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第24話:冬に向けて

 ガサガサガサガサ。


 俺は土を掘り返す。掘り返した先に、くにくにと動く細長い生物を見つけ、間髪入れずにパクッと咥えこむ。何度か口の中で咀嚼し、それを飲み込んだ。


 うん、ミミズはやっぱうまいな


 地面から顔を上げ、谷間を見下ろす。谷間に生えた木々は高揚した葉っぱを全て落とし丸裸。隙間だらけになった木々の森を、冷え切った風が吹き抜ける。山の中を駆け抜ける風は冷たく、もう冬が近いのだということを感じさせた。


 気づけば俺の巣の近くまで戻ってきていた。食べ物を探しながら、日課となった見回りを終え、今日も一段落だ。

 巣穴に向けかけた足が、ガサガサという枯葉を踏みしめる音に気づいて止まる。それが、何か重たいものを引き摺っている音だとすぐに俺は気づいた。


「――おーい、兄貴ぃ。でっけぇ鹿ですぜ! 一緒に喰いやしょう!」


 枯葉を踏みしめ、それ引き摺ってきたのはジンだ。ジンは己と同じ大きさのシカを咥え、器用に谷の斜面を下りてくる。


「……ん、おう。サンキュな」

「いえいえ、兄貴とあっしの間柄でやすから」


 大きな牡鹿を引き摺ってくるジンに、「流石だな」と感想を抱きつつ、俺はジンに駆け寄り、いつものように最初の一噛みをする。


 時期は秋の終わり、十月も瞬く間に過ぎ去り十一月の頭。最近の山は冷え込みが激しくなり、そろそろ初雪が降るんじゃないか? とも考えられる。

 山の初雪は早い。登山部に居た俺の経験からでも、下界――米子市や境港市――では年末年始に降り始める雪が十一月の中ごろから終わりには降り始める。もっと寒いとこ――東北とかなら、さらに早いのかもしれないが。


 そして山の動物たち……俺たちは一斉に冬籠りの準備を始めた。といっても、人間みたいに毛皮を分厚くしたりする必要はない。そういうのは、身体が勝手になってくれる。

 俺たちが意識的にしないといけないこと。それは……食い貯めだ。


 冬の山は生物の存在がパタリと感じられなくなる。かろうじて、足跡でその存在の痕跡を示す程度。じかに見るなんて滅多にない。冬は冬眠する生物が多いからだろう。俺の身近な奴で言ったら……ツキノワグマの妙とか、ヤマネ三兄弟とか。

 彼等は冬眠に入る前に冬を越すために充分な食料を確保する必要がある。妙はたっぷり食べて脂肪を蓄える。ヤマネ三兄弟も同様だ。

 ただ、ヤマネたちは何やら巣の中にも餌を溜めこんでいる。


 ヤマネはリスなどと違い、餌を溜めたりしない。秋までに食べた物の脂肪だけで一冬を乗り切るのだ。ちなみにリスの方は地中深くに餌を溜め、偶に起きては溜めた食料を食べまた寝る、という生活を繰り返すらしい。

 リスとヤマネ、姿は似ている二種だが冬眠のスタイルはかなり違うのだ。


 ヤマネは本来餌を溜めこまない。ならばなぜ、ヤマネ三兄弟は餌を溜めるような行動をとっているのか。気になって俺も聞いてみた。で返ってきた回答が……

「なもん、ニーサンの頭の上が暖かいからや。あそこなら、一冬ぐらい乗り切れそうやからな」

 と、なんとも馬鹿げた話だった。

 あいつらは俺の頭の上、笠の下で一冬超そうと考えているのだ。その分活動も増えるから、栄養補給のために食べ物を溜め込む。俺は巣穴に帰ったら笠を外すんだが、そう言う時はどうするんだろうか。


 そして俺たちタヌキだが、タヌキは冬眠をする必要はない。冬でも活発に山の中を歩き回る。ただ、流石に冬は餌が見つかりにくくなる。これは、俺が初めて来たときの三月の時に状況が似ている為、想像がつく。あの頃以上に餌が見つかりにくくなるのだから、エサ探しに熱心になるのも当然。とにかく食いだめ一筋、だな。




 俺とジンはシカ肉を頬張る。

 ジンは老人に見つかるまで一匹で生きてきた孤狼だ。狩りの技術は相応に磨いてあり、一匹だけでも大きな鹿を仕留めることが出来る。

 ……のだが、それも結構稀な話。こうやって大きなシカ肉にありつけるのも、ずいぶん久しぶりだったりする。以前は人間にばれないことも考慮して週に一回程度だったが、最近はそれも困難になっている。だから、シカ肉は久しぶりの大物だ。


「ふぅ……ここらのシカはオオカミに慣れてないんで狩りやすかったんですが、近頃は連中の警戒も強くなりやしてね。おまけに葉っぱもほとんど散ってしまいやしたんで隠れるところも減った。ちーとやりずらい季節でさぁ」


 シカの脚を食い千切り、肉を貪るジンが顔を上げてそう言った。しかし、その表情に暗さはない。久しぶりに大きな獲物を狩れて、気分も高揚しているんだろうな。


「そうだ兄貴。今日も見回り行ってやしたんで?」

「うん? まぁな。川の方とか大山の北側とか……あちこち回って来たよ。ま、普段通りさ……魚は食えなかったけど」


 最後の方は口の中でモゴモゴと呟いた。ジンにも意味のある言葉としては聞き取れなかっただろう。

 噛み千切った肉を咀嚼し、飲み込んでいく。こうやって生肉を食べる機会も増え、気付けば生肉への嫌悪感とか無くなって来たな。


「へぇ、川にも行ったんですかい。兄貴、しばらく川の方には行ってやせんでしたからねぇ。兄貴は結構魚好きだったと思いやしたが……?」

「あー……師匠が怖くてさ。今、あの辺は師匠の絶対領域って感じで……」


 妙の主食は主に魚。そりゃ俺たちみたいに木の実や虫も食べたりするが、最も栄養が取れる魚が好みらしい。

 それは俺も同じなのだが……今は冬眠前。しかも二匹の子供もそれなりに成長し、三匹揃って冬眠に向けての栄養補給に熱中。俺と同じくらいの子供のクマに俺よりも一回り大きな妙。そんなクマたちが魚を貪り喰らう現場に、ただのタヌキでしかない俺が入れるわけがない。俺が川で魚獲りをするのは、基本的に妙たちがいないのを見計らってから。


「俺も魚は食べたいけどさ、あんな現場には……入ることもできねぇって」

「ふーむ、妙の姐さんはおっそろしいですからねぇ。あっしでもアレにはどうにも出来やせんって」


 だよなぁ。

 俺は鹿の太腿に顔を突っ込んで肉を食い千切りながら嘆息する。


「シカの焼肉……懐かしいなぁ……」


 俺の親父は猟師だったから、家の食卓にはシカ肉やシシ肉がけっこう上る。お袋の作ったシシ肉のカレーなんかも絶品だったな。

 ジンはシカ肉が好みらしく、まだイノシシを狩ってきたことはない。だがイノシシが見つからない訳ではないので、その気になればジンが狩ってきてくれるだろう。


「懐かしい……? 兄貴は焼肉なんて食べたことあるんですかい?」

「え? あ、ああ。前に、人間の落とし物でちょっとな」


 危ない危ない、俺が元人間だと言うのは秘密なんだ。見抜かれたこともあるが、基本的には、な。


「兄貴。人間と言えば、町の方で暮らしてるってぇタヌキ。興六……でやしたか? あいつはどうしてやした?」

「どうしてるって……そうそう町まで行きたくはないし。でも、いつものように残飯漁ってるんじゃないか? 前に見回りで街に出た時もそんな感じだったし。あいつが山に戻ってくることはあんまりないし、俺も深くは知らねぇけど」


 山のタヌキの多くが冬に向けて食い溜めを始める中、町で暮らす興六の方は相変わらずだった。残飯を漁ったり、農作物を荒らしたり……そのうち興六も狩られたりするのかな? 正直どうでもいい奴だけど、知り合いがいなくなるってのは想像以上にくるものがあるからな。そう言う状況は、もう御免だった。

 できれば興六にも山に戻ってきてほしいのだが、あいつの性格からしてそれは無理だろうなぁ……。

 俺はなんとか興六に山に戻らないかと呼びかけてみた事がある。町まで下りて話してみたんだが、興六は「オレにはこの空気がちょうどいいんだよ」だとか。


「ま、興六は町の暮らしが長いらしいし、たぶん大丈夫だと思う……けどな。あいつ、二・三年は町暮らしをやってるみたいだし」


 シカの腰辺りに齧り付き、肉を引きちぎりながら話す。


「人間は油断なりやせんがねぇ。……あ、人間といやぁ……兄貴が気にかけてる山岳部の人間。こないだ見やしたぜ」

「へぇ」


 山岳部のメンバーを気に掛けていることは、いつの間にかジンにも知られていた。たぶん金次から伝わったんだろうなと思うが。


「確か……元谷の方でやしたね。以前見かけた時と比べたら、だいぶ数が少なかったんですが」


 元谷は大山の夏山登山道と呼ばれる道の登山口近くから望める大きな谷だ。同じ登山道から元谷に下りる道もあり、ここから眺める大山の北壁は絶景の一言に尽きる。


「少ない? どのくらいだ?」

「前見た時は男が三人に女が四人くらい、あと大人が一人でやしたが……こないだ見た時は、兄貴の言う高校生くらいの年代の男が一人に女が二人。後は大人の男が一人。だーいぶ減ってやしたね」

「あ……そ、そうか」


 登山は魅力的な活動だ。しかしその反面、合わない人にはとことん合わない。

 登山を趣味として続けるには、何かしら山に魅力を見出さなければならない。魅力が見つからなければ、登山はただひたすらに己の身体を傷つけるだけの、何の成果もあげられない活動になってしまう。


 魅力を見つけられなかった人は、山岳部の活動なんて続けられる訳がない。


 俺が前に見た時は……もう、三ヶ月は前のことだ。俺が見ていない間に、何人かの部員が去って行ったのだろうな。

 結局、残った一年生の部員は一人だけか。


「兄貴? なんか浮かない顔してやすな」

「……そうだな。ちょっと、空しい気分だ」


 俺はもう、山岳部のメンバーじゃない。だけど、やっぱり元々メンバーだったからさ、どうしても、その後は気になる。そして、芳しくない報を聞くと、気分も落ち込んじまうよ。


「兄貴、頭の方……喰いやす?」

「ん? あ、じゃあ貰おうか」


 俺はシカの頬の肉を食い千切り、咀嚼して腹に収める。

 うん、俺は今タヌキ。やるべきことは、冬に向けての食糧だ。食べて食べて食べて、食料がほとんど見つからない冬に向けた準備を進めないとな




 気づけば、シカはもうほとんど骨だけになっていた。

 俺とジンは穴を掘り、そこにシカの骨を埋める。貴重な食料となってくれて、ありがとよ。


「さて、一眠りしますかい。兄貴」

「だな。もう朝になるし」


 俺とジンは、そろって巣穴の奥に潜り込み丸くなる。

 明日になれば、また食料探し。厳しい冬を乗り切るため、今は私腹を肥やす時だ。ただ、俺は食料探しと同時に山のみんなの様子を見に行くんだけどな。それが、俺の決めたことだから。

 うとうとと明日のことを考えていたら、だいぶ眠くなってきた。明日の活力のため、しっかり睡眠をとるのも大切だ。頭をからっぽにして、襲ってくる睡魔に抗わず、眠りに落ちた。


 厳しい冬に向けた、秋のひと時だ。


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