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第 9羽   鳥、はガッツポーズする

 

 


 あれから雨が止み、夜が明けた。

 休まずに飛び続けてきた甲斐があったのか、遠方に町っぽいものが見えてきたところである。

 少し前から、この辺りの地形が平原から丘陵地帯へと変化してきた、と思っていたら、進行方向――南方に東西へと大きく伸びている山脈を発見。その山脈の麓、手前側に町が見えたのだ。

 町の近くだからか、下の街道に人の姿を多く見られるようになってきたので、もう少し高度を取って空を進むこと数分後、ついに町の上空へと到着した。

 ――というのに、俺の口からは怪訝な声が漏れてしまう。


「……暗い?」


 ここまでの道中と比べて僅かな差ではあると思うが、何やらこの町の周辺は暗いのだ。闇黒地帯ほどではないが、晴れる前のカルナス周辺よりは間違い無く暗い。

 ……呪雲が増している? 汚染魔石を浄化せずに放置でもしたのか?

 などと推測してみるも、答えが得られるはずもなく。

 一端思考から切り離し、視線を下へと向けて、町の観察に移ることにする。 


 防壁で囲まれているのはカルナスと同じだが、壁は円形ではなく四角形であり、その壁高は大体10mほど。ただ、カルナスの二倍はありそうな防壁の厚さなので、あれなら穴を開けられることもないだろう。まあ、壁は一枚だけなので、カルナスの三重防壁には敵わないと思うが。


 東西南北にそれぞれ一つずつの門が存在し、特に南側の交通量が著しく多い。

 南門から延びている街道は、そのまま南に見える山脈へと向かって続いており、その道中には多くの人々の姿が確認できる。山脈は大体が緑に染まっているのだが、街道の延長線上とその付近の山肌は禿げており、灰色や土色を晒しているので、あそこが鉱山なのだろう。町から鉱山の麓までは歩いて十分ってところかね。

 南に見える山脈は端が見えないほど大きく東西に伸びており、その山脈から町の西側へとT字のIの部分の様に山嶺が延びている。要するに、この町は南と西を山脈に囲われているという訳だ。俺がやって来た北側にはなだらかな丘陵地帯が、東側には平原が広がっている。


 これ以上南には町が無いっぽいので、ここがジークの言っていたボハテルカって名前の町なんだと思う。ただ、鉱山都市だと言っていたので、てっきり鉱山に町が存在するのだと思っていたのだが、町がある場所は普通に平地だな。まあ、どうでもいい。


 緑に染まった山脈が近くにあるからか、木材が豊富なんだろう。町中では木製と思われる建物がカルナスよりも多く確認できるな。と言っても、石製や煉瓦製の建物の方が多いことは変わらないけど。

 結構ゴチャゴチャした印象を受けるが、衛生的に汚い訳ではないと思われる。大通り以外は区画整理がされていないだけだな。開いている土地にドンドンと建物を建設していったという感じだ。

 様々な建物から魔道具によるものだろう昼白色の光が漏れており、この時間からほぼ全ての街灯なども点灯しているので、明りには気を使っているという事が見て取れる。ここの周辺が若干暗い事も関係しているのだろう。


 そんな中で最も印象的なのが、町を南北に二分するように西から東へと流れている川だ。川幅は平均して……10mってところか。

 川は西側に見える山から流れ出ているので、あの山の何処かに源流があるのだと予想できる。


 そうして川の流れに沿って目を東へと向けていくと、何やら気になる光景を発見した。

 子供達が町の東側で衣服やら布やらを川に浸けて揉んでいるのである。どうやら、川の下流でシーツやら何やらを洗濯しているようだ。傍には大きめの建物があり、その庭っぽい場所には洗濯し終わったと思われる布なんかが干されている。


 俺はくわっと目を見開いて、それをじーーーーっと見つめる。すると、あれを発見してしまい、思わず心の声が漏れてしまった。


「ふむ…………大人用の服も干しているようだ」


 …………いや、それはダメだぞ俺。それやっちゃダメだわ。と、脳内で自分を諫めつつ、邪念を振り払う様にブンブンと頭を左右に振る。そうして、次に出た言葉は――


「……浄化魔石を何個か置いて行けば大丈夫かな?」


 ――邪念そのものであった。

 ごめん、振り払えなかったよ。


「…………」


 いやいや、落ち着くんだ、良く考えろ。

 そもそも、俺はなぜそこまでして服が必要なのか?


 俺はアーリィ達に合流しようとしている。

 しかし、そのアーリィ達は現在ベルライト聖王国に滞在しているらしい。そして、そこの第三王女様は朱輝鳥をテイムしているらしい。そんな所に俺がこの鳥の姿で突入してしまえば、アーリィ達に余計な迷惑を掛けてしまう可能性が高いと思われる。よって、まずは侵入して密かにアーリィ達と接触を図るべきで、その手段には人化が最適。しかし全裸。だからベルライトに到達するまでに服が欲しい。


 ……うん、全裸だから服が欲しいという至極当然の結論に達してしまったな。しかしなぁ……盗みはなぁ……。

 ならば、給料を前借りするが如く、服を少し盗み出レンタルして、お金を手に入れてから返却すれば良いのでは? ……いやいや、それ盗むのと変わらないし。万引きして捕まった奴が「返せばいいんでしょ?」って開き直るのと一緒だし……。


 などと、俺の脳内で万引きGメンの活躍映像が再生されそうになった、その時だった。干してた洗濯物の幾つかが強風に飛ばされ、そしてその内の一つ――薄汚れた白いシーツっぽい物が川へと着水してしまい、そのまま下流へと流されていったのである。

 子供達は他の洗濯物が川へと飛ばされないように押さえたり、地面に落ちてしまった洗濯物を拾ったりしており、川に落ちたシーツにまで気がいっていないようだ。

 それを認識した瞬間、再び俺の目がくわっと見開かれた。


 ――好機到来ッ! 風さんありがとうっ!

 俺は【烈風】なんて使っていませんよ? 【烈風】なんて使っていませんよっ!


 冤罪にならないように脳内でそう叫びながら、俺は東門の外へと移動する。こちらは川の下流。上手く行けばあのシーツっぽい物が流れてくるかも知れないと思ったからだ。


 数分後、予想通りにシーツっぽい物が流れて来たのだが……恐らくは水門と思われる柵に引っかかってしまった。防壁と川の境界――防壁がかまぼこの様な半円形に抉れた部分に、何本もの金属製の柵が川へと突き刺さっている場所である。


 ぬぅ~、このままでは誰かに回収されてしまうかも知れない。

 そう思った俺は、内心で舌を打ちつつ[光学迷彩]を発動させ、一気に急降下。水門の柵へと到達後、翼が水に触れないように注意しながら、ピアスを握っていない方の鍵爪でブツを掴み、町の外側へと引き摺り出してからポイっと放出した。そのまま川の流れに乗ってどんぶらこ~されて行った洗濯物の後をステルス状態でつけていく。

 数分後、流れ続けて人目の無い場所まで来たのを確認したので、川からブツを回収し、近くにあった森とも呼べない木立の陰へと降り立った。


 よし、ミッションコンプリートだ。[光学迷彩]でそこそこの魔力を消費してしまったが、そんな事は気にならないぐらいの報酬である。毛皮どころか織物が手に入ってしまった。

 俺は鳥なので、拾得物を交番に届ける義務などありはしない! 盗んだ訳ではない! そもそもこの世界には交番とかないっぽいし!

 心のど真ん中で盛大に言い訳しつつ、俺は片翼でガッツポーズを取った。しかし鳥さんなので、はたから見れば片翼を広げて「よう」と挨拶した様に見えるのはご愛敬だ。


 さて、このブツは川を流れていたので、当然ずぶ濡れである。地面にポイしたので泥も友達。

 しかし大丈夫。こんなときの為の“対象指定”です。聖炎さん、お願いします。


 この世界での初めての服となるんだ、気合を入れて豪華にいこう。ついでに汚れも浄化して、さらにアイロンを掛けた様にしてしまおうか。それと、汚れる度にこうやって洗濯する羽目になるのは面倒なので、永久的に汚れを弾く様にコーティングしてしまっても良いですよ聖炎さん、やっちゃってください。


 ――と、服が手に入るという事でテンションを変な感じで上昇させている俺が、ずぶ濡れ・泥んこ状態の洗濯物を包み込む形で【聖炎】を発動させる。

 そして、そのまま十秒ほどシーツを炙り、そろそろ解除しようかと思った時だった。何か奇妙な感覚が俺を襲ったのである。それに対して眉をしかめると同時、自然とその内容が口から漏れた。


「…………足りない? もう少しの時間、聖炎で包む必要がある?」 


 何だか不思議な感覚だが、俺の直感が取り敢えずこれに従っておけと訴えているので、頭を傾げつつも、もう少し時間を延長して炙ることにする。

 その後、合計で一分ほどが経過したところでもう大丈夫そうだと感じた為、聖炎を解除。出来上がったブツの評定を開始した。


 ……うん、完璧だ。汚れも水分も完全に焼失していて、皺もなくパリっと仕上がっている。俺の目の前にはクリーニングしたての真っ白なシーツが…………と思ったのだが、このシーツ、真っ白どころではない。何と言うかこう……キラキラしており……よーーーーっく見ると、ほんの僅かだが……銀色っぽい。しかも……


「……この布、少しだけど魔力発してやがる」


 銀色で、魔力を発する。

 それはつまり…………神聖属性?


 マジか……やっちまったのか?

 もしかして……やっちまったのか?

 聖炎さん……やっちまったのか?

 恐らく……やっちまったんだろうな。


 そこまで思考が及んだところで、俺は頭を抱えた。しかし鳥さんである為、両翼で表情を隠し、いないいないばあの体勢を取った様に見えるのはご愛敬だ。


 いやさ、確かに心の中でやっちゃってくださいとは言いましたけれども……あれは汚れを弾くコーティングの意味でありまして、誰も魔力を付与しろなどとは一切口にしておりませんです、はい。

 ……そう言えば、神聖具って聖炎で清めた金属で作るんだったっけ? んでその金属は確か聖銀とか言うんだったっけ?


「…………聖シーツ?」


 千切れんばかりにブンブンと首を左右に振る。

 いやいや、たかが一分やそこら聖炎で炙った程度で神聖具の材料っぽい物が出来上がる訳がないですし。それにパッと見は白色だし。よ------っく見ないと銀色じゃないし。ってことは白色ってことだし。仮に神聖属性だとしてもそれは弱神聖ってことだし。ってことは神聖に届いてないから神聖じゃないってことだし。


 畳み掛けるようにして現実逃避の材料を並べ立てた俺。しかし、何か嫌な予感がしたので、何気なくステータスを確認してみると……


「…………ぉぅ」


 現実さんは俺を逃避させてはくれなかった。

 ……よし、気にしない方向で。スキルに【魔道具作製・Ⅱ】とか追加されてるけど気にしない方向で。逃げられないならば、無視すればいいじゃない、うん。


「…………バレなきゃ問題無い」


 怪しい鳥顔で犯罪者の論理を呟きつつ、ピアスに魔力を込めて――やあ、息子。

 すかさず裸体へとシーツを巻きつけて息子を隠蔽し、自分の姿を確認する為に[鏡]を発動させた。


 鏡面に映った俺の姿は…………何か、古代ローマ人みたいだな。トーガっていうんだったか? 温泉が好きそうな格好である。両の二の腕から先と、両膝から下が丸見えだが、全裸に比べれば月とスッポンぽん。いや、一般人と犯罪者だ。何の文句も無い。


 まあ何にせよ、この格好ならば町に入っても平穏と秩序を乱す事は無いだろう。なので、このままベルライトに向かってもいいんだけれども、ちゃんとした服を手に入れる為の必要最低条件ハダカではないをクリアしたので、このボハテルカで服を一式揃えてしまおうと思う。それに、他にもやっておきたい事があるしな。


 さて、門から入るか、空から入るか。





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