第 9羽 鳥、が高い高いされる
「私は【従魔契約】を使用しましたが、ノインには断られたのです」
アーリィが俺を見つめながらそう言った。
「……では、その魔物はスキルの効果ではなく、自分の意志でお嬢様に付いて来ている、ということなのですか……?」
ダギルさんがさも予想外だと言わんばかりの表情でそう問い掛けた。
どうやら俺がアーリィの従魔だと思っていたようだな。
それとダギルさん、確かに俺は自分の意志で付いて来たのは間違いないんだが、今は半ば強制連行されていることを忘れないでくれ。
「魔物が、そんな……? ――そういえば、あの時っ」
エリスさんが何かを思い出したようだ。
というか君達、こんな揺れの中でよく会話できるね。
「はい、森でも言った通り、この子は恐らく”魔獣”だと思います」
アーリィがそう答えた。
ふむ……魔獣、ね。
「そんな……いや、しかし現にこうして……」
エリスさんが俺とアーリィとを交互に見て困惑している。
そんなに今の俺の状態は有り得ない事なのだろうか?
「成程……。ではもう二つ程質問を。一つは、その個体が”魔獣”だと判断した理由について。もう一つは、仮にその個体が”魔獣”だとしてもそれは我等に危害を加えないことの理由にはなりません。しかしこの個体はお嬢様だけではなく突如現れた我等に攻撃されても一切反撃の気配を見せませんでした。何故【従魔契約】が成立していないにも拘わらずここまで大人しいのか。その点についてお心当たりはございますか? それが分かれば門での説明にも説得力が得られるかもしれません」
ダギルさんがアーリィにそう質問した。
どうやら”魔物”と”魔獣”の違いは結構大事らしいな。
んで俺は”魔獣”っぽいが”魔獣”っぽい行動をしていないと。
というかその”個体”って……。せめて鳥さんって呼んでくれよ。
「魔獣だとの判断に至った理由ですが、ノインが魔物へと攻撃を加えたからです」
「魔物が魔物へ攻撃を加えることは特殊な状況でない限りまず有り得ないはず……詳しくお願いします」
アーリィの返答にダギルさんが詳細を尋ねた。
ふむふむ、詳しくお願いします。
「はい。……あの時、ノインはグラン・ベアーに襲われていた私を助けてくれました。その際に凄まじい炎熱魔法によりグラン・ベアーを一撃で屠ったのです」
「グラン・ベアー!? そんなっ、ランクⅣの魔物ですよ?! ――もしや、アーリィ様のお怪我はその時の……!?」
アーリィの説明を聞いたエリスさんが驚愕し、そう推測した。
何もしなくても新しい情報がドンドン得られるな。
ふむふむ、魔物が魔物を襲うことは通常まずありえない、と。縄張り争いとかどうなってるんだろうか?
んで、あの熊公はランクⅣだ、と。
ランク……ゲームの難易度設定みたいにランクが決められているのかね?
「グラン・ベアーを一撃……。しかも、炎熱魔法……」
ヘダス君が唖然としてるね、熊公を一撃ならダギルさんでもできると思うんだけど。
「その後も、ゴブリンとクリーヴ・バットを斃し、私を守ってくれたのです」
「クリーヴ・バットまで……っ!?」
ヘダスがまた驚いている。
あの蝙蝠のランクが幾つなのか知らないが、そんな驚くほど強かったとは思えないんだが。
というかヘダス、さっきからこっち向いてるが御者なんだからちゃんと前向けよ、危ないだろ。
「……成程、それだけ魔物を斃したのなら”魔獣”だと判断しても間違いではないかと。私もそう思います故」
「はい。それで二つ目の質問――何故ここまで大人しいのかについてなのですが、少しだけ心当たりがあります。ノインは出会った時からこうでした。そして私と出会う前からこの髪飾りと足環を付けていたようなのです」
そう言って俺を掲げ皆に見えるようにするアーリィ。
……抱っこされて高い高いの図である。正直恥ずかしさで顔から火が出そうだ、色んな意味で。
「これは……なんて見事な彫刻……、綺麗……」
エリスさんが俺の背にある髪飾りを見て感嘆の息を漏らしている。
やっぱりこの髪飾りは高価な物なのかもしれないな。
まぁ高価だとしても売る気はないけどね。この髪飾りは身に着けてるとなんだか落ち着くし、本意ではなかったとは言え俺の名前の元になったのは確かだ。
何より邪結晶から出てきた物だからな、何か有用なアイテムの可能性がある。
そう易々と手放す気はない。
「……成程。明らかに人が作ったと思われる装飾品を身に着けており、人に攻撃の意志を示さない。……何処かで人と共に暮らしていた可能性が高いということですね」
ダギルさんがそう推測した。
人と暮らしてたのは正解だな、前世でのことだけどね。
攻撃の意志を示さなかったのはそれが必要な場面ではなかったからだ。鳥さんは攻撃の必要を感じたら迷わずに炎を出しますよ。
「はい、そういうことです。それにこの髪飾りにノインという文字が彫ってありました。それをノインに尋ねたところ、自分の名前だと答えてくれたのです。それはつまり、誰かにノインと呼ばれていたということになります」
ノインと呼ばれたのはあの時が初めてだよ、アーリィ……。
「……ノインが自分で答えたと聞こえましたが……?」
「はい、ノインは私の言葉が理解できているのです。ね、ノイン?」
アーリィが笑顔で、嬉しそうに、まるで俺のことを自慢するかのように同意を求めてきた。
さて、この人数の前で頷いてしまえば今後ヒトの言葉が理解できる鳥として情報が広まるだろうことは容易に想像できる。そうなったとき、俺がどう扱われるのかはまだ分からない。
ならばここは黙っていたほうが良いのかも知れないが……
「ピィ」(うぃ)
首肯する。
言葉が分からない振りをして黙っていてもアーリィなら理解してくれるかも知れない。黙っているのは何か理由があるんだと気付いてくれるかも知れない。
でもそうすると、この笑顔は曇ってしまうだろう。……アーリィの悲しそうな表情は見たくないんだ。ここまで嬉しそうにされて、彼女を裏切るようなことはしたくなかった。
出会ってまだ半日も経ってないんだが……俺は結構アーリィのことを気に入ってしまっているようだ。年の離れた妹がいたらこんな感じなのかもな。
「……確かに、お嬢様の問いに返答したように見えますね」
「まだこれだけじゃないんだよ……ありませんよ。ノイン、右の翼を広げてみてくれますか?」
一瞬、素に戻ったなアーリィ。テンションが上がると素が出るのか?
「ピィヨ」(ほいよ)
ファサっと音を立てて、言われた通り翼を広げる俺。
「……本当に理解できているのですね」
ヘダスがそう呟いた。……いいから前向いて運転しろって言ってんだろ?
「ノイン、でいいのだな。……左の翼を広げてから直ぐに閉じてみてくれないか?」
ダギルさんがそう要求してきた。
あぁ、アーリィ以外の言葉も理解できているかの確認か。
「ピヨ、ピヨ」(ほい、ほい)
言われた通り左翼を広げて直ぐ閉じる。
「おおっ、かわ……ゴホンッ、……素晴らしい、完全に言葉を理解できているようだな」
おいおい、今何て言いかけました? ……マジか、そういうキャラだったのか?
ダギルさん……むっつり疑惑……か。
「…………」
ん? どうしたんだアーリィ? なんで急に俺を睨み付け出したんだ?
さっきまで自分のお気に入りを自慢してる子供のような笑顔だったのに、今は半目で「私不機嫌です」と言わんばかりの表情をしている。ジーーーーって擬音が聞こえてきそうな目付きだ。
「ジーーーー……」
フラグ回収お疲れ様です、アーリィお嬢様。
なんかこの世界の人達フラグ回収早くない?
……なんてな。
アーリィ、可愛いじゃないか。
俺が理解できているのはアーリィの言葉だけだって思いがあったんだろうな。
さっきも『私の言葉を理解できている』って言ってたしな。
要は嫉妬だ。なんで私以外の言葉を理解して言う事聞いてるのよ、って感じだろ。
自分のペットが他人に懐いている姿を見たときの感情と一緒だな。
……俺ペット扱いか。
「ゴホンッ……お嬢様、あと数分でカルナスへと到着致します」
ダギルさんがそう告げた。
もうそんなとこまで来てたのか、どれどれ……。
……何か光が見えるが……あぁ、魔動車の中からじゃ良く見えないな。
アーリィさんが放してくれる訳もないので大人しくしていよう。
「お嬢様、我々が此度のお嬢様の行動について言及しようとしないのは、何故かお分かりですか?」
エリスさんが真剣な口調でそう問い掛けた。
「……はい、……ジークお兄様、ですね」
へぇ、アーリィにはジークって兄がいるのか。
「はい、ジーク様は大層ご立腹されていたご様子でしたので……」
「……」
アーリィが俯いて、俺をホールドする力を強めた。
ジークって兄貴は怒ると怖いんだろうな。エリス達は自分が叱らなくてもジーク兄貴が嫌って程叱ってくれると思って敢えて咎めることをしなかった、といったところか?
アーリィの表情を言葉にするなら「うぅ……どうしよう……こ、怖い……」だな。
「お嬢様、到着致しました」
それからしばらく、ヘダスが町へ着いたことを知らせた。
さて、この世界の町はどんな様子なのかね……。




