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水底の星  作者: 中原 誓


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2. 波紋

 兄にせがみ、セルツ公に『お会いしたい』と、申し入れをした。

 ついでに、修道院に入る前に描いてもらった肖像画もくっ付けてやった。義姉が連れてきた人気絵師の手によるものだ。さすが人気絵師、見たまま、ありのままな肖像画に描かれた私は、美女とは程遠かった。これを見ただけで、破談にしてほしいと願いを込めた。

 相手方からの返事は一向になかった。

 一週間、二週間と日にちがたった。これは肖像画の効果で破談かと、ほくそ笑んだ三週間目の終わりに、大量の贈り物と共にセルツ公からの使者がやってきた。


「ロッド侯令妹、ロザリンド様におかれましてはご機嫌麗しく」


 公爵家の紋章を肩に付けた黒髪の騎士が、恭しく口上を述べる。


 厳ついなぁ。

 兄上と同じくらいの年齢だろうに、なんだろうこの重量感。セルツ公もこんなごつい感じなのかしら……と、ぼんやりと考えた。贈り物の中に、彼の肖像画はあるだろうか?


「セルツ公キアラン・アルトフェイルが家臣、ダンカンと申します。本日はあるじの名代としてお目もじ叶いましたこと、恐悦至極にございます」


 高位貴族の娘とはいえ、表立った場所に出た事のない私は、このように格式張った挨拶を受けるのは初めてだ。格式が高すぎて『はあ、左様ですか……』、というのが正直な感想。


「本来ならば、あるじ自ら婚約者殿にご挨拶に馳せ参じるところでございますが、ただ今、王都を離れられられぬ職務がございまして、非礼をお許し下さい」


『お務めならばしかたありませんね』


 ここは、そう言う箇所だ。


 よく分かっている。よく分かっていたが、私の口をついて出た台詞は――


「使者殿、私はいつから、お会いした事もない方の婚約者になったのでしょうか?」


 言外に『まだ承諾したわけじゃありませんのよ』とのニュアンスを含ませる。


 騎士は顔を上げて、鋭い目で私を見返した。


「王命でありますれば」


 王命ならば、何でも受け入れろとでも言うのか。


 心の中で嘆息した私の目の前に、美しい品々が広げられて行く。

 色鮮やかな異国の布、緻密な彫刻を施された小箱、黄金製の繊細な花の髪飾り――美しいけれど、誰が選んだのか知らない心のこもらない品々。


「肖像画はありませんの?」


 私がそう尋ねると、ダンカンは戸惑ったように言葉を詰まらせた。


「しょ、肖像画……で、す、か?」

「ええ、公爵様の」

「ああ……この中には……いえ、あるじは肖像画が嫌いでして、肖像画と名のつく物は一枚もございません」

「あら、そう」


 肖像画嫌いとは、どうやら見目麗しいタイプではないらしい。まあ、どんな顔でもいいけれど。


「女性はいらっしゃるのかしら?」

「は? ええと……」

「側室、愛人、恋人、そういった類いの方」

「ああ……いえ、おりません。絶対にあり得ません!」


 言い切ったわね。まさか、男色家とか?


「主は誠実な男です。安心してお輿入れ下さい」


 輿入れはしたくないのよ。

 直接会えたなら、絶対に断られる自信があるのに……仕方がない、次の作戦ね。


「もういいわ」

 自分でもよくぞここまでと思う、不機嫌な声が出せた。

「よーく分かりましたわ。そちらにとっても断る事の出来ない政略結婚だという事も、わたくしに対しての最低限の礼儀も必要ないと思っていらっしゃる事も」

「えっ? は? お待ち下さい、レディ。私は何かお怒りを買うような事をしでかしたでしょうか?」

「いいえ、とても職務に忠実でいらっしゃるわ。わたくしが怒っているのは、貴方のご主君に対してです」


 高慢な娘だと思われても構わない。むしろ望むところだ。

 いくら王命とはいえ、あれだけは止めたほうがいいと主君に進言していただければ、尚可(なおか)である。


「ロザリンド、何を言い出す」


 傍らにいた兄が、たまらず口を挟む。

 私は口元だけ引き上げて、冷たい笑みを浮かべた。


「兄上、貴族にとって、一族を利する結婚は義務であるのは理解できますわ。私とて、甘い期待など抱いてはいません。けれど、少しは誠意を見せて欲しいと思うのは贅沢でしょうか? わたくしに似合うかどうかで選ばれたわけではない美しい装身具より、自筆の手紙を、と思うのもまた?」


 ほぼ言いがかりだと思うけれど、『気位が高い、わがままな貴族令嬢』ならば、これくらいがちょうどいいだろう。


「レディ、お怒りはごもっともですが、主は本当に職務で王都を離れられ――」


 ダンカンの言葉が途中で止まる。

 無骨な騎士かと思いきや、機嫌を損ねた女に言ってはいけない言葉が何か理解しているらしい。あっぱれ。


「レディ、 あるじには即刻こちらに伺わせます。ええ、首に縄をつけて、ドラゴンの背に放り上げてでも」


「それには及びません。私はマール修道院に戻りますから」


 兄が悲鳴に近い声を上げた。


 もう。本当に小心者なんだから。私だって馬鹿じゃなくてよ。


「ご心配なく、兄上。結婚はいたします。王命でありますれば」


 そして、私は挑むように使者を見た。


「ご主君に、結婚式でお会いしましょうとお伝え下さい。ああ、そうそう。式の予定は、修道院の方にお知らせ下さいませ。では、ご機嫌よう」



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