第15羽 鳥、がヤケクソっぽく浄化する
保管庫内は汚染魔石を詰め込んだ木箱で溢れ返っている。
それについての疑問を尋ねてみよう。
「なぜこんなにも低ランクの魔石ばかりが溜まっているんですか?」
「……クウヤ殿は事情を知っていた訳ではなかったのか。……ここから南に鉱山地帯があるのは知っているか?」
俺が事情を知っていて浄化依頼を受けたと思っていたようだな。
そしてどうやら、南にある鉱山が原因っぽいと。ボハテルカの南に存在する、東西に大きく伸びている山脈のことだろう。
知っているので「はい」と返答する。
「実はそこでな――――」
そして、ギッサンがこうなった訳を説明してくれた。
半年と少し前から、その鉱山地帯に大量の魔物が出現し始めた。
出現した魔物が落とす魔石は殆どがランクⅠとⅡばかり。ただ、その鉱山に魔物が大量に出現するといった現象は時折起こることなので、今回もいつものごとく十日ほどで治まると思っていた。
だがしかし、半年ほどが経過しても一向に治まる気配が無く、魔物共はドンドンと出現してきて、そのまま放置していると鉱山から溢れ出しそうなほどにまでなってきた。そのため放置する訳にもいかずに斃し続けているのだが、当然落とす汚染魔石も放置できはしない。なので回収し続けた結果、保管庫が一杯になってきた。
光魔法を持っている人物は少なく、浄化が全然追い付かない。汚染魔石を安置しておける場所は保管庫以外には無いので困っている。
よって、本来はギルドの仕事なのだが、常時依頼の形を取って解放者にも浄化を手伝って貰う事にした。しかし、それでも焼け石に水。魔石を浄化するよりも回収される数の方が多い。
そして、そこに俺がやって来た。
「――という訳だ」
ふむ……魔物の大量発生か。
そう聞くと、カルナスに現れた大量のビシャス・オーガを思い出すな。
「大量発生の原因が守護者だという可能性はあるんですか?」
「それについては良く分かっていないのが現状だ。ボハテルカの町が造られて以来、この周辺では守護者の観測記録がゼロなんだが、一年前のアガタ王国での事もあるんでな、その可能性が無いとは言い切れないんだよ。ただ、出現している魔物はいつもと同じなので、守護者が絡んでいる可能性は低いと思っている」
成程、新たに守護者がやって来たとするならば、出現する魔物もその守護者に関係した種になるはずだと考えたのか。あの鬼型の守護者はビシャス・オーガを大量生産したからな。
この町の周辺は呪雲が濃いので近くに邪結晶があるかもと思っていたんだが、ボハテルカの近辺で守護者の目撃情報が一度も無いのであれば、邪結晶も無いと考えていいのだろうか。
まあ、邪結晶を一つ浄化する事で結構な範囲が晴れるからな。ここが暗いからといって、すぐ近くに邪結晶があるという事にはならないし。
と、これも訊いておくか。
「この周辺の呪雲が濃くなっているのは、魔物の大量発生が原因ですか?」
「……あぁ、そうだ。数が多過ぎてな、どうしても回収し切れない物が幾つか出てきてしまうんだよ」
口惜しそうに眉を歪めたギッサンがそこで口を閉じた。
ふむ、《袋》の容量にも関係があるのだろう。確かアーリィが持っていた《袋》は通常サイズの魔石が50個まで入ると言っていたからな。つまり、それ以上を一度には回収できないという訳だ。ならば《袋》を複数個持ち込めば、とも思ったが、そんな事をギルドが思い付かない訳がない。そうした上で、回収し切れない魔石が出てしまっているんだろう。
という事は、今回俺が受けた浄化依頼は結構重要なんではないだろうか。なぜならば――
「そんな状況の中で、さらにこの保管庫に汚染魔石を収納できない、なんて事態になってしまったら最悪ですね。そうさせない為の浄化依頼、という事ですか」
「ああ、そういう事なんでな、クウヤ殿の【光魔法・Ⅶ】の力には正直期待している」
「成程、それは頑張らないといけないですね」
多分、聖炎を使えば一分前後でこの部屋の中を全部浄化できますよ? とは言わないでおこう。
「頑張ってくださいクウヤさんっ」
口をV字にしたジネットさんがファイティングポーズを取って「がんばです」と応援してくれている。
まだ居たんですね。受付に戻りましょうよ。……まあ、彼女は見てて和むし、居ても問題ないか。さっさと浄化して報酬を貰おう。
ここに居る職員さん達が行っている浄化方法は、《袋》での浄化とほぼ変わらないようなのだが、少しだけ違う。彼等は机の上に描かれた魔法陣っぽい模様の上に箱を置き、そこに手を付いて光属性だと思われる魔力を流し込んでいるのである。この保管庫が《袋》と同じ役割を果たしている部分は『邪気を発させない』という効果だけのようだな。
つまり、保管庫には浄化速度を上昇させる機能などはないようなのである。実質、《袋》に光属性の魔力を流し込んで浄化するという方法と同じだ。
うむ、これでは浄化に時間が掛かるのも仕方がない。非効率的過ぎる。
聖炎ほどではないが、【光魔法】にはちゃんとした浄化専用の魔法があるのになぜ使わないのだろうか?
……と思ったのだが、もしかしたら彼等のスキルレベルではまだ浄化魔法を使えないのかも知れないな。俺の【風魔法・Ⅰ】では[風球]などが使えないのと同じなのだろう。
俺は【神鳥】の効果により光魔法を一気に使えるようになってしまったので、光魔法のレベルが幾つになれば浄化魔法が使えるようになるのか知らないのである。ひょっとしたら相当なレベルが必要なのかも知れない。
因みに、【神聖魔法】にも【光魔法】の上位版っぽい浄化魔法がある。
さて、俺の持つ浄化手段は……
・光属性の魔力を流し込む
・光属性の浄化魔法
・神聖属性の魔力を流し込む
・神聖属性の浄化魔法
・聖炎
の五つ。……最後は除外でいいな。
腕を組み、どれにするか考える。
うーん……今の俺は【光魔法・Ⅶ】という事になっているので神聖属性の浄化魔法は論外だ。それに、光属性の浄化魔法は使用可能になるレベルが分からないので除外だな。
よし、皆に合わせて魔力の流し込みでいいか。光属性だと遅すぎるから、神聖属性の魔力でいいだろう。普通の人は魔力なんて見えないはずだし、例え見えたとしても違いなんて分からない……と思う。
さて、浄化方法は決定だ。
俺は汚染魔石が詰まった箱を持ち上げ、机に描かれた魔法陣の上に置き、右手を魔法陣の端に添える。
「じゃあ、浄化を始めますね」
まずは軽く、神聖属性の魔力を魔法陣へと流し込んでいく。
……お、……おお、……おおおお、ドンドン浄化されていく――ってやばっ。
「な、何だとっ!? 何だこの浄化速度は?!」
「嘘……もうこんなに……」
ドス黒い魔石が次々と透明っぽさを取り戻していくその光景を見たギッサンとジネットさんが愕然としている。
浄化速度が他の皆と比べて速過ぎるのである。二倍や三倍って感じではない。下手したら十倍近いです。
……まだ軽くしか出力してないんですけど? うーむ……どうする? もっと手加減して…………。
と、そこまで考えたところで面倒臭くなってきた。聖炎ならまだしも、魔力を流し込むだけで神経を使うのは何かアホらしく感じられる。
あぁ、もういいや、このまま一箱いっちゃおう。こういうときの為にステータスを高めに設定したんだ、押し通せばいい。
そう決めて、半ばヤケクソっぽく浄化作業を継続する。
すると、ジネットさんとギッサンの声を聞いたからか、今まで自分達の分を浄化していた職員さん達が俺達の傍へと寄って来て、それぞれが感想を述べ始めた。
「……もう、半分以上……」
「ま、まさかこれが[浄化]の魔法なの? ……いや、でも、詠唱してなかったし……」
「……浄化係の自信、無くなってきました……」
「凄い、クウヤさん…………」
「これが、上位属性レベルⅦの力…………」
[浄化]というのは光属性の浄化魔法の名前だ。
因みに、神聖属性の浄化魔法は[聖浄化]という名前です。
まあ、面倒だから全部[浄化]って呼ぶつもりの俺には関係ないけどな。そもそも【聖炎】があるから浄化魔法を使う機会なんて殆ど無いだろうし。
「……あ、もう終わる」
「ランクⅡが500個以上……あったのに……」
「……浄化係の自信、無くなりそうです……」
考え事してたらもう終わりそ――あ、終わった。
ふむ……結構すぐに終了したな。ここでケロリとしていたら流石に怪しまれるかも知れない。
そう思った俺は、一仕事終えた風を装って、掻いてもいない額の汗を腕で拭う仕草をしつつ、爽やかな笑顔を浮かべる。
「……ふう。終わりましたよ、ギッサン」
……あ、ヤベ。ついギッサンって言っちまった。心の中だけの呼び名のつもりだったんだが……。
「「「…………」」」
皆、呆然としてるな。
……よし、誰もギッサンという単語に疑問を持っていないようだ。
俺が安心していると、そのギッサンが唸る様に言った。
「……これは……凄まじいな。さすがだクウヤ殿。【光魔法・Ⅶ】の実力、確かに見させてもらった」
「凄いですクウヤさん、まるで神聖属性による浄化を見ている様でした。見た事ないですけど」
すいませんねギッサン。これ、神聖属性なんですよ。そこで目を輝かせているジネットさんが正解です。
二人の言葉に続き、他の職員さん達も感想を述べ出した。
「確かにそうね。あの速度、神聖属性と言われたら納得だわ。それを、光魔法でなんて……」
「【光魔法・Ⅶ】なんて見たことなかったが……こんなに凄いものなんだな」
「浄化係の自信、無くなりました……」
……これ以上ここにいると面倒臭い事になりそうな気がする。早く戻った方がいいかもな。
それとなく誘導してみよう。
「これで依頼は完了って事でいいですか?」
「ああ、もちろんだ。正直ここまでとは思っていなかったが……今回は本当に助かった。ギルドマスターとして礼を言わせてくれ。感謝する」
「いえいえ、依頼ですから。それでですね、この後少し予定がありまして。依頼の達成報告はどうすればいいですか?」
「それなら私が担当します。ささ、ロビーへ戻りましょうクウヤさん」
Goodだ、ジネットさん。
と思ったら、ジネットさんへと咎める様な視線を向けたギッサンが低い声で言った。
「ちょっと待てジネット。浄化された魔石の数を正確に数えたのか?」
「……もう少し待っててくださいねクウヤさん~」
ジネットさんがあはは~と愛想笑いを浮かべながら魔石の個数を数え始めた。
Badだ、ジネットさん。
そんな彼女に対してギッサンが呆れの溜息を吐いたあと、申し訳なさそうな表情を俺に向けた。
「済まないな。魔石が多すぎて箱にドンドンと詰めていったら、一箱に何個入っているのか正確な数が分からなくなってしまったんだ。まさか一回の依頼で一箱を浄化してしまう者がいるとは思ってなかったんだよ。……ところでクウヤ殿、魔力は大丈夫なのか? 平然としているように見えるが……」
ギッサンが訝しげな表情で俺を見ている。
さっきの汗を拭う仕草では誤魔化されなかったようだ。
今日は[光学迷彩]にシーツの洗濯、汚染魔石の浄化にと結構な魔力を使ったからな、随分減っている……訳ではないんだよな、【超回復】さんは優秀です。
というか、この程度の数の魔石を浄化するなんて朝飯前です。でもそれを正直に言えばさすがに魔力量に疑問を持たれるだろうし、それか「もう一箱浄化を」ってなるだろう。
だからここは曖昧にいくべし。
「【魔力制御】のおかげで魔力の運用には自信があるんですよ。と言っても、今日はこの町へ来るまでに結構な量を使ってしまったので、もう一箱となると厳しいですね」
俺は苦笑を浮かべ、暗に「今日はもうアカンで? 無理やで?」と伝える。こう言っておけば、今日はもう浄化を頼まれることはないだろう。
今の俺の最優先目標は、とにかく服装を何とかして変質者から足を洗うことである。裸足で歩き回ったので衛生的にも洗いたい。つまり、これ以上は浄化に時間を掛けたくないってことだ。足裏の浄化には時間を掛けてもいいけどね。
「そうか……。クウヤ殿、できればで良いんだが、明日からも浄化依頼を受けてくれないか?」
申し訳なさそうな、しかし何処か期待するような眼差しだ。
明日ぐらいなら別に大丈夫だが、明日から“も”ってことは、ずっとってことかね?
「明日からも、ですか……。浄化するのは構わないのですが、でも幾ら浄化しても原因を取り除けないのであれば、汚染魔石は減らないのでは?」
「もちろん原因となっている鉱山の調査は行っているし、他所に要請しておいた応援がそろそろ到着するはずだ。だがな、その調査の過程でさらに汚染魔石が増えてしまうんだよ。正直このままでは職員達が倒れてしまいそうでな、せめて調査が終わるまではクウヤ殿に助力を願いたいのだ。どうか……頼む」
ギッサンが真剣な声でそう言うと同時、俺に向かって頭を下げた。
……そうか。魔物が大量発生している場所へと赴き調査すれば、当然そいつらに襲われて戦闘になる。だから調査するだけでも汚染魔石は増えてしまうのか。
そして、次々と運び込まれてくるそれの浄化に追われる職員さん達。……今の彼等は見て分かるくらいにフラフラだ。倒れてしまいそうだと言っていたことが、事実なのだと分かる。
それに……頭を下げられてしまった。
……放ってはおけないよな。
済まない、アーリィ、エリスさん。
もう少しだけ、待っててくれ。
「……分かりました。調査が終わるまでずっと、とは言えませんが、明日以降も浄化依頼を受けさせて頂きます。なので、どうか頭を上げてください」
「……感謝する、クウヤ殿」
こんな怪しい姿で、さらに仮登録の俺へとギルドマスターが頭を下げるほどに切迫していたのだろう。
俺の返事を聴いた他の職員さん達から、何処か安堵した様な雰囲気が感じられた。
数日ほど様子を見て、あまりにも調査に時間が掛かるようならば、保管庫内のランクⅠ~Ⅱの魔石を全部浄化してこの町から逃げよう。そうすれば彼等だけでも半年ほどは持つようだしな。その間に二人と合流して、またここに戻ってくれば良いだろう。
「ふぅ、数え終わりました。さあクウヤさん、ロビーへ戻りましょう」
先程の俺のように、掻いてもいない額の汗を腕で拭う事で「一仕事終えてやったぜ」アピールをしたジネットさんが、その陽気な声で何処かしんみりとしていた空気を塗り替えてくれた。
……貴女の事をすっかり忘れてたよ。
よし、ならこの辺で退散しようか。今は服が最優先であることは変わらないからな。
「それでは今日はこれで失礼します」
「ああ、明日からも期待させてもらうぞ」
そう挨拶を交わし、ジネットさんについてロビーへと向かった。
さて、俺はどのくらいの数の魔石を浄化したのかね。




