閑話
はぁ~ぁ、大した収獲は無かったわね。
内心でそう呟きながら、私は呆れた様にして溜息をついた。声には出さない。後ろにはあいつ等がいるからね。聞かれると面倒臭いもの。
そう考えると、手綱を握る手にも何だか力が入らない。
ったく、何で私がこんなことを。これじゃ収獲が無かった処かマイナスじゃないのよ……。
そこまで考えたところでまた溜息が出そうになったけど、ふと、思い直す。本命の目的に関しては収獲は無かったんだけど、それ以外での収獲はあったと言えばあった、と思ったからだ。
……うん、そうよね。あんなに気持ちよく青空を眺める事ができたのは初めてだったし、良い人達とも知り合えた。……ちょっと頭が狂っちゃってる人達ばっかりだったけど。
それに、あの馬鹿みたいな人口密度の中を何時間も並んで手に入れたこのネックレス。かなりのお値段がしたけど、あの苦労の対価としては十分な品質だと思うわ。ただ、痴漢が余りにも多くて、そいつらをボッコボコのギッタンギタンにした労力を考えれば微妙なところだけど……。
「はぁ……」
自然と溜息が漏れた。このネックレスは確かに綺麗なんだけど、これを見る度にあの痴漢共の顔を思い出す事になるのは、ちょっと憂鬱かも知れないわ……。
あ~あ、良い魔力を見つけられればこんな気持ちになることも無かったはずなのに……。それだけが本当に残念だわ。英雄の町なら見つかるかと思ったんだけど……。
そんなことを考えながら、手綱を握り、御者席に腰かけ、安物の魔動車を操縦している私。
すると、後ろからあいつ等の声が聞こえてきた。
「よし、国境を越えたな」
「もうザーファロンなのね」
「魔動車は早いけどよぉ、尻がクッソ痛くなるのが難点だぜ」
「これから起伏がデカくなっていくみたいだから、さらにケツが腫れるな?」
「違えねえ、ぎゃははははっ!」
七三、陰気女、筋肉、ガリガリ、筋肉の順番だ。
……意味分かんない、今の会話の何処に笑える要素があったってのよ。
私の背後に居る連中は、男が三人と女が一人で構成されている解放者のパーティだ。
そこに私を入れた合計五人がこの魔動車に搭乗している。
はぁ……ちょっと煩いけど、まあ頼んだのは私だし、仕方ない仕方ない。だから私が御者なのも仕方ない仕方ない。流石に一人旅は危険過ぎるもの、仕方ない仕方ない。
そう自分を納得させようとしたけど……ちょっと苦しいわね。……やっぱり、もう少しちゃんと人を選ぶべきだったかしら……?
――あ、そうだ。ここは考え方を変えて、もうザーファロンに入ったからあと少しの付き合いで済むって思えばいいのよ。
……おぉ、そう考えると何だか気持ちが楽になったかも。
ふふんっ、私ってやっぱり才能の塊ね。
~~
あれから数日。
何回か魔物に襲われたけど、旅路は順調に進んでる。
連携が上手くいかないけど、それは私が臨時のメンバーだから仕方ない仕方ない。
この四人は全員が前衛タイプ。今までそれでやってきたんだから、私の事を考えて動くなんて気の利いた行動をしないでも仕方ない仕方ない。
この魔動車には幌がない、と言うか天井がない。もちろん御者席にもない。だから雨が降ったりすると髪とかが濡れちゃって気分が最悪だけど、仕方ない仕方ない。
だから今みたいに小雨が降っている間は外套に付いているフードを被ることにしたんだけど、この状態だと魔動車の駆動音も相まって耳が聞こえ難くなるのも仕方ない仕方ない。
結構なストレスが溜まってきてるとは自分でも思うけど、まあ仕方ない仕方ない。
旅はそこそこ順調だもの。メンバーの腕はいまいちだったけど、まあ問題無いわ。このまま行けばあと三日~四日で目的地に到着できるしね。あとちょっとの辛抱よ、私。
などと考えていると、空からの僅かな光が薄くなってきていることに気付いた。
そろそろ夜になるから今日はここまでね。
そう判断した私が野営の準備を始める為に魔動車を停止させようかと思った、そんな時だった。
街道の左右に広がる草むら。その闇から微かに足音が聞こえたと思った瞬間――
「――ゥウオォォーーーーーーン…………!」
響いたのは、遠吠え。
周囲へと素早く視線を巡らせるけど、姿は見えない。闇に覆われた草むらや、その中に点在する岩の陰に身を隠しているものと思われる。
でも、この辺りで遠吠えする魔物なんてあいつらに決まってる。こいつらは――ウルフ。
そう思った私が咄嗟に感知スキルを発動させ……驚愕した。
……この数っ、もう囲まれてる!
私がそう認識した頃になって漸く後ろの連中が騒ぎだし、《筒》を発動させた。
「ウルフだ!」
「迎撃態勢!」
「ぶった切ってやるぜ!」
「十体以上いるぞ!」
適当な数を口にしたガリガリ。
正確には……十八体よ! ――ってやばっ!
街道の右側に居る一体から魔法の反応を感じた。一箇所に纏まっている今の私達は良い的だ。
みんなに危険を知らせる為、退避の声を上げる。
「逃げ――」
しかし声は間に合わず。
次の瞬間、魔動車に大きな衝撃が走り、私は宙へと投げ出された。
でもこのまま大人しく落ちる私じゃない。空中で身体を捻り、ぬかるんだ地面へと足裏から着地することに成功する。
――っと、危ない危ない。ちょっと足を滑らせそうになったけど何とか持ち直したわ、さすが私ね。
思わず自分の才能に驚いてしまう。
でも魔動車は大きな音を立てて横転してしまい、積んでいた荷物を地面へと盛大に撒き散らかした。その荷物と同じ勢いでメンバーも全員が投げ出されて地面に転がり、「痛ってえ!」だの「きゃあ!」だの喚いてる。転がった先の地面は雨によって濡れているので、みんな泥だらけ。
……ケチって幌を付けないからそうなんのよ。
私はみんなが立ち上がるまで魔物の反応を警戒しつつ、魔動車の傷を素早く確認する。
この傷痕は……風系統の魔法ね。衝撃で凹んでいるだけで焦げたりしてないし、土や岩、水の塊をぶつけられた音もしなかった。どうやら魔動車の側面に[風球]……いえ、[豪風球]でも撃ち込まれたみたいね。
私がそこまで確認できたところでみんなが立ち上がり、それぞれの武器を抜刀した。
現状を簡潔に説明する。
「数は十八、風属性による奇襲、もう包囲されてるわ!」
私の知らせにより、左右の草むらへと二人ずつの迎撃陣形を整えたパーティ。私はみんなの中心で感知スキルによる索敵を継続しつつ、得物である弓へと矢を番えた。
感知スキルに集中して…………――そこ!
「ギッ……!」
一体の魔物が右側の草むらから飛び出して来たと同時、脳天を貫くことに成功。魔物は飛び出した勢いのまま地面へと落ち、その姿を光球の光へと晒した。
どうやら波状攻撃を仕掛けて来るつもりのようね。ウルフの常套手段だからやっぱり相手は……と思い、仕留めた魔物の亡骸へと視線を向けたところで、それに気付いた。
灰色の上に、大きな深緑の斑点模様。
――この死体、ドートウルフ!? ……間違いない、ウルフの上位種!
みんなもその死体を見て驚愕を表した。
「ドートウルフだと!?」
「上位種は指揮を担当するはず、先陣を切ったりは……」
「ってことは囲んでるの全部……上位種より上か」
「やるしかねえぞ!」
先陣を切るのは一番弱い個体のはず。ってことは、こいつが一番の下っ端ってことになる。
ウルフは魔法を使えない。だからさっきの魔法は群れのリーダーが放ったものだとばかり思っていたけど、こうなってくると話は違ってくる。
ちっ、……思った以上にまずいわね。と思ったところで反応が動いた。
上位種の姿に驚いている私達の隙を突くかの様に、後ろの――左側の草むらから飛び出してきた魔物。感知スキルによってそれを察知していた私は、そいつへと振り向き様に矢を放つ。
「ギャンッ!」
よし、二体目! さすが私。
と思った瞬間、次の魔物が右側の草むらから飛び出し、そちらを担当しているガリガリの首へと牙を剥いて襲い掛かった。
「うわっ?!」
――はあ!? 突然飛び掛かられたぐらいで驚いてんじゃないわよこの痩せタコ!
ガリガリは情けない驚愕の声と共に得物である槍を薙ぎ払い、魔物に命中。打ち払われた魔物は先刻の私の様に宙で受け身を取り、陰気女の傍へと着地した。
私は着地際の硬直を狙って射撃しようとしたけど、剣を構えた陰気女が射線に入って邪魔になる。そのおかげで私は矢を射ることができず、しかも、陰気女の振り下ろした剣を楽々回避した魔物はすぐさま草むらの中へと退避した。
――って、はあ!? 目の前に来た魔物ぐらい仕留めなさいよこの陰気タコ!
と、今度は後ろから反応が――
「――はあぁッ!」
「ギャィンッ!」
矢を引きながら私が振り向いたと同時に左側を担当している筋肉が長剣を薙ぎ払い、魔物の前足を切断。前の両足を失った魔物は地面へと倒れ込み、血と涎を撒き散らしながら後ろ脚だけでもがき続けている。まだ息はあるけど、あの状態では仕留めたも同じ。
見れば、筋肉は草むらの闇へと向き直り、次の襲撃に備えている。
――やるじゃない。よし、止めは援護係りの私に任せなさい。
そう思った私が頭部へと狙いを定め、矢を放とうとした瞬間――。
「任せろぉッ!」
筋肉の横にいた七三が、私の射線に入りながら魔物の首へと剣を振り下ろし、切断した。
――って危ないじゃないっ! 撃っちゃうところだったでしょ!? 「任せろ」は私のセリフなのよ! あんたは迎撃担当でしょうが、陣形に穴開けてんじゃないわよこの七三タコッ!
イライラで思わず頭を掻き毟りたくなる。
ああもうっ、連携がここまで酷いだなんて! 思う様に動けないじゃないのよっ、このタコ共!
内心でそんな悪態をついていると、私達を挟む様にして街道の前後に二体ずつのドートウルフが姿を現した。
は? 隠れる事を止めた? …………いえ、これはまるで、私達の逃げ道を塞ぐ様な――。
と、そこまで考えた処で魔物共の反応が一斉に動き出した。
――まずっ! この反応、一斉攻撃!? しかも、魔法反応が複数!?
こんな状況で全方位から攻撃されたら誰かは確実に重傷を負う! と言うか全滅も有り得る! どうすれば……!
……と、その時だった。
私達を囲んでいる魔物共、その残りの全個体に――紅蓮の炎が突き立った。
「へ……?」
「……は?」
「なっ! ……なにが……?」
「炎……?」
「……炎の……槍?」
草むらの中、岩の陰、闇の中。あそこは、魔物の反応があった場所だ。その全てに、炎の槍が突き立っている。
状況が理解できない。闇の中の到る所が炎に染まっているこの光景に、愕然としてしまう。弓を持つ手に、力が、入らない……。
一瞬で、上空から炎の槍――[炎槍]が降ってきた……?
自然と頭を振ってしまう。
ううん、そんなの、有り得ない。十五もの魔法を、一度になんて……。
そして、私がそう思った時――
「――ひっ?!」
悲鳴にも似た、引き攣った声を出してしまった。
上空のそれを、感知してしまった。【魔力感知】が捉えてしまった。
思わず肩を竦め、体が固まり、肌が粟立つ程に感じるのは…………化物としか形容できない、極大の魔力。
そして、上を向いてしまった。視界に捉えてしまった。
目に映ったのは…………曇天に浮かぶ、鮮やかな白の魔力塊。
――圧倒的。
あれは…………あれは…………。
そう思った瞬間、私の身体は動いていた――




