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水底の星  作者: 中原 誓


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22/25

22. 星の子守唄

「夜のうちに賊が進入していた、という事ですの?」


 私は食事の手を止めて、キアランを見た。


「賊というべきか……目的は窃盗とか強奪ではなく、私の暗殺でしょう」

「暗殺っ?」

 私の驚きをよそに、キアランは優雅な仕種でパンをちぎっている。

 五人の男が、夜陰に紛れて城内に忍び込んだ。セルツの城は夜は真っ暗になる。明かりを灯して動けば目立つため、彼らは夜明けを待って領主の寝室に斬り込んだという。

「間抜けな奴らですよね」

 一応、代々の領主の部屋がキアランの部屋、という体裁を整えている。けれど実際のところ、キアランは毎日私の部屋に入り浸っていた。

「でも、いったい誰が暗殺など……」

「私には敵がいるのです。この顔の傷は、最初の襲撃でやられました」

 さらりと言われた言葉。

「やはり、それは刀傷でしたのね」

「ええ」

「最初の、という事はまだ他にも?」

「二度目は毒を使われました。密かに毒見をしてくれていた使用人が、私の代わりに――本当にかわいそうな事をしました。

 ああ。それが、王城の薬房の(おさ)様が言っていた女性なのだろう。

「三度目は王都の屋敷が焼き討ちにあい、その時は、母が犠牲になりました」

「お気の毒に」

「その後は、王が王城に住めるようにして下さったので、大っぴらに命を狙われる事は無くなったのです」

「でも、貴方はセルツに戻って来た。だから、また狙われる事に? そういう事ですの?」

「おそらくは。けれど――」

 キアランは、不自然なほど明るい笑みを浮かべた。

「――けれど、今度は前のような事にはなりません。王と私は、十分な準備をして敵が動くのを待っていたのです」

 王と私?

「その敵というのは、誰か分かっているのですね?」

「はい」

「王にとっても敵対する者なのですか?」

「その通りです。居場所が分からなくて難儀していましたが、今度こそ逃がしはしない」

 あの冷徹な王の敵とは、どのような者なのか。私なら、絶対逆らおうとは思わない。

「敵が誰かお聞きしても?」

「およしなさい」

 キアランは首を横に振った。

「消化不良になりますよ」

「でも、わたくしは貴方の妻ですわ」

 私が不満げに言うと、キアランはため息をついて私の方に顔を向けた。碧い瞳はやはり焦点が合っていなくて、痛ましいと思った。

「妻である貴女に秘密を教えます。他言無用です」

 私は背筋を伸ばした。

「神に誓って、誰にも言いません」

「私は――私は、前セルツ公の子ではありません。母の不義の子です」

 想像もしなかった事に言葉を失った。

「敵とは、実の父の奥方です」

 一瞬、何を言われたか理解できなかった。

 奥方?――女性?

 なんという事!命を育む母性が、子供に危害を?

 たとえそれが夫の不義の子だとしても、子供には何の罪もないではないか。

 キアランは不意に立ち上がって、私の側まで来ると床に跪いた。

「だから教えたくなかったのです。泣かないで、ロージー」

「泣いてなどいません」

「では、これは何でしょうね」

 キアランの指が私の頬を撫でた。

「何かしら」

 私はキアランの首に腕を回して、肩に顔を埋めた。

「わたくしは貴方を裏切ったりしません」

「ええ」

「貴方がよそにお子を作っても、自分の子のように可愛がります」

「分かっていますよ。もっとも、よそで子を作ったりしませんがね」

 キアランは、宥めるように私の背中をさすった。それでも涙が止まらなくてギュッと首にしがみつくと、キアランは低い声で優しい旋律を口ずさんだ。

 よく知った曲だった。

「貴方もその歌を知っているのね」

 私はキアランの肩に向かって、呟くように言った。

貴方も(・ ・ ・)?」

「わたくし、その歌を知っているわ。星が空から落ちてくる子守唄でしょう?」

 私の背を撫でていたキアランの手が止まった。

「歌詞を……覚えていません。子供の頃に聞いたきりなので」

「わたくしも、うろ覚えで歌っていたのですけれど、修道院で友達が歌詞を教えてくれましたの。彼女の出身は北部の湖沼地方で、そこの子守唄なのですって」

「どんな……歌詞だったか、聞かせてもらっていいですか?」

 私はキアランの肩から顔を上げて、小さな声で歌った。



 見るや君 水底(みなそこ)の星

 (あめ)より降りし銀の星

 今宵 君が揺り籠に

 黒い(まなこ)雛鳥(ひなどり)

 ともに夢路をたどり()


 見るや君 月の舟

 雲の波切る金の舟

 今宵 月の舳先(へさき)から

 黒い鼻した妖精犬(クー・シー

 星をくわえて落とし()



 歌い終わると、キアランは私の額に口づけをした。

「その歌です。ありがとう」

 そう言ったキアランの顔は、とても穏やかだった。

「幸せな思い出?」

 私は両手でキアランの髪を後ろに撫でつけながら訊いた。

「そうですね。たぶん。苦い思い出もありますが。でもきっと、生きる事は悪い事ばかりではないとも思うのですよ」

「ええ――そうね。わたくしもそう思うわ」


 そう。


 辛いと、悲しいと思う事も多かったけれど、振り返る日々の中に――


 不幸の星など、ひとつもなかった。




※注記)子守唄の元ネタは、言わずもがなの『万葉集』



 天の海に


 雲の波立ち 月の船


 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ


       柿本人麻呂

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