表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/78

第18羽   鳥、は言われるまでもない

 

「え、……なんで……?」


 呆気にとられた表情のアーリィ。

 あっさりと許可が出たことが信じられないようだな。


「ふむ、もっと反対されると思っていた、という表情をしているな」

「だって、私はまだ……お姉様と同じぐらい強くは……」


 だから反対されると思っていたが、しかしあっさりと許可が出た。

 その事実に困惑しているようだ。


「成程な。……アーリィ、私達が出した条件を覚えているか?」

「はい、勿論です。私が成人するまで、15歳になるまでにディーナお姉様と同じ様に解放者としてやっていけるだけのものを示してみせろ、そうしたら解消者になることを許可する。という条件だったはずです」


 静かに問い掛けたザジムさんに、詰まる事無くそう返答した。


「その通りだ」

「な、なら、まだお姉様に追いつけていない私はっ、だから……」


 一歩踏み出して悔しそうに訴えた後、俯いてしまった。

 言葉の続きは「だから完全に条件を満たしていない。なのに何故」ってところだろう。


 許可を貰いに来て、その許しが出たというのに……謙虚なことだ。

 まあ、何故許可が出たのか分からないままで喜ぶ事はできないか。


「アーリィ、私達はディーナと同じぐらいの力を身に付けろ、と言ったのではありませんよ?」


 ネフリーさんが、ゆっくりと、諭すような口調でそう告げた。


「……え?」

「私達の出した条件。……アーリィ、お前は先程それを達成した、確かに示したのだよ」

「……それ、は、どういう」


 戸惑いの表情で、呟くようにして疑問を口にしたアーリィ。

 ザジムさんの言葉を聴いても、まだ上手く理解できていないようだ。


「解放者としてやっていけるだけのもの。それはつまり解放者として最も大事なもの、と言える。逆に言えば、それがなければ解放者としてはやっていけないという事なのだからな。……アーリィ、それが何か分かるか?」


 教え諭すように、そう問い掛けたザジムさん。


「……力、……ではないの……ですか?」


 アーリィは力を求めていた。だから力だと答えたかったが……しかしザジムさんの質問内容からそうではないという意図が感じられて自信が無くなったのだろう、断言できず、最後は疑問を返すことになってしまった。


「力は大事だ。力が無くては何も成すことはできない。あの時、ディーナは力が足りなかったから斃れることとなった、それは事実だ。しかし、あの時のディーナは確かに解放者だった。それはアーリィ、お前が良く知っているはずだ」

「はい。お姉様は誰から見ても、立派な解放者でした」


 今度は直ぐに断言した。

 つまりそれだけディーナお姉さんはアーリィにとって確かな存在だったのだろう。


「解放者として最も大事なものが力だというのなら、力が足りない者は解放者ではないということになる。しかしディーナは力足りずに斃れてしまったが、確かに解放者だった。それはつまり、解放者として最も大事なものは力ではないということだ。――力は大事だ。でもそれは解放者としてやっていけるだけのもの、最も大事なもの、とは言えない。力が足りずとも解放者をやっている者は大勢いる」

「では……なにが……」

「ディーナが何を思って解放者となったか、覚えていますか?」


 そう言ったネフリーさんの表情は、アーリィを見守る様な、優しい笑顔だ。


「……青空を見たから、それを私や他の人にも届けたいから、って」


 困惑しつつも、姉様の夢を口にした。


 それなんだよ、アーリィ。


「それですよ、アーリィ」

「……まさか」


 気付いたかな。


「そうだ。解放者として最も大切なもの、それは――夢。信念、覚悟と言い換えても良い。解放者とは、呪雲からこの大陸を解放することを最大の目的、信念とした者達のこと、夢とした者達のこと。それを忘れた者は解放者ではなくなる」

「……」


 アーリィは目を見開き、黙ってザジムさんの言葉を聴いている。


「力が足りないのなら協力すれば良い、力を持った者に手伝って貰えば良い、力が及ばず一人では無理だと思うのなら、皆で事を成せば良い。解放者は一人ではないのだからな」


 それに解放者じゃなくても、俺のような奴もいるしな。


「だが、信念は、夢はそうはいかない。夢はその者一人のものだ。自らの信念を確としない者は、歩み出した道もまた確とせぬ。その状態で解放者の真似事をやったところで、意味も無く斃れるだけだ」

「つまり私達はアーリィの覚悟を、アーリィの夢を試したのよ」

「……夢……」

「あの日の貴女は言いました、「お姉様の夢を私が叶える」と。しかし、あの時点ではそれはディーナの夢であって、アーリィ自身の夢ではありませんでした。だからあの日、私達は許可を出さなかったのです」


 ディーナの夢を叶える、という行為であって、それはアーリィの夢を叶える行為とは言えない。

 ならば何故、俺はアーリィと契約を結ぶことにしたのか。


「アーリィ、あなたは先程、私達になんと言って許可を申し出ましたか?」

「……私の夢を叶える為、私が解放者になることの許可……を…………」


 それはアーリィがハッキリと「私の夢」と口にしたからだ。

 ディーナの夢ではなく、アーリィの夢。

 あの時、アーリィは『私はこの大陸を呪雲から解放したい、そして皆に空を届けたい、お姉様が綺麗だと感じた空を。……それが私の夢』だと言った。

 自分の夢だと、それを叶える為の力となって下さいと。


 だから俺は、アーリィの従魔になってもいいと思ったんだよ。アーリィと共に夢を叶えたいと、そう思ったんだよ。


「そう、あなたは「お姉様の夢」を叶える為ではなく「私の夢」を叶える為だと言いました」

「私の……夢……」

「ディーナの夢を引き継ぐなと言っているのではないのです。引き継いだ夢を、貴女の夢として確かなものとしなさい。自分の夢だと、胸を張って誇りなさい。そう言っているのです。……そして貴女は先程、それを達成しました。私達に貴女の、アーリィの夢だと示しました。私達が出した条件である、解放者としてやっていけるだけのものを示しました。だから解放者となることを許可したのですよ、アーリィ」


 自分の夢だと胸を張る。

 アーリィが俺に夢を語ってくれたあの時は、正にそうだったよ。


「……私は、……解放者になっても、いいの、ですかっ……?」


 出された条件が思わぬ形で達成されたことで、どこか唖然としている。

 だが、次第に現実が認識できてきたのだろう、段々と声が湿ってきた。


「許可する、と言ったろう」


 目を緩め、慈愛が溢れるような笑顔のザジムさん。


「……ありが、とうっ、ございます……お父様、お母様」


 頭を下げ、伝えたのは、途切れ途切れのありがとうだった。



~~



 さて、何はともあれ、これで解放者アーリィの誕生だな。


 ……あ、まだ登録してないんだった。


「15になっても「私の夢の為」だといった意味の言葉が聴けなかったときは、このまま伯爵家令嬢として婚約してもらうつもりだったが……間に合ったようだな」


 アーリィを見つめるザジムさんの表情は何処か安心し………………ん? …………伯爵?


 ……――ええっ!? マジですか?!


 え、アカトラム伯爵家ってこと? ……貴族?!

 いやいや、豪華な屋敷だとは思ってたよ? 町の中心地に建ってるなんて偉いんだなとは思ってたよ?


 ……貴族様だったのね。


「私、もう少しで婚約するところだったんだ……」


 貴族の婚約か……。俺にとっては物語の中の出来事だったんだが……ここでは現実なんだな。

 というか、アーリィって伯爵家令嬢だったのか。成程、それならあのお嬢様モードも納得だ。


 ただ……契約後にあの気持ち悪い笑顔を見せられているので、素の状態のアーリィはもう……どうにもならないんじゃないかな? あれでアーリィとして確立されているような気がします。


「さ、アーリィ。許可は出たんだ、早速登録に行ってきたらどうだい? ギルドカードがあれば《瞳》がなくてもスキルが確認できるようになるからね。契約によって強化されたアーリィのスキルの表示を実際に見てみたいんだ」


 胡散臭い微笑を湛えたジーク兄貴が尤もらしい事を述べてアーリィをギルドへと誘導した。

 何考えてやがる。


「お兄様……。はい、行ってこようと思います! ノイン――」

「――あっと、待ってくれ。ノインは置いていった方がいいよ。登録はギルドロビーで行われるから、ノインが見つかる確率が高い。ギルド員だけならば見られてもルルエノール様が抑えてくれるから構わないだろうけど、他の解放者に見つかると騒ぎになってしまうよ」


 そういうことか。


「あ、そうか……ノインは……」

「そう、僕達はもう安全だって分かっているけど、他の解放者にとっては都市内に魔物が侵入したとしか思われない。いきなり斬り掛かられたって仕方ないんだ。登録はすぐに終わるから、エリスと一緒にサッと行ってくるといいよ。その間、ノインのことは任せてくれ」


 俺に話があるみたいだな、ジーク。


「……分かりましたお兄様、ノインのことを宜しくお願いします。ノイン、すぐに戻ってくるからね?」

「ピィ、ピヨチチチ」(はいよ、行ってらっしゃい)

「うん、行ってきます。エリス、行きましょう」

「はい、アーリィ様」


 エリスさんを伴ってアーリィはギルドへと向かって行った。

 というか今ナチュラルに行ってきますって返してきましたね? 

 ……何故分かるんだ? 【ノイン適応・Ⅸ】ぐらいあるんじゃないか?


「さてノイン、少しいいかな? こうでもしないとアーリィは君から離れたがらないからね」

「ピィ」(はいよ)


 相変わらず胡散臭い笑顔のジーク。

 さて、何の話が始まるのかね。


「まずはノイン。アーリィと契約を交わしてくれて心から感謝している、有難う」

「有難う、ノインちゃん」

「有難う、ノイン」


 ザジムさん、ネフリーさん、ジーク兄貴が一斉に頭を下げて礼を言ってきた。

 話があるのは三人共だったのか。


「ピィ」(うん)


 俺が答えると皆頭を上げ、ザジムさんが話を切り出した。


「先程、色々と綺麗事を述べ、屁理屈を並べ、アーリィにはああ言ったが……私達の願いはたった一つだ。アーリィに生きていてほしい。只々、それだけだ……。しかし、死んでほしくないからといってアーリィの夢を奪い、束縛したい訳でもない」


 真っ直ぐに俺を見つめてくるその瞳からは……ひっそりと哀しみが覗いている。


 この人達は既にディーナという家族を一人失っている。

 そして残ったアーリィは、そのディーナと同じ解放者になりたいと言っている。また同じ様に……と考えてしまうのは当然だ。その光景を想像しない訳がない。

 本当は解放者になってほしくはないのだろう。束縛してでも傍に置いて、生きていてほしいのだろう。

 でもそれはただのエゴでしかない。

 アーリィからすれば夢と自由を奪われる形になるのだから。


 だから綺麗事、屁理屈、か。

 先程の弁はアーリィへの条件でもあり、自分達への言い聞かせの意味もあったのだろう。

 アーリィは自分達の出した条件を達成したから解放者となるのを許可すべきなのだ。本当はなってほしくはないけれど、条件を達成したのだから仕方ない、認めるべきだ。という言い聞かせ。

 そういう意味で綺麗事だと、屁理屈だと、自分達で思っているのかも知れない。


「そこでノイン、君が現れた。そして君のことを見て、アーリィの枷となってもらうことにしたんだ」


 話を引き継いだジークが訳の分からない事を言い出した。

 アーリィの枷? 俺が?


「ノインも知っていると思うが、アーリィは無駄に行動力がある。無茶なことも勢いでやってしまうことがある。まぁそのおかげでノインと出会えたのだから、一概に悪いこととも言えないのだけれどね」


 苦笑しながら肩を竦めた兄貴。

 ……行動力か。確かにな、単独で森へ向かったのは正にそうだ。


「アーリィはディーナの後を追うことに必死でね、結構な無茶を繰り返していたんだ。回復魔法を使えるエリスが傍に居たから助かったことも多い。だから僕達も気が気でなかった。それにこのままでは例え解放者となっても直ぐに死んでしまうと危惧していた。そんなときにノインが現れたんだ。……ノインは知らないだろう、アーリィがあそこまで笑顔を見せたのは、実に四年振りなんだよ……。おかげで昨日は吃驚させられたよ、隠すのに必死だったんだ」


 自嘲の笑みを浮かべているジーク。

 ……驚愕を隠していた事に対してではなく、アーリィの笑顔が見られなかった事に対してだろう。

 恐らくは、自分は妹に何もしてやれなかった、とでも思っているのだろうな。


 しかし、四年振りとはな、……ディーナ姉様が死んだ時以来って訳か。

 10歳の頃から四年間も、あのアーリィが……。

 

「……それ程にまで君のことを気に入っている。十年近く求め続けていた、初めての従魔。しかも大好きなディーナと同じ炎熱魔法を使って自分を助けてくれた存在。……好きにならない訳がない」


 ……森でのあの喜び様は、あの笑顔は、……四年振りの笑みだったのか。


「そこで僕は思ったんだ、君が従魔となってくれればアーリィは無茶なことはしなくなると。あそこまで君のことを大切に思っているなら、君が危険に晒される様な行動は取らないだろうとね。……アーリィは君が死ぬことを恐れるだろう、君を失う事に恐怖を感じるだろう。だから"枷"なんだ。……それと君の生命力が極端に低いことも理由の一端になったよ」


 俺が死ぬことを恐れる、か。確かにそれは"枷"とも言えるな。


 俺を常に抱えているのも、その気持ちからくる行動なのだろうか?

 ……いや、ちょくちょく行われるベアハッグの圧力は恐怖を感じていたら出せない出力だった。

 考え過ぎだな。


「だから少々強引だったけど、君とアーリィが従魔契約を結べるように応援させてもらったんだよ」


 成程、あの深夜のことか。

 しかし応援とはまた妙なことを言いやがる。俺にはアーリィを人質にとった脅迫としか感じられなかったんだがな。


 ……いや、止めておこう、俺がアーリィと契約を結んだのはジークに脅迫されたからじゃないしな。俺自身がアーリィと共にいることを良しとして契約したんだ。ジークはただ妹の為に行動しただけだ、俺の意思にジークは関係ない。


「君を利用する形になってしまったのは悪いと思っているが、謝りはしないよ。君とアーリィの契約を侮辱する気はないからね」


 俺とアーリィは自らの意思で契約を望んだ。誰かに言われて契約を結んだんじゃない。それを謝るってのは、俺とアーリィの意思は無かったと言うに等しい。

 うん、確かに侮辱だ。


「だから今から言う言葉も君にとっては気に食わないかもしれないが……あえて言うよ。――ノイン、どうか妹を宜しく頼む。妹を、アーリィを護ってやってくれ」


 ……成程、確かに気に食わないな。

 俺はアーリィの従魔だぞ? そんなこと――



「――言われるまでもない」



 俺の言葉を聞いた三人は、安心した表情で、そっと静かに頭を下げた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ