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第27羽   鳥、が尖兵に遭遇する

 


「ガアッ!」


 気声を伴い振るわれた剛腕。

 その右拳を上体を屈め回避、そのまま背後へすり抜けると同時に右足首の腱を斬り払ったエリスさん。

 激痛による苦悶の唸りを上げる魔物はしかし、その動きを止めることなく背後のエリスさんへと振り返りながら裏拳を放とうとして――


「ピヨピヨ、ピヨ」(ぴよぴよ、[紅蓮斬])

「――ガッ、アアアアッ!」


 紅の刃により、その右肘から先を失った。

 血走らせた両目を限界まで開き、苦痛の叫びを上げる魔物。

 右の手足を奪われた奴は隙だらけ。そこで更に叫びを上げるとは……


 当然、彼女がそんな機会を逃すはずもなく。

 

「はぁあッ!」


 エリスさんの放った片手剣の一撃が対象の左足首の腱を断ち切る。

 両足首の腱を切断された魔物は力尽きたかのように両膝を付き、その動きを完全に停止させた。


 止めだ。

 エリスさんが突撃すると同時に詠唱を開始していたアーリィに合わせて……


「ピヨピヨ、ピヨ」(ぴよぴよ、[炎槍])

「――――』[炎槍]!」


 俺とアーリィが同時に放った[炎槍]が魔物の頭部と胸部へと命中、爆発したかの如く炎上した。


 ……終わったな。


「……ふぅ、周囲に反応なし。無事に斃せたみたいだね」

「お疲れ様でした。……しかし、この魔物は…………」


 感知スキルで周囲に反応が無いかを探り終え、息を吐いたアーリィ。

 しかしエリスさんが今斃した魔物に何やら懸念を示している。恐らく俺と同じ事を考えているのだろう。


/***************************/


 名前:――

 性別:――

 種族:ビシャス・オーガ

 年齢:――

 状態:死亡


 生命力:   0/4240

 魔力量: 970/1520


/***************************/


 ビシャス・オーガ、という魔物らしい。悪質な鬼ってとこか。

 身長は3~4m。黒に近い土色の肌。鬼の名に恥じぬ赤黒い二本の角を額から生やし、その大きく強靭な身体からは予想もできない俊敏な動きで接近戦を挑んでくる魔物だ。あの熊公よりも強いと思われる。

 で、こいつの何が懸念なのかということなのだが……


「昨日まで全く居なかったのに、今日だけで六体……何かおかしい。……まさか」


 そこにエリスさんも何か異変を感じているようだ。


 ここはカルナスから南西方向に二時間程進んだ場所にある森だ。

 俺達は十日程この森へ通いながら依頼をこなしていたのだが、今日まで一度もこの魔物と遭遇したことはなかった。にも拘わらず、今日だけで既に六体。

 偶々との思考は楽観が過ぎる、何か原因があると考えるべきだ。


 アーリィもそう思っているのだろう、表情を曇らせている。


「そうだね……ギルドへ報告に戻ったほうがいいと思う」

「はい、今日はここで切り上げましょう」

「ピィ」(うぃ)


 俺も賛成だよアーリィ。

 何か嫌な予感がするんだよな。


 俺達はギルドへ報告する為、カルナスへと踵を返した。



 ~~



「何だか騒がしい……?」


 ギルドへ戻ってきたアーリィの第一声だ。

 確かにギルドの雰囲気がいつもと違う。

 ……オーガに関係しているのかね。


「一先ず報告へ向かいましょう」


 エリスさんの言に従い、俺達は受付へと向かった。

 報告内容を告げると「少しお待ちください」と言い残して奥へと行ってしまった受付嬢。

 これは厄介事の匂いがするなと思っていたら、戻ってきた彼女が「こちらで、詳しい話を」と言って俺達を奥へと案内した。


 で、ギルドマスターの部屋へと到着した俺達。そしてこの部屋の主であるルルエノール婆さんへと、受付で話した内容を報告し終えた。

 今の俺は頭だけ出している状態である。この婆さんは俺のことを知っているからな。


「――成程、見た目は通常のオーガとそう変わりないが、今まで居なかった場所に突如として出現し始めたと。…………その特徴からして、ビシャス・オーガで間違いなさそうだね。あんた達、よく知らせてくれた」

「ビシャス・オーガ!? そんなまさかっ?!」


 婆さんがあの魔物の名を口にした途端、信じられないという様子で叫んだエリスさん。

 その表情には悲痛が浮かんでいるように見える。 

 

 あの冷静なエリスさんがここまで狼狽えるとは……何か知っているようだな。

 

「そのまさかさ。……これからギルドで告知することになるけど、先に言っとくよ。カルナスから王都方面――西側へは依頼を受けた特定の解放者や兵達以外は通行禁止となる」


 エリスさんへと視線を合わせて、そう言った婆さん。


 通行禁止? しかも、なると断言している。まるで決まっていた事のような言い方だ。

 エリスさんも何か知っているようだが……。


「それは、どういうことなのでしょうか……?」


 アーリィも困惑しているようだ。

 俺も同じ質問したかったところだよ。


「少し待ちな。もうじきザジム達がここに来るだろうから、その時に纏めて話をすればいい」

「お父様が……?」


 ほう、領主様も来るのか。まぁ通行禁止なんて実施するには領主様が係わってなきゃ無理だよな。

 つまり、領主とギルドが合同で何かをやっているということか。この間言っていた例の作戦とやらがこれなのかもな。


 それから数分後。婆さんが言った通りに領主様御一行が到着した。

 ザジムさん、ジーク、ダギルさん。伯爵と、その騎士団長と副団長だ。


 部屋へと入るなり、アーリィの姿を認めた三人が目を見張った。

 

「アーリィ……。そうか、カルナス付近でビシャス・オーガを発見したのはお前達だったか……」


 静かに声を発したザジムさん。強烈な皮肉を喰らった様に顔を歪めている。


 その様子……アーリィにも関係があるのことなのか? アーリィ本人はよく分かっていないようなのだが……。


 表情を引き締めたザジムさんが、婆さんへと視線を向けた。


「ルルエ、もうアーリィ達には?」

「いんや、言ってないよ。封鎖のことだけさ。……後はあんたが決めな」

「そうか、分かった。……アーリィ、もうお前は解放者だ。だから話しておこう」


 アーリィへと向き直り、そう言ったザジムさん。

 その顔は恐ろしく真剣で、何らかの覚悟を決めたことがうかがえる。

 アーリィもその雰囲気を感じ取ったのだろう、表情を引き締めた。


 娘が話を聴く態勢を整えたことを確認し、口を開いたザジムさん。


「『鬼泣きの口』を知っているな? カルナスと王都の中間地点から南東に三日程外れた地点にある奈落のことだ」

「はい、現在その周辺は近寄ることも禁止されているという場所のことですね。確か、鬼が泣いているような風音がすることから、その名が付いたのだと」


 カルナスから西へと進めば王都があるらしいから、『鬼泣きの口』というのはカルナスからだと南西に位置するのかね。

 そしてその周辺は近寄ることが禁止されていると。


「そうだ。……だがな、以前はあの奈落に近寄っても何の問題も無かったのだ。……四年前まではな」

「四年、前……――っ」


 息を呑んだアーリィ。


 ……そういうことか。


「四年と少し前、あの『鬼泣きの口』周辺で今まで見たことも無かったビシャス・オーガという魔物が散見されるようになった。見た目は通常のオーガと変わりなかったが、その中には強力な個体も確認されたことによって、カルナスで討伐隊が結成され、その魔物の駆除に乗り出した。そして、数日掛けて現地で行動していた討伐隊は、突如として現れた超大型のオーガに壊滅させられた」

「そ、そんな……まさか……」


 見ているこちらが悲しくなってくる程に、愕然としているアーリィ。その声は、体は、……震えていた。


「そう、その大型のオーガが、守護者だった。対守護者を想定していなかった討伐隊は全滅状態に陥るが、ディーナの奮戦により撃退には成功。上半身の半分以上を焼かれた守護者はそのまま撤退、『鬼泣きの口』へと逃げ込んだ。それ以降『鬼泣きの口』周辺を立ち入り禁止区域へと指定し、我々はずっと『鬼泣きの口』を監視していたのだ」


 撃退したとは聞いていたが……そんな近くに逃げ込んでいたのか。

 鬼が逃げ込んだ奈落への口。ほぼ名前の通りになったようだな。


「そして今から二月程前、その『鬼泣きの口』周辺に、再びビシャス・オーガが発見されるようになった。四年前もそうだったが、奴等は地面から突如として出現し、更には徐々に出現範囲を広げていくのだ。……そして今日、お前達と遭遇した。四年前よりも出現範囲が広がっている」


 四年前、ビシャス・オーガが発見されるようになってから守護者が現れた。

 種族から言っても、ビシャス・オーガはオーガ型の守護者にとっての尖兵の様な役割を担っているのかも知れない。

 ということは今回も……。


「四年前はビシャス・オーガの発見から約二月で守護者が出現した。そして、今回は発見からもうじき二月経過する。つまり、直に守護者が現れる可能性が高い。その為、明日にも街道と門を封鎖する手筈だったのだ」


 そこに俺達がビシャス・オーガの発見報告にやってきたと。

 なんてタイミングだ、良いのか悪いのか……。

 しかし、封鎖しただけで守護者がどうにかなる訳じゃない。

 封鎖して何をするつもりなのか。


「お姉様の……仇が……」


 アーリィ…………ハッキリ分かるくらいに、顔色が悪い。

 まあこうなるよな、当然だ。同じ夢を持つほどに敬愛していた姉。その仇が、また現れる可能性が高い。

 14歳の少女が平常心を保つには、余りにも厳しい。


 そんなアーリィを見て、表情に悲痛を浮かべつつも続きを話すザジムさん。


「当然、封鎖だけで終わらせるはずもない。守護者が再び出現することを想定して、三年以上前から王都、ギルドと連携しながらこの件については準備を進めてきた。――我々は守護者を討伐し、邪結晶を浄化する」


 ……やはりそうなるか。


「なっ、お父様!? そんな、危険ですっ!」

「そうです! ディーナ様でさえ……っ!」


 しかし、ザジムさんの宣言を聞いた途端、必死の形相で否を唱えたアーリィとエリスさん。

 だが、三年以上前から準備してきたと言っているんだ、何らかの策か希望があるのだろう。


「二人共落ち着いて。守護者の討伐、邪結晶の浄化。何の策も無いまま口にはしない」


 やはりな。予想通り、落ち着いた声音でそれを口にしたジーク。

 守護者と相対した経験があるのならば、無策で挑む訳がない。

 そして、その策の内容をジークが話し始めた。


「今回の討伐作戦には王都アガタナと我等カルナスから全力を投入する。王都騎士団からも応援が来るんだよ。それに、守護者が出現することを前提に行動する。以前のような突発的な遭遇戦にはならない」

「ギルドからもね。もう既に上位の解放者には話を通してるよ」


 ジークの補足をした婆さん。

 なるほど、例の件で忙しいと言っていたのはそれか。

 ということは、先程ギルドのロビーが騒がしかったのはその件で、だろうな。


 説明の続きを口にするジーク。


「今回の作戦には、王都騎士団長とその部下から十数名の精鋭。そして宮廷魔導士長殿も参加される、勿論その部下である魔法士達もだ。そこに僕とダギル率いるアカトラム騎士団の中の精鋭も加わる。更には王都とカルナスのランクⅥ以上の解放者もだ」


 王城関係からも騎士団長と魔導士長、そして配下の精鋭。更に対魔物に秀でた解放者の中でも上位ランクの人達も。

 失えば国は大混乱するのではないかと思われる人達だな。……正に全力か。


「しかしそれでも心許ないのは事実。守護者はそれ程にまで絶対的な存在だ。現に、ベルライトを除いたどの国も守護者の討伐に成功したことはない」


 ならば、なぜ今回の作戦を決行するに至ったか。


「だが今の我々には切り札が存在する。半年前、遂に王都でランクⅤの神聖具が完成した」

「ランクⅤ!? ベルライトの神聖具に匹敵する……!」


 ランクⅤの神聖具? 神聖属性を帯びた魔道具ということか?

 エリスさんのあの驚き様……ランクⅤというのは相当な代物のようだな。

  

「そう。四百年以上もの時間、王都の聖炎の中で清められていたとされる聖銀。それが遂に完成したんだ」


 なっ、王都の聖炎だと!? まさか王都に聖炎が設置されている場所があるというのか!?


 ……この部屋に居る全員が聖炎という単語に反応を示していない。

 どうやら聖炎が存在するのは当然だと認識されているみたいだな……。


「神聖属性を纏いし金属――聖銀。それを素に作製された神聖属性魔道具――神聖具。今回完成したのはランクⅤの神聖法具。【神聖魔法・Ⅴ】と同等の力を有し、邪結晶とその守護者に対して絶大なる効果を発揮すると云われているその法具が、我等の切り札だ」


 王都の聖炎に晒すことで金属に神聖属性を持たせる、ということか? そしてそれを用いて作られた魔道具が神聖具であり、それこそが今回の作戦の切り札であると。


「今回は万全の状態で臨む。王国始まって以来の全力だ。決して……決して四年前の様なことにはさせない……ッ!」


 怒りを堪える様に歯を食いしばり、拳を震わせ、そう決意を述べたジーク。


 ……そうか、ディーナはお前の、……もう一人の妹だったんだよな。


 アーリィと同じその空色の瞳には、心の底からの後悔と、守護者への憤怒が表れていた。




 その後、明日以降の俺達の行動について指示が出された。


 守護者は強力。よって解放者はランクⅥ以上でなければ討伐隊への参加を許可しない。

 俺達アーリィパーティは全員ランクが足りていないので、作戦当日はカルナスの防衛に当たることになった。


 『鬼泣きの口』はカルナスと王都からの距離を考えるとカルナス側に近い為、王都からの戦力は一端カルナスへと集合、それから出発する予定だとのこと。

 そして、その戦力の集合に合わせて王都から王様が直々にやって来るという。

 この作戦は王国始まって以来の出来事であり、成功すれば正に歴史が変わる。そんな時に王都でのんびりとはしていられないと言って、半ば強引に付いて来るようだ。

 王様本人は討伐自体にも参加する気満々だったそうだが、流石にそれは止められたみたいだ。仕方ないのでせめて近くで、ということらしい。


 王様が滞在することになり、しかも作戦中はカルナスの防衛戦力が少なくなる。よって、ランクⅤ以下の解放者はカルナスの防衛へと配置されることが決定した。勿論、俺達もここに含まれる。


 なぜ鬼泣きの口から離れたカルナスの防衛戦力を用意するのか?

 それは、ビシャス・オーガの襲撃が無いとも限らない、と考えたからだ。

 ビシャス・オーガはランクで言えばⅣ~Ⅴ辺りの戦闘力を誇る。遠距離攻撃の手段を持たないが、その分、接近戦に特化しており、正面切っての肉弾戦では無類の強さを発揮する魔物だ。その為、中堅以上の解放者でも苦戦は免れないとのこと。

 実際に俺達も戦闘してみて分かったが、契約前のアーリィとエリスさんのみでは殺される可能性が高いと思われる強さだった。

 しかしここは要塞都市。あの防壁があれば残った者達でも十分な防衛戦力となる。四年前に確認された三百体程の個体が、例え一度に襲撃を仕掛けてきたとしても余裕を持って対処できるだろう、だとさ。


 この配置についてアーリィが異を唱えるかと思ったが、そんなことは無く。俺達は直接の討伐には参加しないことが決定した。

 アーリィなら姉の仇を討つなどと言い出すのではないかと思っていたんだが……これがジークの言う“枷”の効果なのかも知れない。

 ディーナ姉様が殺された相手だ、同じ様に俺やエリスさんが殺される光景を想像しないで済むとは思えないからな。


 最後に、作戦の実行日を告げられて解散となった。








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