第12羽 鳥、がブチ撒ける
「こちらがクウヤ様のギルドカードとなります。ギルドの受付と魔力を登録した本人以外では操作できないようになっていますので、ご確認ください」
そう言って受付嬢さんがギルドカードを手渡してきた。
俺はそれを受け取って眺めてみる。
ふむ……何も表示されていないな。確認って何だろうか? 魔力でも流せばいいのか?
……ほい。
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名前:クウヤ
性別:♂
種族:ヒューノ
年齢:20
状態:通常
生命力: 4980/4980
魔力量: 6730/9480
<固有スキル>
――
<スキル>
【炎熱耐性・Ⅷ】【光耐性・Ⅷ】【闇耐性・Ⅱ】
【炎熱魔法・Ⅶ】【光魔法・Ⅶ】【風魔法・Ⅰ】
【生命感知】【魔力感知】【空間把握】【集中】
【魔喰】【魔力圧縮】【魔力制御】【姿勢制御】
【身体強化・Ⅲ】【毒耐性・Ⅵ】【狙撃術】
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お、出た出た。
うむ、スキルの偽装もバッチリだな。このくらい高めに設定していれば多少の事はやらかしても大丈夫だと思う。
「確認できました」
「はい、かしこまりました。これで仮登録は完了となります。それではギルドについての説明は必要でしょうか?」
俺は知らない事の方が多いからな、これは聴いておいた方がいいだろう。
「はい、ギルドを利用するのは今回が初めてなので、是非ともお願いします」
「承知しました。それでは説明させて頂きます」
そうして、受付嬢さんがギルドについて説明してくれた。
簡単に纏めると、
・仮登録時にカードを無くしたら再発行はしません。一年間大人しくしててください。
・カードに表示させた文字は、魔力を込めて消したい部分をなぞれば消えます。
・カードの裏面には解放者ランクや各ランクの依頼達成回数などが表示できます。
・仮登録者のカード裏には常に仮登録のマークが表示されます。
・仮登録時の解放者ランクはⅠで固定。何やっても上がりません。
・仮登録時に受けられる依頼はランクⅠを一個ずつ。例外有り。
・受注の際はクエストボードと呼ばれる板から依頼書を剥がして受付へ。
・正式登録すると、自分の一つ上のランクの依頼まで受注可能です。
・汚染魔石を放置すると、バレたときに厳罰があります。
・登録金を支払う際は、できればわたくしの居るカウンターに来てください。
って感じだな。
はい、覚えきれません。
まあ要するに、変な事をしなければ問題無いって事だな、うん。
しかしあれだな。仮登録者には《袋》の貸し出しを行わないと言っていたのに汚染魔石を放置するなって言うことは、実質魔物を斃すなって言ってるのと同じだな。登録もできないような奴は魔物の相手をするのは危険だ、止めとけって意味なんだろう。
「以上です。何か質問はございますか?」
「いえ、詳しい説明ありがとうございました。……えっと……」
そう言えば名前が分からん。俺にとっては初めての受付嬢さんだから、できれば「受付嬢さん」ではなくて名前で呼びたいところだ。
だからと言って、彼女の名前を知る為に【真眼】を使う、というのはナシだ。女性のステータスを覗くのには抵抗があるし、何より彼女に失礼だからな。
という訳で、直接訊く事にする。
「あー、もうご存知だとは思いますが改めて。俺はクウヤと申します、宜しくお願いします。……それでですね、貴女の名前を教えて貰ってもいいですか?」
「だめですっ。――あ、ちがっ……。あ、あの、そのっ……わ、わたくしは……トリーノと、申します……」
膝の上でギュッと両拳を握ったと同時に、強い拒絶の言葉を発した受付嬢さん。その直後の『しまった』という表情から、思わず口を衝いて出たのだと察せられる。その後、徐々に俯きながら小さな声で名前を教えてくれたのだが……。
彼女のそんな挙動を見て、俺は自分が失敗した事に気付いてしまった。
そう、今の俺は変質者っぽい格好だ、というか変質者だ。つまり、『不審者に名前を教えたくない。けど訊かれたら職員として……』って感じだったのだ。俺が無理矢理名前を言わせたみたいな図になってしまった。
だがしかし……そんなことはどうでもいい。
――トリーノ。
……素晴らしい名前である。
トリーノ……鳥ーの……鳥の……――鳥。
そう考えると、彼女の髪と瞳を染める爽やかな水色が、空の色に見えてくる不思議。
「お、おいっ。トリーノさんが名前教えたぞ……!」
「どういう事だよ……」
おいそこの奴等、聞き耳立ててんじゃねーよ。
っと、早く謝罪せねば。あと名前を教えてくれたのだから、それの感想もだな。
少々嫌な気分にさせてしまったようなので、優しい笑顔を意識しながら褒めてみようか。参考にするのはジークの微笑で良いだろう。
「突然済みませんでした。仮登録という面倒な手続きを行ってくれた貴女のことを受付嬢さんと呼ぶのもどうかと思いましたので。……トリーノさんですか、素敵な名前ですね。とある国では“鳥”を表す言葉でもあります。そう考えると、貴女の髪と瞳を染める麗しい水色がまるで澄んだ青空の様に見えてきます。それに、とても耳に心地の良い綺麗で透き通った小鳥の様な声。そんな貴女はまさしく、清澄な空の中に舞う可憐な鳥に見紛うほどに……ゴホンっ。とてもお似合いの名前だと思いますよ」
「……ぇ?」
素敵な名前ですね、辺りで止めるはずだったのだが、途中から本音が溢れて止まらなくなってしまった。まあそれは仕方がない。
何を言われたかを理解するのに時間が掛かっているのだろう、トリーノさんがポカンとした表情を晒しながら俺とお見合いを開始した。
そして数秒後。
「…………――へぅっ?! あっ、あのあの……えと、その……その、えと…………あ、ありがとう、ごじゃいましゅ……」
ビクンっとしながら妙な声を上げたトリーノさんが、ひとしきり手をバタバタと慌てさせてから、サラサラの髪で表情を隠す様にして俯き、背中を丸めながら少しずつ収縮していった。
ふむ……俺が思わずブチ撒けてしまった言葉の内容がよほど予想外だったのだろうな、慌て過ぎて最後のほう噛みましたね。しかし、ここでそれを指摘するなんてことはしない。というか褒めても逆効果だったみたいで、下を向いたままプルプル震えてしまっている。水色の髪から覗くお耳は真っ赤である。後頭部に着けている花模様の白い髪飾りが可愛らしい。……とか思っている場合じゃないな。
なるほど。どうやらまたやっちまったようです。
……そうだよな、変質者に笑顔で「君の名前いいね」なんて言われたら怖いわな。身の危険を感じるレベルだよな。体の震えが止まらないよな。
恥ずかしがっているのか? とも思ったが、それだと震えてる理由の説明にはならないしな。
よし、ここはサッサと退散すべしだ。とにかくちゃんとした服が要る。あと靴もだ。身嗜みを整えて出直そう。……詫びの品も必要かな。
「変なことを言って済みません。今日はありがとうございました」
「い、いえ……」
俺は苦笑しながら礼を告げ、《板》とギルドカードを回収して受付から離れた。
このままギルドを出て――ってそれだとお金が無いままじゃないか。服が買えない。
仕方ないな、このままサッと常時依頼を確認だ。
そう決めた俺はクエストボードの前まで移動して、そこに貼り付けてある依頼書を眺めていく。
周囲の視線はもう駄目だ。あいつらにデリカシーを期待するだけ無駄であると俺は悟ったのである。
さて、何か簡単で素早く稼げる依頼は…………ん?
ランク:Ⅰ~
依頼主:ギルド
内容:汚染魔石の浄化
条件:光魔法が使用可能であること
報酬:下記参照
詳細:ギルドの保管庫に収納されている汚染魔石を浄化すること。
報酬は浄化した魔石の数とランクに応じて。
ランクⅠの魔石を20個浄化で依頼達成一回分となります。
その他のランクの魔石は上記を基準に達成回数を判定します。
常時依頼ですが、受付で受注する必要があります。
※この用紙は剥がさないでください。
これいいね。他の依頼は町の外に出るものが多いんだが、これだと町中で、しかも浄化なんて俺にとっては朝飯前だ。20個と言わず1000個ぐらい余裕ですよ。
なぜか最後の一文だけ筆跡が荒れているんだが、気にしない方向で。
……あ、でもギルドの保管庫って何処だろうか? 人が大勢いる中で浄化することになるのかね? そうなると気まずいんだが……。いや、でも他の依頼よりも早く稼げそうだし…………うん、この依頼にしよう。
門番さんに《板》を返却するのは後でいいだろう。一々あそこまで戻ってからまたギルドに来るのも面倒だし、その道中が地獄だ。
と、俺がこの依頼を受けようと決めた時だった。隣にいた男性がボードから別の依頼書を剥がして受付へと歩いて行ったのである。
では俺も、この用紙を剥がして受付へ――ってあぶねえッ! 剥がすところだったッ!
迂闊な右手さんを堅実な左手さんで押さえ込むことに間一髪で成功する。
あの男性に思わず釣られてしまった。
……成程、俺みたいなうっかりさんが居るのか。……苦労してるんですね。




