24. 道標の星
静かな夜だった。
たぶん月も星も、天空から光を投げかけているのだろうが、キアランにとってはどうでもいい事だった。
通い慣れた墓地の片隅で、墓標の前に跪ずき、冷たい表面をなぞる。
「エマ、やっと終わったよ」
キアランは優しく呼びかけた。
ヘイル領からの帰り際、これでいいのかと王は顔をしかめたが、かの人が完全に幽閉されてしまえばそれでよかった。
復讐など何になる?
エマも母も帰ってはこない。キアランの目もまた。
「前にも言ったでしょう? 私はロージーさえ手に入ればいいと。約束通り貴方に忠実に仕えますよ」
黒髪で黒い瞳の、ロージーという貴族の娘を探してくれれば何でもする――キアランは王にそう誓っていた。
「上手く行ってるのか?」
王の声は面白がっているようだった。
「仲はいいと思いますよ。たぶん」
「何だ、その曖昧な言い方は?」
「まだちょっと、姉弟みたいなんですよ」
「共寝をしておらんのか?」
「してますよ。彼女の方が義務だと思っているだけで」
王が爆笑した。
「まあ、頑張れ。ヘタレ」
珍しく楽しげだった王の声を思いだしながら、キアランは小さく肩をすくめた。
ロザリンドはキアランにとって、道しるべの星だった。
幼いあの日、全ての色が彼の目から消え去った時、必死に看病してくれたエマの話が唯一の楽しみだった。
「ロージー様と言うのよ。とっても可愛らしいの。黒い羽の雛鳥みたいに」
生まれてすぐに母を亡くした小さな姫君と、生まれて間もない子を亡くしたエマ。
エマはとある貴族の家に乳母として雇われたが、姫君が乳離れした時に解雇された。身分の低い乳母では外聞が悪いというのがその理由だった。
「ひどいよ」
キアランが怒り、エマは笑った。
「いいのよ。でもね、いつか遠くからでもお姿を見たいわ。きっと綺麗なドレスを着て、王子様と踊ったりするのよね」
「じゃあ、僕が大きくなったらセルツに招待するよ」
『ステキ!』とはしゃぐエマの声が嬉しかった。
「じゃあ、早く元気になってダンスの練習をしないとね」
「僕は見えないもの。踊れないよ」
「そんな事はないわ。キアラン様には大きな魔力があるもの。訓練すれば、何でもできるようになるのよ」
「何でも?」
「何でも」
部屋の扉を開けると、暖かい空気がふわりとキアランを包んだ。
「キアラン?」
美しい声が彼の名を呼ぶ。
淡い青の魔力を秘めた人影が近付いて来て、彼の手を取った。
「手が冷たいわ。どこに行ってらしたの?」
「墓地に」
「墓地ですって? こんな夜中に行かなくてもよいでしょうに」
ロザリンドは不満げに言いながらも、優しい手つきでキアランのマントを外した。
「ねえ、ロージー」
「何ですか?」
「明日、墓地に一緒に来てくれませんか? ある人に花を手向けて欲しいのです」
「明日ね。よろしくってよ」
「ありがとう」
キアランはロザリンドの手を取り、手のひらに口づけを落とした。
「愛しています。ロージー」
「ええ……あの……わたくしも、よ」
うろたえたロザリンドの声が可愛らしい。
キアランは微笑み、ロザリンドの手を引っ張ってダンスのステップを踏んだ。
クルクルと彼女を回転させた後、しっかりと抱きとめてそのまま寝台へと倒れこむ。
悲鳴を上げて怒るロザリンドと、笑い転げるキアラン――
二人の声はやがて重なり合い、吐息の中に溶けていった。
― fin ―




