第 6羽 鳥、に耳たぶは無かった
【真眼】……
――バチンッ!
「……やはり居たか」
呟きつつ、視界に映ったもう一つの物体へと視線を向ける。
あれは……ほう、邪結晶か。
守護者を斃す前に邪結晶を発見できるとはな。いきなり本丸へと侵入してしまったようだ。
思わぬ幸運に喜びつつ、奴へと視線を戻し、その姿を観察する。
守護者の姿は……木、なのか?
見たところ四足歩行の植物型だ。巨木の幹を捻ったような胴体をしている。
全長は……60m以上はあるだろう。
背中には黒くて巨大なヒレの様な物体が波打ちながら蠢いており、周囲へと黒い花粉の様な粒子をばら撒いている。それぞれの脚は胴体に負けず劣らずの太さを誇り、その足先から伸びる一本の黒い爪は、木の根そのものかと思わせるほどに歪な形で、不気味な力強さを印象付けてくる。漆黒に染まった蔦が体中から生え出ており、それらが意思を持った鞭かの如く宙を打ち据えている光景は、酷く気色が悪い。首を取り巻いている幾枚もの巨大な花びらは、黒と赤紫が織り成すマーブル柄により、濃厚な毒々しさを主張している。そして頭部には目が無く、十文字に裂けた口が此方を向いており、その口内は触手だらけ。
「……きもっ」
心の声が漏れるのは仕方がないだろう。
まるで怪獣だな。……まあ、今までの守護者も全員が怪獣の様な姿をしていたが。
しかし、奴を見ていると、何だか悲しく感じられてしまうのは気のせいだろうか。……植物もああなってしまうと終わりだな。
さて、相手は植物型。俺は鳥と炎。
……相性抜群じゃないですか。
しかも、奴は飛行手段や超遠距離攻撃の手段を持たないらしい。
俺は今、高度約1000mといったところ。対する奴は地表。
なら、俺が取る行動は決まってる。
喰らえ……――[銀陽]!!
~~
……跡形も無く焼失してしまった。魔石も含めて。
うーん、やはり聖炎は強力だな。
奴も避けようとはしたみたいなんだが、聖炎は直接当たらなくても凄まじい熱量だからな。それに今回の[銀陽]は爆発こそさせなかったものの、最高速度で放ったので、あの鬼型の守護者と同程度の移動能力が無ければ回避は難しいだろう。
しかしあっけない。まあ、今までの守護者も皆こんな感じだったが……。
さて、そんなことより問題は邪結晶だ。
この場所の中心部には半径1kmほどの荒野が広がっており、それを囲む様にして、葉の無い木々により構成された茶色い森が広がっている。そして、そのさらに外周には、呪雲にまで達する崖の様な山肌が屹立し、この円柱状の空間を作り出している。そんな場所の中心部、つまり、荒野のど真ん中(守護者が居た場所から400mほど向こう)に人工物らしき建物があり、その屋上っぽいところに堂々と乗っかってやがるのがそれだ。
今回は邪結晶の存在場所が判明していたので、奴の魔石も含めて焼失させたのだ。案内して貰う必要はないし、魔石の魔力を吸収できなければどうなるか試してみよう、という意味もある。わざわざ【闇黒魔法】と思われる攻撃を発動させる必要性がないからな。
高度をゆっくりと下げつつ、警戒を解くことなく邪結晶へと近付いて行く。
すると、湿気が高いのか、湿った土の臭いと共に、ぬるい空気が全身に纏わり付いてくる。それにより少々不快な気分にさせられたが、邪結晶の目の前まで到達した。
さて、どうなるか少し様子を見てみよう。
……何も起きないな。
滞空しつつ二分ほどが経過したが、うんともすんとも言わない。やはり魔力を吸収してからでないと行動を起こせないのだろうか?
……まあいいか、それならそれで問題無い。さっさと浄化してしまおう。魔力はまだ切り札を三連発できるぐらいには残っているしな。
邪結晶に向けて【聖炎】を発動。
浄化開始――――
~~
――――……よし。
いつも通り数分で浄化が完了した。
特にこれといったことも無く終わってしまったな。
浄化中も一瞬たりとも気を抜かなかったせいか、全身が奇妙な疲労感に包まれている。一度殺された為か、変に緊張してしまっていたようだ。
邪結晶が消失したので、建物の屋上へと降り立つ。
うーん……あの時はなぜ闇の槍が襲って来たんだろうか? 邪結晶にも違いがある? それともあの時だけ何らかの条件を満たしてしまった? 吸収した魔力の量が原因?
……見当も付かないな。だからと言って実験するのは余りにも危険過ぎる。
ならば、今考え付いた要因と思われるものが全て正解だとして今後は対応していくべきだな。つまり、毎回襲われると思って身構えろってことだ。
さて、次はあれだな。
邪結晶が存在していた場所――屋上の中央部に、何らかのアイテムが落ちているのである。
「うむ、いつも通りだな」
うんうんと頷いてしまう俺。
いいね、このクリア報酬みたいなの。呪雲を晴らす以外にも、俄然、浄化にやる気が出てくるってもんですよ。
さてさて、今度は何を落としたのかね。
ウキウキしながら近付いて行き、それを観察する。
……うん、汚くて小さい金属だ。相変わらず穢れてらっしゃる。邪結晶に取り込まれると必ずこうなるんだろうな。
これもいつも通り【聖炎】で浄化すると、案の定、綺麗になったので、改めて観察してみる。
これは……イヤリング? いや、ピアスと言うんだったか? ……イヤリングとピアスってどう違うんだっけ? そもそもイヤリングもピアスも日本独特の和製英語だったはずで……英語では全部イヤリングと呼んでいたから…………分からんな。
まあピアスって穴を開けるって意味だったはずだから、これはピアスかね。何か針の様な細い部分があるし、これを耳たぶに開けた穴に通すんじゃないか? ……どっちでもいいな。ピアスで決定。
で、このピアスなんだが、銀色の土台(?)に無色透明の宝石が付いていてとてもキレイだ。
宝石の大きさは5mmほどで、整った円形をしている。カットしていないダイヤモンドっぽい。その為か、派手な輝きではないので淑やかな印象を受けるな。
ブラブラするタイプじゃなくて、装着箇所にぴたっとフィットするボタンの様なタイプのピアスである。
ふ~む、邪結晶から出てくるアイテムは装飾品ばかりなのは気のせいだろうか。
というかこれ、一つしかないぞ。普通ピアスとかは二つで一セットじゃないのか?
これだと何かアンバランスになりそうなんだが…………取り敢えず着けてみるか? でもそうすると耳たぶに穴開けないとダメなんだよなぁ……注射とか嫌いだったんだよなぁ……。
あ、そう言えば片耳だけのピアスには何か意味があるとか聞いたことがある。確か、男が片耳だけに着ける場合は……左が信頼や誇りって意味で、右が…………ゲイ、だったか?
はい、左耳に着けましょう。
だが次の瞬間、俺は天を仰ぐ事になった。
「…………アーリィ、俺、耳たぶが無かったよ」
え、どうすれば? え、どうしようもない? あ、そうですか。
視線を天から地へと落とし、ガックリと項垂れる俺。
耳はあるが、たぶは無い。小癪なっ。
……取りあえず嘴で銜えてみるか。
ピアスをパクッと銜える。
……何も起こらないな。ステータスを見ても……特に変化なしと。
やっぱり耳たぶが必須ですか? 鳥さんにそれは無茶ってもんですよ……。
再び項垂れる俺。そのまま溜息が出そうになったが、そこであることに気付いた。そもそも【超回復】さんがいらっしゃるので、たぶが存在していたとしても、瞬時に穴を塞がれてしまうであろうことに。
「どちらにせよ、ダメですやん……」
三度項垂れる俺。だがそこで、またあることに気付いた。
……そうだ、これは邪結晶から出てきたのだから、魔道具の可能性が高いのではないだろうか。足環も魔力を込めると作動したんだ。
ならば、このピアスへと魔力を込めてみよう。
では、早速。
と思い、ピアスへと魔力を込めた瞬間――
「――ぐっ! な、何だッ!? がぁぁああああッッ!! 頭が、痛いッ! 割れ、る……ッ!!」
頭の中に熱した鉄の棒でもぶち込まれ、引っ掻き回されているかの如き激痛が俺を襲った。
そのあまりの苦痛に屋上へと倒れ込んでしまい、その衝撃でさらに痛みが加速してしまう。
「――っ、ぐううぅッ! 今度はっ、全身かよッ……?! 痛ッッてぇえっ!! ぐぁあぁぁああッッ、ヤバいっ、体がッ……軋むッ! がぁぁぁぁぁああああああああああああああッッ!!」
肉を斬り裂いて、体の内側から凶器が飛び出して来るのではと錯覚するほどの、絶痛。
骨は砕け、筋肉は断裂し、内臓を焼かれ、目を抉られ、全身の痛覚神経に硫酸でも流し込まれたのかと思うほどの、痛苦。
硬質な床を激しく転がり、もがき苦しみ、絶叫によってその尋常ではない激痛を上書きしようとするも、痛みは増してゆくばかり。泣き叫んでしまいたいほどの激痛によって、気絶することすらも許してくれはしない。
にも拘わらず、さらなる追い打ちが俺を襲った。
「あぁぁああッッ! ぐ、がぁああッ! ……く、そッ、……魔力がッ、吸い取ら、れ……」
魔力を根こそぎ奪われるかの様な感覚に襲われ、それと同時に、抵抗する気力も体力も失っていく。激痛を耐える為の力すら強奪されてしまい、呼吸すらままならなくなっていってしまう。
そして、もはや何の抵抗もできない状態にまでなりかけた、その瞬間――
「――――はあッッ!! はあッ、はあッ、はあっ、はぁっ…………がはッ、ごほっ、……治まった……のか……?」
痛みが治まったと同時、浴びる様に呼吸を再開した。
先程までの激痛が嘘の様に一瞬で吹き飛んでしまったのだ。
「くそっ、……はぁ、はぁ……何だったんだ、今のは……?」
力なく、しかし吐き捨てる様にそう言いつつ、ひとまず立ち上がる。
だが、立ち上がった瞬間に、全身を覆う酷い倦怠感に襲われた。
「……あ~……気持ち悪い。……最悪の気分だ……」
体中を弄繰り回されて、魔力をゴッソリ持っていかれた感覚がする。
全身が怠く、思考することすら億劫だ。身体中の違和感が凄まじい。
……まだ頭がクラクラする。
と思った次の瞬間、全身から力が抜けてしまい、膝を付いてしまった。
その勢いのまま両手を付き、四つん這いになって少し休むことにする。
……ちっ、髪が額に張り付いて鬱陶しいな。
「…………ん?」
……額に………………髪っ!?
それを認識した瞬間、弾かれた様な勢いで上体を起こし、自分の身体を確認する。
そうして見えたのは、肌色を主張する、両手と両足。
…………は?
「……人、間……?」
その時だった。
邪結晶が浄化されたことによるものだろう、上空の呪雲が晴れ、一筋の光が差し込んできたのである。
その光はちょうど真上から、一直線に俺の居る場所を照らしており――
「俺は……人間に、……なっている……?」
――呆然とする俺を、天が祝福しているかのようだった。
……全裸の俺を。




