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第16羽   鳥、はストレッチをする

 


 今はジネットさんの後を追って保管庫からロビーへと戻っている道中だ。彼女から漂ってくるハニーレモンのような甘すぎず爽やかな香りを堪能しながらな。


 ジネットさんの身長は160cm前後だと思われるので、俺の視点だと彼女の頭頂部にある赤いカチューシャが良く見える。赤色は確か、愛情や情熱、活気といった印象を与えるはずなので、彼女の持つ雰囲気にピッタリだ。それに、菜の花の様な明るい黄色の髪との相性も良いし、あしらわれている一輪の白い造花がジネットさんの女性らしさと可愛らしさを増幅させていて素晴らしい。笑顔になると尚良し。


 しかしあれだな、セーラー服っぽい制服を着てローファーで歩いている彼女を見ていると、何だか学校の廊下を歩いているような錯覚を覚えてしまうな。男性職員の制服も、青いネクタイを結んだ白シャツの上に、袖口や襟に青いラインが入った白いブレザーを着用し、下は青系統のチェック柄のスラックス、といった感じなので、余計にそう思ってしまう。

 因みに、ギルドの制服は男女共に左胸のポケットと両肩にギルドのエンブレムが刺繍されている。


 俺が学生時代の光景に思いを馳せていると、前を歩いていたジネットさんがピタッと足を止めた。その事で俺の足も自然と止まってしまい、何だ? と思った瞬間、彼女が遠心力でスカートをフワリとさせながら俺へと向き直り、予想もしていなかった言葉を口にした。


「ギッサンってあのハゲのことですよね?」


 その可愛らしい微笑みと衝撃の発言内容とのギャップに思わず俺の頬が引き攣ってしまう。ジネットさんが振り向いた際に彼女の髪から拡散されたハチミツレモンの香りによって鼻腔をくすぐりまくられていたので油断していた。

 ……俺のギッサン発言をしっかりと聞いていたのか。っていうかほんと口悪いね、君。


「……ええ、まぁ」

「どういう変換でそうなったのか聞いてもいいですか?」


 イタズラを思い付いた、って感じの笑顔で、この質問。

 何が狙いだ? ……まあいい、正直に答える必要はないからな。


「ギルマスさんって言い掛けた時、最初にそこで区切るなって言ってたのを思い出したので、咄嗟に止めたら『ギ、さん』ってなったんですよ。ギッサンって呼んだ訳ではないんです」


 俺はジークの胡散臭い微笑を真似て、尤もらしい言い訳を述べた。

 ふふん、完璧であろう。

 と思ったのだが、作り笑いのような笑顔を浮かべたジネットさんが、やや棒読みっぽく言った。


「ふーん、そうだったんですか。てっきりギルマスのオッサンを略してギッサンなのかと思いました」


 バレバレじゃねーか。

 ……いや、俺と彼女の思考回路が似ているだけか? ……それはそれで嫌だな。


「さ、早くロビーへ戻りましょう」

「……そうですね」


 ジネットさんはくるんと背を向けて、柔らかそうな髪とスカートを揺らしながら颯爽と歩みを再開した。

 ……このやり取りは一体何だったんだ? 何か意味があったのか?

 少し混乱しながらも、その後すぐにロビーへと戻って来た。と同時、ロビーの騒めきが停止する。みんながワイルドな俺に見惚れているのだ。


 ジネットさんが自分のカウンターへと向かったので、俺もそこへとついて行く。

 トリーノさんは……行きと同じでジネットさんを戦慄の眼差しで追っている。その視線に気付かないのか、気付いた上で無視しているのか、ジネットさんが『離席』の立札を外して席に着いた。

 二人はどういう関係なのか……考えない方がいいな、うん。


 触らぬ神に祟り無し、などと考えていると「おほんっ」と咳払いしたジネットさんがニヤリと得意げな笑みを浮かべ、口を開いた。


「ではではクウヤさん、浄化依頼の達成を確認しましたので報酬をお支払いします。今回クウヤさんが浄化した汚染魔石はランクⅡが521個でしたので、報酬金額は781500マタ。依頼達成回数はプラス34回分となります」

「――は?」


 ――は? あ、声に出ちまった。

 一瞬だけ己の耳を疑ってしまったが、ジネットさんの「ふっふっふ~、サプライズ成功です」と言わんばかりの腹立たしいドヤ顔を見て、事実なのだと理解できた。


 …………781500? マジですか? しかも達成回数34回分?

 確か硬貨にすると、金貨7枚、大銀貨8枚、銀貨1枚、大銅貨5枚、だったはず。

 ……浄化って金稼ぎたい放題じゃないですか? ……そう言えば、光魔法持ちは高給取りだってエリスさんが言ってたな。

 俺がそう納得していると、静寂から一転して周囲の奴等が騒めき出した。


「お、おい。あの野郎……一回の依頼で500個以上浄化したらしぞ……!」

「マジかよ……」


 お前ら、さっきの二人組だろ。まだ居たのかよ。


「おい、あいつって……」

「あの頭だし……間違いねえだろ」

「よお、遅れてすまねえ。……何でこんなにざわついてんだ?」

「おう。実はよ……」


 おいおい、せめて俺に聞こえないように喋ってくれよ……。


「……はあ? 一回の浄化依頼で700000マタ? 冗談言ってんじゃねえよ。『辛辣の癒し』ならともかく、そんなのベルライトのお偉いさんでもまず無理だろうが」

「あの頭をよく見ろよ」

「……なっ! おい、まさか……」

「ああ……そのまさかだと思う」

「……」


 ん、何だ? 俺の頭がどうしたって言うんだ? ……このぴょんぴょんを極めたアホ毛の事か? それに、“まさか”って何に対しての“まさか”なんだ? 

 って言うか報酬額まで盗み聞きしてんじゃねえよ。例えジネットさんの声がデカかったからだとしても。


「おい、聞いたか?」

「ああ、聞こえた」

「絶対に手ぇ出すなよ?」

「出す訳ねえだろ、アホか」

「まだ死にたくねえしな」


 あいつらの話を聴いた別のグループがそんなことを呟いた。

 殺さねえよ、何なんだよ全く……。でもまあ、因縁付けられて絡まれるよりはマシか。手を出さないって言ってるんだ、それでいいだろう。


 そう考えた俺があいつらの事を意識から外してジネットさんを見遣ると、一瞬だけテヘペロしやがった。可愛いけどあざといです。むかつく。

 ジネットさんは俺の眉間に皺が発生した事で苦笑気味になった、と思ったら、わざとらしく両手をポンと合わせながら口を開いた。


「ク、クウヤさんはまだ仮登録でしたね。登録金の10000マタを報酬から支払いますか?」


 誤魔化す気満々だなジネットさん。……まあいいか。

 登録金の78倍稼いだからな、払っても何の問題もないだろう。


「はい、それでお願いします」

「承知いたしました。それでは正式登録いたしますのでギルドカードをお渡し下さい」


 言われた通りカードを渡したら、仮登録の時にも見た重箱っぽい魔道具を取り出したジネットさんが、その中にカードを設置して何やら弄り出した。

 ……あれ? 何か忘れてるような気が…………。

 頭の片隅に何か引っ掛かりを覚えたが、魔道具の操作を終えたジネットさんの声によって掻き消されてしまう。


「はい、これで正式登録は完了しましたので、クウヤさんは正式にギルドのサービスを受けられるようになりました。解放者登録、おめでとうございます。早速ですが、ギルドの預金制度を利用なさいますか?」

「ありがとうございます。預金制度?」

「ギルドに金銭を預けることができるんですよ。預けたお金は解放者ギルドであれば何処でも引き出せます。今回クウヤさんは大金を得られましたので、お預けになってはどうかと思いました。どうされます?」


 成程、銀行と似たようなものだな。

 俺はこの町で服を調達するつもりである。そのあとは鳥に戻り、その服を入れた袋を掴みながら空を飛んでベルライトへと向かうつもりである。そうなると大金なんて物理的に持てないからな、ギルドに預けておけばいいだろう。ただ、このあとでその服やら何やらを買うつもりだから、その分だけ残して後は預けておくか。

 そうだな……200000もあれば大抵の物は買えるだろう。


「では200000マタを手元に残して、他は預けることにします」

「承知いたしました。………………はい、これで完了です。裏側をご確認ください」


 魔道具を弄って振り込みが完了したのだろう。ジネットさんが機械の中からカードを取り出して、熱を冷ます様に振ってから俺へと手渡してきた。

 ……その仕草、何処かで見た気がする。

 返却されたギルドカードの裏側を確認してみると、『預:571500』と表示されている。


「はい、確かに」

「では、こちらが残りの200000マタです」


 そう言って渡された袋の中身を確認してみると、大銀貨が20枚入っていた。

 合ってるな。


「ありがとうございます。それでは今日はそろそろ失礼しますね」

「はい、ご利用ありがとうございました。また明日、クウヤさん」


 明るく可愛らしい笑顔の横で小さく手を振ってきたジネットさん。

 そうか、明日も浄化でここに来るんだったな。

 という事を考えながらジネットさんに手を振り返し、俺はギルドを後にした。


 ふぅ、やっとお金を手に入れられたな。

 そのちょっとした達成感に身を任せ、南広場に出た俺はギルドの建物前でう~~んと体を伸ばす。

 

 広場に現れた次の瞬間にはストレッチを開始した変質者へと殺到するのは、畏怖と好奇とが込められた数多の視線。その容赦の無さに、思わず俺の心が抉られ……ません。

 ――ふん、お前達よ、そんな目をしていられるのも今のうちですよ? 俺はもうすぐ一般人へと転職するのですからね。

 お金を手に入れたことで心にゆとりができたのか、俺は鼻歌交じりで余裕の笑みを浮かべつつ、アキレス腱を伸ばし終えた。

 さてさて、服を買いに行きましょうか。


 そうして意気揚々と歩き出した俺はしかし、一歩目でその歩みを静止せざるを得ない事実に気付いてしまった。


「…………服ってどこで売ってるんだ?」


 そう、何処に服屋があるのか知らない。うっかりさん。

 しまった、ギルドで訊いておけば良かったな……。

 と、下を向いたところで左手に握り込んでいた《板》が目に映った。

 そう言えばこれを門番さんに返さないといけないんだったな。そのついでに門番さんに訊けばいいか。


 そう決めて歩き出し、北門へと到着した。

 道中は相変わらずだった、とだけ言っておこう。


「すいません、門番さんは居ますか?」

「あっ。こ、これはクウヤ殿。身分証は……無事に手に入れられたようですね」

「はい、お世話になりました。これはあの時の《板》です」

「はい、確かに」

「それでですね、服を購入できるお店を探しているのですが、何処か良い所を知っていませんか? できれば教えて頂きたいのですが」

「服ですか? …………あぁ、成程。それでしたら――」


 そうして、門番さんからお薦めのお店を紹介して貰った。


「――ですね」

「詳しくありがとうございます。それでは早速行ってきますね」

「はい、お気をつけて」


 俺は服を求めて再びボハテルカの町中へと舞い戻った。





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