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第 3羽   鳥、はウェルダンを決意する

 


 夜が明けて、昼となり、もうじき夕方になるかと思われるほどに太陽が傾きだした。

 体感だと、出発してから半日と数時間が経過したくらいだと思う。


 今、俺の眼下にはカルナスの町並みが広がっている。

 ここまでの道中にいろいろと足止めを喰らってしまったので、もう少し時間が掛かるかと思ったのだが、結構すぐに到着してしまった。休み無しで一直線に飛び続けたおかげだろう。

 正確な速度と経過時間が分からない為、俺の家からカルナスまでの距離の割り出しは難しいが、まあそれはいい。


 俺は今、雲の上に居る。

 呪雲ではない健康な雲の上だ。


 ――そう、カルナスが晴れていた。


 つまりはあの邪結晶が浄化されたということだ。現にあの禍々しい結晶の姿が何処にも確認できないしな。

 恐らくは、討伐隊が持って行った神聖具を用いて浄化したのだと思われる。


「…………良かった」


 安堵の溜息が漏れた。

 邪結晶が浄化されておらずに放置されていた場合の事を考えていたのだが、必要なかったようだな。

 あの邪結晶は聖炎すら貫く攻撃を放ってきた。それはつまり、最上位属性と同等以上の攻撃だったということだ。恐らく、あの闇槍は最上位である【闇黒属性】の魔法だと考えられる。

 そんな危険な攻撃手段を持つ邪結晶をカルナスのすぐ傍に放置することになり、心配だったのだ。


「……しかし、少々おかしなことになっているな」


 町の外。邪結晶が鎮座していた場所に多くの人々が集まり、忙しそうに動き回っているのである。

 石材やら何やらを運び込み、それを地面へと並べたりしているので、何かを建設しようとしているように見えるんだが……浄化記念で石碑か何かでも飾るのか?

 俺が荒らした地面は綺麗に整地したようで、穴ぼこは一つも確認できない。……あれ以外はな。

 俺が守護者を引き摺り出す時に開けた大穴さんは健在だった。ただ、そこには水が溜まり、湖の様になっている。埋めずにわざとそうしたのか、埋めるのが面倒だったのかは分からないが。


 町へと視線を向ける。


 ……町中の人口密度が凄いな。ぎっしりと詰め込んだような感じだ。

 この距離だと人でごった返していて見難いので、視力を強化する為に【赫魔天血】へと魔力を注いでみる。


 ……おお、これは良く見えるな。町中の様子が細かく観察できる。

 俺の視力は【真眼】のおかげでかなり強化されているのだが、そこへさらに【赫魔天血】の効果が加わることにより、雲の上からでも地表の人々の表情を見分けられるまでに強化されてしまった。


 東西南北の門から町の中心部へと延びている大通りだと思われる道は、その全てが人で埋め尽くされている。ただ例外として、町の中心にある住宅街と思われる場所は人が少ない為、あそこにはお偉いさん達が住んでいるのだと予想できる。その中心部に建っている一際豪華な建物がアカトラム家の屋敷だろう。何となく見覚えがあるしな。

 と、そこまで観察したところで変な物に気付いてしまった。


「あれは…………旗、だよな……」


 カルナスの何処を見ても視界に映り込んでくる、白地に青い鳥を描いた旗の様な物。防壁の上や、建物の屋根上、通りを挟んだ家同士に渡されたロープに結び付けられて、などなど、カルナス中の至る所にそれが乱立し、風に煽られ靡いている。のぼり旗タイプも多く存在しているようだ。


 そして、カルナス内の所々に存在するそれぞれの広場では、一際巨大な旗を立てたお立ち台に登り、何やら演説の様なものを行っている人物が確認できる。旗と同じ様な色合いの衣服を着用し、身振り手振りは全身全霊と言わんばかりに激しい。そして、熱心と言うか、必死と言うか、鬼気迫るといった表情で目を血走らせ、顎の関節が外れるんじゃないかと思うほどに叫びを発している。その周囲には、何処か怪しい光を目に灯しつつ、演説内容へと耳を傾けている大勢の観客達。そして演説が終わったかと思えば、その観客達から咆哮かの如き大歓声が沸き起こり………………再び演説を始めた。


「……これが普段のカルナス、って訳じゃないよな? …………まあいいか」


 それよりも今はアーリィのことだ。

 あの日、あの後どうなったかを知るには、誰かに話を聞く必要がある。

 そして話を聞くならば、アーリィ本人かその関係者に尋ねるのが一番だ。


 だが、今は日中。

 俺は相変わらず鳥の姿であり、しかも今は身体が成長して威圧感も増しているはず。そんな俺があの人口密度の町に飛び込めば、大騒ぎが巻き起こるのは必然だと言える。……あの人々の様子を見ていると、もう既に今の時点で大騒動だと言えるかも知れないが。


 ならばどうやって騒動を回避するか? それはここへと到着するまでの飛行中に考えてきた。


 今の俺は【赫魔天血】の効果により魔力の制御能力が格段に上昇している為、魔力反応を完全に抑える事が可能だと気付いたのである。つまり、他者の【魔力感知】に引っ掛からないということだ。

 その状態で夜を待てば、誰にも感知されずに侵入する事が可能だろう。生命力は相変わらずの虫並なので、【生命感知】に関しては全く問題がない。

 しかし、今のカルナスは呪雲から解放されている為、夜は星明りに照らされるはず。

 俺の羽色は銀と紅だ。紅はまだしも、銀は光を良く反射してしまうので夜といえど油断はできない。呪雲が晴れたのなら夜でも起きている人や、夜勤の兵士などはいるだろうからな。


 そこで、新しく得たスキルを使うことにした。



【神鳥】:

神格を有する鳥型の魔獣。

スキルの取得率と成長率に極大の強化補正が掛かる。

あらゆる神聖魔法を使用可能となる。

このスキル保有者は、固有スキル【■■■■】【■■■■】を取得する。

このスキル保有者は、スキル【魔導・光】を取得する。


【魔導・光】:

光魔法を魔導の域にまで到達させた証。

光系統の魔法を使用する際、無詠唱で魔法を発動可能。

基礎となる最大魔力量を5000消費することで、指定対象にスキル【光魔法・Ⅰ】を取得させる。以降、5000ずつ消費量が増えていく。



 【神鳥】は解放された固有スキルの一つだ。スキルというよりも称号であるような気がするけどな。

 未だ読めない二つの固有スキルはこの【神鳥】により得られた物らしい。

 なぜ【魔導・光】は■表示されていなかったのかと思ったのだが、多分、固有スキルと通常スキルの違いなんだろうと思う。

 効果は読んでの通り、あらゆる神聖魔法を使用可能になるというもの。つまり、【神聖魔法・Ⅹ】を所持していることと同じだと考えられる。

 神聖属性は光属性を含む。ならば【光魔法・Ⅹ】も所持していることになるはず。

 そう考えた俺は、【光魔法・Ⅹ】ならばあの魔法が存在するかも知れないと思い、ここまでの道中で実際に試してみることにしたのだ。

 結果、その存在を確認することに成功したのである。

 それがこれ。


 光魔法、[光学迷彩](俺命名)


 そう、透明人間である。

 姿を見られないようにするにはどうすればいいかと考えたとき、真っ先に思い付いたのがこの魔法だった。

 夜にこの魔法を展開し、【魔力制御】で魔力反応をゼロにすれば侵入は成功すると思う。

 姿を隠せるならば、なぜ日中ではいけないのか? その理由は、この魔法の燃費が凄まじく悪いからだ。聖炎と同じかそれ以上に魔力を消費してしまうのである。よって、長時間の使用は禁物。油断しているとすぐに魔力枯渇状態に陥ってしまうという魔法なのだ。

 それに、話をしている間もずっとステルス状態で、という訳にはいかないからな。よって、見つかる可能性が低い夜を選んだということだ。

 今回は目的地に到達するまでの一分以内の使用に収めるつもりである。

 まあ、上空から降下するだけなので一分も掛からないだろうけどな。


 さて、それでは夜が来るまでのもう少しの時間は、町の観察でもしておこう。



 ~~



 ――よし、成功だ。

 [光学迷彩]を解除する。

 夜を待ち、考案した隠密方法で侵入を試みた結果、問題無く目的地に到達することができた。


 降り立った場所は、テラス。

 アカトラム家の屋敷、そのアーリィの部屋に併設されているテラスだ。

 ここから【魔力感知】で中の反応を探ることにする。


 …………居ない、か。

 部屋の中に二人の――アーリィとエリスさんと思われる反応はなかった。

 その現実に……心が打ちのめされてしまいそうになる。

 予想はしていたが………………きついな。


 ……いや、まだだ。ちゃんと話をしなければ。


 そう思って頭を振り、何とか気を取り直す。

 他の反応を探ってみよう。


 今度は感知領域を屋敷の全体に広げてみると……反応があった。

 この反応の大きさは…………良かった、生きていたのか。


 ……この人にしよう。

 そう決めた俺は、この人物に向けて全魔力を一瞬だけ解放。その後、すぐに以前の俺と同じぐらいの魔力反応に調整し、待機する。


 ……流石だ、気付いたな。反応が此方へと向かって移動を始めた。


 そして十数秒後、テラスの扉が勢いよく開かれ――


「――ッ。……ノイ、ン……なのかい……?」


 星明りの下に、愕然とした表情のジークがやって来た。

 さて、あの時とは違い、今度は俺から挨拶をしようか。


「やあ、今晩は」

「……君……は……」


 そんな、まさか……という内心が顔に表れている。先程の魔力反応で予想はしていたけれど、信じられなかった、って表情だな。やっぱり俺は死んだと思われていたのかね。

 …………あぁ、俺の見た目が少し変わっているせいもあるか。

 まあ、何にせよ――


「――生きていて良かった、ジーク」


 本心からの言葉を伝えた。

 守護者がカルナスを襲撃したときから、討伐隊がどうなったか気になっていたんだ。

 ひょっとして……と思っていたからな。こうして生きている姿を見ることができて、本当に安心した。


 そんな俺の言葉を聞き、泣き笑いのような表情を浮かべたジーク。


「っ、……ノイン、なんだね。……それは、僕のセリフなんだけどね」


 ……そうか、俺が生きていて良かったと思ってくれるのか……。

 アーリィが死んだのにお前だけのうのうと、という意味の皮肉ではないと思う。

 ならば――。


「ありがとう」


 礼を言っておくべきだ。


 だが、俺の言葉を耳にした瞬間、眉間に皺を寄せ、自分を嘲笑うかのような表情を浮かべたジーク。その引き攣った左の頬には、抉られた様な傷痕が星明りに照らされている。


「……僕は、君に礼を言われる資格はない。こうなったのは僕が、僕達が、……守護者を仕留め損なったからだしね……」


 成程、守護者に逃げられていたのか。だが、あの守護者の能力では仕方がないだろう、地面に潜行されてはどうにもできなかっただろうしな。

 だから、あの場に守護者が現れたのは誰のせいでもない。

 そしてその後、俺が死んだのも俺のせいでしかない。ジークが気にすることではないんだが……そう言って「そうだね」とはならないだろうな。

 ここは先に俺の要件を話すことにしようか。


 そう決めた俺は、ジークを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。


「少し、話があるんだ」

「…………」


 何の話かは確信しているのだろうが、話していいよと視線で促してきた。


 ……さあ、訊くんだ。ビビるな俺。どんな現実でも……受け止めるんだ。


 覚悟を決め、空気を吸い込み……


「……アーリィは…………生きて、いるのか?」


 ……ははっ、本当に情けないな俺は。声が、震えていた。

 今も、鼓動が煩い。……でも、何とか言えた。

 さあ、答えを教えてくれ。


 だが、俺の言葉が予想外だったのか一瞬だけ目を見張ったジーク。その後、顎に手をやり、何かを思い出す様な表情で考察を口にし始めた。


「……そう聞いてくるということは、“あれ”はノインの力じゃなかった? それとも自分自身でも把握できていない能力、ということなのか……?」


 ……“あれ”は? どういうことだ……?

 自然と首を傾げてしまう。

 俺が困惑していることに気付き、視線を戻したジーク。


「ああ、済まない。焦らすつもりはないんだ。……生きているよ、無事だ」


 …………そう、か。……生きているのか、アーリィ……。

 そう聞いた瞬間、そう認識した瞬間、心の底から爆発する様な歓喜が湧き上がってきた。


 ――良かった! 良かった! 良かったッ!!

 ははっ、生きているのか俺のご主人様は! そうかっ、生きているのかっ!!

 本当に……本当に、良かった……。


 ……涙が溢れてきやがる。嬉し泣きなんて、いつ以来だよ?

 くそっ……ジークの前で泣くことになるとはな……。

 っと、いけない。まだ訊くことは残っていた。

 翼で軽く涙を拭い、ジークへと視線を向ける。


「……エリスさんは?」


 あの闇の槍にやられたのはエリスさんも同じ。アーリィほどではなかったが、重傷であったのは確かだ。瀕死だったアーリィが生きているのなら、エリスさんも大丈夫だとは思うが……。


「エリスも無事だよ。二人共ピンピンしている、はずさ」


 ……そうか、そうかっ、エリスさんも無事かっ! ……良かった……ッ!

 俺にとって、この世界でアーリィの次に大事な人、アーリィと同じぐらい大切な人は、間違いなくエリスさんだ。そんな人を失わなくて、本当に良かった……。


 しかし、ジークが気になることを言ったな。

 それを聞き返してみる。


「……はず?」


 まるで今は良く知らない、みたいな言い方じゃないか。


「ああ、そうさ。……あれからの事を話そうか。君が消えてしまった日から、何があったのかを……」


 そうして、ジークはあの時からの出来事を説明してくれた。


 俺が消えた後、二人がどのように助かったのか。

 邪結晶をどうやって浄化したのか。

 邪結晶から出て来たアイテムがどうなったのか。

 呪雲が晴れて、町は、国は、どうなったのか。

 俺の死後、アーリィがどうなったのか。

 そして、アーリィとエリスさんの二人は今、何処にいるのか。


「――という訳でね。先日、妹から届いた手紙には特に問題は無いと書かれていたよ。エリスからの手紙には、妹がやりたい放題していると書かれていたけどね」


 肩を竦めて、呆れた様な、でも何処か嬉しそうな表情を浮かべ、そう言ったジーク。


 成程、二人はベルライト聖王国へと向かったのか。

 俺の情報を集める為、とはな。俺が生きていると、信じてくれているんだな……。

 不死鳥だと勘付いていたと聞かされた時は吃驚したが、あれだけやっといてバレない訳がないよな。

 というかやりたい放題って何だよ。


 ……まあ、いい。元気でいてくれたのなら、それでいい。

 二人のあの笑顔が失われていないなら、それだけでいい。


「話してくれて助かったよジーク。感謝する」

「……こんなことで助けになったのなら、良かったよ」


 ……その自嘲的な表情は止めろよ。

 どうやらまだ罪悪感を感じて落ち込んでいるみたいだが、こういうタイプは他人からどうこう言われて納得する性格じゃないからな。自然と立ち直るのを待つか、罪悪感を感じている原因を除去するしかない。つまり、俺とアーリィとエリスさんの三人が揃って笑顔でいるところを見せれば、一発解決だ。

 ならば……


「ベルライトへは、どう行けば辿り着く?」


 追いかけるさ、ご主人様と同志をな。


 その俺の言葉に苦笑を浮かべたジーク。


「そう言うと思っていたよ。……ベルライトは此処から南、やや南東に位置する。カルナスの南門から伸びている南街道を道なりに進み、ザーファロン王国へ。その後、ザーファロンの鉱山都市ボハテルカまで南進し、そこから東への街道を進めばベルライトとの国境へ到達する。後はそのまま道なりに南へと進んで行けば、晴れた空が見えてくるはず。というのが、人が使っている一般的なベルライトまでのルートだ」


 ふむ、ベルライトに行くにはまずザーファロン王国とやらを縦断する必要があるのか。

 そして、それは人間が使っているルート。つまり鳥の俺ならもっと短縮できるぞ、と。

 だが……道を外れて迷ったりするのは頂けない。素直に街道を辿るのが賢明だろう。


「感謝する」

「……どういたしまして。……もう行くのかい?」


 長々と話していたせいで、もうすぐ朝だ。だが俺は睡眠を取る必要がないし、飛行による疲労も感じないからな、さっさと出発するつもりである。朝食は空で滞空しつつ食べればいい。


「ああ。睡眠時間を奪って悪かったな」


 話によれば、ジークは日々多忙だそうだ。そこへ今回の徹夜。

 明日はさぞ睡魔に襲われることだろう。すまんな兄貴。


「いや、あれから徹夜なんて珍しくない、それは今更さ。……ところでノイン。……一つ、聞かせてくれないか?」


 これを聞いてもいいのか? という感じだな。

 ……まあそうだろう。何を聞こうとしているのか予想は付く。さっきの話の途中でも何回か聞きたそうにしていたからな。


 いいぞ、と視線で促す。


「…………君は、不死鳥なのかい?」


 予想通りだな。

 先程の話でも、俺が不死鳥であるという可能性が出てきた為、としか言っておらず、俺=不死鳥と断定した訳ではなかった。

 つまり、アーリィとエリスさんはそんな不確かな可能性に掛けてくれて、ベルライトへと向かった訳だ。

 ……ありがとうな、二人共。


 と、思考がずれた。

 ジークへの返答は決まっている。


「詳しくは話さない。最初に伝えるのはご主人様だと決めているからね」


 ほぼ正解だと答えたようなものだが、俺のことを最初に話すのはアーリィだと決めている。

 ここで不死鳥だと肯定することは、その意に反するんだ。……ただのわがままだけどな。


 そんな俺の内心を読み取ったのだろう、ジークがいつもの胡散臭い微笑を浮かべた。


「……はは。なら、僕も今日のことは誰にも伝えないでおくよ。誰かが手紙を送って知るよりも、君と直接会って知る方が、妹にとっても良いだろうからね」


 ジークがこのことを誰かに告げれば、その人からアーリィへと手紙が送られる可能性が無いとも言えないだろうしな。届いた手紙で俺のことを知るよりも、俺自身が直接会って知らせろ、ということだろう。

 俺の意思を酌んでくれた形になったな。まあ、手紙を出しても俺の方が先に着きそうだが。


 などと考えていると、その胡散臭い微笑を保ったままジークが話を変えてきた。


「……それにしても、君って案外、根に持つタイプなのかな?」


 流石に気付くか。

 初めてこのテラスで話した時のジークの言葉「詳しくは話さない」をちょっとした意趣返しのつもりで使ったんだが……まさか俺の性格について反撃してくるとは予想外だった。

 だが……


「ジークほどじゃない」


 いつまでも罪悪感を背負ってんなよ? という意味だ。根に持つタイプはお前だよ、ってね。


「……それもそうだね」


 口ではそう言ってるが……納得した気配はないな。

 まあいい、兄貴のことは妹に何とかしてもらおう。


「いろいろと世話になった。もう行くよ」

「……少し待ってくれ」


 背を向け、空へと飛び立とうとした瞬間に制止が掛かった。

 視線だけ振り返ってみると、恐ろしいほどに真剣な表情のジーク。


「最後に一つ、頼みがあるんだ」


 真っ直ぐに俺を見つめてくる、アーリィと同じ空色の瞳。

 この表情……よほど大事なことのようだ。

 そう感じた俺はジークへと向き直り、言葉を聞く態勢を整えた。


 そして、ジークが頭を下げ……


「……妹を頼む」


 …………そうか。まだ、俺に頼んでくれるのか……。

 ありがとうよ、ジーク。その頼み、引き受けさせて貰うよ。


「ああ、任せてく――」

「妹に変な虫が付いてたら燃やしてくれ」


 ――…………ぬ?


「エリスにも斬ってくれと頼んではいるが、まだ不安なんだ。妹は可愛いからね、どんな厄介な虫が付くか分からない。僕が認めた相手じゃなければ妹を任せるつもりはない。だが、そんな相手が存在する訳がないだろう? だから燃やしてくれ」


 この表情……――こいつマジだ。

 こいつ、シスコンだったのかッ!?


 何してんだこの兄貴は?! エリスさんに何てこと頼んでやがる!? しかも、僕が認めた相手って言ってるが、直後に存在する訳がないとか言ってる時点で許す気ゼロじゃねーか!

 この野郎ぉ……罪悪感で落ち込んでた訳じゃなくて、妹と離れることになって落ち込んでたんじゃねーだろうな?


 だが……まあいい。


「任せろ、ウェルダンにしてやる」


 アーリィに変な虫が付いてたら許せないのは俺も同じ。

 可愛い妹分に手を出す奴なんざ……こんがり焼いてやるよ……ッ!


 俺の返答に少しは満足したのか、その顔がより一層胡散臭くなったジーク。


「君ならそう言ってくれると思っていたよ、ノイン。これで多少は安心できる」


 エリスさんと俺に頼んでおいてまだ“多少”なのかよ。

 ……ひょっとして俺とアーリィを契約させようとしたのは、あのままだとアーリィが成人して婚約する羽目になってしまうと考えたからか? …………いや、考え過ぎだな。そこまでアホじゃないだろう。


 ……そう言えば、一つ聞き忘れていたことがあったな。


「単独で森へと向かったアーリィへのお仕置きはどうなったんだ?」


 タップリお仕置きするとか言ってた気がするが、このシスコン振りではお仕置きを遂行できていないんじゃないのか? アーリィからも特に聞いていないしな。


「詳しくは話さない。妹の口から直接聞くといいよ」


 やっぱコイツ性格悪いわ。






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