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水底の星  作者: 中原 誓
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7. 包み込む水

 『予測がつかない』とは、まさにキアラン・アルトフェイルの事だった。


 薬草茶に手紙を添えて贈った後、すぐに返事が来たまではよい。

 

 何、これ――と、思わず呟いてしまった分厚い手紙は、どう読んでも『日記』だった。

 いつ起きたのか、どんな仕事をしたか、誰と会ってどんな会話をしたのか。その合間に散りばめるようにして、私への賛辞が延々と続いている。

 キアランは、自筆の手紙が欲しかった、などという私の言いがかりを真に受けてしまったのだろうが、これを、この気恥ずかしい文を口述筆記させているって……ああもう、やめて。


 手紙の最後に、またダンカンの走り書きがあった。


『申し訳ありません。貴女の贈り物に舞い上がってしまったようです。身内の女性にも気にかけられた事がないので』


 身内にも?


 でも、いくら顔に傷があるとはいえ、あんなに綺麗な顔立ちなのだもの、母親だったらきっと……それともお母様は亡くなってしまったのかしら?


 私と同じなのだろうか。


 私の中に、初めてキアランへの興味が湧いた。


 一瞬、兄にキアランの事を訊こうかと思ったけれど、結婚に前向きになったと思われそうでやめた。ダンカンも駄目だ。肝心な事は隠して、キアランのよいところしか言わないだろう。

 でも――キアランの事を調べてどうするの? だって、結婚する気なんてないのに。結婚したとしても、どうせ、幸せになんてなれないのに……

 ああ、駄目だわ。今の私は、いつもの暗い思考に陥っている。


「正直でありなさい」


 私は、修道院長様の言葉を呟いて目を閉じた。


 そう。


 正直な気持ちを言えば、キアランに褒めそやされて嬉しいと思っている。私だって、誰かに好きだと言われたら嬉しい。

 ひょっとしてキアランとなら、私の容姿を見ることのない彼となら――心のどこかで期待している自分がいる。

 けれど、父の愛情を求め続けて報われなかった日々が、私をためらわさせる。


 『耐えられない時は逃げてもよいのですよ』

 院長様はそうおっしゃった。

 『なれど、自分に嘘をつくのはお止めなさい。綺麗な心も醜い心も、そのまま全て受け入れてよいのです。神は無駄なものをお造りにはならなかったのですから』


 私はしばし迷った後、心を決めてペンを取った。



――キアラン・アルトフェイル様




 そして、


 そうして、




 どうして、自分がここにいるのか理解できない。


「そう固くなるな、ロザリンド」

「……」


 目の前には、『賢王』とも『冷血』ともいわれる我が国の若き王。

 今まで二度ほどお目通りいただいた事はあるが、このような間近ではない。射抜くような双眸と威圧感に冷や汗が止まらない。

 私のすぐ後ろに次兄のセドリックが立っていなければ、気絶しそうだった。


「キアランとは、仲良くやっているそうだな。何よりだ」


 え? は? 仲良く?


 冗談だと言って欲しい。


 けれど、王は真面目な顔で、休暇をくれとキアランが五月蝿いので私を呼び寄せたのだと告げた。


「知っておろうが、あれは余の従弟にあたる」


 私はこくりと頷いた。


「前宰相であったあれの父親は、余の伯父であり政敵でもあった。王座とはそういうものだが」


 人づてにしか知らないけれど、前の宰相様は二人の息子が企てたの謀叛により失脚したと聞く。


「キアラン――あれは、兄達が処刑された時はまだ幼かった。顔も覚えていないだろう。父親ももはや亡い。憐れだと思わぬか?」


 王は同意を求めるように私を見た。

 

 ふつうの女性なら、涙するところだろう。けれど王の鋭い眼差しと『憐れ』という言葉がどうにも結びつかない。


「わたくしには何とも……」


 曖昧に言葉を濁すと、王はニヤリと笑った。


「ふむ。セドリック、そなたの妹は意外と賢しいな」

「恐れ入ります」

「ますますよい縁組みに思えてきた……ロザリンド」

「は、はい」

「セルツは古い家柄だ。古参の家臣も多く、おいそれと潰す訳にもいかぬ。キアラン自身も目は見えぬが、魔導士としては一流だ。敵に回ると厄介極まりない。分かるな?」


 婚姻というのは、時に同盟よりも固く貴族達を結びつける。広大な領地を持つ公爵家ともなれば、国内の勢力図を一気に塗り替え兼ねない。王は、自分により忠実な家から花嫁を取らせ、キアランを取り込みたいのだ。


 しかし、それは――


「それは、わたくしでなくても……?」


 同じような家柄で、もっと若く美しい姫がいるだろうに。


「そうだな。確かに候補者は十人ほどいた。が、諸事情を鑑みて、そなたが一番条件にぴったりだったのだ」


 まるで、他国に送る使者を選ぶような物言いだと思う。


「それにしても、余は人を見る目があるな。キアランは、そなたが忙しいあれを気遣って、薬草茶を贈ってきたと大層な喜びようだったぞ。のう、セドリック?」

「まことに」

 王の正式な使者として私に登城をうながしたセドリック兄様は、少しばかり笑いを含んだ声で答えた。

「セルツ公にあんな可愛げがあったとは……我が目を疑いました。よかったな、ロザリド、大切にしてもらえ」


 兄の、ついぞない優しい言葉も、今の私にはジャラジャラと鳴る鎖の音にしか聞こえなかった。



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