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第20話:星空の下で

今回は、ええ鬱ですよ。だって、前回がアレだもの。

 九月の半ば。

 今日も星がきれいだ。いつにもまして、光り輝く夜空には一点の曇りも見られない。まったく、晴れ晴れするような秋晴れの夜………………うざいったらないな。


 ――……って、ああ。もうこんな時間だったのか。


 今の時刻はおそらく夜の二十二時くらい。また随分長いことボーっとしてたな。確かさっきまでは太陽が真上にあった気がするから……ああ、十時間くらいぼけっと立ち尽くしてたのか。まったく、どーりで腹ペコなわけだ。




 ……最近はいっつもそうだ。気づけばぼけっとその場に座り込み、何かをするわけもなく、思考にふけることもなく、ただ無心に時間が過ぎ去るのを待つだけの日々。もう、一ヶ月近くこの調子だ。

 いかんな……とは思う。だけど、どうにもやる気がでない。活力が、身体の底で燻り湧き上がろうとしない。ああ、ずっと無気力だ。いつもいつも。


「…………しっかりしろよ、俺」


 誰にともなく、ポツリと一言。

 だが、沈みきった俺の言葉では己を立ち上がらせることはできない。零れたセリフは、俺の周囲を揺蕩い、あっけなく夜の帳と満天の星空に溶けて消える。

 くそっ……憂鬱だ。




 ――『まったく、何やってんのよあんたは』


「――ッ!?」


 はっと起き上がり、素早く辺りを見回す。が、やっぱりなにもない。なにもいない。

 夏の盛りを過ぎたのに、相変わらず暑苦しい残暑の熱気が、名残惜しげに俺を包む。同時に、鬱屈した俺の心情も閉じ込められているようだ。


「ああくそっ! またかよッ!! いい加減にしろよな。俺は、そんなに女々しいかよ……」


 イラつき気味に声を荒げても、それを受け止めてくれる奴も、生意気に突っかかってくる奴もいない。当然、俺を突き飛ばす乱暴なあのタックルも、もはや感じることはできない。




「……伊吹」


 もういない友のタヌキの名前は、やっぱり、星空に溶けていくだけだった。







 先月、俺は海に行った。俺の弟分みたいなタヌキ――金次にせがまれて。俺と金次、それから……伊吹の三匹で行ったんだ。

 結構楽しかったよ。初めての海に大興奮の二匹を見て「ああ、こんな風に無邪気に遊ぶなんてな。やっぱあいつらはまだ若い――俺もだが――か」とか思ったりさ。


 ただ、その帰りに、それは起こった。

 伊吹と談笑しながらの帰り道。運の悪いことに暴走トラックが突っ込んで来たんだ。

 ……今思えば、何であの時山道を通らなかったんだろうか。わざわざ危険の高い道路脇を通る必要なんてなかっただろうに。山道を通っていれば、あんなこともなかったはずなのに……




 結論から言えば、俺たちは交通事故に遭ったんだ。あのトラックにも何か異常があったんだろうな。直前まで迫った時、運転していた老人が突っ伏しているのが僅かに視界に入った。

 だけど、そんなことは俺たちには関係ない。

 あの時、驚きで棒立ちになった金太を引っ張り込むために俺は金次の首根っこを咥え、脇の茂みに走り込もうとして、アスファルトの凹凸に躓き、そして…………。




「……あ――ああああああああああ!!!!!!」


 ダメだダメだダメだ!! 思い出したら、頭が割れるように痛む!!

 クソッ、クソッ、クソォッ!!

 近くの木に頭をぶつけ、それでも治まらず二度、三度……何度も何度も頭をぶつける。思い出すと、後悔ばかりが頭の中を反響して喧しい!!


 あの時、凹凸に躓かなかったら、

 あの時、もっと金太の様子に注意していれば、

 あの時、もっと早く接近する車の音に気付ければ、

 あの時、道路脇なんて帰り道にしなけりゃ、

 あの時、そもそも俺たちが海になんて行かなけりゃ!




 伊吹は……死なずに、済んだのに……。


「クソがぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!!」


 俺はキレた。頭にきたんだ。

 誰に?

 何に?


 俺に。あの日の俺に。

 あの日の、伊吹に助けられた俺に!


 俺はぶつけようのないこの怒りを、全て自分に叩きつけた。


 何度も、何度も頭を大木にぶつけて、意識が朦朧としても、やめようとしない。止めたくない!


「ちっくしょうがぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」


 俺の怒りは、誰にぶつけられることもなく、ただ己の内側にのみ叩きつけられ、出ていくことのない膿となって、ひたすら溜まっていくのだ。それすら、今の俺には贖罪にしか思えなかった。




***




 何度も頭をぶつけ、少しの間朦朧として、ようやく少しだけ頭が冷える。ただ、極寒の南極の様に冷えきっているが。


 ああ、あれから一ヶ月。俺はずっとこんな生活を続けている。ぼーっと一日を過ごし、思いついたように己を傷つける。それにも飽きたら、意味もなく山の中を徘徊する。

 目的はない目指す場所もない。ただ、激情を沈めるためだけに歩き続けた。

 途中、やけになって町にも繰り出した。農家の作物をいくつかやけ食いし、追い立てられ、ひたすら走って興六の隠れ家の一つに逃げ込む。

 我が物顔で入ってくる俺に、興六は何も言わなかった、いや、言うべき言葉が見つからなかったんだろうな。

 でも、それすら俺には腹立たしかった。




 傍から見れば荒んでたんだ。これ以上ないくらいに。




 町に出たその足で、久しぶりに白狼神社にも出向いた。神社には、ランニングをしていたのだろうトレーニングウェアを着た穂田と、掃除の途中らしき鹿目、それから穂田と一緒に走り込んでいたのだろう山岳部の一年生がいた。


 二人とも鳥居をくぐって現れた俺に目を丸くする。まぁそうだろうな。今の俺は毛並みはボサボサ、あちこち傷だらけ。以前出会った時の面影はどこにもない。おまけにボロボロの笠を被った珍妙な状態。まったく、我ながら酷いもんだと思うよ。


「なんだ……? あの、タヌキ?」


 呆然と呟く穂田を一瞥し、だが俺には興味もなくそのまま山の茂みに入っていくだけだった。


「……あの、何かあったら……いつでも来ていいよ」


 鹿目がそう誘ってくるけど、あいにく俺にはそれに答える気はなかった。

 ああ、昔馴染みの鹿目や穂田にはぶちまけてもいいかと思ったけどさ、あいつらは人間で、俺はタヌキ。いったい何をぶちまけろと言うんだ?







***







「………………ん。…………ちゃん…………ぃちゃん。…………にぃちゃん!」

「……………………ん? ああ、金次か」


 激しく痛む頭を振って、声の主に視線を向ける。そこに居たのは、いつも変わらぬ無邪気な俺の弟分――金太だ。


「にぃちゃん。今日のタヌキ集会来てなかったでしょ。行かなきゃダメだってにぃちゃんが言ってたじゃんか」

「ああ…………今日は、どーにも気がのらなくて」


 「今日は」じゃなくて「今日も」だがな。

 つか、今日だったのか。すっかり忘れてたな。


 その後は、金次も言葉を続けなかった。何でかと不思議に思ったが、直ぐに思い至る。

 俺が「話しかけんじゃねぇ」って感じの状態だからか?

 あんまりこの空気を続かせても悪いし。話を振るか。

 そうやって、多少他人を気遣うくらいの理性は戻ってるからな。


「今日は……なんか、あったか? 連絡事項、とかさ」

「あ、うん。最近山の中で遠吠え? っていうのかな。そう言うのが聞こえるから、変わった動物が入り込んだかもって。だからみんなに気づいたことがあればすぐに報告するようにってさ」

「遠吠え……ねぇ」


 日がな一日ここでぼーっとしてるが、そんなもの聞こえた覚えがないな。ああうん。どうせ聞いてないんだけどさ。

 遠吠え……連想できる動物はオオカミだな。だけど日本ではオオカミは絶滅して、もう存在しないはず。どっかの動物園から逃げ出したとか?

 動物園…………うっ、思い出したくないことまで連想されちまう。話し続けて気を紛らわそう


「その遠吠えって、いつから聞こえ出したんだ?」

「えっと……一ヶ月くらい前から……」

「――ッッッ!!」


 ガリ、と奥歯が鳴る。なんだよ、なんでそうあいつに――伊吹に繋がるようなワードばかり出てくるんだよ。


「……クソが」

「にぃちゃん……」


 金次が心配そうに俺を見上げる。それが、決め手だった。


「金次。お前悲しくないのか?」

「え?」

「そうやって平然としやがって……お前のねぇちゃんが――伊吹が死んだんだぞ! なのに……」


 一度口火を切ってしまえば、もう止まることはない。激情を吐き出すとはそういうことだ。


「お前は!! 何一つ思うところはねぇのかよ!! 伊吹が死んで、なのに今まで通りのほほんと暮らして、飯食って、山を散策して……伊吹のことなんかお前にはただの遊び相手の一匹か!?」

「……違う」

「何が違うんだよ!! お前へーきな顔してるじゃねぇか!! それで何が違うってんだ!!」


 止まらない。金次にも、誰にも吐き出すべきではないと思っていた。

 こんなのは、ただの八つ当たりだ。

 どこにも向けようのない俺自身への怒り。

 それを……よりにもよって金次にぶつけるなんて、最悪だろうが!

 だけど、止まらない。


「違う!! 僕だって悲しいよ! ねぇちゃんがいなくなって、誰かを亡くすことを初めて知ったんだよ!? 辛くない訳がないッ!!」


 今にも襲いかかろうとしていた俺を、金次のタックルが弾き飛ばす。俺は勢いよく転がされ、さっきまで頭をぶつけていた大木に再度激突する。鈍い痛みが全身に駆け巡る。それすらどうでもよく、俺は勢いよく立ち上がり全身の毛を逆立てる。


 もういい。収まらないこの気持ちを、誰でもいいからぶつけたい。もう、金太が相手でも構わない!!


「――じぃちゃんが教えてくれたんだ」


 対する金次は、俺とは裏腹に穏やかな口調で話す。


「死んだ生き物は天に召されて、星になって、新しい命として生まれ変わるんだって。流れ星になって落ちてきて。それは自然なことで、当たり前の摂理。だから、誰かが死んでも悲しんじゃいけないって。新しい命に生まれ変われることを祝福しないといけないんだって」

「祝……福……」

「伊吹ねぇちゃんがいなくなった日にじぃちゃんが久しぶりに来てね、教えてくれたんだ。だから、僕は泣かないって――悲しまないって決めたんだ。だから……」


 生まれ変わる奴を……祝福……か。

 なんだろう、その言葉を聞いたら、さっきまでの激情がすーっと落ち着いてきた。まだ、納得いかないところもあるけどさ。でも、少し、気持ちに整理をつけられそうだった。


 金次は今にも泣き出しそうだった。

 辛いんだ。

 俺もそうだし、金次もそうだ。だから、今はその悲しみを受け止めてやるのが……いや、それはこんな俺がやるべきことじゃない。今は――


「……金次。さっきは悪かったな。……もう帰れ。俺は……もうちょっとここにいる」


 互いに、静かな夜を過ごすべきだろう。お互いの悲しみを分かち合うのは、もう少し、お互いに落ち着いてからだ。今日は、無理だ。


「……うん。それじゃあまたね。にぃちゃん」


 金次はそれだけ言い残すとさっと夜の山中に消えていった。さっきまで金次のいた所には、僅かに濡れている。


「……ああ、ホント、きれいな星空だ」


 満天の星空は夜空を埋め尽くさんほどだ。まるで、雨で洗い流したような秋晴れの夜。これまでは鬱陶しかったけど、今は穏やかに眺めることが出来る。


「伊吹……」


 俺の呟きは、ゆっくりと揺蕩い、星空に消えていく。







 そんな悠治の背後、ギラリと三角の目を光らせた四足の猛獣が迫っていたのだが、それに悠治が気づくことは、鋭い爪が背中を掠るまで、ついぞなかった。


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