第28羽 鳥、は王様としゃべ……らない
討伐作戦の実行日は六日後。
カルナスから『鬼泣きの口』までは順調に進んでも徒歩で二日以上掛かるらしいので、討伐隊は今日から四日後に出発するそうだ。
今回の作戦に用いられる魔動車は最高品質である。なので、出力を全開にすれば目的地まで数時間で到着できるらしいのだが、神聖具以外にも貴重な魔道具を積むらしく、魔動車の速度を、徒歩よりも少し速い程度に合わせるようだ。なんでも作戦の要になる魔道具らしいから、万が一、振動で不具合が起きたりしないようにする為だと。
翌日、ギルドとアカトラム家が合同で今回の事を発表。予定通り、街道と門を封鎖した。
住民から反発があるかと思っていたがそんなことは無かった。事前に根回しが済んでいたようだ。流石に三年以上前から計画していただけのことはある。
それからは、防衛時に必要となる物資や食糧等を防壁へと運び込んだりして働いているうちに、あっという間に時は過ぎてゆき、王都の戦力と共に王様がやって来た。
考えれば当たり前のことなのだが、王様は領主の屋敷に宿泊する訳で。
「この魔物、いや、魔獣がお主の言っておった従魔か」
「はい、陛下。我が娘アーリィの従魔で、名はノインと申します」
はい、俺は今、この国の王様と面会しています。
国王陛下への隠し事は流石に不味いということで、王様と王都騎士団の団長と副団長にだけは俺のことを報告していたらしい。
宮廷魔導士長のイリーナって人も来てるんだけど、その人に俺のことを見せると三日三晩、というか倒れるまで騒ぐだろうからしばらくは内緒にするんだと。
アルムハイト・ガ・アガタ国王。
アーロン・バディール王都騎士団長。
ヒロイ・ハーミスト王都騎士団副団長。
この三人が今、この部屋内に居る。ここは屋敷で一番大きい応接室っぽい。
王様がソファーに座り、その両脇を固めるようにアーロンさんとヒロイさんが立っている。
アーロン団長は現在58歳なので、そろそろ引退を考えていたらしく、この作戦の成功・失敗に拘わらず今回で引退するようだ。最後の大仕事だと張り切っている。
逆立った白い短髪に、赤い瞳の筋肉爺って感じだ。今は鎧は付けていないので、その肉体の隆々さが一層際立っている。身長は180cm程で、その身の丈以上の大剣を背負っているのだが……正直、室内での護衛に向いてない装備だと思います。
ヒロイ副団長はアルムハイト国王様の護衛でカルナスに残ることになっている。流石に王様の護衛を疎かにはできないようだ。39歳の渋いおじ様である。
こちらは、俺、アーリィ、エリスさん、ザジムさん、ジーク兄貴、ダギルさんの五人+一羽だ。
テーブルを挟み、王様と対面する位置のソファーにザジムさんが座っている。ジーク兄貴とダギルさんは相手側と同様にザジムさんの脇を固めているが、アーリィとエリスさんはザジムさんの後ろに直立状態である。
そして、王様とザジムさんに挟まれたテーブルの上に乗っている鳥さん。……アーリィ、そんなに心配そうな表情をしないでくれ、大丈夫だよ。
「ほう……ノインと言うのか。名付き、朱輝鳥の亜種、汚染されぬ体質、特殊な固有スキル、そしてその名前……。確かに、ベルライトが知れば放ってはおくまい」
俺を見るその赤い眼を細め、ゆったりとした動作で顎髭を撫でつつ、低く静かな声を発した王様。
その武骨な手と揺るぎのない姿勢から、アーロンさん程ではないが、鍛え抜かれたと分かるその身体。鋭い視線と武人といった顔立ち。後方へとゆるりと流されている黒髪に白を認められないことも相まって、とても60歳とは思えない。
うーむ、迫力あるなこの人。流石は一国の王ってところか。
と言うか、俺の名前がどうしたっていうんだ? 以前も何か髪飾りがどうのこうの言われた気がしたが、ややこしくて放置していたんだよな。落ち着いたらアーリィにでも聞いてみようか。
「報告を受けた時は、作戦の重圧で気でも狂ったのかと憂慮したが……本当に存在するとはな、呪雲下でそれの影響を受けない魔獣。この時機に現れたのは、何か意味でもあるのか……」
俺を見つめ続けながら、自分自身に問い掛けるようにして考え込んだ王様。
特に意味はないと思いますよ。適当に旅してただけなんで。
というかザジムさん、気が狂ったと思われていたんですね。
そっとザジムさんの様子を窺うと、俺と目が合った。そして俺が言葉を理解していることを思い出したのだろう、口の端を一瞬だけ引き攣らせた。
……俺に憐れまれたとでも思ったのかな? 正解です。
だが、そんな内心を悟らせない声で王様へと話し掛けたザジムさん。
「大事な作戦前ですので無用な混乱を起こさぬ様に秘匿してまいりましたが、陛下に隠しておく訳にもいきませんので」
「ふむ……公表はいつ頃を予定していたのだ?」
「陛下にご相談させて頂いた上で決定しようと考えておりました」
そんなに大事だったのか。
まあ、ベルライトが何か因縁をつけてくるかも知れないんだったら、先に王様に話を通しておくのは当然か。
「ならば、今回の作戦が終了してからであるな。今公表して「我等の許に不死鳥様の御使いが参られた」などと言っても良いのだが……要らぬことを考える者は、何処にでも居るものだ」
微笑とも苦笑とも取れる笑みを浮かべた王様。
それらしいことを言って討伐隊の士気を上げてもいいが、それをすると討伐で戦力を出払っている間に何か余計な事を考える奴がいるかも、という訳かな?
こんな大事な作戦中にわざわざそんな馬鹿なことする奴が居るのかね?
と思っていたら、ザジムさんがその疑問に答えてくれた。
「はい、ベルライトの者が幾人か町に残っておりますので。王族に通じている者であれば厄介です」
ほう、成程。ベルライトの王族関係者ならやりかねないと。
そして今のカルナスには、ベルライトから来た人が何人か滞在している。しかし王族と繋がりがあるかどうかまでは見当が付かないと。
……ベルライトに関する情報は良い印象が湧いてこないものばかりだな。
「ならば尚更だな。討伐を成功させ、呪雲を晴らせば、幾らでもそれらしい理由で大々的に公表ができよう。それならばベルライトも文句など言えまい。呪雲に“唯一”覆われていないことを根拠の一つとしているのが奴等だ」
もう既に“唯一”ではなくなっているんですよね。
他に三か所ほど、晴れていますよ?
んー……なんかややこしい話になってきた。政治関係は苦手なんだよな……。
こういうのは本職に任せておくべきだろう、素人が口を出すと碌なことにならない気がする。というか、口を出せる程にこの世界の情勢とかを知らないからな。
「従魔の公表の為にも、此度の討伐を成功させねばな。……これにて顔合わせは終いとしようか、出発までに確認しておかねばならぬことはまだある」
王様のその言葉で、アーリィが俺を回収、エリスさんと三人で部屋から退出した。
ふぅ、何とか終わったか。
王族との面会なんて前世も含めて初めてだったからな、めちゃくちゃ緊張したよ。
アーリィとエリスさんも緊張が解けたのか、安心したように息を吐いている。
結局、俺達アーリィパーティは一言も喋らなかった。殆どザジムさんが話していたな。
王様も俺達に話し掛けることは無かった。
正直、討伐作戦に気を割かれていて、俺のことなど考えてはいられない状態なのだろう。
平時に俺みたいな存在が現れたら、先程の対応で済むとは到底思えない。俺が喋れると分かってるのだから、もっと尋問やらなんやらするのが当然だと思う。
今回は一応の顔合わせってところだったんだろうな。
~~
その日の夜。
ベッドの傍に置いた椅子の上で俺が今日のことを思い返していると、そのベッドに寝転がっていたアーリィが話し掛けてきた。
「作戦が成功したら、ノインは自由に外を歩けるようになるんだね」
「ピヨチ」(みたいだな)
王様がそう口にしたからな。間違いないだろう。
だがしかし、アーリィはその事実を素直に喜べない様子だ。拗ねたように口を尖らせている。
「でもそうなると私だけのノインじゃなくなっちゃいそう。不死鳥様の御使いだって発表するとか言ってたもんね、王様。一応却下してたけど……もしそうなったら、皆から「ノイン様~」って呼ばれて、私はそのノイン様に相応しくない、とか言われちゃうかも……」
相応しいとかそういうことで一緒にいるんじゃないんだけどね。
まあ、今は嫌な想像で独占欲を刺激されてるだけだろう、アーリィなら時間が経てば分かってくれると信じているよ。
だけど、これだけは伝えておかないとな。
「ご主人様は、アーリィ」
「……ありがと、ノイン」
今はこれでいいだろう。
次の日は、丸一日が王都から来た人達の休息へと充てられた。
そして翌日、討伐隊は『鬼泣きの口』へと出発した。
討伐隊は、王都からの戦力が20名。カルナスからは25名。合計で45名の部隊である。
少ないと思うかも知れないが、精鋭の中の精鋭だけを集めた結果だそうだ。
この世界では、強力な個は簡単に数を覆す。なので、相手によっては量よりも質で攻めるのが有効となる場合がある。
今回の相手、守護者には質が必要だと判断したのだろう。足手纏いは要らないってことだな。
毎回一撃でぶっ殺してる俺が言うのもあれだが、それで正解だと俺も思う。
何にせよ……死ぬなよ、ジーク兄貴、ダギルさん。




