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第23話:お月見の日

 十月半ば。

 この時期には、とあるイベントが催される。それを知ったのは十月のタヌキ集会のことだ。しばらくの間、どのタヌキとも会うことの無かった俺はひどく心配されていた。俺が集会の場に出ると、みんな口々に、

 「まぁ、元気出せよ」とか

 「今度一緒に魚食べに行こうや」とか

 「何時までもふさぎ込んでたってしかたねぇよ」などと。

 ホント、話すことが多いわけじゃないけど、みんな一緒の山に暮らすタヌキのことを家族の様に大切に思ってるんだ。それが、とてもうれしかった。


 だから、あいつらを紹介すると、みんなが大爆笑したり驚愕してひっくり返ったりして、それを見た俺が大笑いしたのは言うまでもない。


「おい悠治! おめぇは……ふさぎ込んでたと思ったらどこでそんな連中を従えて来たんだ!」

「ん~~……成り行き、だな」

「オラにはそんだけじゃ納得できねぇぞ」

「私もです。悠治君、きちんとした説明をお願いします」


 そんな――笑い交じりの――集会で俺は新しく仲良くなった奴らを紹介することになった。

 誰かと言えば――ニホンオオカミのジン。それからヤマネのヤン、マン、ネンだ。タヌキたちとの交流が薄かった間にできた新たな仲間。ちょっと心配だったけど、タヌキたちはすんなり受け入れてくれて一安心だ。……前科があるから、かな。


「まったく、悠治の顔は広いねぇ」


 そう言いながら苦笑するのは妙。彼女とその子である小熊たちも、俺の紹介でタヌキ集会に顔を見せるようになっていた。

 鈴之助が「これじゃあタヌキ集会とは呼べないじゃないですか……」とか愚痴ってたが、俺は素知らぬふりだ。そういうのは、鈴之助に全て丸投げする。


「ま、悠治が元気になったのなら何よりさ」


 一つ心配事が落ち着いた様に告げる妙に、俺も苦笑しながら返す。


「あーはい。心配かけました。でも、もう大丈夫……です、から……」

「おやおや、思い出しちまったのかい?」

「ええ、少し」


 以前なら、ここで金次と伊吹の三人で談笑しつつ、鈴之助の長ったらしい話を聞き流していた。だけど、伊吹は……もういない。その現実が、やはり俺の心に重くのしかかる。


「こればっかりは時間の問題だからなぁ……悠治、しばらくは、いつも通り暮らすだよ。そうすりゃあ……なんとかなるだ。ほれ、怪我して血ぃが出てもよぉ、瘡蓋が出来るだろ?それと同じだぁ。悠治の心の傷も、時間が経てば瘡蓋に覆われて、そして塞がっていくもんだぁ」

「ああ、ありがとな。嘉六」


 伊吹と金次を除けば、俺と嘉六もかなり親しい仲だ。山頂の景色を一緒に見に行ったり、そもそもこの大山に来てすぐの頃、山の生活のイロハを教えてくれたのは嘉六だった。田舎者みたいな言葉遣いと柔らかい印象が、嘉六のいいところだよな。


「悠治、あんたはいい経験をしたよ。伊吹には悪いかもだけどさ、大切な人と別れる経験ってのは、必要なんだ。あんたは若いうちにそれを経験した。だから、きっとこれから何があっても大丈夫さね。あたしは……いやいや、これは関係ないね」

「師匠……」


 妙は俺と会う少し前、夫だった雄のツキノワグマを亡くしている。そのツキノワグマは生まれたばかりの子供と妙に餌を与えるべく人里に出向き、そして帰ってこなかった。だから、妙の言葉には重みがあった。

 そう、誰だっていつかは別れを経験するんだ。俺にとってはそれがあの時だった。それだけのこと。


「金次も、おめぇみたいに前を向いてくれりゃあいいんだがなぁ……」


 嘉六が少し心配そうにそう言葉を零す。

 金次……あいつは、俺がふさぎ込んでいた時に立ち直る最初の一歩を作ってくれた。まだ子供の筈なのに、俺よりずっとしっかりしてると感心できたのに……何かあったのか?


「あの、嘉六。金次に何か……」

「あ? そっかおめぇはまだ気づいてないか……そのうち分かるだよ。いや、今日あたり話してみるとええだ」


 今日……か。まぁ日は何時でもあるが、早いに越したことはないな。だが、嘉六はさらに言葉を付け足した。


「なにせ、今日はオラたちタヌキの毎年恒例イベントの日だからなぁ」

「恒例イベント?」

「ああ、悠治は知らねぇだよな。先月の集会にも顔を出さんかったし――」




「――今日はな、お月見の日だぁよ」




***




 ウォオオオーーーーーーンッッッ!!!!


 遠く、どこまでも遠吠えが響き渡る。これがたった一匹の声と思うと、立派なものだ。流石はオオカミと言ったところか。


「どうですかい兄貴!? あっしの遠吠えは地平線の彼方まで届かせますぜ!!」

「ああ、すげぇよ! 遠吠えってこんな響くんだな!? ……あーでもさ、控えとけよ。人間にばれたらシャレになんないぞ」

「分かっとりやす!」


 とか言ってまた遠吠え。ホントに分かってんのかねぇコイツは……。


「しっかし、ウチらの短い生涯でこんな場所に立ち入る日が来ようとは……ニーサン様様やな」

「ネズミ仲間に話しても、信じてもらえん……でゴワス」

「あ、ああ、あ、タ、タヌキがあんなに……恥ずかしいし怖いよぉ……それに熊にオオカミまで……うわぁぁん何で私ここに……」


 相変わらず喧しいヤマネたちは俺の頭の上、笠の下。おかげで頭が重い。ヤンがいつものように怖がっているが、同時に俺の毛触りを堪能しているようで少しくすぐったい。


 ウォオオオーーーーーーンッッッ!!!!


 ジンの遠吠えが空気をびりびりとしびれさせる。天に輝く満月に向けて、何度も、何度も……。


「おーい、興六様のお帰りだぞっ……と」


 そこに汚らしいボロボロの毛並みのタヌキが一匹。興六だ。


「おい興六、せっかく風情を楽しんでたのに……だいなしだぁよ……」

「なに言ってんだ嘉六。オレ様がわざわざ最高の品を運んできてやったってのに……おいオメェら! さっさと持ってきな!」


 興六の威勢が向かった方向には、数匹のタヌキが協力して何かを運んできていた。えっちらおっちら、今にも取り落としそうなそれは白くて丸いなにか。それがピラミッド状に乗せられたお盆のようなものを運んでいる。


「今朝、白狼神社からかっぱらってきたんだ。ここまで運ぶのに苦労したんだぜ」


 そう言って興六――とその仲間たち(?)――が持ってきたのは、真っ白くて真ん丸な食べ物。お月見と言ったら、やっぱり欠かせないそれ。


「団子って……興六、俺たちに食えるのか? それ」

「あっしはいりやせん。さっきシカ肉狩って来たんで」

「あたしもいらないね。子どもたちが喉に詰まらせたらどうすんだい」

「ウチらにはでかいなぁ。ヤン、マン、流石にあれは……」

「やめた方がいい……で、ゴワス」

「ぇぇ……でも、ちょっと食べてみたい……かな……」


 タヌキ以外は一様に遠慮気味(一匹を除いて)。しかし、それとは逆にタヌキたちは大盛り上がりだった。


「お!? ご苦労様ですよ興六。みなさーん、団子が届きましたよー!」

「よっしゃーい、団子だぁー!!!!」

「今年こそ食べたいねぇ。頑張りましょっ!!」

「てっぺんのは俺のだ、俺のだかんな!?」


 マジで!? タヌキが喰うの!? 団子を!?


 俺が呆然と眺めてる傍で、タヌキたちは川に落ちた生肉を喰らうピラニアのごとく団子に殺到。きれいに飾られた団子はあっという間に跡形もなく姿を消してしまった。つーか早い。

 【花より団子】ならぬ【月より団子】


「団子は我々にとって特別な食べ物ですよ。人間たちは【豊作祈願】かなにかにしてますが、要するに豊穣の神様へのお供え物ですからね。神へのお供え物を食すことは、我らタヌキもこの山の山神の眷属としての力を得る……迷信ですがね」

「へぇ……」


 鈴之助の説明を聞き、なんとなく昔の日本の習慣を知った気になれた。すると、鈴之助は背後に隠していた数個の団子を指し出す。


「あなたが来てからこの山は何かと騒がしくなりましたが、私は良い傾向と思っているのですよ。これは、あなたへのお礼です」

「へ? いやいきなり――」

「どうぞ、あなたのお仲間と一緒に、食べてください」


 鈴之助はそう言い張ってやめない。その上「ほら、皆さんに気づかれる前に、早く!」なんて言われてしまったら受け取らない訳にもいかない。仕方なく、団子の乗った盆を頭で押しながらジンたちの元に帰る。




「って訳なんだけど……いらない?」

「あ、兄貴に勧められた物を食べない訳にはいかないじゃないですかい!? ありがたく、しっかり味あわせていただきやす!!」


 パスってた癖に、貰うもんはしっかりと貰うんかいお前は。まぁ、食べてもらわないと俺も困るんだけど。


「仕方ないねぇ。そんじゃ、あたしも一個貰おうかい。……歯にひっつくねぇ……こりゃ、子どもたちには食べさせられないわ」

「うーむ、ウチらは三匹で一つ頂くわ。マン、ヤン。ニーサンにええもんもらったでー」

「結局、食べる……でゴワスか」

「あ、ああ、悠治さんからの……お団子……」


 なんか、反応はいろいろだけど、残る団子は二つ。しかも片方はたぶん頂点に乗っかってた奴だよな。そっちはさすがに俺が食べるのも……もう片方を頂くとして、最後の一個は……あ!?


「金次!」

「あ、にぃちゃん」


 少し離れた所に金次は居た。木陰に腰を下ろし、のんびりと月を見上げていた。少しらしくないような気もするけど……。


『金次も、おめぇみたいに前を向いてくれりゃあいいんだがなぁ……』


 ふと、嘉六の心配する言葉が蘇る。


「……金次。団子を貰ったんだけど……食うか?」

「ホント!? やったぁ、ありがとにぃちゃん!!」


 金次は嬉しそうにお盆に残っていた最後の団子を一口にする。


「へぇ~、これがお団子かぁ……じぃちゃんが絶対食べろって言ってたけど……変わった食べ物だね」


 金次は歯に引っ付く団子を何度か咀嚼し、ぐっと飲み込む。


「そう言えばさ、このお団子って、どこから盗ってきたのかなぁ」

「ああ、白狼神社からだって言ってたぞ。興六が」


 そういや、興六の奴「かっぱらってきた」とか……要するに泥棒じゃねぇか。

 興六は全く相変わらずだなぁオイ。


「……そっか、あの神社から」

「ん? なんか気になる事でもあったか?」


 ポツリと呟く金次に、俺は少々妙な感じがした。金次はその辺を深く気にする奴じゃないんと思うんだが……。


「これも、人間が作った食べ物なんだよね」

「そうだな」


 人間が、神へのお供えとして作った食べ物。正月の餅とか……基本的に米を使ったものが多いよな。神様へのお供えって。


「人間が、作った物……」

「金次?」


「ねぇちゃんを殺した、人間の作った物」


 ――金、次?

 この時、俺はなにか得体のしれないものを感じた気がする。金次の内から溢れる。どうしようもない感情。憎悪、怒り。

 まさか、嘉六が言ってた金次に対する心配事って……。


「ねぇにぃちゃん。にぃちゃんはどう思うの?」

「な、なにがだ?」

「人間。今でもにぃちゃんは、人間に興味を持っているのかなって。


 ――……。


「僕は……嫌いだよ。人間は、ねぇちゃんを殺したんだ。許せない」


『――誰かが死んでも悲しんじゃいけないって。新しい命に生まれ変われることを祝福しないといけないんだって』


 そう、悲痛な表情で俺に訴えた金次の表情がありありと思い浮かべられる。

 金次だって、伊吹を亡くして悲しい。

 それは当然。

 そして、人間への憎悪を持っても、おかしく……ない?


「金次。お前……」

「僕は、人間なんて……嫌いだよ……」


 俺は、金次の傍に寄り添い、共に月を見上げる。

 俺たちの心に残った傷は深く、そこに月明かりが差し込む。

 痛い、な。


「……なぁ、金次。ちょっと聞いてくれるか?」

「なに」


 金次は俯きながら、しかし声と耳は俺に反応している。


「人間が嫌いだとか、そうじゃなくてさ。俺は……伊吹の死を、あいつと同じ状況をもう二度と繰り返したくないんだ」


 金次は何も答えない。だが俺は、気にせず話し続ける。


「俺たちが人間の使う道路を通らなかったら、あの惨劇は防げたんだ。あれは俺たちの不注意が起こしてしまった、悔い改めないといけないことだ。だから、俺……山の見回りを始めようと思ってるんだ」

「見回り?」

「そ。俺たちとおんなじようなミスを起こさないよう、注意を呼び掛けて回る。食料探しと一緒に、な」


 そんな活動を、以前は別のタヌキが行っていたと聞いた。

 朧という、老齢のタヌキだ。だが朧は、俺が山に来た時から行方不明。結局、今現在も見つかっていない。

 俺は朧に直接会ったことはない。だけど……なんとなく、ホントになんとなくだけど、朧もおんなじ思いだったんじゃないかと思う。この山で育った仲間が失われないように。


「だけどさ、大山山系ってすっげぇ広いし。一匹で全部をカバーするなんてできないんだ。だから……金次。お前も手伝ってくれない?」


 金次は人間が嫌いだと言った。それは憎しみの心。

 それが悪いとは思わない。むしろ、そう言う感情が芽生えるのも仕方ないと思う。だけど、憎しみってのはあまりいい気がしない。いつか空しく、悲しい思いに行きつくだけだろう。

 金次には、そんな思いはしてほしくない。

 だって、人間への憎しみなんて……最期が想像できてしまうじゃないか。人間を見返そうと、反逆しようとしたタヌキたち。そんな映画を、昔見たことあるからかな。

 だから、俺の決意を伝えよう。そして一緒に歩もう。そうすれば、金次が道を踏み外し、俺の前から消えてしまう前に、引き戻せるかもしれない。あの日、あの事故の日の様に。

 金次を誘った理由の一番大きい所はそれだ。


「見回りもそうだけど、いざ何かあった時に俺一人じゃどうしようもない気がするんだ。チームプレイ――パーティプレイかな? 誰かの協力がないと、俺一人じゃ何もできない。そう思うんだ」

「誰かと協力、一人じゃ何もできない……」


 金次は俺の言葉を反芻する。それは、ゆっくりと揺蕩い、月明かりのまばゆい夜空へと溶ける。


「うん。僕にできることは手伝うよ。……でも……今は……」

「人間が嫌だって気持ちも、伊吹を亡くして辛い気持ちも、いつかは薄まってくる。それに、死は悲しむもんじゃなくて、新たな生に生まれ変わることを祝福するんじゃなかったのか?」

「――うん!」


 金次が顔を俺の首筋に押し付ける。毛を伝い、肌に触れた滴は、少し暖かかった。

 満月が煌煌と輝き、月光は俺たちをやさしく包む。まるで、慰めてくれてるかのような、これからの生を励ましてくれているような……そんな。


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