第23羽 鳥、はつつく
「ランクⅡの魔石が25。ランクⅠは汚染が1、浄化が7。よって32600マタ。素材は全部で2500マタ。合計で35100マタとなります。依頼達成数は三回分となります」
「大銀貨3枚、銀貨5枚、大銅貨1枚。初めての報酬だと思えばこのくらいかな?」
「……解放者の初報酬の平均は大体2000マタでございます」
ギルドの受付嬢だと思われる女性、アーリィ、エリスさんの順で声が聞こえた。
”マタ”ってのがこの世界での通貨単位のようだな。
そしてどうやら今回の報酬額は新人にしては高額過ぎたようで、エリスさんが呆れた声を出している。
アーリィはお嬢様だからか、金銭感覚が少しおかしいみたいだな。
草原から戻ってきた俺達は早速ギルドへと向かった。依頼達成報告の為だ。
今回の依頼は常時依頼といって、特に受注手続きをせずにいつでも受けられる依頼だった。といっても、場所や時期によって内容は変化したり、依頼そのものが無くなったりしたりするらしいので、常時受注できるっていうのは『その依頼が出されている間はいつでも何回でも』って意味だろう。
今回の内容は汚染魔石10個以上、もしくは浄化魔石5個以上の納品。報酬は出来高。
今日の俺達は汚染魔石26個と浄化7個なので依頼達成は三回分になるらしい。
俺は当然アーリィの背嚢の中でじっとしてる。
【魔力制御】をフルに使って気配を消している……つもりだ。
ギルド内には大勢の人がいるので感知スキルを発動させても何が何だか分からなくなるから大丈夫だとは思うが、念の為である。
【魔力制御】はその名の通り魔力を制御する能力に強化補正が掛かる。つまり、魔力の節約が上手くなる以外にも、自分の魔力反応を抑える様な使い方もできるのだ。
完全に魔力反応を消すことはできないが、これにより、他者の【魔力感知】に反応した時に、俺の大きな魔力量を普通程度の魔力量だと思わせることができると考えたのである。
因みに、アーリィと出会う前からずっと使っている。
と、背嚢の中で聴覚に集中していたからか、周りの奴等の囁き声での会話内容が聞こえてきた。
「……おい、聞こえたか? あの嬢ちゃん初報酬であの額だとよ」
「はっ、大方もう一人の姉ちゃんがやったんだろ? ランクⅠとⅡの魔石ばかりとはいえ初依頼の新人がそんなに稼げるわけねえっての」
「おいバカ止めろっ、あの二人はアカトラム家の次女とその護衛だぞ? お前等知らねえのか?」
へえ、アーリィとエリスさんの事を知っている奴もいるんだな。
「領主様の……?!」
「ってことは……『双撃』のジークの妹ってことか……っ!?」
聞き捨てならない単語が聞こえたな、何々? 『双撃』のジーク?
……ぷっ、二つ名付いてるのかよジークお兄様! ははっ、こりゃいい、絶対に何時か弄ってやろう。……もう少し生命力が成長してからな。
それよりも今の言葉から察するに、ザジムさんって領主様だったんだな、初めて知ったよ。
でもまぁ貴族なら領地を持っててもおかしくないわな。ということは、このカルナスの町はアカトラム家所有ってことかね。要塞都市持ちって結構偉いんじゃないの?
「……『双撃』の妹か、ならあの報酬も納得だ」
「お、おい……そろそろ行こうぜ……」
「はぁ……そうビビるなって、……分かったよ」
アーリィとエリスさんのことを理解して、先程の自分の発言を拙いと思ったのだろう、仲間と共にギルドを出て行ったようだ。
でも俺に聞こえてるってことは……
「お兄様はやっぱり有名なんだね」
「アガタ王国で上位三本の指に入る実力ですからね、あの反応も仕方ないかと」
当然二人にも聞こえていると。
アガタ王国というのは、アカトラム家が所属するこの国の名前だ。
つまり、ジークは国内で三位以内と認められるくらいには有名らしいな。
そして俺は知らない間にアガタ王国へと不法侵入していた訳だ。
まぁ鳥さんだし、全く問題ない。
「お兄様が凄いだけで私が凄い訳じゃないのにね。それに今回の報酬は半分以上ノインが稼いだようなものだし」
すいません。
~~
報酬を受け取った俺達はギルドを後にし、今は大通りを歩いている、らしい。
周囲の喧騒からそうだと推測したのだ。見えないから分からん。
あー、早く堂々と町を歩けるようにならないかね。
「ねえねえエリス、折角の初報酬だから何かお買い物していこうっ」
アーリィが何か言い出したぞ。
「それは宜しいのですが、急に如何されたのですか?」
「初報酬を貰ったらそれで何か買おうって前から決めてたの。報酬は35100マタだから、一人11700マタで何か買いましょう」
俺も数に入ってるのか。というか全部使う気かよ。
「アーリィ様、私の分の報酬は必要あ――」
「ダメだよっ、報酬は等分します! このパーティのルールですので従うように」
自分の分の報酬を断ろうとしたエリスさんに「言わせねえよ?」とばかりに被せたアーリィ。
ご主人様は時に強引になりますね。
「……承知しました。では、お買い物しましょうか」
仕方ないって感じで承諾したけど、後半は声の感じからちょっと嬉しそうだったのが分かった。
「うん、それじゃ商店通りに行こう。ノインの分のお金は私が持っておくね」
そう言ってきたので背嚢の中からアーリィの背中を一回つつく。
YESなら一回、NOなら二回、分からないなら頭をグリグリする。
事前に決めた合図だ。
「――ひゃっ! もうっ、ちょっと強いよノイン!」
「アーリィ様、声が大きいです」
どうやらアーリィは背中が弱いようだな。
まあ、背中つつかれたら誰でもこうなるのかも知れないが。
「ん~、これも可愛いな~」
「アーリィ様、こちらは如何ですか?」
「あ、そっちも捨てがたい、なら両方……むむ、予算オーバー……」
あー、もうじき一時間ぐらい経過するんじゃないかな?
いつまでやってんだよ……長ぇよ……。
「ノインはどう思う? こっちかそっちだと」
見えません。
頭でアーリィの背中をグリグリする。
「――あ、そっか、これじゃ見えないよね。…………ノイン、小っちゃい覗き穴を開けちゃっていいよ」
従魔から覗魔にクラスチェンジしろと?
……仕方ないか。
背嚢の左側をつつき、辛うじて見えるぐらいの小さい穴を開ける。
よし、これでいいだろう。
アーリィにYESの合図を送る。今度は優しくゆっくりとな。
「あ、もういいかな? それじゃあね――――」
~~
「こっちはどうかな?」
あー、もうすぐ一時間ぐらい経過するんじゃないか?
いつまでやってんだよ……長ぇよ……。
なんかさっきも同じこと思った気がする。
終わるのかな、これ?
「あ、これって……」
ん? また何か見つけたのか?
「朱輝鳥のペンダント……?」
「デフォルメされているのか、なんだかノインさんに似ていますね」
エリスさんが自分で観察するようにして、さり気無く覗き穴の前までペンダントを持ってきてくれた。ありがとうございます。
ふむふむ、銀一色のペンダントトップは小さめで可愛い印象を与えるが、造形が繊細で上品さも感じさせる。
そしてそのペンダントトップなんだが……うん、鳥さんだ。頭部に立派なトサカの様なものがあるが、鳥さんだ。それだけしか分からん。
アーリィの部屋にある鏡で自分の姿を見た事があるが、このペンダントの鳥さんは何か俺よりも豪華な感じがするので、俺に似ているのかどうかの判断はつかない。
ただ、少なくとも、このような長髪をオールバックにしたっぽいトサカが俺に無いことだけは確かだ。
まあ、エリスさんが似てるって言うんだ、似ているのだろう。
「お嬢様方、それは朱輝鳥ではなくて不死鳥様をモデルにした品でございますよ」
店員さんっぽい男性がそう話し掛けてきた。
モデル俺かよ……そりゃ似てるだろうよ。
ん? でも俺にはあんなトサカなんて無いぞ? ……もしかして想像で作ったのか?
ふむ……不死鳥は伝説の存在らしいから、正確な姿が伝わっていないとか? それともただ俺が特殊なだけか? ……いや、俺以外の不死鳥をモデルにした可能性もあるか。
俺の親鳥が居るのはあの聖炎天井からも確定っぽいしな。他に不死鳥が存在したとしても不思議ではない。
そう考えると、このペンダントのモデルは俺の親鳥だという可能性もあるな。
「不死鳥……」
「成程、朱輝鳥が不死鳥の眷属だと云われているのも納得ですね」
エリスさんが何か納得してしまった。
そうだよな、俺のこと朱輝鳥(亜種)って思ってて、そいつが不死鳥をモデルにしたというペンダントに似てるんだから、そう納得してしまうのは仕方ない。
ゴメンなさい。それ、似てて当たり前みたいです。
「お、お幾らですか?」
アーリィさんのお気に召したようだ。
「こちら、35800マタとなっております」
「うぅ……」
撃沈。
報酬を三人で等分していなくても少し足りなかったな。
「――ですが、アカトラム家の方々にはお世話になっております故、ここは30000マタで如何でしょうか?」
へえ、俺達がアカトラム家の関係者だと気付いていたのか。
だからかは分からないが、アーリィの反応から予算が足りないと気付いたのだろう、即座に値引きしてきた。
さて、これで購入には手が届いたが、等分したアーリィ一人分の報酬じゃ足りない。
なら……
「うぅ……止め――」
「それならば購入したいと思います。不死鳥の眷属たる朱輝鳥も、アーリィ様に購入して欲しいと思っていることでしょう」
「……エリス、でも」
アーリィに被せるようにエリスさんが購入の意思を示した。
どうやら俺と同じことを考えていたみたいだ。
そして「朱輝鳥も」との部分。これは俺に呼び掛けているんだな。
当然、OKです。
俺は肯定を示す為、アーリィの背中を一回つつく。
「っ、ノインも…………ありがとう」
こうして、初報酬は我等がご主人様へのプレゼント代として使われることになった。
~~
アーリィの部屋へと戻ってきた俺達。
鳥さんはテーブルの上でちょこんと座り込んでいます。
「~~♪」
あれからアーリィはずっとご機嫌だ。
今もベッドに横になって、リズム良く足をパタパタしつつ、ペンダントを眺めてニヤニヤしている。
これが男だったらさぞ気持ち悪いだろうが、幸いにも俺のご主人様は美の付く少女である。
気持ち悪くは無い――
「でゅふふ……♪」
――とは言えんな。
もうちょっと顔を締めようかアーリィ。それは14歳の女の子がする顔じゃないよ。涎を拭きなさい。
「ノインさん、確認を取らずにあのような行動に出てしまって申し訳ありませんでした。ノインさんなら同じことを考えているような気がしたので……」
アーリィに聞こえないぐらいの声で、エリスさんが購入時のことについて謝罪してきた。
俺の分の報酬をエリスさんの判断でペンダントの購入代金としてしまったことに罪悪感があるのだろう。
気にしないで良いのにな。
「気にしなくて良い。同志よ」
「っ。……同志、ですか?」
「ピィ」(うむ)
同じことを考えていたんだ。さらにアーリィの従者と言う意味でも同じ。
これはもう、同志と言っても過言ではなかろうて。
「……ふふっ。それではお言葉に甘えて気にしないことにします。これからも宜しくお願いしますね? 共にアーリィ様を支えて行きましょう、同志よ」
「ピィ」(うぃ)
「その鳴き方は確か肯定でいいんですよね。私にも少しは分かってきました」
口元に手を添え、瞳を細め、柔らかい笑顔を湛えてそう言ったエリスさん。
うわっ…………普段は無表情に近い人が笑うと、強烈だね。エリスさん並の美人さんだと、さらにやばい。
人間のままだったら惚れていたかも知れんね。
「あれ? 二人で何を話してるの?」
コソコソ話していた俺達に気付いたアーリィがベッドから降り、テクテクと歩いて来た。
「早く一緒に外を歩けるようになりたいですね、と話しておりました」
そんなことを宣ったエリスさん。
誤魔化す方向ですね、了解です。
「ピィ」(うぃ)
「ノイン……。うん、そうだね。私も早くノインを皆に見せびらかしたいよ……」
見せびらかすのは止めてください。
「――そうだっ! ノインの御披露目の日には何かプレゼントするねっ。今日のお礼だよ、楽しみにしててね!」
名案を閃いた! とばかりのテンションでペンダントを示しつつそんなことを言い出したご主人様。
楽しみにしててねと仰っていますが、自分が一番楽しみにしてるっぽいですね。
「それはいいですね、私も賛成です」
エリスさんも賛同しちゃったよ。
まぁ、貰える物は貰っておくのが俺の主義だ、素直に当日を楽しみにしていよう。
「もちろんエリスにもプレゼントするからね? 今日のお礼なんだから」
「私には……いえ、有難うございますアーリィ様。楽しみにして待っていますね」
アーリィの好意を無下にするのもどうかと思ったのだろう、同志もプレゼントを贈られることが決定した。
「うん、任せておいてっ。……えっと~ノインには何を贈ろうかなー……御揃いのペンダントはどうかな……」
俺達へのプレゼントについて悩み始めたアーリィ。
気が早過ぎるよ。
「プレゼントの代金を稼ぐ為、明日からの依頼も頑張りましょう、同志ノインさん」
同志エリスさんがそんなことを言ってきた。
プレゼントはアーリィが選ぶが、その代金は皆で稼ぐ形になるから間違ってはいないな。
「ピィ」(うぃ)
良いプレゼントを貰う為にも、気合入れて頑張りますか。




