9. 集う宝石たち
「悪く言う人はいなかった」
アレクサンドラはお茶を一口飲んでから、口を開いた。
「女性関係の噂もなかったし」
「そうね。わたくしも耳にした事はないわ。いい事ではなくて?」
ジェニスタが不思議そうに訊く。
「うーん……何て言ったらいいのかな……噂が出ないくらい印象が薄いの。食事に関して文句どころか要望さえ出した事もない。部屋の掃除に行けば綺麗に片付いていて、誰も住んでないみたいだって」
「部屋で寝てないのではないかしら」
王妃様が言った。
「夜にキアランを見た事があります。いつも一人歩きをしているようだと、王がおっしゃっていました」
「伝説の妖魔の騎士みたいだねえ」
アレクサンドラはそう言ってから、私の方を見た。
「ロージーはどう思ってるの? やっぱりキアランと結婚するのは嫌?」
「できることなら、結婚はしたくないわ」
王に直接『分かるな?』と言い含められては、無理だと分かってはいるけれど。
「彼が嫌いというわけではないの――わたくしでは……」
飲み込もうとした。義姉に何度となく言われてきた言葉を。
『ロザリンド様には無理ですわ』
認めたくない。
認めたくはない――でも
「わたくしには無理よ。公爵夫人なんて務まらない」
「何を弱気な!」
ジェニスタが苛立ちもあらわな声を上げた。
「このアレクサンドラでさえ、伯爵夫人が務まっているのよ!」
「あー、ジェニスタ? なにげに失礼だよ? 」
アレクサンドラが複雑な表情で口を挟む。
――完全否定できねぇのがつらいところだな、奥方
サラマンダーがぼそっと言った。
「うう……みんな酷いよ……」
肩を落としながらも、アレクサンドラは全く落ち込んでいない。
「でもさ、ロージーが考えてる"公爵夫人"ってどんな?」
「えっ? そうね、綺麗で上品で、教養があって――」
誇り高く毅然としているけれど、目下の者には優しい――王妃様のようなレディが、公爵夫人を名乗るのに相応しい。
「ロザリンド、そなたもその条件を満たしているではありませんか」
王妃様が優しく言った。
「えっ? でも、わたくしは美人ではないですし……」
「美人なんて、半分以上は衣装と化粧で造られているのよ」
ジェニスタが辛辣に言う。
「それに、明るくないから社交も苦手で……」
「公爵夫人に愛想なんて要りません!」
「ジ、ジェニスタ?」
なにか怖い。
「 貴族の最高位よ? 頭を下げる相手は王妃様だけなのよ? ヘラヘラしなくたってよくなるのよ?」
「そ、それはステキね。でも……」
「その『でも』とか『だって』と口にするのはお止めなさい!」
「ハイ……」
「だいたいね、美人じゃないとか、明るくないとか、貴女にろくでもない考えを吹き込んだのは誰?」
危うく、『だって』と言いかけた。
「家の皆が……」
「"皆"というのは、誰と誰と誰?」
誰って?
兄上達は――優しくもないけれど、私を悪く言う事もない。使用人達は、母を亡くして不憫だと。美人じゃないからと言ったのは――?
「デーリス、義理の姉だけだわ……」
私は呆然と呟いた。
バカみたいだ。
たった一人に言われていただけだったのだ。
「…………ぶっ飛ばす」
アレクサンドラが、半眼の、無表情な顔で立ち上がった。
「ちょっと、貴女が言うと洒落にならなくってよ」
ジェニスタが言うと、アレクサンドラは不敵な笑みを浮かべた。
「洒落のつもりはないけど? 本気でぶっ飛ばして来る。魔法で」
え、え―――――――――っ?!
「落ち着きなさい、アレクサンドラ」
王妃様がゆったりとした口調で言った。
「ロッド候夫人の事は、わたくしに預けておくれ。そなたに任せたなら、建物ごと無くなりそうです」
「御意」
アレクサンドラは、しぶしぶ座り直した。
「建物は、下手に壊すと後始末が面倒ですから――そうむくれるでない。意趣返しというのはもう少し穏便にするものですよ。そうね……宮廷から抹殺するのはどうかしら? ねえ、ジェニスタ?」
「流石は王妃様ですわ」
物理的か心理的かの違いだけで、完膚なきまで叩き潰すのは一緒だと思った私であった。