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水底の星  作者: 中原 誓
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3. 跳ね返る水

 兄が喚こうが、義姉が脅そうが、知ったことではない。私は、修道院に帰る。


 実家に帰省中ではあるが、私はまだ、格式高いマール修道院の修道女見習いという立場だ。

 この国では、修道女は地位が高く、尊敬されている。よって、修道院長様からお預かりしている聖珠の指輪をしていれば、隊商について安全に旅をすることもできるし、途中の宿、飲食の代金は無料(ただ)なのだ。

 そして、修道院の門をくぐればこちらのものだ。


 もう二度と出て来るものか。


 私は、修道院から戻って来るために持ってきた鞄に荷物を詰め始めた。手伝ってくれる侍女はいない。荷物は多くないし、修道院では何でも自分でやっていたから困る事もない。それでも――こんな時に泣き言を聞いてくれる、仲の良い、姉妹か侍女がいたらよいのにと、思わない訳ではない。


 荷造りの手を止めて、自己憐憫にちょっとだけ鼻をすすった時だった。


 部屋の隅が青白く光って、『やっほー』という間の抜けた声が聞こえた。


 な、何? 何なの? 幽霊?


――あれー? また間違った? ちょっと、ジャルグ、あたしの魔方陣、変?


 どこかで聞いた事のある声だ。


 『合ってる。変なのは奥方の方だ』という呆れたような声もする。


――リー? 座標は合ってるんでしょうね?


 『我が一族の情報収集能力を疑う気ですか?』大げさに嘆くような、芝居がかった男の声。


――だって……ロザリンド? おーい、ロージー!


 アレクサンドラ?


 マール修道院に入れられてすぐ、私は訳あって院に幽閉されていた王妃様の、話し相手として呼ばれた。

 同じ話し相手となったのは、私の他に三人。

 今は王城で王妃様の侍女をしている''気取り屋''ジェニスタ。父上が再婚されたとかで実家に呼び戻された''泣き虫''ウィローミア。

 そして、魔法の師にして後見人の伯爵様と結婚したのが、''跳ねっ返り''のアレクサンドラだ。(因みに私は''愚痴り屋''と呼ばれていた)


 辺りを見回すと、テーブルの上で水差しが不自然に青白く光っていた。

 おそるおそる近付いて覗き込むと、ゆらゆら揺れる水に、自分以外の顔が写っていた。

 砂色の髪と灰色の瞳をした若い女性が、目を見開き、それから笑顔を浮かべた。

 いわゆる美人ではない。でもその笑顔は、花が咲いたように周りを輝かせ、皆を幸せな気持ちにさせるのだ。いつだって。私のような悲観的な人間でさえ。


――あっ! ロージー、見っけ。やったぁ!


 水差しから声が聞こえた。


「誰がロージーよ。変な愛称をつけないでくれる?」


――捜したよロージー、実家に帰ってたんだね。てっきりマール修道院にいると思ってたから、そっちを捜してたんだ。見つからないはずだわ


「愛称はやめて。捜していたって、何か急ぎの用かしら?」


――ううん。あたし、新しい魔法を覚えたのよ。火とか水を通して遠く離れた人と話せるの。相手の魔力の属性に合わせる方が簡単なんだって。ほら、あんたは水系の魔力でしょ? 水ならどこにだってあるからね。それに、あんたとずっと会ってないじゃない。会いたかったよ、ロージー!


「だから愛称は……まあ、いいわ。私だって会いたかったわ、アレクサンドラ……」


 彼女の名前を呼んだ途端に、涙がぶわっと溢れ出た。


――うわっ! ど、ど、ど、どうしたの? いきなり!


 自己憐憫に浸らなくてもいいんだわ。私には、ちゃんと友達がいるじゃない。私の欠点も、そのまま笑って受け入れてくれる友達が。


 私は泣きながら、降って湧いたような縁談と、その顛末をアレクサンドラに話して聞かせたのだった。


――修道院から二度と出てこないって……結婚しなきゃならないんでしょ?


「ええ。でも、結婚式は代理人でも成立するから、病気だとでも言って代役をたててもらうつもり」


――だけど、それじゃずっと修道院から出られないじゃない


「それでもいいの」


――王様に言ってあげようか? 王妃様のご機嫌伺いに行けば、会えるから。真剣にお願いすれば聞いてくれるかも


 確かに彼女なら、冷徹非情と名高い王にも物怖じしないで言ってくれるだろう。けれど、私の代わりに王の怒りをかう可能性もある。


「大丈夫よ。もともと修道女になろうと思っていたの」


――げっ! 冗談でしょ?


「本気よ。最初は嫌だったけれどね」


 『で、その世を儚むほど嫌な結婚相手は誰なんです?』と、アレクサンドラの後ろから、男の声が尋ねた。


「私だ」


 低い声と共に、ロザリンドの肩越しに逞しい腕が延びてきて、水差しを手で塞いだ。

 ロザリンドが見上げると、見知らぬ男が立っていた。


「名はキアラン・アルトフェイル。お前は誰だ?」


 すると、水差しは真っ青な炎に包まれた。炎の向こうから、また別の声が響いた。


――今、喋っていたのは、アーサー・リー。レイヴン一族の小倅(こせがれ)だ。我は、召喚されたるサラマンダー。今放っている魔力を引っ込めろ、小童(こわっぱ)。お前が攻撃している魔導士は、イアン・グレイホークの奥方ぞ


 水差しに手を掛けていた男は、舌打ちをした。


「少し引っ込んでいてくれ。私はこのレディに話がある」


――そちらのレディに何かあれば許さぬと、うちの奥方が(わめい)いておるぞ


「話すだけだ」


――承知。ひとつ忠告しておこう。うちの奥方は手に軽い火傷をおった。ホークに首を吹き飛ばされる前に申し開きをするのだな


 吐き捨てるような声と共に、水差しを包んでいた炎が消えた。

 部屋の中は再び静寂に包まれた。



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