第 8羽 鳥、は少しイラつく
山脈に囲まれた空間を上空へと飛び出したところで、雲の様子が少しおかしいことに気付いた。呪雲の晴れた範囲が山脈の内側だけのように思えるのだ。
確認の為、もう少し上昇してから見下ろしてみる。
……やはりそうだ。山脈の天辺で描かれた輪を境として、内側の呪雲は晴れているのだが、外側はまだ呪雲が満ちているのである。この状態では、外側からこの山を見ても、内側が晴れているという事に気付けないだろう。今までの浄化した時とは違い、今回は晴れた範囲が一際少ないように思える。
うーむ……邪結晶ごとに呪雲を制御している範囲には違いがあるのだろうか? それともこの山脈に何かあるのか? 仮にそうだとすれば、この円形をした山脈は自然に形成された物ではない?
……まあいい。少し疑問が残ったが、今はアーリィ達との合流が優先だ。
この円形山脈の事を脳内で『後で調べようリスト』にメモメモしつつ、元の街道沿いのルートへと復帰した。
このまま南進すればザーファロンとの国境に到達するはずだ。
ピアスを落とさないように注意しながら空を進み続ける。と、一分も経過しないうちに前方に何か見えてきた。
あれは……石で組まれた関所っぽい巨大な門だな。横に大きく広がっており、警備兵っぽい人達がチラホラと確認できる。砦だと言われても信じてしまいそうなぐらいドッシリとした印象だ。
もしかしてあそこが国境か? ……え、あの山脈からこんなに近かったの? と言うか、あれが国境だとしたら、その延長線上にあの山脈があるんですけど。ちょうど国境線を跨ぐ位置にあの家があるっぽいんですけど。
そうするとだ、俺は国境線上で激痛に襲われて転がったり、足首を昇天させていた事になる。全裸で。
「……下手したら、知らない間に国境を越えていたかもな。というか何回かは越えたな、絶対」
まあ、今更なんだが。俺にはアガタ王国へと二回ほどの密入国を成功させたという揺るぎの無い実績があるからな。それに、鳥が不法入国するのは自然の摂理であろう。
さて、俺は鳥。
そして、鳥には人間の関所を通過しなければならないという義務はない。
ピューっと上空を通過させてもらいますよ~。
はい、ザーファロン王国へとピューっと入国しました。無論、パスポートなどという面倒な物は不要である。この世界にそんな物があるかは知らんけど。
空を飛べる事の優秀さを再認識しつつ、満足気にうんうんと頷く俺。そのまま悦に入ること数秒後、行先を確認する為に視線を下げた。
眼下に見える関所っぽい所からは、まだ南へと街道が延びている。
結構先の方で街道が左右へと分かれているが、そのどちらにも用はない。確か、この街道に沿って南へと向かえば、ボハテルカって名前の鉱山都市に到着するってジークが言っていたからな。どうせ町へ行くなら目的地に近い方がいいだろう。
では、出発進行。
~~
あれから恐らくは多分きっと、数時間。
夜になってしまい、さらに小雨まで降り始めてしまったが、空の旅路は順調です。
峠やらそこにあった吊り橋やら沼地やら何やらを見下ろしつつ、偶に居る魔物共を殲滅しながら空をゆく一羽の粋な鳥さんであります。
魔法を発動させた際に勢い余ってピアスへと魔力を込めてしまい、高度50mで人化、そのまま情けない悲鳴を上げつつ、二重の意味で股間をひゅんひゅんさせながらすっぽんぽんで自由落下、地面ギリギリで鳥に戻る事に成功し、いろいろな意味で醜態を晒さずに済んだ。という出来事は記憶から完全に消去したので全く覚えていない。
遠目にチラチラと村っぽいのが見えてたりしたが、オールスルー。鳥さんの胸は常に冒険心で溢れているのでね、寄り道を始めてしまうと止まらなくなりそうな予感がしたんだよ。男の子だから仕方ないね。
誘惑を振り切る為に飛行速度を上げたり、魔物の殲滅と魔石の浄化の度に停止したりしていたので、もう国境から何kmほど進んだのか判断できなくなってしまった。
因みに、魔石を浄化する度に一々雲の高さから下降するのも面倒なので、高度は50mほどを保っている。人が居たらちょいと上昇するか、[光学迷彩]を発動して全速前進すればいい。
しかし、本当に服はどうしようかね?
[光学迷彩]を使えば容易く盗みはできるだろうが、それをやったらお終いだ。アーリィとエリスさんに合わせる顔がなくなるし、鳥さんとしても害鳥認定されてしまう。善良な鳥類であるという誇りを失う訳にはいかない。
よって、正規の手順を踏み、お金を払って購入という形が一番なのだが、俺は文無し。浄化魔石は高く売れるはずだから売ろう、ともできない。鳥だし、魔物と思われ騒ぎが起きるだけだ。だからといって人化してもすっぽんぽん。ある意味、四面楚歌である。
うーむ……光魔法で局所モザイクでもかけて、息子を放送禁止に指定しようか? ……全裸なのは変わらないですね、はい。
そうしてしばらく、素っ裸という迷宮からの脱出について頭を悩ませながら飛んでいると、前方の街道上に光が見えた。
――進行方向なので寄り道にはならない。好奇心に満ち溢れている俺はそう判断したので、【赫魔天血】に魔力を注ぎ、視力と飛行速度を強化。そのまま高速で接近しつつ、目を凝らしてみる。
……ふむ、どうやら戦闘を行っているようだ。草原に挟まれた街道上に魔動車が横転しているので、移動中に側面から襲撃されたと思われる。
人数は……五人か。二人ずつが左右の草むらへと対しており、その中心に一人、って陣形だ。パッと見た感じは旅人っぽいと思ったが、あの装備は解放者だな。
対するは、狼型の魔物が十六体。既に二体を仕留めたが、まだ左右の草むらには半数――八体ずつが潜んでいて、囲まれてしまっている。
残りのノルマは一人三体ってところか。
ただ、戦況はちょっと微妙だな。連携がお粗末だ。負けることはないと思うが、下手したら重傷を負いかねない。正直、見ていてまどろっこしいです。
でもこれで三体目を仕留め――っておいおい、味方の射線に入るなよ、弓持ってる人が撃とうとしてたのに……。
うーん……包囲戦に慣れていないのか? お世辞にも動きが良いとは言えないぞ。
眉をしかめつつ、俺は援護するかどうか迷いながら近付いて行く。が、すぐに決断した。
うん、ここで見て見ぬ振りは罪悪感が残るな。一応手助けしよう。
ならば、どうやって援護しようか。
姿を隠して魔物殲滅→逃げる。で行くか?
それとも、彼等を助けて俺は良い鳥アピール→お礼に服貰ってもいい? →もちろんさぁっ! って流れに期待するか? でもな~、無理だろうな~……。
仕方ない、ここは前者でいくか。服はまた後で考えよう。
雲まで上昇するのも面倒だし、ここは[光学迷彩]でいいだろう。援護・殲滅してから離脱するまでに一分も掛からないだろうしな。
では、[光学迷彩]発動――やぁこんばんは、ステルスバードです。
透明と化した俺は小雨を弾きつつ、すぐに彼等の上空まで移動した。と同時、街道の前後を塞ぐ様にして数体の魔物が草むらから躍り出し、彼等は完全に包囲されてしまう。
あの狼共、どうやら一斉攻撃を仕掛けようって感じだが……まあ、問題ない。
爆発しないけど、結構熱い事に定評のある炎の槍――[炎槍]。それを狼の数だけ発動し、一斉に射出する。
高速で撃ち下ろされた15の紅蓮。そのそれぞれが炎尾を引きながら残りの狼共へと同時に突き刺さり、対象を地面へと固定しつつ、激しく炎上した。
反応は……消えたな。はい、殲滅完了です。実にあっけない。
解放者なら《袋》を持っているはずだから、魔石は浄化しないでいいだろう。
ではイケメンヘルパーの鳥さんは逃げます、さよな――
ヒュンッ!
――らってうおおっ! ……あ、あっぶねぇ……。
逃げようとしたらピンポイントで矢が飛んできやがった。咄嗟に体を捻じった事で何とか避けれたが……久し振りにヒヤッとしたぞ。
文字通り、紙一重で俺の胸毛の先端を通過して行ったので、適当に撃ったという訳ではないだろう。姿を隠している俺へと正確に矢を放ってきたということは……感知スキルか。それも中々に習熟されている。
しかしまさか直撃の軌道で矢を放ってくるとはな、[光学迷彩]を発動しておけば大丈夫だと思って油断していた。ちゃんと【魔力制御】で魔力の反応をゼロに抑えておけば良かったな。ピアスで人化するという珍現象や、その時の激痛の衝撃ですっかり忘れてたわ。
滞空しつつ、矢の飛んできた方向を視線で辿る。
……彼等の中心で弓矢を構えているあの女の子だな。フードの奥から鮮やかな光を放っているその瑠璃色の瞳には、俺の姿は映っていないだろうに、中々やるじゃないか。「良い獲物を見つけた」と言わんばかりに目が爛々と輝いており、また、口元に若干の笑みが浮かんでいるのは、自信の表れだろうか? ……まあ、さっきの矢は俺以外の魔物であれば仕留められていただろう鋭さだったしな、分からなくはない。
――お、あの子がはいているショートパンツから黒い毛に覆われた細長い尻尾が生え出ており、ピンと立っている。先端付近の毛だけがフサフサと長く伸びており、また、その部分が白く染まっているので、暗くても尻尾の先が良く目立っているな。見ようによっては尾先に白い光を灯したように見えるだろう。
ふむ、尻尾か。という事は、あのフードの下にはケモミミが存在するのだろうか? ……どうでもいいな。
さて、俺は紳士な鳥さんだ。よって、君の腕前に免じて先程の矢は不問としましょう。
そういう訳で、さよなら――
――と、内心で再びの別れを告げて飛び去ろうとした瞬間に、再度の矢が俺を狙って飛翔した。
それを視界の端に捉えた俺は、矢の軌道から少しだけ体をずらし、難なく回避。背後へと遠ざかっていく鋭利な風切りの音を聞きつつ、眉を寄せ、矢を放ったあの子を見遣る。
……ちょっと、ムッときました。
決して、礼を期待していた訳じゃない。自己満足な行動だったという事も理解している。けれど……君達のことを助けた俺に攻撃とはね。しかも、また矢を引いている。仕留める気満々だ。
俺は君達が苦戦していた魔物を瞬殺したんだよ? そんな存在に対して矢を射掛けるとは……少し頭が足りないんじゃないの? いろいろとバカなの?
内心で毒づき、鳥顔の目元をピクつかせていると、三度の矢が俺へと向けて放たれた。が、余裕で回避。相変わらず狙いは正確だが、不意打ちでなければ何の問題も無い。
さて、紳士な鳥さんは少しイラついたので、物理的に反撃することにします。
爆発する紅蓮の槍――[轟炎槍]を発動。彼等から少し離れた場所(適当にあの辺の草陰でいいか)目掛けて、勢い良く射出する。
爆槍は触れた雨粒を一瞬で蒸発させながら一直線に大地へと推進し、地面に突き刺さると同時に爆発を巻き起こした。紅蓮の爆風に乗って火の粉と土煙が周囲へと拡散されていくが、小雨の影響により地面が濡れていたおかげで、それほど大したものでもない。
彼等は……うん、大丈夫だな。土煙に巻き込まれ、飛び散った泥が直撃したようだけど、誰にも爆炎は届いていない。
ちょっとビックリさせただけだし、彼等には被害がないはずだ。精々、眼球に少しの泥をウェルカムしてしまったぐらいじゃないかね。何処かの大佐よろしく目を抑えて転げまわるがいい。ワロス。
さて、これで戦う相手は選んだ方が良いと学べただろう。今の爆槍を自分達に撃たれていたら、と考えるはずだからな。
ふぅ……気が済んだ。
では、さようなら、泥だらけの諸君。
俺は魔力反応を消し、[光学迷彩]を展開したまま南へと飛び去った。




