第25羽 鳥、は振られる
「――――』[爆破]!」
――ッボオンッ!
「……あ」
「……ピ」(……あ)
「今のは……魔石ですね」
ここはいつもの森。
木の幹に体を隠し、そこから頭だけ覗かせながら声を発した俺達。
今の爆散により藪の向こうへと吹き飛んで行った魔石を眺めての感想である。
まだまだ手加減ができていないな、ご主人様。
「うーん……頭じゃなくて胴体を爆破したらこうなっちゃうんだ……」
「魔石は大体が胸部付近にありますからね、やはり頭部の爆破から習得するべきでしょうか」
……君達はなんて物騒な会話をしているんだ。
まあ、俺が内部爆破なんて方法を披露したせいなんだけど。
どうやらご主人様はあの魔法を大層気に入られた様で、あれから練習を積み重ねていらっしゃる。しかしその度に肉片を撒き散らすのは勘弁してください。
それと……ちゃんと感知スキルを発動させるように。
「取り敢えず魔石を回収し――っ、反応!?」
「っ、……速い!」
接敵される前に気付いたか、一応合格だな。
高速で移動する魔力反応が一つ、俺達へと向かって――……ん?
「……あれ?」
「停止した……?」
何だ? 魔力反応が急停止したぞ?
あそこは飛んで行った魔石の反応がある辺りだ。
……魔石が目的なのか?
「あの場所は吹き飛んだ魔石の傍……あの速度……、まさか……」
お、エリスさんは見当が付いた様だ。
その硬い表情からこの魔物には警戒が必要なのだと窺える。
「あ、もしかしてビートルゴブリンかな?」
アーリィも知っているのか。
しかし、ビートルゴブリン? カブトムシゴブリンってことか?
……兜でも被っているのか?
あ、魔物の反応と共に魔石の反応も遠ざかって行く。
「あ、魔石が!」
「やはりそうですか……!」
エリスさんの反応から察するに、ビートルゴブリンは魔石を盗むのが当然のようだな。
ふむ、ゴブリン如きが俺のご主人様から物を盗むとは…………良い度胸だ死ね。
「ピヨ、ピヨチ」(追い、殺す)
言って飛び出す俺。
逃げられると思うなよこのゴブがぁーーッ!
「あっ、ノイン待って!」
「ノインさん!? 危険です!」
二人の声が聞こえた気がするが大丈夫だ。ゴブ程度、瞬殺してくれる。
と思ったんだが…………ちっ、ゴブの癖に中々の速度。
【天空】に魔力を注ぎ、追跡速度を上げる。
木を避け、枝を躱し、葉を散らし、風切りの音を引きながら闇を斬り進む。
そのまま数秒、もう少しで対象が目視可能だ。
……――見えた。ってなんじゃあれ!?
全長は約50cm。黒くてテカテカしている外殻。シャカシャカと気持ち悪く前後しているやたらと長い八本の脚。
腹部に生えた鉤爪の様な触手により自身と地面との間に魔石を抱え込む様に保持し、障害物だらけの森を俊敏に移動するその存在。
てめえゴキブリじゃねえか!? コックローチだよっ!
はあっ?! あれがビートルゴブリン!?
ビートルはまだ分かるにしてもゴブリンって名称は“ゴ”の部分しか一致してねえじゃねえか!
っといかんいかん、落ち着け、名前なんてどうでもいい。
あれはどう考えても色んな意味で有害生物だ。サッサと滅してしまおう。
狙いを定めて十本の[火矢]を奴へと斉射。
――っ……ほう、避けたか。
俺の方向を見もせずに必要最小限の動きで[火矢]を全て躱した。
ふむ、どうやら回避に適したスキルを持っていると思われる。俺の【空間把握】と似たようなものだろう。
【空間把握】:
魔力を消費することで、周囲の状況を五感以外で把握することが可能となる。
把握距離は消費魔力に比例して拡大していく。
しかし攻撃されたというのに未だ反撃してこないことから推測するに、魔石の運搬中は移動で手一杯なのだと思われる。
広範囲魔法なら一瞬で仕留められるが、ここは森。【紅炎】では延焼の可能性がある。
……。
アーリィ達の反応は……これだな、大分離れてしまった。
ということはだ、やりたい放題という訳である。
ならば……【蒼炎】を喰らえ。
対象は奴のみ。周囲への被害は考えなくていい。
蒼き炎により構成された投槍を形成――射出。
闇を疾駆する黒の虫へと一直線に突き進む蒼の槍。
脅威の接近を感じ取ったのだろう、黒甲虫は弾かれた様な動きで槍の軌道から外れ――蒼く輝き消失した。
再び闇が訪れた空間。
地面には、盗んだ物と奴自身の物、二つの汚染魔石が落ちているのみ。
残念だったな害虫よ。蒼炎の熱量の前では紙一重で躱しても意味が無い。熱が届かない場所まで距離を取らないと回避した事にはならないんだよ。
撃たれる前に回避動作に入るくらいでなければ、今の様に蒼炎に巻かれるだけだ。
さて、この魔石をどうするか。
うーむ……これを持つのは嫌だな、汚くて触りたくない。
だからと言って聖炎で浄化してしまうとアーリィ達にどうやったのかを問い詰められるだろう。
足環に収納するのは論外だ。魔石は何処にいったのか? という事になり、浄化した時と同様に尋問されそうだ。というか追いかけてまで魔石を取り戻した意味がなくなる。それに足環の機能はまだ隠しておきたいからな。
せめてアーリィが闇黒地帯の魔物を斃せるようになるまでは只のオシャレアイテムで通す予定だ。
っと、話がズレた。
この魔石をどうするかだったな。
アーリィ達が追い付くのを待つか?
それとも魔石を一端放置して二人を迎えに行くか?
……アーリィの性格を考えると心配だな、迎えに行こう。
それにここまで離れるとアーリィ達では俺を感知できないかも知れない。結構ジグザグに飛んで来たからな。このまま待機していてもご主人様が俺を見つけることは――……ん? 此方へと真っ直ぐに向かって来ている?
……間違いない。二つの反応が揃って移動しているし、この内の一つはアーリィのものだと分かる。
だが……何か違和感がある。何だ?
俺が発動させているのは【魔力感知】だ。
しかしこの反応は……魔力じゃない?
試しにスキルを解除してみるか?
…………物は試しだな。では、解除。
……エリスさんの反応が消えた。だが、アーリィの反応は確かに感じられている。
これはまさか【従魔契約】の効果か?
……有り得るな。
スキルという不思議パワーによる契約なんだ。主従の居場所が互いに分かると言われても不思議じゃない。
そうであればアーリィがここへと一直線に向かっているのも納得できる。
ふむ、【従魔契約】による感知か。
ならば、その感知をオフにしてみるイメージで……あ、消えた。
ならば、その感知をオンにしてみるイメージで……あ、分かる。
ステータスに変化は……無いか。魔力も消費しないようだ。
どうやら【従魔契約】による効果の一つで間違いないようだな。
やれやれ、【真眼】でスキルの説明を確認した時はこんな能力のことは表示されていなかったはずなんだが。まったく、こういう所がいい加減なんだよなスキルの詳細説明は。全部書いとけっての。
まあいいか、魔力を消費せずにアーリィの居場所が分かるんだ、好都合である。
さてと、だからと言ってここで待っているのもアレだしな、予定通り迎えに行こう。
では、出発――
~~
「ノインだけだと危ないでしょ? 何で飛び出しちゃうのっ!」
「ピヨ、ヨ」(済み、ません)
「私、待ってって言ったでしょ? 何で飛び出しちゃうのっ!」
「ピヨ、ヨ」(御免、なさい)
「この前、私の言う事をちゃんと聞くって言ったよね? 何で飛び出しちゃうのっ!」
「ピ、ヨ、ヨ」(申し訳、あり、ません)
「私がどれだけ心配したと思ってるの? 何で飛び出しちゃうのっ!」
「ピ、ヨ、ピ、ヨ、チ」(私の、不徳の、致す、ところで、ございます)
……もう、ダメだ……出そう、です……。
「アーリィ様、もうその辺で。そんなに前後に振ってはノインさんが色々なものを吐いてしまいます」
「え? ……あっ。ご、ゴメンねノイン、私ったら力の限り! ……で、でもノインが悪いんだからね?」
「……ピィ」(……はい)
鷲掴みから解放され、地へと伏した俺。
た、助かったよ、エリスさん。……貴女が女神に見えます。
「同志……女神よ」
思わず心の声が漏れてしまった。
「……ほら、アーリィ様。ノインさんが振られ過ぎておかしくなってしまいました」
「そ、そんな……」
エリスさん、その微笑……分かって言ってますよね? ちょっと楽しんでませんか?
それとご主人様、そんな愕然としないで下さい。俺はいつも健康です。
フラフラと起き上がった俺は、アーリィへと無事を伝える。
「ピヨピヨッチ」(もう大丈夫だ)
「……本当に? ……あなたのご主人様は誰?」
アーリィが心配そうな表情で…………はないな。
何と言うか……静かに怒ってらっしゃる?
……早く答えよう。
称えるように片翼でアーリィを示す。
「ピ」(貴女様です)
「うん、そうだね。じゃあ次、……あなたの女神さまは誰?」
半目なのに物凄い眼力ですね? そう睨まないで下さい。
……あれ? もしかして、さっきの愕然とした表情はそういうこと?
俺がアーリィを差し置いてエリスさんを女神と称したことが気に入らないのですか?
嫉妬ですか? やきもちですか?
……何だこの可愛い生物は? ……あ、俺のご主人様か。
ふむ、ここでエリスさんって答えたら殴られるかな?
……いや、泣かれる可能性の方が極めて高いな。自重しよう。
俺は両翼でアーリィを示し、表情を引き締め、最大級の賛辞を贈るような体勢を取る。
「ピ」(貴女様です)
「――うん、いつものノインだねっ」
突如として満面の笑みですね。しかし何がどうしてそうなったのか俺には理解できません。
俺ってばいつもアーリィを女神様扱いしていましたか?
と、そんなアホなやり取りをしていた俺達を微笑ましく眺めていたエリスさんが少し表情を改めて声を発した。
「それはそうと、本当にノインさんに辿り着きましたね」
「私はノインの女神様だから当然です」
腰に手を当てて偉そうにしているところに悪いんですが、敬称前の二文字が間違っていますよ?
アーリィの言葉をスルーして、俺へと視線を向けたエリスさん。
その判断は正解だと思います。
「ノインさんも感知スキル以外でアーリィ様の居場所が分かったのですか?」
「ピィ」(うぃ)
ふむ、今のエリスさんの言葉から察するに、やはりアーリィも【従魔契約】による感知で俺の反応を追っていたらしいな。
「多分、【従魔契約】の効果だと思うよ。そんな感じがするの」
検証した訳ではないのか。
恐らくはスキルの持ち主なのでそう感じているのだろう。
まあ何にせよこれで【従魔契約】による効果だと確定だな。
俺もアーリィと同じ考えだと示す為に頷く。
「ピィ」(うぃ)
「ノインさんもそう思うのですね。……【従魔契約】による感知ですか。何と呼べば良いでしょう?」
む、そう言えばなんて呼ぼうか?
従魔感知? 契約感知? ……なんか違う気がする。
何か思い付いたのか、ハッと人差し指を立てたアーリィ。
「ノイン感知でどうかなっ?」
「ピヨ」(ダメ)
「安直かと」
それだと俺は「アーリィ感知」って呼ぶことになるので却下です。
エリスさんもボツ認定してくれたので多数決により否決されました。
「うぅ……。じゃぁ……従魔感知」
「ピヨ」(否)
「単純かと」
それ、さっき俺が脳内で候補から外したやつです。
「…………モフモフ感知」
「ピヨ」(無理)
「能天気かと」
どうやら我が主様は名付けの感性において重大な欠陥をお持ちの様だ。
この髪飾りが無かったら俺の名前、どうなってたことか……。
「アーリィ様、感知から離れてみてはどうでしょう?」
成程。確かに末尾単語が感知である必要はないな。
俺とアーリィにしか使えないし感じ取れないのだから、二人に因んだ名称でもいい訳だ。
エリスさんの言葉を聞いたアーリィが顎に手を当てて考え始めた。
その仕草、何となくジーク兄貴に似ているな。
「感知以外で…………モフモフの絆、とか?」
「ピヨピチチ」(モフモフから離れなさい)
「今度はモフモフから離れて下さい」
それだとアーリィが使う分には良いが、俺からアーリィを感知する際にはそう呼べません。
確かに俺が神秘的で誰もが羨む超絶的モフモフを誇っていることは間違い無く疑問を挟む余地の無い厳然たる事実だが、アーリィはモフモフというかプニプニだからな。頬っぺたとかな。
俺達の指摘により頭を抱え込んだアーリィ。
「むむむ~……難しい……」
「…………可愛いの絆」
ん? エリスさん今何て呟きました?
これは今すぐ聞き返さないといけないでしょう。
「ピヨ? ピヨッチ?」(何? 何だって?)
「あ、ごめんエリス、聞こえなかった」
「……」
あら、可愛らしい。
顔と耳と首、真っ赤ですよ?
でもすいません、鳥さんは確りと聴いていたのです。
そして俺はアーリィの従魔なので困っているご主人様を助ける役目があるのです。
「……ピヨヨピヨチ」(……可愛いの絆)
「可愛いの絆?」
「アーリィ様、後でノインさんを抱っこしてもいいですか?」
「――ピ!?」(――な!?)
し、しまった! 調子に乗り過ぎた!
エリスさんは金属製の胸当てをしているので、抱っこされるとゴリゴリッとなり激痛が走るのだ。「美人さんに抱き上げられた~」とか「肌キレイだな~」なんて喜ぶ暇など一切無い、正しく絶痛絶苦であるのだ。
しかも、俺がもがけばもがく程……エリスさんはその笑みを深めていくのだ……ッ!
「うーん……今日は帰ってからノインにお仕置きしないといけないから、その時になら大丈夫だよ」
「ピッ?!」(何っ?!)
お、お仕置きだと?! 一体どういうことだ!?
何故急にジークみたいな事を言い出すんだご主人様!
「お仕置きですか?」
「うん、勝手に飛び出した罰だよ」
何だと!? 先程の鳥さんシェイクで満足したのではなかったのか!?
「成程、しかしお仕置きと抱っこにどんな関係が?」
「お仕置き内容は『朝まで抱き枕、生きた羽毛も暖かい』の刑だからだよ」
……なん、だと……ッ!?




