8. 揺れる石
王の謁見を終えた後、私は兄に連れられて王妃様の元に伺候した。
「久方ぶりですね、ロザリンド」
王妃であるイヴェイン様は、にこやかに迎えて下さった。
かつてマール修道院に幽閉されていた王妃様も、今では王の寵愛を一身に受けて、咲き誇る花のように艶やかだ。
「王妃様にはご機嫌麗しく」
型通りの礼を取ると、
「相変わらず堅苦しい人ですわね」
王妃様の後ろに控えていた赤毛の侍女が、ため息混じりにそう言う。
「ジェニスタ」
王妃様は苦笑しながら、侍女をたしなめた。
王妃様と"気取り屋"ジェニスタは、背格好といい、赤銅色の髪といい、雰囲気がよく似ている――口を開かなければ。
「うん、ロージーはもっと気軽になるべきだよね」
そう口を挟んだのは、砂色の髪を後ろで緩く三つ編みにした貴婦人、"跳ねっ返り"アレクサンドラ。王妃様の横に陣取って、ティーカップを片手にお菓子をつまんでいる。
どうやら、お茶会の最中だったようだ。
「貴女はもっと堅苦しくおなりなさいっ!」
ジェニスタが叱りつける。
それ、よいのかしら? 仮にも伯爵夫人よ?
アレクサンドラは気にする風もなく、ケラケラと笑うと、セドリック兄様に『これからレディだけの内緒話をするから、後で来て』と言い放った。
セドリック兄様は、やや歪んだ笑みを浮かべて王妃様の方を伺うように見た。
「お下がりなさい」
王妃様は優しく言った。
「妹御には、積もる話もありましょう。もちろん、ここにいても構いませぬが、そなたには退屈だと思いますよ?」
「では、お言葉に甘えて」
兄は恭しく頭を下げた。
セドリック兄様が退出するとすぐ、王妃様は私とジェニスタに座るように言った。
修道院にいた時とはわけが違うだろうと躊躇う私に対し、ジェニスタはさっさとアレクサンドラの向かい側に座った。
「まあ、座んなさいよ」
アレクサンドラは立ち上がり、私を座らせた後、『葉っぱ替える?』と独り言のように言いながら銀製のポットを片手に部屋を出て行った。
「じ、自分でお茶を入れる気かしら?」
目を白黒させながらジェニスタを見ると、ため息混じりに頷かれた。
「伯爵夫人の自覚は皆無よ。とはいっても、あの調子で女官達に色々言ってくれるから、ある意味助かっているわ」
二十歳そこそこの若き王妃様は、隣国の王女だ。嫁いでいらした時はまだ子供とも言える年で、人質のような扱いだった。名実共に王妃となった今でも、名門出身が多い女官達を扱うのにご苦労されているらしい。
アレクサンドラは、なかなか戻って来なかった。
「何かあったのかしら?」
私は少し心配になった。
「大丈夫でしょう」と、王妃様が言う。「あれでいて、王のお気に入りですから」
王様は絶対にお認めにならないでしょうけれど、とジェニスタが続けた。
それからしばらくして、扉の向こうが騒がしくなった。
――お待ち下さい、伯爵夫人!
アレクサンドラだろう。
――それはわたくし共が……
――どうか、それを! お持ちしますわ
「大丈夫、大丈夫、扉を壊したりしないって! ジャルグ開けて」
元気な声と共に扉がひとりでに――いや、猫ほどの大きさのサラマンダーが扉を開けて入って来た。
サラマンダーは、そのまま赤く輝く尻尾で扉を押さえる。
「ほらね?」
アレクサンドラは肩越しに得意げに言ったけれど、女官達が騒ぐのも無理はないと思った。片手にはお茶が入っていると思われるポット、もう片手には布を被せた手付き篭――何が入っているのだろう。
――やれやれ……扉番に召喚されるたぁ思わなかった
サラマンダーはぼやくように言って、アレクサンドラの後ろで扉を閉めた。
「アレクサンドラ、何を持って来たのです?」
王妃様が笑って尋ねた。
「焼き菓子です。干し葡萄が入った。お湯を貰いに厨房まで行ったら、料理人が持たせてくれました。あ、途中で衛兵に少し食べさせたので、毒見は済んでいます」
明るく答えるアレクサンドラに、ジェニスタは呆れたように呻いた。
「わざわざ厨房まで行ったの?」
「お湯を貰うのに他のどこに行くのよ」
「誰かに行かせたらいいじゃない」
「それじゃあ意味がないの」
アレクサンドラはテーブルの上に焼き菓子を広げ、慣れた手付きでお茶を入れた。
「下働きの人間って、色んな事を知ってるものなんだよ」
――お師匠さんの受け売りかい?
サラマンダーはそう言うと、蜥蜴くらいの大きさに変わって、するするとアレクサンドラの肩によじ登った。
「まあね。それはさて置き、情報は仕入れてきたわよ」
「何の?」
私が訊くと、王妃様がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「キアラン・アルトフェイルの話に決まっているではありませんか――で、厨房の者は何と?」