閑話 エリス 1
「ピヨピヨ、ピヨ」
その可愛らしい声が響くと共に紅蓮の炎槍が宙に出現し――射出。
燃焼音を伴い一直線に推進したその炎槍は火の粉を撒き散らしながら目標へと突き刺さり、激しく炎上。対象の生命活動を停止させました。
「お疲れさま、ノイン。今日も絶好調だね」
「ピィ」
アーリィ様の呼び掛けにそう返答したノインさん。
今のは「うん」という意味だと思います。私も少しは理解できるようになってきたんですよ。
「さて、魔石を《袋》に……ポイっと」
アーリィ様が汚物を扱う様に汚染魔石を《袋》へと投げ込みました。
……その摘まみ方はまだ治らないのですね。……いえ、顔を背けなくなっただけでも成長したと考えるべきでしょう。
「ピ、ピヨピヨチ」
「う……分かってはいるんだよ? でもね、こう――」
「ピヨピヨチ」
「うぅ……はい」
ノインさんとのやり取りを交わしたアーリィ様が項垂れて落ち込みました。
どうやらノインさんが何か注意したようです。
恐らくは今の汚染魔石の扱いについてだと思うのですけれど…………何言ってるのか全然分かりませんね。私もまだまだです。
アーリィ様は何故分かるのでしょうか? 不思議でなりません。
「それじゃ次行ってみよう」
「ピィ」
「はい」
気を取り直したのか、そう言って歩き出したアーリィ様。そしてその後を飛んで付いて行くノインさん。
事情を知らない人がこの光景を見ると、背後から奇襲されそうになっているとしか思われないでしょうね。
……こんなに生き生きと楽しそうなアーリィ様を見るのは、本当に久し振りです。
四年前から全く笑わなくなったアーリィ様。
私も笑顔を取り戻そうとあの手この手を尽くしましたが、全く効果は無く。なのにノインさんと出会ってからのアーリィ様は……。
少々妬けてしまいますが、これもノインさんのおかげですね。
ただ、ノインさんには困惑する事が多いです。
というのも、魔物は汚染されているので普段出会っても殺し合いにしかなりません。よって今まで友好的な魔獣と触れ合ったことがない為、どう接したら良いのか分からない事が多いのです。
鳥を抱き締めるとあれ程にまでフワフワして暖かいという事も、ノインさんで初めて知りました。
それにノインさん本人が教えてくれるまで、私達はノインさんにも食事が必要だということにすら気が付かなかったのです。魔物に食事を与えるなどという思考回路はありませんでしたから……。
それに生命力が極端に低いので、触れるだけでも細心の注意が必要です。今は契約により生命力が増えたので多少は雑に扱っても大丈夫なのですが、それでも低いことは事実です。幼児並です。
ただ……アーリィ様は力の限り抱擁されますけど。
でもそれは仕方無いと思います。今まで魔獣を抱き締めたことなど無かったのです。そこであのフワフワを味わってしまったら……。
アーリィ様の気持ちも理解できます。私も外套越しでしたがノインさんを抱き締めた時の感触は衝撃でしたからね、チャンスがあれば是非もう一度体験してみたいものです。
「ピヨッチ?」
「……ううん、まだ分からないよ」
私も分かりません。別の意味で。
現在、私達アーリィ様パーティは、カルナスから徒歩で二時間程離れたこの森へと訪れています。
依頼達成の為ですね。
今回の依頼内容はいつもの常時依頼と『ウッディフロッグの舌と背皮を五体分回収』の二つ。
先程ノインさんが斃したスファイギスホーンという鹿型の魔物は対象外ですので、まだ皮と舌は一つも集まっていません。といっても、先程この森に到着したばかりですのでまだまだこれからです。
「ピ」
「そっちだね、了解」
ノインさんが翼で南側を指しました。
あちらに魔物の反応があるのでしょう、相変わらずの感知能力です。私では感知できない距離ですね。
先程のノインさんの言葉は「魔物の反応を感知できているか?」という意味だったのでしょう。
ノインさんの示した方向へとしばらく歩みを進めると、漸く私にも感知できました。
数は……三ですね。
そのまま目視できる距離にまで近付いてみると、三体ともウッディフロッグだと確認できました。
「三体だから……私とエリスが前衛で、ノインは援護。できるだけ皮と舌を傷付けないように」
「はい」
「ピィ」
アーリィ様がそう指示を出しました。
最初の頃に比べると随分とリーダーとして成長してきましたね。
そのことを嬉しく思いながら私は剣を引き抜き、戦闘態勢を取ります。
ウッディフロッグは体長60cm程の蛙型の魔物です。
木の幹にへばり付いており、背面の表皮はその張り付いている木の樹皮の模様とソックリなので、何らかの感知スキルが無ければその存在に気付かずに頭上から奇襲を受ける事にもなりかねない魔物です。
幸い、私達は全員が感知スキルを所持していますのでこの手の魔物は逆にやり易いのです。背面を向けて無防備な状態でじっと動かない為、簡単に奇襲を仕掛けられますので。
しかし今回はその背の皮が必要。傷を付けては価値が下がってしまいますので背後からブスリという訳にはいきませんし、それに舌も必要ですので頭部付近への攻撃も控えなければなりません。
「[風球]で弾いてお腹を見せた所をやっちゃおう。エリス、いける?」
「問題ありません」
よって攻撃すべきはアーリィ様の仰った通り、腹部。
[風球]は風の塊をぶつけるだけなので手加減して放てば殆ど皮に傷は付きません。
まずはその[風球]で奇襲、木にへばり付いている対象を弾き飛ばして地表へと落とし、腹部を見せた所を近接攻撃で確実に仕留める、という作戦ですね。落下しても腹を見せなかった場合は掬うように蹴り上げ、引っ繰り返してからの刺突です。
しかし突き刺した剣先がそのまま背中まで貫通しないように加減が必要です。
「私は右、エリスは真ん中で。ノインは左の奴を足止め、仕留められそうならやっちゃって」
「ピィ」
ノインさんの風魔法のスキルレベルはⅠ。なのでまだ[風球]は使えません。
そうなるとノインさんの攻撃方法の殆どは火炎。
火属性や炎熱属性は対多数の殲滅戦等では非常に強力な効果を発揮するのですが、今回のような素材の確保には余り向いていません。よって私達が二体仕留めるまでは残り一体の足止めとなります。
「じゃあ[風球]の発動と同時に戦闘開始で。いくよエリス?」
「はい」
私とアーリィ様で呼吸を合わせて、詠唱を開始。
「「『――――――』、[風球]」」
魔法を放つと同時に対象へと駆け出しました。
先行した[風球]はそれぞれ蛙の臀部付近に命中、その衝撃で宙へと吹き飛ばされ地面へと落下した対象の腹部が見え――
「――はッ!」
「――せいっ」
駆け寄った私が片手剣を、アーリィ様が双剣をそれぞれの対象の腹部から胸部へと斜めに刺し込み、捻りを加えて止めとしました。
奇襲は成功です。あとは、
「残り一体――…………あれ?」
「……終わってる?」
ノインさんが相手をしているだろう一体へと視線を向けた私達の目に映ったのは、地表で仰向けに倒れ、ピクリとも動かないウッディフロッグの姿でした。
「ノイン、斃したの?」
「ピィ」
どうやら私達が止めを刺すよりも早く斃していたようです。
しかしこの死体には炎熱魔法で倒したと思われる傷痕がありません。
一体どうやって……?
「あれ? ……どうやって斃したの? 全然傷が無いけど……」
アーリィ様も同じ疑問を持った様です。
「ピ」
「――あ、穴が開いてる」
するとノインさんが仰向けになっている魔物の腹部の一箇所を翼で指しました。
そこをよく見ると、1cm程の穴が開いていることが確認できました。これがノインさんの攻撃の痕跡なのでしょう。
……凄いですね、背の皮を全く傷付けていませんし、傷口は焼けた様に塞がっていて血が流れ出てもいません。ただ、吐血した様な痕跡はありますので舌は…………傷付いていませんね。
本当にどうやったのでしょうか?
できればもう一度やって見せて欲しいです。
「ノイン、後で見せてくれる?」
「ピィ」
お見事ですアーリィ様。




