第11羽 鳥、は異世界の空へ
邪結晶を焼失させるのは、正直ギリギリだった。
訓練で魔力の運用には余裕ができていたんだが、それでも危なかった。あと少しで魔力枯渇状態になるところだったのだ。
邪結晶の崩壊によりどんな影響が出るのか分からなかった為、一先ず山頂へと帰還したかったのだが、魔力の大量使用による疲労の影響が思いのほか重く、魔力が一定値に回復するまでしばらくこの場で休息をとることにする。
邪結晶……なかなか手強かった。【聖炎】でも徐々にといった速度でしか焼失させることができず、正直ちょっと焦ったのは内緒だ。
……ん? なんだあれ?
邪結晶が鎮座、というか浮遊していた場所に何か落ちているのだ。
【魔力感知】に若干の反応があるが、悪い感覚じゃないな。だが一応警戒は緩めずに確認してみる。
これは……花のブローチ? いや……髪飾りか?
何らかの金属に花が彫刻されている。形状からみるに髪飾りっぽかった。
この花は……見覚えが無いな。といっても俺は花に詳しかった訳ではないので有名な花なのかも知れない。この世界特有の花の可能性もあるがな。
しかしそんな物が何故ここに? 偶々邪結晶の下に落ちていた、というのは苦しい。
邪結晶に取り込まれていたのか?
【真眼】で何か情報は……ダメだな、特に反応しない。
うーん、これどうしようか。
汚れてはいるが施された彫刻は非常に細密で美しいと感じる出来栄えだ。結構な高級品だったのかもしれない。
このまま放置という選択肢はないな。このような彫刻物があるということはこれを施した者が存在する、もしくは存在した証。
今後、知的生命体――出来れば友好的な存在――との接触が目的であるのだから持っていれば何かに使えるかもしれない。
そもそも邪結晶と関係があるかもしれないのだ、調べてみる価値はあるだろう。
念のため、【聖炎】で"穢れ"を対象に指定して消毒っぽいことをしておく。
……お、綺麗になった。ピカピカだ。
ふむ、汚れだけを燃やしたのか。意外な使い道を見つけた。
今後この魔法は[消毒]もしくは[浄化]と呼ぶことにしよう。
……そういや俺、この世界に来てから風呂入ってないな。後で自分も消毒しとくか。
【毒耐性・Ⅵ】と消毒は……関係ないな。
さて、【聖炎】を問題なく使えるぐらいには回復したようだ。
そろそろ雲の様子でも見に行こうか。花の髪飾りはこの可愛らしい猛禽爪で掴んで持っていく。わしっと掴んで…………んん? この髪飾り、なんだか持ってると安心する? ……不思議な感覚だな。ステータスは……特に変化なしか。
まぁいいか、体に悪い感じじゃないしな、さっさと雲の様子を見に行こう。
雲の下まで上昇してきました。
見た感じは特に変化はないように思えたが……嫌な魔力が【魔力感知】に反応しなくなっている。
ならばと【烈風】を発動し、最初にやった様に羽ばたきで風を送ると――
――おお! いいぞっ! 雲が流動して――穴を塞がない!
魔力を追加して更に風を送り続ける。
そして次第に雲海に大きな穴が開き、陽光が闇の世界へと降り注いだ。
……綺麗だった。
暗く陰気な世界に射す、天からの一条の光。
それはまるで神が降臨するかの如く、神秘的な光景だった……。
そしてそれが始まりであったかの様に雲海を形成していた雲がそれぞれに流動し始め、至る所から光が降り注ぎ始める。
光の雨により世界がゆっくりと照らされていく。
不思議なことに、山に積もっていた黒い雪は光を浴びると、美しく光を反射する白き雪へと変化していった。
世界全体が浄化されているかのようなその光景が、俺の視界を埋め尽くす。
そして……孤独だった大空が……世界と繋がっていく。
この光景は一生忘れることが無いだろう……。
感動に視界を歪ませながら、俺はその光景を少しでも強く瞳に焼き付けたいと、唯々見つめ続けていた。
~~
感動から意識を取り戻した俺は火口の淵に降り立ち、夜になるまでずっと世界の変わり様を眺めていた。
そして翌日、俺は周辺の調査に出かけることにした。
調査対象は二つ。
この山の麓の調査、そして雲がどこまで晴れたかだ。
何時からこうなのかは分からないが、雲にずっと覆われていたこの地がどうなっているのか、動物などは生息しているのかを調べに向かったのだ。
結果、この地は死んでいた。草木は枯れ果て、大地は荒れ放題、動物なんて住める状態ではなかったのだ。
昔は森林だったと予測できる場所もあったが、緑を認めることはなかった。
数日掛けて麓の調査を終えた俺は、終ぞ生物を見つけることは出来なかった。
此処にはあの龍が一体だけで過ごしていたのだろうか?
雲が晴れた今、この地が再生する日は訪れるのだろうか?
疑問に答える声はどこからも聞こえなかった。
麓の調査を終えた俺は雲の調査へと出発した。
というのも、遥か遠方に動いていないと思われる雲が見受けられたためだ。
調査結果は余りいいものではなかった。
あの邪結晶が存在していた地点から離れるほど雲の動きが重くなっていくように感じたのだ。動いていないと思っていた雲は実際には少しずつではあるがちゃんと流れていた。遠方からでは確認し難いだけだった。しかし、それ以上進んだ先は恐らく……。
どうやら、邪結晶はあの一つだけだった訳ではない可能性が出て来たようだ。
二つの調査を終えた俺は自室で思索に耽っていた。
内容はこれからの予定についてだ。
というかもうほぼ決定している。
俺はここを離れ、旅に出る。
俺がこの地で出来ることはもう殆ど無いといっていい。後は時が解決してくれることを願うくらいだ。
この地で暮らし続ければ平穏な鳥生を送ることは可能だろう。
美味い食糧は無限にあるし、聖炎の扉を抜ければ晴れた大空もある。
しかし、恐らく待っているのは孤独死だけだ。……死ぬか分からないけど。
そんな鳥生に意味は無い。
目標の達成の為にもこの地に留まる意味は無いのだ。
であれば何を悩んでいたのかというと、衣食住についてだ。
生きていく上で必要となる三条件だ。
衣はどうでもいい。今の俺は常時すっぽんぽんだ。
住についても大丈夫だ。というか旅するんだから住は気にしないでいい。
睡眠はどうするのかと一瞬思ったがそれも問題ない。
どうやら俺は睡眠が必要ないらしいのだ。
眠ることは可能なのだが、鳥になってから睡眠欲に襲われたことは無いのだ。
疲労や魔力枯渇で気絶することはあるし、疲労回復には眠った方が速く回復するんだが、眠らなければいけない、という状態にはならないのだ。現にこの数日間の調査中は一度も睡眠を取っていないしな。
という訳で目下の問題となっているのは食についてだ。
【魔喰】のおかげで炎熱属性か神聖属性の魔力があれば生きていけるんだが、聖炎の天井や炎花はここにしかない気がする。
あの赤い水晶は天然物っぽいので探せばあるような気がするけど、そう都合よくポンポン見つかりはしないだろう。
となると、普通に鳥の食べ物の話になるのだが……生肉や虫など食べたくはない。なら肉や魚を炎で焼けよという話なのだが肉に該当する生物をまだ発見できていない。
こればかりは旅に出てからでなければ判断できないことだけに悩んでいるのだ。
飢え死には御免被りたいところである。
食糧の当てもなく旅にでるのは自殺行為だろう。死ぬか知らんけど。
うーむ、炎花を毟って持っていくか? とも考えたがそれも難しいしな、鳥なので持つという行為に制限がある。というか炎花は根っことかどうなってるか分からん。毟った瞬間炎が消えたりするかもしれない。
自分で出した炎が食べられたら良いのに……。
そうすれば一気に食糧問題は解決するんだけどな。
こんな風に【蒼炎】とか出してみて、そんでもってモシャモシャと……、モシャモシャ……モシャ……モシャ?
……ん? ……あれ? あれれー? あれれれれ~?!
~~
眼下に見えるのは見慣れた銀の炎。
相変わらず火口に蓋をするように燃えておられる。
あそこがこの世界での俺の家だ。
家から出ていくときは、こう言わなきゃな。
「――ピッピヨピィ」(――行ってきます)
目指すは西方。
さぁ――出発だ!
お読みいただき、ありがとうございます。
評価、ブックマーク、感想。どれもありがとうございます。
これで第一章は終了となります。




