむ、何かよく分からんが、要するに金が足りず生地が調達できないようだ。

 ならば。


「生地が足りないなら俺が調達してきますよ。俺の服ですからね、援助は惜しみません」


 幸いにも資金は一杯あるんでね。


「何を言ってるんですか、それではお客さんに悪過ぎます」

「いえいえ、俺の服なんですし、妥協されるぐらいなら自分で援助して最高の物を作って貰う方が良いんですよ」

「いや、でも――」

「じゃあ俺から頼みます。援助するので貴方が思う最高の服を作って下さい」


 俺からの頼み。それはつまり客からの注文。少しズルいが、こう言えば店としては断り辛いだろう。

 その予想通り、オッサンはシーツと俺との間で何回か視線を往復させたあと、仕方ないな、といった感じの表情で口を開いた。


「……そうですか、分かりました。その代わり、お客さんが援助してくれた分の金額を仕立ての代金から引かせてもらいます」

「それは出来上がってから決めましょう。今存在しない服に価値は付けられませんから」

「……譲る気はありませんからね」


 店側としては儲かるチャンスだろうに。仕立て屋のプライドってやつかね?

 まあ何にせよ、これで俺が援助することに決まった。

 さて、その前にまずは代わりの服を選ばなくては。


 俺は店内の商品から、下着、シャツ、ズボン、フード付きの腰まであるマントを一つずつ選んでシュパパッと着替えた。マントはこげ茶色、シャツは茶色い長袖、ズボンは黒だ。

 脱いだ弱銀性シーツをオッサンに預けた時に、「この服の代金もきちんと支払います」と申し出たのだが、オッサンは「要りません、しつこい」と断ったので、仕方なくタダで頂くことにした。


 ふう、何はともあれやっとマシな格好になったな。後は靴があれば完璧だ。

 服は少しゴワゴワした肌触りだが、そんなことはどうでもいい。限りなく一般人に近付いた、それが全てだ。


「……ぐふふ……」

「……お客さん?」


 おっと、いけない。服を纏った事で歓喜が溢れてしまった。


「すいません。まともな服を着れた事による愉悦とでも思ってください」

「……そう、ですか…………」


 しまった、もう少し言葉を考えれば良かった。……明らかに同情されている。視線が痛い。

 という内心が俺の顔に表れていたのだろう、オッサンが話を変えてきた。


「あ、そういえばお客さんの名前を聴いてませんでしたね。私はここの店主で、ムスターと申します」

「俺はクウヤです。宜しくお願いしますムスターさん」

「はい、宜しくお願いします、クウヤさん」


 やはりこのオッサンが店主だったか。となると、店名は……。


「早速ですがクウヤさん。援助と言っていましたが、どうするつもりですか? この生地と釣り合いが取れる物はそう簡単には手に入らないと思いますが……」


 それなら大丈夫だ。簡単に手に入らないのなら……


「しっかりした生地を販売している店を知っていますか?」


 作ってしまえばいいのさ。





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