第 1羽 鳥、は再び
緩やかに意識が覚醒していくのが分かる。
俺はもうすぐ目覚めるのだと、感覚が訴えてくる。
まだ眠っていたいが……この敷布団、気持ちいいな……めっちゃ安心する。
……あぁ、分かったよ。起きればいいんだろ、起きれば。
そう急かさないでくれ、俺よ。何をそんなに焦っているんだ?
……焦っているのか? 何かあったのか、俺?
そんなことより、早くしないと死んでしまう。
……死んでしまう? 誰が?
誰って………………――ッ!?
「アーリィーーッッ!!」
早くッ! 早く治療しないとアーリィが死んじまうッ! でも魔石が損壊してっ、【聖炎】が使えなくてっ、俺は死ん、で…………
「……俺は……死んだ……?」
意識せず、呟きが漏れた。
……何だ? どうなった? ……生きているのか、俺は……?
翼を目の前に動かす。
……俺の羽だ。ノインの羽。
「これは……何が、如何なっているんだ……?」
訳が、分からない……。
混乱したまま、何気なく、周囲へと視線を巡らせる。
そこで気付いた。ここは……
「……俺の、部屋?」
剥き出しの岩肌が、ここが洞窟内であることを主張している。
周囲に咲き誇るのは、赤と青、二色の炎花。
二種類の炎光が岩肌を流れる様に照らしている。
そして、俺が居るのは、敷き詰められた灰の様な物の上。
この世界で、俺が初めて目覚めた場所。
鳥として生まれ変わって、初めて目覚めた場所だ。
この光景に、只々、呆然としてしまう。
「何で、だ……?」
全くもって、意味が分からない。
先程まで俺はカルナスに居た。ここに戻って来た記憶は無い。にも拘わらず、ここで目覚めた。
まるで、初めて目覚めた時と同じだ。
この世界で、不死鳥として、初めて目覚めた時と同じ様に…………
……ん? ……不死、鳥? …………死なない……鳥…………――っ!?
脳が一瞬で沸騰したかの様な感覚に襲われた俺は、次の瞬間にはそれを叫んでいた。
「――ステータスッ!」
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名前:ノイン
性別:――
種族:不死鳥
年齢:2
状態:健康
生命力: 20/20
魔力量: 234650/234650(123500+111150)
<固有スキル>
【転生】【■■■■】【神鳥】【■■■■】【■■■■】
【赫魔天血】【全言語理解】【超回復】【真眼】
【紅炎】【蒼炎】【聖炎】【天空】【神の悪戯】
<スキル>
【炎熱系統完全耐性】【神聖系統完全耐性】【闇耐性・Ⅱ】
【全状態異常耐性・Ⅷ】【消費魔力半減・炎熱】
【属性強化・炎熱】【魔導・炎熱】【魔導・光】
【最大魔力量増大・Ⅸ】【業火】【生命感知】【魔力感知】
【烈風】【空間把握】【集中】【魔喰】【魔力圧縮】
【毒耐性・Ⅵ】【魔力制御】【姿勢制御】
【身体強化・Ⅱ】【風魔法・Ⅰ】
/***************************/
「…………は、ははっ……何だよ……これ……?」
それを目にして、呆れた様な笑いと共に、声が漏れた。
アーリィとの契約の証が…………消えている――――
~~
あれから数分。思考を放棄して呆然と固まってしまっていた。
契約が解除されているという事実は、俺に大きな衝撃を与えたようだ。
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
そう思った俺は、恐る恐る、『運命の絆』を発動させてみる。
…………反応がない。発動すらしていないようだ。
それはつまり、間違いなく契約が解除されているということ。
そして、契約の解除条件として考えられることは……スキルの、持ち主が…………。
そう考えるだけで全身から力が抜け、倒れ込みそうになるが、何とか持ち堪える。しかし、頭の中はグチャグチャで、嫌な想像がどんどんと膨らんでいき、止まらない。
あの時の光景が思い起こされる。
あれが実際にあったことなら、アーリィは……。
夢だったと思いたい。だが、俺の名前が、ノインの名前がそれを否定する。
この名前はアーリィが付けてくれたものだ。大切なご主人様が付けてくれたものだ。……つまり、俺はアーリィと出会い、あの時まで一緒に居たのは事実ということ。
ならば、あの出来事もまた…………。
再び嫌な光景が脳裏に浮かんできたが、それを掻き消す様に必死に頭を振る。
けれど、幾ら振り払おうとしても、消えてくれない。
契約が解除されているという現実が、想像の後押しをしてくる。
……信じたくはない。
だが、あの状態から助かるとは思えない。俺が意識を失う寸前、間違いなくアーリィは瀕死だった。しかも、[治癒]やポーションの効果がなかったあの状況でだ。
それに、あれでは……アーリィだけではなく、エリスさんまで…………。
そう考えた瞬間、体の底から、心の底から、抑えきれない感情が湧き上がってきた。
「――くそおぉぉ…………ッ! なんて……馬鹿なんだ、俺は…………ッ!」
蹲り、灰のベッドに頭突きをする様にして、額を押し付ける。
ふつふつと湧き上がってきたものは、愚かな自分に対する、怒りと後悔。
一度口にしたことで、もう止められなくなった。このまま体内に押し止めておけば爆発するんじゃないかと思うほどの激情が、吐き出す様な叫びとして溢れてくる。
「――蒼炎だけでも守護者に止めを刺せただろうがっ! 調子に乗って[銀陽]なんて使わなければ、そうすれば、魔力が枯渇しかけることもなかっただろうがッ! すぐにでも邪結晶を浄化できていただろうがッ!」
……いや、そもそもそれ以前の問題だ。
ジークに頼まれていた。アーリィを守ってくれと。枷になってくれと。
なのに、非常事態とはいえ俺が碌に説明もしないで飛び出して、それを追いかけて来たアーリィとエリスさんが被害を受けた。
アーリィが危険な行動を取らないようにと、良い意味で枷になってくれと頼まれたのに――
「――悪い意味で枷になってどうするんだッ!! 何をやってるんだ俺はッッ!!」
悔しさと怒りで構成された音の波が部屋の中で反響し、その圧力に煽られた様に、炎花が揺れを強くした。
それでもまだ湧き上がってくる自責の念を、吐き捨てる様に口にする。
「正体を隠したりしていなければ、アーリィが心配して追いかけて来ることもなかっただろうがッ!! そうすれば、そうすればッ、あんなことには……ッ!!」
歯があれば砕けたのではないかと思うほどの力で口を噛み締め、襲って来る悔恨の念に耐える。
俺が不死鳥であり、蒼炎も聖炎も使えるんだと、守護者でさえも斃せるんだと、邪結晶も浄化できるんだと、何の心配も要らないんだと。そう、伝えておけば…………。
だが、そこまで考えたところで急激に頭が冷えてきた。……絶叫により感情を吐き出したせいだろうか……?
……今は、ここまでにしておこう。
反省と後悔は後でいい。今は現状の把握を優先すべきだ。
脱力感に包まれた頭をゆっくりと上げ、周囲へと視線を巡らせながら考える。
あの時、俺は死んだのだろう。
ならば、なぜ俺はここでこうしているのか?
あの時、俺が死んだ事は疑いようがない。ステータスには魔石が損壊したと表示されていたし、そのせいで【超回復】が発動しなかった。
魔石は核だ。核が損壊すれば死ぬ。それは確かだ。そうだと分かる。
間違いなく死んだ。前世から数えて二度目の死だ。死を一度経験したからかは分からないが、死んだと断言できる。
しかし、今、ここでこうして生きている。
その答えは…………俺が不死鳥だから、だろう。
そして、俺を不死鳥足らしめているのが、コイツなんだろう。
固有スキル――【転生】。
名前からしてコイツのせいだと分かる。
今まで読めなかったスキルのうちの一つだ。知らない間に解放されている。
他にも幾つか解放されているが、今はいい。
まずはコイツの詳細を……
【転生】:
核を損壊、または消失したことにより生命力が尽きたとしても、不死鳥の灰の中より復活する。
このスキルが発動する際、他のスキルにより自身に加えられていた効果は全て解除される。
……不死鳥の灰。
恐らくは、この灰のベッドのことだろう。
成程な。死ねば【転生】の効果により、この場所で蘇るという訳か。ならば、カルナスで死んだはずの俺がここで復活したことも納得できる。
不死鳥の灰とやらがなぜここにあるのか? という疑問はあるが、それは今どうでもいい。
注目すべきは後半――“効果は全て解除される”だ。
死亡前の俺は【神の悪戯】によりステータスを書き換えていたが、今は何の偽装もされていない状態だ。これはこの“全て解除”の効果によるものだと思われる。
【神の悪戯】ですら解除してしまうのならば、当然、他のスキルも解除できると考えていいだろう。
つまり、従魔契約はこの効果によって解除された可能性が出てきたということだ。
先程までは【従魔契約】の持ち主であるアーリィが死亡したことにより契約が解除されたと思っていたが、これでアーリィが生きている可能性が出てきたことになる。それに、冷静になって考えてみれば、俺が死んだことで解除された可能性もあるんだ。
…………あの状態から助かったとは思えない。希望的観測かも知れない。だが、今の俺にとっては…………一筋の希望だ。
「確認しなくては」
自分に言い聞かすように、そう声に出した。
けれど、…………怖い。
もしもアーリィが死んでしまっていて、俺だけが生き残った、なんてことになったらと思うと。そんな現実を突き付けられることになったらと思うと、…………怖い。怖くて怖くて……堪らない。
短い期間だったが、俺は間違いなくアーリィのことを好ましく思っていた。可愛い妹のように思っていた。咄嗟に自分の身体を盾とするぐらいには、大切に、大事に思っていた。
そんな彼女が、俺のせいでもう居なくなっているだなんて現実を突き付けられる事になれば…………俺は、俺の心は、……耐えられないだろう。狂ってしまうかも知れない……。
「――だが、確認しなければならない」
再び、自分に言い聞かせる様に、発破をかける様に口に出す。
生きている可能性があるなら、それを確かめなければならない。
恐怖などという俺の感情は無視すべきだ。
アーリィは俺のご主人様だ。優先すべきは従魔の感情ではなく、主のことであるべきだ。
――カルナスへ戻る。
戻って確かめるんだ。あの後の事を、何がどうなったのかを。
ご主人様が――アーリィが無事なのかどうかを。
同志が――エリスさんが無事なのかどうかを。
ならばすぐにでも出発……と行きたいが、それは駄目だ。
あの邪結晶は聖炎をも上回る攻撃を放ってきた。まずはそれの対処法を考えるべきだし、何より俺のステータスの変化振りが見過ごせない。
焦って飛び出すのは下策。つい先程、これ以上ないというくらいに痛感したところだ。
落ち着け、まずは今の自分のことを理解しろ。行動を起こすのはそれからだ。
急がば回れ。
まずは、ステータスをもう一度確認するんだ。




