第16話:夏だ! 山だ! 登山シーズンだ!
夏だ!のシリーズ始まります。
「ねぇもう疲れた~休もうよ~」
「もう少し登れば広いとこに出れるから、それまで頑張ろうよ、な?」
「あははははは~~~!!」
「おーい、走ったら余計に疲れるぞ。それに他の人の迷惑になるからやめろ」
「……あら、もうこんなに。ほら、後ろの景色がすごくきれい」
「今日は天気が良くてよかったよ。これなら山頂からの景色も絶景だなぁ」
「あースポドリ無くなっちゃったぁ」
「そんなペースでがぶ飲みするからだ」
普段は静かな山道だが、今日ばかりは幾多の種々雑多な人間たちの声が反響し止むことを知らない。こうなることはあらかた予測済みではあったが、実際に遭遇すると普段とのギャップも相まって落ち着かないことこの上ない。
「……うるっせぇなぁ――あいや、人の事を俺がとやかく言うのもなぁ」
「なにぶつくさ言ってんのよ」
「ああいや、ちょっとね」
登山道の脇に生えた低木の茂みから人間の様子を窺うタヌキが三匹。もちろん、俺と伊吹、金次の三匹である。
「だけどなんなのかしらねこの人間の山! あっち見てもこっち見ても変わり映えしない人間ばっかり! ああもう見飽きたわよ!!」
「そりゃしょうがないさ。こないだ……ってか六月の半ばに山開きがあったからな」
「でも、こんなに人間が来るようになったのは最近じゃないの」
「えーっと、人間は“夏休み”なんてのがあるからな。八月は絶好の登山シーズンなんだ。大山は日本の百名山に数えられる有名な登山スポットだし。その所為だろ」
大山は地元のみならず他県からも人がやってくるかなり有名な山だ。
夏休みの時期を利用して登山をしようという――物好きな――人間が大挙して押し寄せてくるのだ。この時期の登山道というのはお盆の帰宅ラッシュで起きる渋滞とほとんど同じだ。どういう事かと言えば、狭い登山道に似たような考えの人間が大挙したせいで行き来するのに一苦労な状況なのである。
俺も、この時期に大山に入るのは苦手だった。基本、人ごみの中は疲れるからね。
「でもすごい数だよね~。何人か落ちたりするのかなぁ」
「そりゃあな。こんだけ人がいれば事故だって起きるさ」
今、俺かなり不謹慎なこと言ったなぁ。
が、実際夏は多くの人が登山に来て、それに感化された人たちの登山への嫌悪感とか苦手意識が下がるだろう。山の敷居が下がると言っていい。周りが行くなら自分も……みたいな感覚で山に入り、準備を怠った所為で事故に発展することもあるのだ。
夏はアウトドアへの敷居が下がる。それはいいことなのだが、不幸な事故にもつながりかねない。これは俺の自論だ。
「あ、タヌキだ」
「え!? うそ、どこどこ?」
「ほらあそこ、木の下に……」
数人の人間が俺たちの存在に気づき、指差してくる。
「あ、見つかったわね。逃げましょ」
「はーい」
「あいよ」
俺たちは足早にその場を後にする。が、登山道の近くは人間たちがたくさんで、逃げる時の木々を揺らす音で多くの人に気づかれてしまった。
「あ、あのタヌキ笠被ってる!! おっもしろ~い!!」
うーん、夏の間は笠を巣に置いてくるかなぁ。
***
いくら人間の出入りが多くなったと言っても、さすがに俺の巣のあたり――振子沢はマイナー過ぎて人間が立ち入ることは少ない。……一日に三組くらいは立ち入るようになったが、以前は誰も来なかったことを考えると少ない方だ。
メインの登山道なんて一日で数えきれないほどの人が行き来するのだから。
「ああもう、迷惑極まりないわねホント! なによあの人間たち! うるさいったらないわ!!」
気づかれないよう我慢していたのだろう。俺の巣の近くまで来たところで、伊吹は不満を爆発させて怒鳴った。
「まぁ落ち着けよ。うるさいのは確かにそうだけどさ、文句言ったところでしょーがねーって」
「だったらあんたは黙って泣き寝入りするって言うの!? 冗談じゃないわ! 山はあたしたちタヌキや、ここで暮らす動物たちの世界よ! 我が物顔で入ってきて散々迷惑かけてって、その上ゴミを撒き散らされて……ふざけんじゃないわよ!」
伊吹が示す先には、登山道から風に乗ってやってきたお菓子の包装紙が落ちている。実際にごみのポイ捨てをしているマナーのなっていない人間はごく少数なのだが、そのごく少数の態度が堪らなく気に入らないらしい。
これについては俺も同意見だ。山でなく街中でも当然のマナー――というか社会で生きる上で最も基本的なことが出来てない人間は非常に腹立たしい。
そんな奴は山に来るな! 引き籠ってろバーカ!
……なこと言ってると、自分に小物感が漂う気が……。
「……あら? 金次君? なにしてるの?」
金次は俺たちに背を向けて何かに向かって一心不乱に飛びついていた。何かを食べているのだろうか。金太の頭の動きから、そんな風に思う。
「何喰ってんだ?」
「…………ん」
金次はすっかり食べ尽くしたそれの残骸を咥えて俺に指し出す。それは何かの包装で、袋にはでかでかと“焼きそばパン”と記されていた。
「おまっ……!? それどっから取ってきた!?」
「さっきの人間がたくさんいたところでねぇ。人間たちが背負ってた袋の口が開いてたから引っ張り出してきたんだ。ちょっと変な味だったけど、美味しかったよ」
金次は満面の笑みを浮かべて包装を俺に指し出した。いや、袋だけ貰っても……ねぇ?
「へいへい。これは俺があずかっとくよ。……また増えた」
金次から受け取ったゴミ袋を持って巣穴に入ると、分岐した道を進んでその先にゴミを置く。ここは俺が掘り進んで作ったゴミ置き場だ。いつかまとめて町のどこかに捨てに行くつもりだが、あれよあれよという間にかなり溜まってしまった。
「あんた……そんなん集めてなんのつもりよ」
「いや、集めるつもりはなかったんだけど……はぁ」
なんか、また伊吹のお小言が始まりそうな雰囲気。話題を逸らすか。
「つか金次。お前いつのまにコソ泥スキルを磨いたんだ?」
「??? コソ泥? なにそれ?」
「さっきの菓子パン。人間から勝手に盗ったんだろ。どこで覚えたんだよ……あ、まさか……」
ゆっくり、可能性を確認すべく伊吹に視線を送る。
「…………へぇ」
ゴッ!!!!
容赦のない無言のタックルをお見舞いされた。
「……いや、ジョーク。ジョークだから。な? 伊吹さん?」
「あたしがそんなせこい真似するわけないでしょ!! あんたはあたしにどういう感覚持ってんのよ!!」
「……俺だってコソ泥なんて危ない真似は教えてないし、だったらお前しか――」
「――そういうあんただって怪しいわよ!! どーすんの! 金太君のご両親になんて話したら……」
「教えたのはオレさ」
反射的に割り込んできた声の方向を向くと、そこには荒れ放題な毛並みの一匹のタヌキ。汚らしく、胡散臭い印象が強烈な町で暮らすタヌキ、興六だ。
「あ、興六さん。えへへ、やったよ! パンっていう人間の食べ物ゲット!!」
「おう、さすがぁオレが目をつけただけのことはある。見事な手前だぜ、金次」
興六はひらりと斜面を下り降り俺たちの前までやってきた。そして――いつの間にか――金次が盗っていたもう一つのパンを咥えると、当たり前のように食べ始める。
「って、なんでお前が喰ってんだよ!」
「硬いこと言うな、駄賃だ駄賃。金太にこのことを教えてやったのはこの俺だからな」
余計なことを教えてさらに駄賃と称しておこぼれにあずかるとは……図々しい奴め……。
「そもそもお前がなんで山に居るんだよ。町の方がうまいものにありつけるんじゃなかったのか?」
興六は人間の食べ物の味を占めたタヌキだ。そのため山に戻ることは滅多になく、町にいくつか作った隠れ家に住みながら、食事処やゴミ捨て場の残飯を狙う生活を続けている。
迷惑だと言いたげなニュアンスで俺は問いかけるのだが、興六は気にした風もなく、むしろ得意げに俺を見返す。
「この時期はあっちこっちから人間が山にやって来るからな。それに山に来る人間ってのは、オレも普段食えねぇ“お菓子”をたっぷり持ってんだ。だからこの時期は嘉六の巣を間借りしてこっちに来るんだよ、オレは」
食事処の残飯や捨てられた弁当は食べれるが、お菓子は案外手に入らない。というのが、興六が山に戻って来る理由らしい。
だが、他のタヌキ――金次とか――に余計な知識を教え込むなよ。山のタヌキと町のタヌキ。それぞれの暮らしがあるんだから混ぜ込む必要はないと思う。
……まぁ、俺も偶には町の物を食べたいと思うけど。
「そうだ! 今夜あたりに山頂の小屋に数組の人間が泊まるはずだろ? そいつらからうまいもん掠めに行こーぜ」
興六は「ちょっとファミレスに出も行こう」みたいなテンションで言った。が、俺には軽い気持ちで「万引きしようぜ」と誘う悪ガキのような印象だったが。
「くだらない事させんな」
「そうよ。ほら金次君、私たちは私たちで何か食べ物探しにでも――」
俺の呆れた言葉に伊吹も同意し、共に興六と別れようとする。……のだが、
「うん行く~」
「ちょ!?」
「金次君!?」
金次は何気ない感じで興六に同意。やばい、かなり毒されてる。
「うんうん。んじゃ行くぞ」
「は~い!」
金次は意気揚々とさっき逃げ帰ってきた山頂目指して興六と歩き出す。
このままいかせるのは、なんだか不味い気がするし、俺も行くか。横を見ると、沈痛な表情を浮かべながら伊吹も追いかけるつもりらしい。
俺と伊吹は互いに顔を見合わせ、「はぁ」と一つ息を吐くと金次と興六を追ってまた山頂に向かうのだった。
夏だ!シリーズは全4回です




