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閑話 エリス 2

 


 私達は三体分のウッディフロッグの皮と舌を専用の素材袋に回収し、次の獲物を求めて歩き出しました。

 この素材袋は撥水加工と消臭加工が施された優れもので、結構なお値段がします。ですがこれは旦那様から《袋》と共にアーリィ様へと贈られた品ですので、私達アーリィ様パーティのお財布からは出費はありませんでした。


 しばらく進むとアーリィ様が魔物の反応を感知しましたのでそちらへと進路を変更しました。

 ノインさんはもっと早くから感知していたと思うのですが……アーリィ様を鍛えているのでしょうか?


 反応のある地点まで到達すると、運良く二体のウッディフロッグの姿を確認できました。


「じゃあお願いね」

「ピィ」


 ノインさんが先程の攻撃方法を実演してくれるようです。

 アーリィ様の表情が輝いていますね、楽しみなのでしょう。


「ピヨピヨ、ピヨ」


 恐らくは詠唱だと思われる可愛い鳴き声が響いた瞬間、宙に現れたのは……[火矢]?

 何と言うか……小さいですね、通常の五分の一以下の大きさに見えます。

 まるでギュッと圧縮したような……。


「ピヨピヨ、ピヨ」


 なッ!

 

 これで攻撃するのかと思った瞬間、なんと再びの鳴き声で更にもう一本の極小の[火矢]が出現しました。


 宙に浮かぶ二本の[火矢]。

 魔法の、多重発動……!


 発動した魔法を待機させるだけでも高等技術です。にも拘わらず、それどころか更にもう一つの魔法を発動させてみせたノインさん。

 確か、ノインさんはジーク様が所持する【双術師】のようなスキルは持っていないはずです。

 だとするならばこれは…………単純な実力。


 ……凄いですね。


「ピ」


 その一瞬の鳴き声が合図だったのか、二本の[火矢]はそれぞれが魔物のへばり付いている木へと向かっていき……通り過ぎた? と思った瞬間――反転。蛙が止まっている反対側から木へと突き刺さり――魔物が痙攣した様に震えました。


 まさか木を突き抜けたのですか……!?


 そして次の瞬間、ポンッというくぐもった音と共に一瞬だけ蛙が内部から膨らみ……地面に落下しました。


 斃したの……でしょうか……?


 地表へと墜落し、仰向け状態で動かなくなった二つの亡骸。

 その腹部には、先程と同じ1cm程の穴が開いているのが確認できました。


「火矢、貫通、微爆発」


 ノインさんがヒトの言葉で説明してくれました。

 腹の内部へと突き込み侵入させた[火矢]を[爆破]の魔法で爆発させた、ということですか。

 

 ……恐ろしい魔法ですね。内臓だけを焼くなんてどうすれば思い付くのでしょうか?


 と言いますか、[火矢]があの太さの幹を貫通することがまず有り得ません。両腕を広げて抱き着いて、手が届くか届かないかという程の直径です。

 それを通常よりも小さい[火矢]で、しかも二本同時。

 更には絶妙に加減された[爆破]の魔法。


 不死鳥の眷属だとの名に恥じぬ、そう呼ばれることに納得してしまうこの技量。

 朱輝鳥とはここまでの存在なのでしょうか? それともノインさんだから……?


「……す、凄い」


 アーリィ様が愕然としています。

 ノインさんと同じ炎熱魔法を持っているからこそ、私よりも今の魔法の意味を理解しているのだと思います。


 呪雲の下でも平気で過ごし、希少な固有スキルの中でも更に高性能だと思われるスキルを有し、0歳にも拘わらずこれだけの技巧を誇るその魔法の腕前。


 魔法の扱いだけなら恐らくジーク様より……。

 ノインさん、あなたは一体……?


「――凄いよノイン! 私もやってみるっ!」


 ……アーリィ様。


 ……そうですね、ノインさんがアーリィ様の従魔であることは変わりませんね。私達の仲間であることは変わりませんね。

 それに、共にアーリィ様を支えると誓った、私の同志でもありますし。


「あっちに反応があるよ、早速行ってみようっ」

「ピィ」


 それに……可愛いは正義です。



 ~~



「ピヨピヨ、ピヨ」


 シュン――ドスッ……ポン。


 ノインさんの極悪火矢魔法、その対象となったゴブリンが、頭部の穴という穴から血を流して生命活動を停止させました。

 アーリィ様がもう一度手本を見せてくれと頼んだので、ノインさんがゴブリン相手に披露してくれたのです。


「うぅ……難しいよ」


 それを見たアーリィ様が項垂れました。やはり見ただけではどうやっているのか分からなかったようです。

 あれから何回か挑戦したのですが尽く失敗していますからね。どうやら上手く[火矢]を制御できないようです。

 体内に埋まるぐらいの大きさにすることも、突き刺した後そのまま突き抜けない様にコントロールすることもできていません。かなり難しいようですね。

 【炎熱魔法・Ⅰ】を取得した事により【火魔法】の[火矢]の威力も上昇していますので、ゴブリン程度の表皮であれば簡単に突き抜けてしまうようです。


 ……ノインさんの魔法の腕は凄まじいですね。

 今、アーリィ様の苦労を目にしていて、改めてそう思います。


 【炎熱魔法・Ⅰ】で使用する[火矢]と【炎熱魔法・Ⅴ】で使用する[火矢]とで差があるのは分かりますが、それは単純な出力――威力の差であるはずなので、ノインさんが優れているのは【魔力制御】だと考えられます。

 恐らく頭の中で「制御する」という意識さえないほどに【魔力制御】のスキルを使い込んできたのでしょう。呼吸するように魔法を行使しているように感じます。


 それに詠唱も滑らかです。……多分。

 どの魔法も使用する時は「ピヨピヨ、ピヨ」なのです。適当にピヨピヨ言っている訳ではないと思います。

 何と詠唱しているのかは私には全く区別できませんが、詠唱が短いということは事実。

 それは即ち、そうなるだけの数を繰り返して習熟してきたということ。

 0歳でこれ程の詠唱速度なのです、一体どれ程の鍛錬を繰り返してきたのか……予想が付きませんね。

 まさか最初からあの速度での発動が可能だった、なんて訳ではないと思いますが……。

 いずれにしても、ノインさんの努力の結果なのだと思います。


 そして何よりも凄いのが、魔法の発現範囲です。

 射撃型の魔法は通常、術者の周囲に発現させてから射出されます。

 そしてこの『術者の周囲』の範囲がノインさんは異常に広いのです。


 平均的な魔法士達の最高発現範囲は、凡そ自分から1m以内です。

 しかしノインさんは自分から5m以上離れた空間に魔法を発現させてもいました。

 これだと相手の背後に魔法を発現、攻撃なんて事も可能になってしまいます。


 魔法は自分から離れる程に制御が困難になっていき、当然魔力も大量に必要になります。よってノインさんと同じ様に魔法を使うには、莫大な量の魔力が必要となってきます。

 しかしノインさんの魔力量は約2000。少なくはありませんが莫大と言えるほど多くもありません。それはつまり、莫大な魔力を必要としないぐらいに魔力制御能力が優れているという事。


 アーリィ様も【魔力制御】を所持していますが、まだそれほど習熟できていませんのであの極悪火矢魔法を使えないのでしょう。

 まず[火矢]が通常の大きさですので、対象の内部だけを爆破、という結果を得るには今のままだと不可能だと思います。



「あ、もう一体発見。今度こそ……『――――――』[火矢]!」


 しばらく歩き、的となるゴブリンを発見したアーリィ様がすぐさま[火矢]を発動させました。


 放たれた[火矢]はゴブリンの頭部へと突き刺さり……その長さの半分程がゴブリンの後頭部から突き出てしまいましたが、今回は何とか止まった様です。

 やはりあの長さの[火矢]だと埋まり切ることは無理なようですが、先程までは勢いが強過ぎて完全に貫通してしまっていたので、あれならば[爆破]に繋げることも可能でしょう。しかし……


「あ、いけそう! それじゃあ『――――――――――――』[爆破]!」


 ――ッボオンッ! ビチャビチャビチャビチャッ…………。


「…………」

「頭部が盛大に爆発しましたね。今度は[爆破]が強過ぎですアーリィ様。それと帰ったら直ちに湯浴みをお願いします、直ちにですよ、直ちに」


 周囲は爆発四散したゴブリンの肉片やら体液やらで酷い事になりました。

 肉片の直撃を喰らったアーリィ様は…………正直ちょっと近寄りたくありませんね。ゴブリンの体液はとッッッッても臭いんですよね。それに爆破の影響で肉が若干焼かれていて、それがまた悪臭を放っています。

 私は事前に予測していたので木の幹に隠れて無事です。

 ノインさんも分かっていたようで、私の背後に隠れていました。

 …………私を盾にしたんでしょうかね?


「…………今日はもう……帰ろう……」


 呟くように帰還の旨を口にしたアーリィ様。

 肉片や体液を滴らせたアーリィ様のテンションが最底辺にまで下降しました。目が死んでいます。


「大賛成ですアーリィ様」

「ピィ、ピィ」


 幸いにも依頼達成分の素材はもう集め終わっていますので、帰ることに異存はありません。


「……じゃあノイン、背嚢に――」

「――ピヨ」


 帰還するならノインさんは背嚢に入ることになりますので、アーリィ様がそう呼び掛けようとしたのですが……言い終わる前にノインさんが両翼を自分の眼前で交差させながら返答しました。

 今のは確実に「勘弁」って意味だと思います。拒否の感情がその声と全身からダダ漏れでした。

 アーリィ様は正面から肉片を浴びたので、背嚢は無事だと言えば無事なのですが……その気持ちは分かりますよ、ノインさん。


「うぅ……」

「では、背嚢を私にお渡し下さい。ノインさんもそれでいいですよね?」

「ピィ」

「うぅ……分かりました。……はい、エリス。ノインをお願い」


 そう言いつつ背負っていた背嚢を私に手渡そうと近寄ってきたアーリィ様。

 ……うっ、呼吸を止めていたのですがそれでも嗅覚が乱打されますね。何年もドブに晒したボロ布を鼻に突っ込まれたかの如くです。……目にもきました。


「……おまかせください」


 鼻声気味でそう答えた私は背嚢を受け取り、背負ったのですが……肩掛け部分が汚染されているという衝撃の事実。これは盲点でした。

 ……まあ、仕方ないですね。なるべく意識しないようにしましょう。


 さて、未だ私達から距離を確保していたノインさんに声を掛けます。


「ノインさん、こちらへ」

「ピィ」


 私の呼び掛けに応じ、素直にこちらへと飛んできたノインさん。


 ……………………ていっ。


「――ピギュッ?!」


 パタパタと呑気に飛んできたノインさんを両手でパシッと捕獲。

 そのままフワフワモフモフを堪能させて貰うことにしました。


「ピギュ、ピヨチ?」


 ふわふわ。もっふもふ。……ああ、癒されます。

 お腹部分に顔を埋めると、また何とも言えない柔らかさと暖かさ、そして形容しがたい美味しそうな匂い。……実に心地良い、癖になりそうです。


 更にギューッと。


「――ピギィッ!? ピギィーッ!!」

「大人しくしてください、私を盾にした罰です」


 ノインさんがピギィピギィ言い始めたら結構苦しい合図らしいのですが、今回はまだ許しません。


 それに……悶える姿も可愛いですし……。


「あっ、エリスだけズルい! 私も――」

「ストップですアーリィ様。それ以上近付いたら色々な意味で酷い事になりますよ? …………ノインさんが」

「ピ!?」

「うぅ……ノインを鳥質に取るなんて……」

「ご理解頂けた様ですね。それではサクっと帰りましょう」


 ノインさんは普段ずっとアーリィ様に抱かれているか背嚢に入っているかなので、こんなチャンスは中々ありません。

 ですので――


「ピギィ……」


 ――もう少しだけこのフワフワを堪能させてくださいね、同志よ♪





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