第24羽 鳥、はご主人様とトークする
ペンダントを購入した日の夜。
町は明りを消し、世界が闇に浸る。
呪雲の下の世界では星明りなんてものは望めない、真の闇が訪れる時間だ。
ベルライト聖王国は唯一呪雲に覆われていないと言っていたが、その国に住む人達はこの呪雲の事をどう思っているのだろうか……。
人は自分に危険が及んでからでなければ危機感を持てない者が多い。聖王国の晴れた土地に住んでいる人々もこの雲の事は他人事のように考えて生活しているのだろうか? ……一度聞いてみたいもんだな。
「ねえノイン。何をしているの?」
アーリィが起きてしまった……というより寝付いていなかったようだな。
ここはアーリィの部屋に併設されているテラスだ。あの夜、ジークと話した場所だ。
俺がテラスへと出てからそんなに経っていない。俺が出ていくのを確認したから付いて来たのだろう。
「町を、見てた」
これは本当のことだ。
俺はこのカルナスの町をちゃんと見たことがない。日中は大体背嚢の中に入っているからこうして堂々と町並みを観察できるのは夜しかない。【真眼】があればこそだな。
「そっか……ノインはまだちゃんとカルナスを見れてないんだもんね……」
同情してくれているようだ。そんなに悲しそうにしなくていいんだよアーリィ、君のせいじゃないんだ。
見つかれば騒ぎになるのだから仕方ない。それにネフリーさんがちゃんと公表してくれるって言ってたからな、直にこのスニーキング生活ともおさらばできるだろう。
「ノイン……不甲斐ないご主人でゴメンね」
「アーリィ、悪くない」
というか大体悪いのは俺だしな。
隠れなきゃいけない理由も俺が異常だったからだし、隠し事だらけだからな。
謝るのは俺の方なんだよ、だからそんな申し訳なさそうな顔はしないでくれ。
そんな気持ちが伝わったのか、少し表情を緩め、俺の声を頼りにしたのだろう、手探りで近付いて来た。
「……ありがとう。……ねえノイン、外を一緒に歩けるようになったら何かしたいことはある?」
ありがとうの言葉と同時に俺を確保したアーリィが、いつも通り両手でしっかりとホールドしてからそう尋ねてきた。
相変わらずの良い匂いですね。……何かこの体勢と香りに安心感を覚えるようになってきた俺がいる。
……気にしない事にしよう。
さて、この町でしたいことか。
パッと思いついたのは……
「食べ歩き」
だな。
俺は魔力ばっかり食べているが、きっと普通の食糧も食べられると思うんだ。
なのでこの世界での食べ物やら料理やらを食べ歩いてみたい。俺、お祭りの出店とか屋台とか好きだったんだよね。
屋敷でアーリィ達が食事を取っている間、俺はアーリィの部屋でお留守番している。よって鳥になってからまだ人間の食糧を食べたことがないんだ。
「も~、それって私の炎が不味いからって意味?」
口を尖らせて不満をアピールするご主人様。
そういう訳じゃないんだけどね。
「不味くない、並」
「それ殆ど不味いって言ってる様なものだよぉ……」
まぁ頑張れ。
「うーん、食べ歩きかー……そういえば私もしたことないかも?」
伯爵家令嬢ですからね、普通はしなくて当たり前じゃ?
「――よし、決定。外を一緒に歩けるようになったら、私と一緒に食べ歩きですっ」
笑顔でそう宣言したアーリィ。
「ピィ」(御意)
ご主人様の仰せのままに。
~~
「でね、私はまだ海を見たことがないんだ。だからいつか見に行きたいと思ってるんだよ」
あれから少し雑談していてこんな話題になった。
海……ね。そういえばこの世界の海はまだ見ていない。
……真っ黒だったりしてな。
見に行くなら邪結晶を潰してからにした方が良いかも知れない。
「ピ、ピヨヨ」(俺も、見たことない)
「ノインも見たことないんだ、けどまだ0歳だから当然かな。私なんてもう14歳なのに」
14歳か。日本で言えば中学二年生辺りの年齢だよな。
そう考えると何だか不思議な気分だ。前世での俺は確か25歳だったはずだから、アーリィとは11歳差。
そんな少女の従魔になるとはね。世の中、何があるか分からないもんだな。
……不死鳥に生まれ変わったんだ、今更か。
「よし、それじゃこれも決定です。私とノインは一緒に海を見に行きます」
「ピィ」(御意)
「つまり私達はずっと一緒だということです、分かりましたかノイン?」
「ピィ」(うぃ)
どういう理屈でそうなるのか知らないが、ずっと一緒なのはそれでいいさ。
「ふふっ、ずっと一緒だよノイン。一緒に食べ歩きして、一緒に海を見に行って、そして一緒に空を見よう。一緒にこの大陸を呪雲から解放しよう」
食べて、海を見て、空を見る。
字面だけだと実に簡単なことのように思えてくるが、この世界では実に危険で困難な事だ。食べるは例外で。
魔物なんてモノが存在している為、気軽に観光旅行へ出掛けるなんてことはできない。
海へ到達するまでにはその道中で魔物に襲われるだろうし、海中にも魔物はいるだろうからな。
空は既に晴れている所に行けば見るだけなら可能だろうが、やはり道中が危険だ。
そして呪雲を晴らし青空を仰ぐ為には、その辺の魔物なんて比較にならない程の威容と戦闘力を誇る守護者を討伐し、邪結晶を浄化しなければならない。
地球では何てことのないことが、この世界では文字通り、命懸けだ。
それを、14歳の少女が成し遂げようとしている。
そして、俺はその少女の従魔だ。
「ピィ」(ああ)
どこまでも付いて行くさ、一緒にな。




