第15羽 鳥、は少女の夢を知る
屋敷に戻ってきた俺はそのままアーリィの部屋へと連行された。
ザジムさんは本当に忙しいらしく、ジーク兄貴を伴って「例の作戦が」とか口にしながら何処かへ行ってしまった。
その去り際にジークが念を押すように視線を送ってきたが……しつこい野郎だ。
今、この部屋には俺とアーリィとエリス(空気)さんのみ。
アーリィが椅子に座り、その前のテーブルの上に俺が乗っている。
エリスさんは部屋の隅で直立しています。
「ノインが言葉を話せるのにはびっくりしたよ」
「ピヨピィ」(まあな)
「ふふっ、魔力が回復したらまたアーリィって呼んでくれる?」
笑顔で首を傾けながらそう尋ねてきた。
そのくらいならお安い御用だ。
「ピィ」(うぃ)
「ありがと、ノイン。楽しみに待ってるね」
両の手の平を合わせながら、満面の笑みである。
さっきからこの調子だ。
……切り出し難いな。
でもジークの兄貴に念を押されてる、それに俺自身気になっている。
この能天気なアーリィをあそこまで動かした理由は何なのか。
……いくか。
「アーリィ」
「うぇ! ――もーびっくりしたじゃない、でもありがとっ。 ……どうしたの、ノイン?」
突然名を呼ばれ驚いたようだが、笑顔で礼の言葉を口にしたアーリィ。だが、俺の様子から何となく真面目な雰囲気を感じ取ったのだろう、真剣な表情を作って問いかけてきた。
「従魔、何故、必要? アーリィの夢?」
「……ノイン。……うん、そうだね、ノインには話しておくべき……ううん、聞いてほしい」
俺の目を真っ直ぐに見つめながら、そう訴えてきた。
俺は黙って頷いて、先を促す。
「私はノインに従魔になってほしいと今でも思ってる。なら、ノインにはその理由を聞く権利があるもんね、いきなり従魔になれって言われて断るのは当たり前だよね」
自嘲するようにしてそう言った。
そりゃな……。
「……私がね、ノインに従魔になってほしいって思ってる理由はね、ノインが訊いた通り、私の夢の為なんだ。どうしてもその夢を叶えたくて、でもそれには力が足りなくて……。だから、私は力が欲しくてノインに従魔になってほしいって思ってるの」
握った手を胸に当てながら、真剣な眼差しでそう訴えてきた。
夢を叶える為の力、か。問題はその夢の内容だな。
「……私にはね、お姉様がいたの……」
……いた、か。
目を伏せたその表情から、もう既に亡くなっていると察せられる。
「お姉様はね……優しくて、格好良くて、すごく強かった。炎熱魔法が得意でね、もう少しで解放者ランクⅧになるぐらい強かったんだよ、今のお兄様と同じぐらい強かったんだ」
少しずつ思い出すように、まるで自慢するようにして自分の姉の事を語り始めた。
今のジークと同等か。生きていれば今頃はそのお姉様が団長をやっていてもおかしくはなかったのだろうな。
「お姉様は小さい頃にベルライト聖王国に行ったことがあるみたいで、そのことをよく私に聞かせてくれたの。青空はとても、とっても綺麗なんだよ、って」
――何っ? 青空だとっ?
……どういうことだ? ベルライト聖王国は青空が見えるのか?
「ピヨピィ?」(どういうことだ?)
首を傾けて、分からないと訴える。
「あ、そっか、ノインは知らないんだね。ベルライト聖王国はね、この大陸で唯一、呪雲に覆われていない土地がある国なんだよ。そこでは青く輝く壮大な大空が広がっているんだって。太陽が見えるんだって」
呪雲に覆われていないだと?
それはつまり、邪結晶を破壊したということか?
――っと、後で考えるか。今はアーリィの話に集中しよう。
「聖王国でその青空を見たお姉様はね、この世界を呪雲から解放したいって思って解放者になったんだって。それでね、そんなお姉様の話を何度も聞いている内にね、私も空を見てみたいって思うようになったの」
天井を見上げながらそう語ったアーリィ。その先にある青空を想像しているのだろうな。
そのお姉様の気持ちは分かるよ。青空を知ってしまった者、青空に魅せられた者ならば、あの雲が如何に邪魔なのかを理解できる。晴らしてやりたいと心底思う。
「それをお姉様に伝えたらね『任せなさい、私がアーリィに青空を見せてあげるね』って。『私の夢はこの大陸を呪雲から解放すること、そしてアーリィや皆に青空を見せてあげることなんだよ。だから楽しみに待っててね』って」
アーリィは姉の事が大好きなんだろうな。
本当に、心の底から誇らしそうにして、笑顔でそう語った。
だが……
「それでね、今から四年前……お姉様は守護者に殺されたの」
……その笑顔が嘘のように、無表情となった。
四年前、アーリィは10歳の頃。
守護者とは、恐らく邪結晶守護者のことだろう。
「四年前、カルナスから少し行ったところに強力な魔物が確認されてね、解放者で討伐隊が組まれることになった。そこにお姉様も参加してたの。……その魔物の討伐中に、守護者が現れた」
守護者が現れた? その強力な魔物ってのは守護者の取り巻きか何かだったのか?
「守護者が現れるなんて思ってもなかった討伐隊は壊滅。お姉様の攻撃で撃退することだけはできたみたいだけど、相打ちの形になったみたいで……ディーナお姉様は死んじゃった」
ディーナ。
アーリィの母親が言っていた『ディーナのようになりたいと思っている』のディーナか。
……そういうことか。
「私はお姉様の夢を叶えたいと思ったの」
ディーナの夢は『私の夢はこの大陸を呪雲から解放すること、そしてアーリィや皆に青空を見せてあげること』。
「だから私は解放者になりたいと言った、「お姉様の夢を私が叶える」って。けどお父様もお母様もお兄様も皆ダメだって。私は解放者としてやっていけないって、死なせる訳にはいかないって」
悔しそうに口元を歪め、目を伏せたアーリィ。
だが直ぐにその空色の瞳を開いた。
「でも私は譲らなかった、諦めなかった。そうしたらお父様とお母様が条件を出してきたの。15歳――成人するまでにお父様とお母様を認めさせてみろ、ディーナお姉様と同じ様に私が解放者としてやっていけるだけのものを示してみせろ。そうしたら解放者となることを許可する。って」
……アーリィ、それは……。
「だから私は力を手に入れようとした、毎日毎日、頑張った、毎日毎日、必死で訓練した。……でも、四年経った今でもお姉様の足元にも及ばない。四年前のお姉様は20歳、そこまでには私はまだあと六年近くある、だから仕方ないって皆は言うけど……お姉様は14歳の時にはもう既に解放者として活動していた。でも私は、解放者ギルドに登録すらできていない……」
悔しそうに両の拳を握り込み、自嘲するように口元を歪めて、そう嘆いた。
「私に残された最後の希望は、【従魔契約】だった」
そう言いながら、ゆっくりと縋る様に、俺を見つめるアーリィ。
「固有スキルは強力な効果を持つものが多い。だから5歳の頃から九年以上【従魔契約】には挑戦してきた。皆に協力してもらって色々な方法を試してみた。……でも、全部ダメだった。"魔物"は何をやってもただ襲ってくるだけ。同意なんて得られないと思って半ば諦め掛けていた……。そんなときに聖王国の王女様の話を聞いて、居ても立っても居られなくなった。私はもうすぐ15歳、成人してしまう。これが最後のチャンスだと思った、【従魔契約】に掛けようと思った」
……そこで――
「――そこでノイン、あなたと出会ったの。お姉様と同じ炎熱魔法を使って私を助けてくれた。私に攻撃するどころか、守ってくれた。……初めはびっくりしたけど…………運命だと思ったの。この子しかいないって思ったの。この子を離したくないって思ったの。……あなたを、離したくないって思ったの」
真剣な眼差しで、そう訴えてきた。
運命、か……。
「私はこの大陸を呪雲から解放したい、そして青空を見てみたい、そして皆に空を届けたい。お姉様が綺麗だと感じた空を。……それが私の夢」
そうか……それが、夢か。
「私の夢を叶える為なんて勝手なことは分かってる。でも、それでもお願いします。――ノイン、どうか私と従魔契約を結んでください。どうか――私の力になってください」
頭を下げ、俺にそう願った。
私の力になって下さいと。
夢を叶える為の力になって下さいと。
空を届ける為の力になって下さいと。
……ははっ、アーリィ、……それは……ズルイよ。
契約を結んだら、俺の目的が達成できなくなるかも知れないと思ったから、断っていたんだ。
それなのに、アーリィの夢が、俺の夢を達成する為の手段と殆ど同じだなんて知ってしまったら……断る理由が、なくなってしまうじゃないか……。
大空を飛び回るには、呪雲が邪魔な俺。
呪雲を払い、青空を見て、それを皆にも届けたいアーリィ。
この世界で、最初に出会った人間が俺と同じような夢を持っていた。
初めて出会った自分を助けてくれた魔獣が、同じような夢を持っていた。
運命だと思ったって言ったよな?
奇遇だな……俺もだよ。
「ご主人様で、良い?」
「…………ぇ?」
「それとも、アーリィ?」
「……ぇ? ……ぇ、あ……え……?」
「もしかして、マスター?」
「――うっ、うぅ……ううぅっ…………うぐっ、……グスッ……ひぐっ……」
「ピヨヨッチ?」(どれにする?)
「うっ……グスッ……あ、りが、とうっ。……グス……うぐっ、……ありがとうっ……ノイン」
「ピィ」(うぃ)
「……アーリィ、で……グスッ……お願い、します……」
「ピィ」(了解)
こうして、俺とアーリィは契約で結ばれることになった。
部屋の隅ではエリスさんが静かにダダ泣きしていたのが印象的だった。




