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第0話 それはいつもの事だった

 タヌキって、どんな動物か知ってるか?


 俺が住んでいたところは結構な田舎だったから、ちょっと山に入れば簡単に見つけることが出来た。俺にとってのタヌキは、身近な野生動物ってイメージだ。

 だから、俺はタヌキのことを深く知ろうとも思わなかった。ハエをよく見るからって、意図してその生態を調べようと思わないのと同じこと。

 例えが悪かったけど、そんなこと知ったところで人生の役に立つわけでもない。せいぜい「俺はこんなことを知ってるんだ」って言いふらす程度の話にしかならないさ。まぁ、趣味の領域に上り詰めたら話は別だが。


 それに高校生だった俺にとって、そんなことを記憶するよりも目先の勉強のことを記憶するので精いっぱいだ。興味もないことを、一々覚える気にもならない。


 だけど、まさかその考え方を恨む日が来ようとはな。


 これから綴っていくのは、俺の奇妙な経験談。俺が見聞きした事。俺が出会ってきた奴等に聞いたこと。それを想像して、当時を思い出して、出来る限り鮮明に、あの頃を綴ったものだ。


 まず最初に、これを読んでいる奴に言っておこう。唐突な、さっきの話との脈絡が分からないかもしれないが、一言だけ。


 ――余計なことは言わない方が、身のためだぜ。




***




「生まれ変わったら何になりたいか?」


 部活動のトレーニングを終えた帰り道。俺の隣を歩く男子生徒――穂田(ほだ)龍星りゅうせいが唐突にそう聞いてきた。

 穂田はほっそりとした見た目の優男だが、足腰はしっかり鍛えられており、見た目以上に力が強い。顔つきも引き締まっており悪くはない。女子には割と人気がある……ように見えて無い。その理由は、穂田自身の醸し出す雰囲気というか……ある女子に聞いたところ「話してて感じはいいし、一緒に居るのは楽しい。だが、彼氏としては絶対に見れない」だそうだ。クラスの賑やかし役、といった男だな。

 俺は、内心「またか」と思いつつ、とりあえずその答えを黙考してみる。


「『生まれ変わったらどんな動物になりたいか?』っていう心理テストがあるんだ。そっちでは選択肢を作るんだけど、俺のは単純にただの質問。なぁ、二人はどんな動物になってみたいと思う?」

「えっと、そうですね……」


 俺達の一歩後ろを歩くおとなしそうな女子生徒――鹿目(かのめ)琴葉(ことは)も顎に手を当て、考え込む仕草をする。……やっぱかわいい。

 鹿目はおとなしげな見た目の小柄な女子。髪型は、黒の長髪をさっぱり流したストレート。言葉も丁寧で誰に対しても敬語を使う。押しも強くない清楚系な女子だ。俺とは小学校からの付き合い……といっても、羨ましがられるような幼なじみという関係ではない。お互いの存在を知ったのが中学三年の頃。こうして話すようになったのも、志望進学先が同じだと分かってから。まぁ、クラスメイトの一人、同じ部活の女子ってとこか。

 さらに、鹿目は地元神社の巫女をやっている。そんな属性盛りだくさんだから男子からの人気も学年トップ。おっとりした外見と正確に、お茶目な部分もあるのが魅力……なんだろうな。クラスの男子からすれば、俺達と同じ部活に居ることが不思議でならないそうだ。


 ちなみに俺達三人が所属しているのは【山岳部】。登山の部活だ。

 高校の部活の中でもかなりマイナーな部類に入るだろうと思う。ひたすら地味に見える趣味の塊のような部活。だが、山岳部にだって大会があれば全国大会――インターハイが存在する。始めてみれば、その独特な活動からかなり面白いと俺は思う。


「私は……鳥ですね。渡り鳥」

「へぇ、何でだ?」

「だって、渡り鳥ならいろんなところに――それも地球を股にかけるような移動が自由に出来るじゃないですか!! それに……」

「ほうほぅ……モフモフ動物ってわけじゃないのか」


 予想と少し外れたのだろう。穂田は思案顔で呟く。ちなみに俺は、まださっきの質問の答えを考えていた。


「だって、そういうのは自分で触ってこそ――」

「――あー! いい、その先は言わなくても。んで、俺はだな……」


 鹿目の言葉を強引に断ち切り、だが穂田も悩み始めた。話題を戻そうとはいいが、自分の答えは考えていなかったようだ。だが、穂田が悩むのは一瞬だった。すぐに解答を導き出す。


「やっぱさ、トラかな。ほら、野生動物の中では強いってイメージあるじゃん? あ、ライオンを選ばないってとこがポイントだぞ」

「トラ、ですか。穂田さんらしい、かな。あ、トラの毛皮も……」


 鹿目が小さくクスリと笑い、次いでぼんやりと上の空で何かを考え始めた。それが何かすぐにピンと来た俺は「またか」と嘆息を突く。

 すると、穂田が俺に向けて親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。鹿目とうまく話せてうれしいってか? おなじ部活なんだからそれぐらい簡単だろ。めんどくさいな。

 穂田とは高校に入ってからの付き合いだが、一年も一緒に同じ部活で過ごしていれば、その人となりを知るには十分だった。


「それで、十九川(とくがわ)くんはどうですか?」


 おっと、今度は俺――十九川(とくがわ)悠治(ゆうじ)に質問が飛んできた。だが俺はまだ答えが出てない。真面目に答える必要もないし、適当に「猫」とでも答えようか。実際、俺はネコが結構好きだし。が……。


「聞く必要ねぇって。どーせタヌキだよ。タヌキ」

「なっ……!」


 なんとなく、そう来るのではないかと心のどこかで心配していた。なぜなら、俺の学校でのあだ名はタヌキだからだ。理由は……俺の苗字から察しろ。そして納得したなら初代江戸幕府の将軍様に謝れよ!


「ああ、やっぱりそうなんですか」


 鹿目も納得できたような表情。勝手に決めつけられて、しかも納得されても困るんだが!?


「ちょっと待てよ二人して!! なんで聞く前から決めつけんだよ!! オイ!! 聞く意味がねーだろが!」

「だってお前はタヌキだろうが。クラスの全員に聞いて全員がそう答えるだろうぜ」

「ざけんなっ!! そもそもタヌキはお前が言いだしたんだろうが!!」

「あれ? お前小さいころからタヌキってあだ名じゃなかったのか?」

「十九川くん。今更嘘吐いても仕方ないと思うけど……」

「嘘じゃない。嘘じゃないけどさぁ! “あだ名”と“なってみたい動物”は全く別だろうが!!」

「タヌキ。哺乳綱ネコ目イヌ科タヌキ属に属する。日本を含む極東のみに生息する珍しい動物。主に森や山の中に生息する。食性は雑食で、木の実から昆虫、魚など様々なものを食する。巣は自分で穴を掘るが、アナグマが掘った穴を利用したりアナグマの巣を間借りしたりする。特徴的なのは【溜め糞】と呼ばれる行為で、他のタヌキと共有のトイレをあちこちに作り――」

「解説はいい!! 聞き飽きた!!」


 穂田が始めるタヌキの解説を強引に断ち切る。何度も聞いた内容なので自分で調べる前に記憶してしまった。


「それで、十九川くんは何になりたいですか?」

「まだ引き摺るのかよ……あー、猫だな猫。自由気ままに過ごせてよさそうだ」

「タヌキもネコ目の動物……」

「それならトラはネコ科動物だろうが!」

「ところで、その言葉に二言はないな?」


 穂田は急に真面目な顔つきでそう問うてくる。


「は? お前何言ってんだ?」

「猫になってみたいということだ。男に二言はないな? と、そう聞いてるんだが」

「ないよ。ないない」


 よく分からんが、俺はそう答えた。すると、穂田は鞄から何かを取り出す。それは……ネコミミのヘアバンド。


「言ったな? じゃあこれでタヌキはネコに――」

「てめっ……それがやりたかっただけか!」

「あ、十九川君可愛いですよ」


 穂田は一瞬のうちに俺に近づき、すでにそのネコミミバンドを装着させていた。

 俺は瞬時に穂田の腹に軽く一発拳を入れる。が、優男みたいな形ながら、普段から筋トレを欠かさない穂田はその程度、屁でもないだろう。部活疲れも伴う今の俺の拳なら特に。


「ふん。甘いぞタヌキ。この程度で俺を倒せると思ったか!」

「じゃあもっとボコボコにしてやらぁ!」

「十九川くんも穂田くんも無理しないでくださいよ」


 鹿目の苦笑を聞きながら、俺達は半ばじゃれあいのようなそれを続ける。

 いつもの事だった。高校に少し前から面識のあった俺と鹿目。それにいろんな奴と絡みやすい性格の穂田。同じ部活ということもあって、こうして一緒に帰るのは半ば恒例行事。


 悪い気はしない。むしろ、こんなふざけながら笑いあう毎日に幸せを感じていた。部活や勉強は大変だ。もうひと月後には俺達も二年生だ。山岳部には俺たちの一つ上の先輩がいなかったから、来年度は俺たちが部の中心になってくる。だけど、この二人と一緒ならやれる。楽しく過ごせる。俺はそう感じていた。


 まぁ……少し? 代わり映えのしない退屈な日常だとは思っていたが。




***




「それじゃまたな」


 穂田の一言を合図に、その日も解散となった。

 冬が開け、桜の木につぼみが芽吹き始めた三月。この時期の風は、まだ若干寒い。だが、ほんのり温かみを感じる風に、二年目の高校生活を馳せることが出来た。

 そんな俺の脳裏には、さっきの会話がまだ残っていた。


「どんな動物になりたいか、ねぇ」


 ポツリと呟いてみる。

 さっきはとっさに猫だと答えたが、本心ではそうだと言い切れない自分がいた。猫も悪くないけど、もっとふさわしいのがいるんじゃないのか? そう考えてしまう自分がいた。


 ガサッ


 突如、道の脇から広がる森の木々がざわめいた。反射的に俺もそちらに目をやる。木々――低木ががさがさと揺れ、徐々にその音の主が近づいてくる。

 そして、ひときわ大きく木々が揺れ、主が姿を見せた。


「……タヌキ。なんつータイムリーな」


 現れたのはタヌキだ。毛はボサボサで、伸び過ぎた毛が目元を隠し表情は読み取れない。どこか枯れた大木のような雰囲気を持ったタヌキだ。

 田舎暮らしの俺にとって、タヌキなど見慣れた野生動物だ。小さいころから猟師の親父に連れられて山に入っていたから、なおのこと見慣れていた。


 しかしこのタイミングで現れるか?


 俺は何となく運命的なものを感じた。まぁ、直感的な、信じるも馬鹿馬鹿しい程度のものだが。それにさっきの穂田たちとの会話があったせいだろう。俺は思わず、こんな言葉を口にした。


「ははっ、タヌキになるってのも、面白いのかもな」


 タヌキはこちらにじっと向いたまま、一ミリも顔を動かさない。

 警戒されてるんだろうな。そう思った俺は、タヌキを一瞥してそのまま帰路についた。









 この時の俺は、想像もしていなかっただろう。まさか翌日、俺があんなことになろうとは……。


 こんにちは。砂鴉と申します。

 本作は毎日投稿(34話まで=完結まで)です。毎日20時くらいに1~2話ほど投稿します。

 お暇なときにでも読んでいただければ幸いです。

 どうか最後までお付き合い下さい!

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