第 4羽 鳥、と銀の炎
銀の炎は不思議な魅力を放っていた。
俺を引き付けて止まない。俺が此処へと来ることが分かっていたかの様な、俺のために存在するかの様な……母親の様な感覚を覚えるのだ。
俺を待っていた、それは確信出来る。俺は此処へ来るべくして来たのだ。……まぁ、一方通行のような道だったから当たり前なのだが。
そしてもう一つの感覚。あの感覚だ。
――食べられますよ。
うん、そうだろうと思ったよ。
同時に理解する。あの銀炎を食べ抜けない限り、俺は此処から出ることはできないのだと。
銀炎はこの空間にまるで蓋をするかの如く展開されている。
隙間なんて無い。遥か上方、直径凡そ50mと思われる円の面積分ミッチリと燃え盛っている。
ここまでの通路に分かれ道は無かった。隠し通路があれば別だがそれは考えない方向で。
ならばあの銀炎の先こそが外の世界だと考えられる。つまりあの銀炎はこの洞窟と外とを隔てる門であり、洞窟内に居る俺を守護する結界なのだと理解する。
あれは恐らく、俺の――この雛鳥の親が設置した炎だ。根拠は無いが間違っているとは一切思わない。
親鳥はこう言っているのだろう。
『此処まで飛び上がり、この銀炎を食べ尽くせる程へと成長したなら外界への出立を許可しますよ』
俺の夢は大空を自由に飛び回ること。その夢を実現するためには何にせよあの銀炎は邪魔だ。
ああ、やってやる。これは、俺の鳥生における最初の試練だ。
「ピヨッチィ、ピヨチチチ!」(待ってろよ、未だ見ぬ大空よ!)
……締まらんな。これもキューティボイスに産まれた罪か。
まぁいい、早速行動開始だ。まずは飛べる様になってやる。
~~
パタパタ。
ズゾゾゾゾッ。
はい、どうも俺です。
あの日から何日経過したかな。
一月程度かも知れないし、半年以上かも知れない。
パタパタパタッ。
ズゾゾゾッ。
産まれたての俺がヒヨコ並の大きさだったとしたら、今の俺は鳩級だ。
そう、俺は成長する雄鳥。最早俺のことを見て雛鳥だという感想を抱く者はいないだろう。
そして聞いて驚くがいい。遂に先日、この俺は宙を飛ぶことに成功したのだ!
パタパタパタパタッ!
ズゾゾッ、ゴフッ!
ヒューー……ベチンッ。
ぐぅ……今回も無理だったか。
地面に墜落して全身が痛い。不思議なことに痛みは数秒でなくなるからまぁいいんだけど。
ん、何してるのかって? 試練に挑戦してたんだよ。
俺が飛べるようになったことはさっき言った通りだ。で、早速飛び回ったさ。涎を撒き散らしながらな。けれども長年の夢が叶った瞬間――とはいかなかった。飛べるようになったとしても、飛び回れるスペースが少なすぎたんだ。
俺の移動可能範囲は、自室、通路、円柱銀炎空間。これだけだ。
つまり自分の家の中だけで飛んでいるのが現実だった。少しスピードを出せば壁にべチャン! だ。
人間での小さい頃、家の中でハ○パーヨーヨーを振り回して、物を壊した時のことを思い出した。何が言いたいかというと……とにかく狭い。
俺の夢は大空を自由に飛び回ること。この狭さじゃ夢が叶ったとは言えない。
しかし、飛べるようになったことは純粋に嬉しく、俺は意気揚々と銀炎を捕食しに向かったのだが……。
この銀炎、厄介どころの話ではなかった。
炎花と同じで熱を感じないのは良いんだ。
なら、わざわざ食べなくてもこのまま突き抜ければよいのでは? と思い炎の中へ突っ込んだのだ。いや突っ込もうとしたのだ。しかし、
ベチャッ!
ぶつかったのだ。炎に。
この銀炎、質量を持ってやがった。
いや、炎は気体の燃焼だから、その気体の質量を考えれば炎にも質量はあると言えるかもしれない。だがこの銀炎さんはそういった意味の質量ではない。そこに壁があるかの如く阻んでくる。そんじょそこらの炎とは違う、恐ろしい硬度の保有者だ。
俺の力では銀炎はビクともしない。
銀炎は一応炎であると思われるのでユラユラしているんだが、そのユラユラに合わせて俺の体が押される有様だ。存在の優先順位で負けている。
正直、炎と呼んでいいのか怪しいものだ。
結局、当初の予定通り食べることにしたのだが、この方法も上手くいってない。
最初に食べた時は炎花以上のその美味さに驚愕し喜んだものだが、それも昔。
水晶と同じで、食べようとすれば飲み物を飲むかの如く食べることができるのだが、結構な厚みがあるのだ。
ここまでならいい。時間さえ掛ければ俺一人、いや一羽分くらいの穴を食べ開けるのは可能だ。ならば何故上手くいっていないのか。それには二つの原因がある。
・厚みを均一化する性質
・恐ろしい再生能力
厚みの均一化。簡単に説明すれば、一点集中で食べ進むことはできないようになっているのだ。
風呂に張った水を洗面器で掬っても、そこだけ凹んだ状態にはならないのを想像してくれれば分かると思う。恐ろしい硬度の癖に液体の流動性を持っているのである。
これのおかげで銀炎の殆ど全てを食べ尽くさなければ脱出は不可能ということが判明。しかしながら、時間さえ掛ければ食べ尽くすことは可能だ。……なんかさっきも同じこと言った気がするがまぁいい。
ここで追撃を与えてくるのが二つ目の原因、恐ろしい再生能力だ。
炎花を覚えているだろうか? 食べても時間経過で復活するあの炎花である。俺の主食である。
そう、銀炎も時間経過で復活するのだ。それも恐ろしい速度で。
どんな速度かを数字で表すなら、『10食べる間に5回復するぐらいの速度』だ。
直径が約50mとするなら、面積は 25×25×3.14=約1962㎡ だ。
そこに厚みの数値を掛算することになり、更にプラス回復分。
それだけの量を一度のトライで食べ尽くすのは無理である。
普通の炎ではないと思ってはいたが、正直ここまでとは思わなかった。
この二つの要因に阻まれ、俺は未だ洞窟の中の鳥である。
因みに食べている間はずっと飛び続けています。
天井の銀炎を見つめながら仰向けに寝転がる。
身体はまだまだ成長している。しかしながらあの銀炎は、もっと身体が成長すれば食べ尽くせるか? という量でもない。
俺の環境を考えてもあの銀炎は明らかに意図的にあそこに設置されている。
俺を外に出さないための牢獄の門扉だというのなら納得できる。しかし本能とでもいうべき感覚がそれを否定している。
ならば何か方法があるはずだ。落ち着いて考えてみよう。
減ったそばから回復するのだから、普通に考えれば回復速度以上の速度で食べ尽くせばいい。そうなると短時間にあの質量を体内に取り込むことになる。
しかしこの鳩程度の大きさの俺の体内に、あれだけの質量が入る訳がない。
ならば食べる以外の方法を探すか? それとも体内に詰め込む方法を探すか?
俺は炎を食べている。訳が分からんがそれは事実なのだから仕方がない。
であるならば、食べ尽くす方法を考えるべきか?
……食べた炎ってどうなってるんだ?
そういえば俺、生まれ変わってから排泄したか? ……記憶に無いな。
どういうことだ? 体内に完全吸収されているのか?
思い返してみれば雛の時点で炎花を二十~三十本は食べていた。
今も、食べた銀炎の量は確実に俺の体積以上だ。
体内に入った炎が圧縮でもされているのか?
……圧縮? ……そうか、圧縮か。
圧縮して密度を高めれば、より大量の炎を詰め込める。
銀炎は俺の食意識に反応して食べられるようになる。ならばその際に圧縮することをイメージしてみるのはどうか。
物は試しだ、早速やってみよう。……腹が減ってからな。
~~
圧縮法は成功した。今までに比べ長時間食べ続けられるようになった為、いつもより多く食べ進めることができたのだ。とはいえ、そこはあの大質量。食べきることはできなかった。
だがこの圧縮法は先ほど思いついたばかりなんだ、まだまだ改良の余地はあるだろう。
希望は見えた。後は努力するのみ、だな。
それからも俺は銀炎に挑み続けた。
圧縮のイメージを変えたり、体内への吸収速度を上昇させられないか考えたり、単純に気合が足りないのではとプリティな雄叫びを上げたりと、充実した努力の日々であった。
そして、今……
バサバサバサバサッ!
ズゾゾゾゾゾゾゾゾッッ!!
俺は……
バサバサバサッ!
ズゾゾゾゾゾッッ!!
遂に……
バサバサバサバサッ!!
ズゾゾッ――プハッ!
――外の世界へと、飛び出した。