第 9羽 鳥、は反省する
そいつは攻撃をするでもなく、まるで観察するように唯々俺のことを見続けていた。
漆黒の表皮を纏い、紫の怪しい光を放つその両目は俺を捉え続けている。
頭部から背中、尾先へと鬣のような毒々しい色をした黒い毛が生えている。
全長は凡そ――100m以上。その長大な身体の両側面からは蝙蝠を思わせる一対の巨大な翼が生えていた。
な、んだ……コイツは……!?
――バチンッ!
ッ!? 今のは……【真眼】が弾かれたッ!?
くそっ! コイツはやばいぞ……ぐうううッ、腹の痛みが酷いッ、脈動に合わせる様に痛みが襲ってくる、内側から焼けるようだ……!
【超回復】はどうなってやがる、発動していないのか?!
俺のステータスを確認するか?
幸いにもコイツは此方を見ているだけで動こうとしていない、様子見のつもりか知らないが今のうちに――
生命力: 3/15
状態:厄毒
厄毒、だとっ!?
生命力: 15/15
状態:通常
あ、戻っ――
生命力: 3/15
状態:厄毒
――なっ!?
……そういうことか。一秒毎にステータスが激しく変化している。
毒を受ける→【超回復】→毒を受ける、のループになっているみたいだ。
何故解毒しても更に毒を? と、そこで俺の腹から黒い杭のようなモノが突き出ているのに気付く。
これで攻撃されたのか……! どうす――
「グオオオオアアアアアアアッッ!!」
――咆哮。
ぐああああッッ! 耳がッ……! 世界が、震えているようだ……ッ!
くそったれっ、様子見は終わりってことか!
奴の背中――鬣が怪しく揺れだした。
くそっ! どうするっ?! 戦って――ぐううぅっ、痛えッ!
ダメだっ、思考が纏まらない、こんな状態で戦える訳がない!
――逃げろッ!
逃げなきゃ、死ぬっ! 逃げることだけ考えろ!
うだうだ考えている余裕はない。生命力からいって後一撃でも貰えば0になる。
頭上の雲海へと進路を取る。
羽ばたく度に焼かれるような激痛が襲い掛かるが、気合で捻り潰す。
――背後から、異様な気配。
視線だけ振り返るのと、奴の鬣が闇を纏った状態で俺に向かって射出されたのは同時だった。
――ッ!? 【聖炎】!
咄嗟に俺と奴との中間に俺が隠れるだけの銀炎の盾を出現させる。
大量の奴の鬣が恐ろしい速度で俺を襲うが、直撃コースは【聖炎】によって全て防がれる。
一本一本が杭のような太さだった。俺の腹に刺さって今も激痛を撒き散らしているモノはこれだったか……!
奴の攻撃を防いだことで少し冷静さが戻ってきた俺は【天空】に魔力を注ぎ、飛行速度を強化。来たときと同じ様に【蒼炎】で自分を覆い雲海へと突っ込んだ。
そのまま上昇し雲を抜けることに成功する。
……奴が追ってくる気配はないようだ。追う必要がないと判断したか、それとも雲の上まで来れないのか。
俺はフラフラと火口まで飛んでいく。
火口の淵まで来て聖炎の蓋が見えたとき、今まで緊張していた精神が一気に緩むのを感じた。
なんとか聖炎の上へと降り立つと、ボォと音を立てて腹に刺さっていた黒い杭が焼失した。聖炎に焼かれたようだ。痛みが一気に消えていく。
……ははっ、最初から自分でこうしてればよかった……な……。
痛みが消えた安心感からか、見慣れた聖炎の上にいるからか、殺されかけた疲労感からか、……それともその全てか。
急速に意識が遠退いていくのを感じる。
目が覚めたら……反省会、……だな……。
そこで、俺は意識を手放した。
~~
あれから、今日で四十日になる。外に出て昼と夜の違いが分かるようになったから間違いない。
あの日の翌日、目を覚ました俺は前日の行動を振り返り……自分の愚物さに呆れた。
俺は阿保だった。あまりにも軽率だった。頭の中がお花畑だった。
あの時の俺は『敵』の存在を丸っきり意識していなかった。
不死鳥なんて存在がいて、スキルや魔法なんてモノが実在する世界で、だ。
……いや、『敵』がいる可能性には気付いていた。その上で軽視していたのだ。……よりタチが悪い。
"不死"鳥なんてものに生まれ変わって、空を飛ぶことが出来て、強力なスキル群を持っていて……浮かれていた。
人間だった頃に比べてあり得ないような力を手に入れたことで、そんな気がなくともどこか傲慢になっていたのかもしれない。スキルを検証したその日に取る行動としては愚かに過ぎた。
調子に乗って行動したら殺されかけて必死に逃げてきましたなんて……笑い話にもならない。中身が平和な日本で生きていた人間の物だったから仕方ない……なんてのは言い訳にもならない。ここは日本ではないどころか地球でもないんだ。
分かっているつもりで、理解していなかった。
その日は丸一日一人反省会だった。
翌日、ウジウジと反省した俺は心機一転、新たな目標を立てることにした。
それは自衛能力、生存能力の強化。
戦闘能力の強化と言い換えてもいい。
以前に立てた目標は三つ、
ぼっちからの脱出。情報収集。その過程で空を飛び回る。
これら三つが目標であることは変わらない。しかしこの目標を達成するには『敵』との遭遇は避けられないだろう。実際、いきなり殺されかけている。だからこそ自衛能力、生存能力の強化が必須となると判断した。
ここには警察も自衛隊も存在しない。
自分に降りかかる危険は、自らの力で振り払わなければならない。
弱ければ死に強ければ生き残る。
正しく弱肉強食、なのだ。
その日、俺の中で意識が音を立てて切り替わった気がした。
それから今日までの約四十日間、俺はただひたすらに努力した。
どうすれば強くなれるか、についてはすぐに答えが出た。
俺がこの世界で得た力は全て"スキル"によるものだ。ならばスキルの"習熟、熟練"こそが俺の強化となるのは必然。
あの時、奴に殺されかけたのは、俺の考えの無さ、そしてスキルを全く扱えていなかったことにある。
常に【生命感知】と【魔力感知】を発動させておけば背後からの不意打ちを喰らうことはなかっただろう。
自分を覆った蒼炎の球を解除していなければ不意打ちを喰らっても問題なかったかもしれない。
腹を貫通した杭――鬣をすぐに聖炎で焼き払っていればもっと余裕を持ってその後に対応できただろう。
『~かもしれない』、『~だろう』。過去仮定の話ではあるが間違ってはいないと思った。
方針が決まった後、まずはスキルのことをもっとよく知ることから始めようと思った俺は、説明文の熟読を開始。
結果、記述されていない細かい部分でのメリット、デメリットを読み取れていないことに気付く。
【天空】を例に挙げるならば、
【天空】:
ありとあらゆる高度、場所での飛行を可能とし、飛行による疲労が生じない。
魔力を消費することで飛行性能を向上させることが可能。
空中にいる際の行動に極大の強化補正が掛かる。
このスキル保有者は、スキル【烈風】【空間把握】を取得する。
『飛行による疲労が生じない』の部分。
この文を最初に読んだとき俺は、『ならずっと飛び続けられる』と思ったのだがそれは違った。
飛行による疲労が生じないだけで、時間経過からの空腹や、飛行中に戦闘を行った分の疲労は発生するのだ。つまり普通に食事休憩等は必要なのである。
細かいことかもしれないが、このちょっとした認識の差が後々取返しのつかない過ちを招いたりする可能性がゼロではないのだ。
現に【超回復】でそれは起こった。
毒→回復→毒→回復 のループだ。
確かに【超回復】により毒は解毒されたが、その毒の原因である腹に刺さった杭までは除去されなかった。よって解毒する度に再度毒を受けることになったのだ。
核となる魔石とやらを破壊されない限り【超回復】が発動するから大丈夫だと高を括っていたことが仇となった。
この認識のズレは危ないと感じた俺は疑問に思ったことを片っ端から検証していくことに決めたのだ。
そして昨日、俺は現状使用できるほぼ全てのスキルの検証と訓練を終わらせたところだ。まだ隠された能力等があるかもしれないが、現状これ以上の検証は無意味と判断できるまでには至った。
俺の今のステータスはこんな感じだ。
/***************************/
名前:――
性別:――
種族:不死鳥(幼)
年齢:0歳
状態:健康
生命力: 16/16
魔力量: 73800/73800(41000+32800)
<固有スキル>
【■■】【■■■■】【■■】【■■■■】【■■■■】
【■■■■】【■■■■■】【超回復】【真眼】
【紅炎】【蒼炎】【聖炎】【天空】
<スキル>
【炎熱系統完全耐性】【神聖系統完全耐性】
【全状態異常耐性・Ⅴ】【消費魔力半減・炎熱】
【属性強化・炎熱】【魔導・炎熱】【最大魔力量増大・Ⅷ】
【業火】【生命感知】【魔力感知】
【烈風】【空間把握】【集中】
【魔喰】【魔力圧縮】【毒耐性・Ⅵ】【魔力制御】
【姿勢制御】
/***************************/
生命力と魔力量が増えて、新しいスキルを三つ取得した。
生命力は……うん、まぁ……うん。
魔力量は日に日に増えていっており、あの通路に生えていた赤い水晶を食べても増えることが分かったので伸びは良い。
【毒耐性・Ⅵ】は、あの黒蛇に殺られかけた後にステータスを確認したら増えていた。いきなりⅥなのはそれだけあの厄毒とやらが強力だったということなのだろう。
【全状態異常耐性・Ⅴ】とは別で毒に抵抗するようだ。
【魔力制御】は三色炎の訓練課程で取得出来た。
【姿勢制御】は【天空】での飛行訓練中に取得した。
【全状態異常耐性・Ⅴ】:
あらゆるバッドステータスに罹る際に50%の確率で抵抗し、無効化する。
【毒耐性・Ⅵ】:
毒で受けるダメージや影響を緩和する。
毒に罹る確率を減少させる。
【魔力制御】:
魔力の制御能力に補正が掛かり、効率良く運用できるようになる。
【姿勢制御】:
姿勢の制御能力が向上し、バランス感覚が鋭くなる。
ステータス上では魔力量以外はそれほど成長したわけではない。
だが、あの日の俺とでは決定的に違う。ステータスに現れない部分の強化を優先させてきた。
以前の俺を『スキル検定5級』とするなら、今の俺は『スキル検定2級』だ。
ハードウェアよりもソフトウェアの性能向上を優先させた形だな。
5級と2級なことに特に意味はない。
強くなろうと思った切っ掛けは奴に殺されかけたから。
その理由で開始した訓練の想定相手として選ばれるのは、当然奴だ。
そして奴を相手とした"力"の使い方の検証と訓練は一通り済ませた。
ならば次に行うことは――実戦だ。
雲の上を遠くまで飛んで行ってから雲の下へと降下すれば奴と係わらずに世界を回れるかもしれないが、そんな選択肢を選ぶつもりは毛頭ない。
この山の頂に俺の家がある。現状、この世界で俺が唯一心休まる場所だ。
そんな場所の近くにあんな危険生物を放置して行くなんてあり得ない。たとえ雲の上に上がってこれないようだとしてもだ。
何より俺は……結構負けず嫌いだったようだ。
~~
蒼炎に囲まれた俺は今、雲の中で滞空している。
……【魔力感知】に特大の反応有り。見つけた。
一気に加速して雲を突き抜け、視線を向ける。
……やあ、久し振りだな。
「グオオオオオアアアアアアアアアアアアアァッッ!!」
咆哮と共にその開かれた大口腔から闇が溢れ出ている。
どうやらご機嫌斜めのようだ。
前回逃がしてしまったチビが再びノコノコと姿を現したことが気に食わないのかね。
何度も言うが、俺はコイツに殺されかけている。
ご機嫌斜めなのは此方も同じ。
だが……冷静に。
心は熱く、思考は冷静に、だ。
不思議と恐怖は感じない。ほどよい緊張感に包まれているのが分かる。
さて、それではそろそろ作戦通り――
――最初から全力でいかせてもらう!




