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第12話:薬草を求めて

「――こんのぉ……変態キチガイのヘボタヌキ!!!!」

「がふぅっ!!!!」


 朝も早く、まだ太陽が「こんにちは」してからさほど経っていない時間帯。俺は伊吹の全力タックルを喰らうことになった。


「い、伊吹、おま、いきなり何を。俺は病み上がりなんだぞ……」

「うっさい! こんの馬鹿!!」


 二発目のショルダータックルが到来。俺の身体は九の字に折れ曲がったような感じで巨木に叩きつけられた。

 それは白狼神社を後にして、ものの十秒後のことだ。いや、うん、マジで意味不明。

 フラフラと立ち上がると、悪鬼のようなタヌキ――伊吹が目の前に、


「えっと、もう一度聞きますが伊吹さん? 俺がいったい何をしたと?」

「こんっっっな大雨の中、一体どこをほっつき歩いてたと思ったら……よりにもよって白狼神社で一夜明かすとか何考えてんのよ!!」


 え? よりもよってって……白狼神社にそんな危ないものあったっけ?


「いーい! あんたも体験しただろうけど、あそこの巫女はいろいろとおかしいのよ!! あたしも前この辺を通って会ったけどさ……なんていうか、浮世離れしたみたいな? 達観した目つきと無表情で、無言で近づいてきたのよ!! もう、怖くて動けなかったわ。それでその後、かれこれ三時間は撫で続けられて、神社に連行されそうになったところをなん…………とか逃げてきたの!! あんただって知ったでしょ! おかしいのよ! 人間って奴らは!!」


 ……鹿目。お前、落ち込んでる間にいったい何をしたんだ? この後、伊吹から鹿目についていろいろ聞かされたけど、ここ最近は――伊吹曰く――完全な無表情で、無感情で不気味な手つきで出会った野生の動物という動物を撫で続けたらしい。


 おい、おかしいだろ? これ?

 ついさっきまでのしんみりとした、それでいて晴れやかな気分が一瞬で台無しだよ?


「ねーにぃちゃん。さっき病み上がりって言ってたけど、どういう意味なの? それ?」


 金次が俺を覗き込みながら尋ねる。ああ、そう言えばいろいろ濃い一日だったから風邪の影響をすっかり忘れてたな。そして金次には病み上がりの意味が分からないと。


「病み上がりってのはさ。風邪とか病気にかかって、それが治って直ぐってことだ」

「え? にぃちゃん病気だったの!? ね、もう大丈夫なの!?」


 金次が慌てて訊ね、怒り心頭みたいな伊吹の耳がピクリと反応した。


「うーん。もうすっかり治っちまったかな? たぶん」

「たぶんって……頼りないわね。体には気をつけなさいよ。山で暮らす以上、病気の類は天敵なんだから」

「おう、分かってるって」


 とりあえず、まだ朝も早い時間。伊吹たちは昨日まで巣穴から出てこれなかったらしいから、これから食料探しに行くそうだ。そういえば、俺も結局ホットミルクしか口にしていない。せっかくだから俺も一緒に行こうかと思う。

 が、さっき風邪の話をされたせいだろうか、まだ少し体に違和感を感じる。この前、嘉六に教えてもらった風邪に効く薬草を探しに行くのもいいかな。


「あ! そうだ、にぃちゃん! 僕ね、爺ちゃんに良く効くやくそうのことを聞いたんだ。にぃちゃんが病み上がりなら僕が探しに行くよ!」


 と、一歩早く金次に先を越されてしまった。しかし目的は同じ。俺の方は願ったりなことだ。


「なんなら俺も一緒に行くよ。また風邪になった時のためにも場所は把握しておきたいし」


 そう答えつつ伊吹の方に視線を送ってみると、伊吹は器用に前足で鼻の頭を擦りながら、俺の視線に気づくと慌てて居住まいを正す。


「――あ、あんたたちだけじゃ心配だし、あたしも行くわ。文句はないでしょ」

「もっちろん! にぃちゃんねぇちゃん! 早く行こうよ!!」


 元気よく駆け出す金次を追って、俺はいつものごとく山中に駆けだした。ふと、少し遅れてやってくる伊吹が気になったが。




***




 雨上がりの大山は、あちこちにその爪痕を残していた。増水した川は濁った濁流が流れ、一部で山崩れも起きたらしく地表が丸裸になっていた。いくつかの大木が倒れており、道を大きく阻んでいる個所もあった。

 倒木の一本や二本、それも人間だったらどうでもいいような大きさなのだが、それよりも小さいタヌキではそうもいかない。倒木一本乗り越えるのに手足を駆使してやっと、なんてことは何度もあった。


「ねぇ、にぃちゃん。あのおっきな人間の家に居たんだよね」


 その道中、金次が唐突に聞いて来たので、俺は鼻をひくつかせて薬草と食べ物を探しつつ答える。


「まぁな」

「ねぇちゃんはいろいろ言ってたけどさ、にぃちゃんは人間の事、どう思ってるの?」

「人間のこと?」

「うん。だって、こないだは山に来た人間たちを帰るまでずっと観察してたし、それで昨日は人間の家に入り込んだんでしょ。にぃちゃんって、人間に対してはけっこう大胆? っていうのかな? なんかそんな感じだから」


 ……どう答えたものかな?

 金次はまだ生まれて数ヶ月の子供のタヌキ。ズバズバと確信に近いことを突っ込んでくる。

 どうしようか。素直に答えれば「元人間だから」なんだが、そんなバカみたいな話を信じる訳がない。さすがに金次でも、な。いや、金次だったら冗談交じりに聞いてくれるかも!?

 正直、いつまでもこんな秘密を抱えて生きるのも大変なんだ。どこか、誰もいないとこでいいから、一度、この秘密について吐露してしまいたいのも事実。「王様の耳はロバの耳ー!!」みたいにさ。さて……。


 しばし考え込む。結論はすぐに出た。


 ……うん。言ってもいいかな。ただ、ここはパフォーマンスが重要だ。いかに嘘っぽく、冗談らしく言い切れるか。場の空気を、茶化してくれる“それ”に変容させられるか。


「ねぇ、にぃちゃん。どうなの?」


 よし、言うぞ。


「ああ、実はなぁ金次。何を隠そうこの俺はもともと人間なんだ!」


 堂々と、胸を張って、わざとらしさと自慢げさを全身から醸し出しながら告げる。最後には、無いに等しい気合いを荒く入れておけばまさに完璧。


「だから人間に近づいても平気ってわけさ。分かったかー金太……?」


 その瞬間、俺はなぜかその場の空気が一瞬凍りついたのを感じた。しかし、それはほんの一瞬の出来事。俺はそれを緊張のせいで変に感じてしまったのだと判断するしかなかった。が、冗談ではなかったと気付くのはすぐだ。


「……は?」


 後ろから黙々とついてきていた伊吹が立ち止まり、ポカンと口を開いたまま静止する。その眼は、なぜか冷めきっている。

 ちょっと、伊吹さん? 俺は金太に対して言ったんですよ。しかもジョークで。なに? そのマジ反応?


「ま、まさか……人間が……? いや、だって前に見た時はへんなモフモフしたナニカに人間が入り込んでて……とてもじゃないけど変装とかそれすらお粗末だった。てゆーかあれは二足歩行してたしそもそも変装する気があるのかって……でも、でも人間はいつの間にここまで高度な変身技術を……」


 キグルミですね。

 イマイチつかみ辛いが、伊吹が言っているのはキグルミのことだ。伊吹はキグルミの存在を知っていたんだな。伊吹って、嫌ってる癖に人間のことをかなり知っているよな。嫌いな物こそ深く知ることになる、のだろうか。

 まぁ、その大半におかしな偏見が混じっているが。伊吹の中での人間像は、どこか危ない近未来的な技術の持ち主。


 いや、それよりこれは予想していなかった。早いとこ疑惑を払拭すべきだと俺は弁解を始める。


「い、いぶき? んなマジになるなよ。ただのジョークだって、ジョーク――」

「秘密がバレそうなときにジョークって言うのは隠し事の常套手段」


 正解です。


「いや、本当に、ほんっと~~~~に! これはジョークだから。ちょっと、二人を和ませてあげようかと……」

「この山に侵略するためにタヌキに成りすまして情報収集を……」


 どこの秘密結社だ!! つーか、必要あるのか!? その情報収集!!


 しかし、どうしようか。伊吹が完全に疑いの目で俺を見てるよ。一歩踏み出したら五歩ぐらい遠ざかられたよ。

 えっと、えっとぉ……やばい、もう頭が回んない。病み上がりにバカやったツケだろうか。もう、何も弁解できそうにない。


「ねぇ! にぃちゃん! それ本当!」


 その空気を破ってくれたのは、救いの天使、金次だ。


「すっごいや! にぃちゃんって人間なの!? ねぇねぇ、だったらねぇちゃんとは違う人間の話をいっぱい知ってるんでしょ! 教えてよ、ねえ!!」

「は、え、えっと……」


 伊吹のマジドン引きとは真逆な、金次らしいマジ反応。うん、こんな反応だったら俺も適当に返せる。


「あ、ああそうだな。また、今度な。いろいろ教えてやるからさ。今日はとにかく行こうぜ。早く食べ物と薬草、探しに行こうぜ」

「うん!!」


 金次は大きく頷くと、俺の周りをくるくると周りながら、嬉しそうに尻尾を振る。そして、少し離れていた伊吹も。


「はぁ……まったく、あたしにマジ反応するなとか言って、あんたもマジ反応しないでよ」


 ため息交じりにそう告げ……ん?


「い、伊吹さん? それ、ドユコト?」

「あんたのジョーダンに付き合ってあげたのに、全く……」


 ジョーダンに付き合った? ……あ、なるほど。つまりはノリが良かったわけね。……はぁ~~~、よかった。馬鹿発言で孤立するかと一瞬ひやりとしたぞ。


「あ、そうか。いや~俺の予想した反応と違ったからつい」

「もう、しょーがない奴ね。ほら、さっさと行きましょ」


 伊吹は苦笑を浮かべ、ゆっくりと四肢を動かして俺達と一緒にあたりの食べ物を探し始める。







 それも一段落、というかしばらく辺りを探っていたころだった。


「にぃちゃん。ちょっと話があるんだけど」


 土の中を蠢いていたミミズを掘り出しのんびりとそれを食べていた時だ。声を潜めた金太に声を掛けられたのは。


「どした?」

「うん。にぃちゃんは昨日までの嵐で風邪をひいたんだよね」

「それが? まだ心配してんのか? 大丈夫だって、そのくらい……」

「違うよ。にぃちゃんじゃなくて、ねぇちゃんのこと」


 ねぇちゃん? 伊吹が、どうかしたのか?


「ねぇちゃんさ、今日はいつもみたいにしてるけど、昨日はすごかったんだよ。大嵐の中僕の巣まで来て「悠治は来てないっ?」って」

「伊吹が?」


 そういえば、今朝、伊吹と金次に会った日の前日は土砂降りで、野生の動物が外に出るのは自殺行為に等しかった。それなのに二匹は朝早く――タヌキは夜行性だから朝に弱いはず――に俺の元にたどり着いている。

 伊吹たち二匹は、俺との活動が多い所為か、日中行動が増えているが、それでも夜行性という種としての生態は変えられない。

 まさか、伊吹はあの嵐の中で俺を探してたって?


 いや、ないだろ。


 そうは思うが、一度その予想にたどりついたら、頭が他のことに回らない。

 昨日までの雨は酷いものだった。木々が根こそぎ吹き飛ぶのではないかと思うほどの土砂降り。今日見て回っただけでも分かる被害。

 木々は倒れ、川は増水して濁流。それを引き起こした自然災害の中、俺を探していたと?


 昨日の鹿目との再会を思い出す。

 あの時、俺はやっと、自分の死が周りの人に大きな影響を与えていた事実を知った。そして今、タヌキになったけど、またそういった関係を作れているのだろうか。そう、伊吹が俺を探してくれていたのなら。

 伊吹を見る。食べ物を探す伊吹の動作はいつもと同じだが、僅かに緩慢さがあった。


「にぃちゃん?」

「……金次、薬草ってこの辺りにあるんだよな」


 空腹はだいぶ満たせた。後は、さっさとそれを見つけ出すに限る。俺は、それまでよりも気合いを入れて湿った森の臭いをかぎわけた。




***




「はぁ……ちょっと疲れたかな。無理しちゃったかも」


 伊吹は、震えを感じ始めた身体を無理に動かしどうにか巣の近くまでたどり着いた。

 薬草探しは、結局うまくいかなかった。それどころか、途中で金次と悠治ともはぐれてしまい。しかたなく巣に戻ってきたのだ。だがその道中、昨日の無理が祟ったのか、一気に風邪を拗らせてしまった。


「まったく……これも、あいつの所為だわ。……ホント、迷惑極まりない」


 やっと見えてきた巣穴。だけど、そこに至る道のりは途方もなく遠かった。金次や悠治と一緒の時はあっという間に時間が過ぎるのに、一人だと時間が長い。いつまでも続く。


「散々心配させて……なのに、あっさり顔を出して……それに」


 今日、悠治が放った一言が、嫌に心に突き刺さっていた。


『俺は元人間なんだ』


 ありえない。そんな訳ない。だから、ジョークだと言うのはすぐに解った。なのに、どこか違和感を感じ、拭い去ることが出来ない。


「あの馬鹿。あたしをここまで悩ませるなんて……」


 誰にともなく一人愚痴り、伊吹はやっとの思いで巣にたどり着く。

 しばらくは籠って寝るしかないかな。そう思って、巣の奥まで入り込み、眠るために体を丸くする。


 カサリ


 そこで、身体の下に何か草があることに気づいた。

 無視して寝ようとも思ったが、気になったら無視しきれず、片目を開けてそれを視界に入れる。


「……あ、これ」


 薬草だ。

 今日、静かに探し続けていた目的の薬草。それも、一人で使うには十分すぎるほど。

 いったいどうしてそれが巣の中に?


「…………あ、そうか」


 気づくのに時間はいらなかった。今日、同じ薬草を探していたのは伊吹だけじゃない。それを持ってきたのが誰なのか。おそらく咥えて持ってきたのだろう。臭いで解った。


「……ふふ、あの馬鹿。そーゆーとこは、しっかり見てるのかしら」


 ふと、とある妄想が浮かび、だが打ち消された。大方、伊吹の体調の悪さに気づいたのは金次だ。あの馬鹿が、そこまで勘が鋭いはずがない。


「まったく、自分も病み上がりのくせして…………でも、ありがとう」


 体の下から薬草をどかし、その内のいくつかを食べると、伊吹は再び眠りに就く。その後、伊吹は一昼夜眠り続けたおかげで風邪を治すことが出来た。







 ある日の夜。いつものように巣から出てくると、いつもの二匹がそこに居た。


「よぉ風邪引きタヌキ。治ったか」


 ケラケラと薄ら笑いを浮かべる憎らしいタヌキ。伊吹は口内の牙を月光に反射させ、そして答える。


「ええ、治ったわ。……だけど、それはお互いさまじゃないのっ!!」


 途端に逃げ出す悠治を追って、伊吹も山中を駆ける。


 嵐が過ぎ去った後には、変わらぬいつもの光景がそこにあった。




 それを、伊吹は嬉しく思うのだった。


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